Karte.11 この世界のスライム、そしてガルナン首長国へ!
私達一行は再びガルナン首長国への旅を続けた。
村を出発した初日の襲撃とは打って変わって、その後の道のりは嘘のように平和なものだった。
時々魔物が出現することはあったが、人間を見るやいなや逃げてしまうような小動物系の魔物だけだった。
行商の人達や護衛の兵士の話でも、普通の旅に遭遇する魔物とはこんな感じらしく、ワイルド・ウルフ級の魔物が街道に出てくること自体滅多にないことなのだとか。
ちなみに、私はこの旅で初めてスライムという魔物にお目にかかった。
ゲームなんかで駆け出しの冒険者がかろうじて倒せるアレだ。
某ロングセラーRPGではプルプルした青いおにぎりみたいなボディーに目と口がくっついていた。
一方この世界のスライムはというと、
「これ……目、なの?」
指でつつくとフルフル小刻みに震える青い半透明な体はサッカーボール大の大福のような形にまとまっていて、中央には2つの黒いビー玉のようなものがついている。
《感覚器の一種で人間と同様光を感知する機能を有しています。スライムは光と水があれば生存可能であり、地域によって色や形、能力に多少差が生じますが、基本的には人畜無害な魔物です》
「へえ」
アイの解説に耳を傾けながら感触を楽しむ。
見た目はゼリーのようだけど触ると本当に大福のような弾力と柔らかさだ。
(この間の抜けた感じが何ともかわいいわ。旅の疲れも癒される……)
ほっこりした気分で和んでいると、
「お、スライムだな。ちょうどいい」
「カーラさん」
ちょうど昼食の煮炊きをしていたときで、カーラさんはそれぞれの馬車の状況確認をしていた。
「ユーリさん。申し訳ないのだが、そのスライムを半分くれないだろうか」
「いいです……え?」
(半分……?半分って、スライムを?!)
私の戸惑いを他所にカーラさんは早速抜刀し、
「?!」
上手く2つのビーズを避けて本当にスライムを横半分に切り、バケツに入れて持って行ってしまった。
「な、なに今の!」
《本日の昼食に使用するものと思われます》
「スライムを?!」
《スライムの体は98%水分で構成されております。そのため旅人は水を節約する際、スライムの体を料理などに使用することが多いのです》
「え、じゃあ今までの野営で食べてきたスープや休憩のお茶なんかにも……?」
《スライムが使用されている可能性は十分にあります》
もはや円盤のようになったスライムを呆然と見下ろす。
「癒し系キャラだと思っていたのに……知らないうちに食べていたなんて……」
フルフル震えているのは変わらないけど、今は息も絶え絶えといった感じで見るも無残だ。
「どうしよう……このまま死んじゃうんじゃ……!」
「おや、ユーリさん?」
オロオロしていると、ナイスタイミングな人物が近づいてきた。
「セイン!ちょうどよかった、助けてほしいんだけど!」
「何かありましたか?」
セインの腕を引っ張ってスライムの所に連れていく。
「スライムがバッサリ切られちゃって、しかも体半分持ってかれちゃって!セインの回復魔法で何とかできない?!」
「スライム、ですか?」
セインは平べったくなったスライムに目を向けた。おもむろに手を伸ばしたかと思うと、
コネッ、コネッ!
「ええっ?!」
なんとスライムをパン生地のようにこね始めた。
「な、何してるの!そんなことしたら……!」
「大丈夫ですよ、ユーリさん」
徐々に形が整っていき、スライムはサッカーボールから野球ボールくらいの大福餅になっていた。
黒いビー玉2つも体の中央に仲良く並んでいる。
「スライムは生命力が非常に高い魔物ですから、体の半分を失っても問題ありません。この2つの感覚器さえ残っていれば、体がどれほど小さくなっても自然に再生できるのです」
「そうなんだ」
「それにスライムは繁殖能力も高いと言われています。スライムを1匹見たら近くに30匹いると考えてもいいくらいなんです」
(何それ、前世にいた『G』で始まる黒い虫みたいじゃん)
スライムを草むらにそっと戻し、
「そろそろ昼食ですから、ユーリさんも戻りましょう」
「う、うん、そうだね」
そのままセインと一緒に自分たちの馬車に戻りつつチラリと振り返ると、草むらの上のスライムは相変わらずフルフル震えていた。
ふと、
(そういえば、今日の昼食にはスライムが入ってるんだっけ……)
ということは極力気にしないようにして、ありがたくスープをいただいた。
ちなみに、
「ユーリさんの結界魔法もすごかったが、浄化魔法も実に便利だな!」
「ありがとうございます」
自分たちの食器と同じように他の人たちの食器や調理道具を浄化魔法でキレイにすると大層感謝された。
「ふーむ。確かに、この浄化魔法は非常に便利ですな」
バレットさんは考えを巡らせているようで、アレコレ呟いている。
ようやく結論が出たかと思ったらガシッと肩を掴まれ、
「これも何かの巡り合わせなのでしょう!ユーリさんさえよければ、この魔法が込められた封魔石を開発してもらってはいかがでしょうか!」
「え、浄化魔法の封魔石ですか?!」
「ええ。この封魔石が実用化されれば行商としては是非とも手に入れたい代物ですよ。この間の戦闘後も、武器や洋服、さらには商品の汚れなどもキレイにして下さいましたよね」
「ああ、そういえばそうでしたね。」
あの時は戦った後で疲労困憊で、しかも戦後処理に追われて思考停止のままひたすら浄化魔法を使いまくっていたっけ。
「商人にとってせっかく輸送している商品がダメになってしまうこと程痛手なことはありません。しかし、あなたの浄化魔法のおかげで商品は汚れ一つなくきれいになっておりました。はっきり申し上げると、魔物に襲われる前よりも、です」
「そうだったんですか」
そこまで汚れがなくなっていたとは。
「確かに。ユーリさんの浄化魔法のおかげで武器や防具についた血汚れも跡形もなくきれいになっていた。あれは落とすのが厄介な上残ると剣の切れ味が悪くなる。護衛団にとっては切れない武器は命取りにもなりかねないからな」
カーラさんもウンウン納得しているようだ。
「ガルナン首長国では新しい封魔石を開発すべく日々研究が続けられていますから。ユーリさんの浄化魔法も歓迎されると思いますよ」
「もし完成したら是非とも我が護衛団でも使わせて欲しいものだ」
うーん。
バレットさんとカーラさんに力説されると、その気になってしまいそうで怖いな。大体そんなにうまくいけるのかな。
(どう思う、アイ)
《浄化魔法の封魔石を作成すること自体は可能です。また、この世界の公衆衛生を考慮すれば需要はあるかと思われます》
(確かにね。フラノ村でも石鹸はお高い割には質が良くないし。水洗トイレなんていう素晴らしいものもないし。食事の前にかろうじて手は洗っていたけど、それも水を運ぶ手間を考えると手軽にできないし。前世ではおなじみだった『消毒』という概念がそもそもないし)
こうして考えてみると、前世がいかに清潔で快適な世界だったのか改めて実感する。
というか、この世界に馴染みすぎじゃない、私。一応文化的生活を勤しんでいた現代人だったのに。
(医学的観点から言えば、浄化魔法の封魔石が普及すれば、病気の予防にも繋がるだろうしね)
「わかりました。セインの仕事中に作成できるかどうか相談してみます」
「私からも口添えしてみますよ」
いつの間にそばに来ていたのかセインも話を合わせてくれた。
「ありがとうございます、セイン先生。ぜひ頼みますよ」
満足気にバレットさんは頷いた。
そして、さらに数日後、
「ユーリさん、あれがガルナン首長国ですよ」
私も馬車から身を乗り出して、セインの指す方を見る。
「うわぁ……!」
私達一行は遂にガルナン首長国に到着したのだった。




