Karte.114 ユーリの決意、そして、ようやく聖女だ!
しばしの沈黙の間、ふぅっと溜め息を吐く音が聞こえた。
「……理由を聞いてもいいか?」
レンジ君はどこか観念したかのような表情を浮かべている。
「もちろん私だって犯罪者にはなりたくない。だけど、救世主にもなりたくない……というかならないようにするために聖ティファナ修霊院に行きたいのよ。一番問題なのは、私だけしか黒死病の治療ができないということだから」
「どういうことだ?」
「前にも言ったけど、今回黒死病を治療したとしても、再発したり、また新たに発症しない可能性はゼロではない。万一そうなったら、もちろん私が責任を持って治療するわ。だけど……もしその時期が、私が寿命で死んだ後だったらどうする?」
「ーーーッ?!」
レンジ君が息を飲んだ。
このことは、エルフという300年という長命の種族であるフィーちゃんとジークの治療を成功させた時から考えていたことだ。
そしてそれは、200年生きることができるレンジ君にも当てはまることだ。
「人間である私は、エルフやドワーフより寿命が短い。私ですらどうしようもできない事実よ。その事実に気づいているくせに、治療法を確立する努力もせずここで呑気に生きていくことは、結局レンジ君達のことを見捨てていることとなんら変わりない」
「そんなことはッ」
レンジ君は慌てて否定しようとするけど、
「これで『幸せな人生を送って欲しい』というのは、かなり無責任というか、突き放しているようにしか聞こえないわ」
と彼の言葉を遮った。
前世でも、専門性の高い難病の治療は大学病院などの高次機能病院でしか行えない、ということはあった。
だけど、たった1つの病院でしかその難病の治療を行っていなかったとしても、そこに携わる医師や医療スタッフは何人もいる。
そして、他国にも目を向ければその人数はさらに多くなる。
この世界で、黒死病を本格的に治療しようとしているのが私だけ、というのとは雲泥の差だ。
「理想は黒死病の根絶なんだろうけど、もしそれが難しいのであれば、私以外にも治療ができる人をなるべく増やした方がいいし、黒死病の病態をもっと深く研究した方がいい。私のやり方がどうしても受け入れられないというなら、当面の治療は私が行って、そこから分かったことを生かして他の治療法を同時並行で考えていけばいい。例えば治癒魔法みたいに黒死病治療に特化した魔法を考案してもいいし、黒死病の特効薬を開発してもいいし。そうすれば、例え私がいなくても、いつでも黒死病を治療することができる」
何か言いたげなレンジ君に、
「勘違いしないで欲しいのだけど、別に自己犠牲でも何でもなくて私のためでもあるから。ティナ・ローゼン精霊国では黒死病患者は処刑されるって話が出た時に言ったじゃない。『自分だって黒死病になるかもしれないのに』って。ここまで来て、『私は絶対に黒死病にはならないから大丈夫』なんて思い上がったこと言うつもりはないよ。もし私がこの先黒死病を発症したときに、私以外の誰かに治してもらわないと私が困るから。自分で自分の体を切り開くような芸当は流石に無理だしね」
それこそ、ブ○ック・ジャッ○にしかできないわ。
(ただ、やっぱり人選ミスな感じは否めないんだよねぇ)
確かに外科医としてはそれなりにキャリアを積んではいるけど、そもそも私は基礎研究とか論文作成とか学会発表とか、そういうものが大っ嫌いだから、大学付属の総合病院にそのまま居着いていたのだ。
この世界で私に黒死病の研究をしろだなんて、自慢じゃないけど全く自信がない。
(仕方ないんだろうな。あのタイミングで都合よく死んでくれる外科医なんてそうそういなかっただろうし)
『運命』だなんて歯の浮いた言葉を言いたくないけど、こればっかりはそうとしか言いようがないし、私のできる範囲で努力するしかない。
「私の技術を世間に知らせるのであれば、早いに越したことはないわ。最初は私のことを頭がおかしい女だと非難する人もいるかもしれないし、それこそ投獄されることもあるかもしれない。それでも、この瞬間も苦痛と絶望に苦しむ黒死病患者を見捨てていい理由にはならない」
「ユーリ……」
「大丈夫だって、レンジ君!犯罪者扱いされることはあっても、処刑されることはないって。だって黒死病を治療できるのは私しかいないんだから。私を殺したら、それこそ本当に世界中の黒死病患者に恨まれるから」
なおも心配そうな表情を浮かべるレンジ君を説得するように続ける。
「それに、私は本当に恵まれているって思っているよ。だって、私みたいに、平気な顔で内臓を弄りまくるサイコパス女には、私の身を案じてくれる人が4人もいるのよ。何の罪もない黒死病患者には、1人もいないっていうのに」
「当たり前だ……君はどんな時でも僕達の味方でいてくれたのだから」
絞り出すように呟くレンジ君に笑いかける。
「そう言うことよ、レンジ君。黒死病患者をこれからも治療していけば、患者が私の味方になってくれるはず。私の味方を増やしていけば、私が処刑台に送られることはきっとないでしょうよ」
と、ここまでは医者としての私の意見だ。
そして、誰にも、それこそセインにも打ち明けていない黒死病の真実がある。
それは同時に……私の、聖女としての役割を果たす時がようやく回ってきたことを意味するのだ。




