Karte.117 2人の思惑、そして、セインと話し合い
「さて、後はここにいないセインにも話を通さなければならないな」
レンジ君が私達を見回した。
「……セインはどう思っているんだろう」
「お話していないのですか?」
フィーちゃんが驚いたように私を見た。
「セインのことは信頼しているんだけど。なんでセインが私に聖ティファナ修霊院のことを何も言わないのか……それが一番不思議なのよね」
ヒーラーであるセインは黒死病を治療できるということがどれだけ重大なことなのか、私よりも分かっているはずだ。
私の無茶苦茶に今まで文句一つ言わずに付き合ってくれたのは、それだけ私の治療に意義があるということを誰よりも理解してくれていたからに違いないと私は思っている。
にもかかわらず、黒死病の3症例の治療が無事成功したというのに、なぜ聖ティファナ修霊院のことを言い出さないのか。
「セインの考えは僕と同様だ。君が犯罪者として処罰されること、君の生活が脅かされることを何よりも気にかけている」
「そうなの?」
「ああ。実は僕がこの村に到着したその日の夜に相談したんだ。君のことを世間に公表すべきなのか、をな」
「はいッ?!初めて聞きましたけど!」
「それはそうだろう。もしあの時点で君も交えてその話をしたら、君は使命感に駆られて無理をしてでも治療法を世に知らしめようとするのではないのか?」
「ウッ……!」
確かに、それは否定できない。
「僕とセインで、治療をする君の身の安全を保証できるまでは、聖ティファナ修霊院のことは話題にしない方がいいという結論を出したんだ」
レンジ君は静かに告げた。
「君が聖ティファナ修霊院に行かないことで、助けられるはずの黒死病患者を見殺しにしてしまうこともセインは分かっていた。だが、君の身に危険が及んでしまえば黒死病を二度と治療できなくなるかもしれない、何より君を犯罪者扱いされることなどあってはならない。だから、懸念材料があるうちは君の存在を隠しておいた方がいい。そう話し合ったんだ」
そして私の方を見て、
「先程も言ったが、治療をしている君とセインを守り切る自信はある。だが、黒死病については僕は無知だ。どんな不測の事態が起こるか不明であり、僕1人だけでは力不足となる可能性は十分考えられる。だからこそ、僕以外にも協力者は絶対にいた方がいいと思った。それも、僕と同等以上の実力者が」
そう言うと、レンジ君はジークとフィーちゃんを見た。
「もちろん2人に無理強いをするつもりはなかったから、こうして君達が協力を申し出てくれて本当にありがたいと思っている」
「レンジさん……」
フィーちゃんが感動したように瞳を潤ませ、ジークも恥ずかしそうに頭をボリボリ掻いた。
「そう、だったんだ……」
目の前のレンジ君と、そしてこの場にいないセインに思いを馳せる。
(ずっと私のことを守ってくれていたんだ。この2人は……)
この2人が私の都合や立場なんて考えなければ、とっくの昔に聖ティファナ修霊院に連れて行かれていたんだろう。
そこで、本当に頭のおかしい猟奇的犯罪者だと思われて、そのまま絞首台にでも送られていたかもしれない。
そのことを、私よりもずっと深刻に考えてくれていたのだ。
(私は、多分……薄情なんだろうな)
黒死病患者の命か、私の身の安全か。
2人は私に黙って天秤にかけ、そして私に代わって非情な決断をしてくれた。
正直、除け者にされた気が、しないでもない。
でもそれ以上に、薄情者と思われても、私の安全を最優先してくれたのだという事実に。
さっきまでこみ上げてきたものが、また胸まで上がってきた。
「本当に……ありがとう、レンジ君!」
思わず彼の手をギュッと握ると、
「~~~分かったから、いちいち握らないでくれッ!」
いちいち焦ってくるレンジ君も大分おもしろいと思う。
「ユーリさん、ズルいですわ!私もまだ一度しかレンジさんの手を握ったことがないのに!」
フィーちゃんが口を尖らせながら抗議してきて、
「ああ゛?!レンジてめえ、いつの間にフィーに馴れ馴れしくしてやがってんだよッ!」
更にジークまでもが食ってかかてきた。
「ピャッ?」
この大騒ぎでも呑気に寝ぼけていられるドラコは将来大物になれると思う。
「……とうとう、その決断をするときがきたということですか」
セインはいつにもまして真剣な、というより深刻そうな表情で私を見た。
いつもの穏やかな笑顔とは明らかに違った雰囲気に、知らないうちに手に汗をかいている。
「ここまで治療が上手くできたのは、いつだってセインが私のことを支えてくれたからだと断言できる。だから知りたいの。私が聖ティファナ修霊院に行きたいと言ったら、セインはどう思うのか」
診療所の奥にあるリビングのテーブルで、私とセイン、2人きりで座っていた。
レンジ君達は、診療所の方で待機してもらっている。
「レンジさんに続き、フィーさん、ジークさん。あなたは黒死病という不治の病を見事治療しました。ですから、そのことについて、いつかは話さなければならないと思っていました」
ゆっくりとセインは口を開いた。
「ご存じの通り私はヒーラーであり、護衛や戦闘といったことは全くの専門外です。黒死病の治療はユーリさんが病変を取り除く間、私が患者を眠らせながら患者の状態を観察する。その間は患者だけでなく、私達も無防備となってしまいます。ですから、戦闘にも長け、かつ、世間一般としての見方もできるレンジさんの意見は非常に重要でした」
レンジ君のこの村での初日の話し合いについて言っているのだろう。
「その様子だとレンジさんからある程度聞いたのでしょう?」
セインは診療所の方をチラリと見た。
「私の目から見ても、あなたの治療法は世間に大っぴらに出来るものではない。それこそ、あなたの人間性が疑われてしまうほど。ですが、その方法でしか、現状では黒死病を治療できないのもまた事実。あなたの存在を中途半端に広めてしまえば、あなたを害する者が出てきた時、守り切ることができないかもしれない。ヒーラーとして、あなたの上司として、どう扱えばいいのか悩み……あなたを世間に公表する時期ではないと判断しました。こんな事を言えば非情に思われるかもしれませんが、黒死病患者よりもあなたの安全が最優先だと判断したからです」
「それはレンジ君からも聞いた。2人だけで話が進んでいることにはちょっと思うところもあったけど、それも全部私のためだったのよね」
テーブルの上で頭を下げた。
「本当に、ありがとう」
すると、
「ユーリさんがわざわざ礼を言う必要なんてありません。あなたにはいつも、何をすればいいのか、教えてもらってばかりですから。お礼を言わなければならないのは、私の方です」
セインはようやく口元を緩めてくれた。
「ユーリさんが自分の意志で聖ティファナ修霊院に行くことを決断し、そしてレンジさんの方でも、あなたの身の安全を守り抜く手筈が整ったと判断されたのでしょう。であれば、黒死病に苦しむ患者を本格的に救う時期が来たということでしょう」
「それじゃあ、私……行ってもいいの?」
怖ず怖ずとセインに是否を確認すると、セインは力強く頷いた。
「ええ。そして……当然、私も行かせて頂きますよ」




