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聖女、メスを執る  作者: 西園寺沙夜


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Karte.112 ジークの心配、そして、話し相手

フィーちゃんの診察が終わった後は、ドラコの散歩もかねた日課の薬草採取だ。


必要な薬草をひたすら摘んではいるが、頭の中で考えていることは全く別のことだ。


(3人の黒死病患者は再発もなく経過も問題ない。現時点で治療は成功したと考えていい状態だ)


レンジ君に試した手法でフィーちゃんやジークの黒死病も治療できた。


3症例も集まれば、前世だったら学会で症例報告できるだろう。


(すべきなんだろうな、本当は。この世界に学会なんてものがあるのかは分からないけど)


そりゃあ、治癒魔法という医者いらずの素晴らしい魔法が主流である以上、私のやっている手術は外法、下手すればサイコパスな異常者扱いだ。


それでも、死に致る病を発症しただけでなく、『精霊に見放された異端者』として迫害され居場所を失った黒死病患者をこれ以上見殺しにすることは、医者として許される行為ではないのだ。


(それにしても、だ。何であの2人は何も言ってこないんだろう)


頭に浮かんだのは、ヒーラーであり上司でもあるセイン、そして研究者であるレンジ君だ。


あの冷静沈着で思慮深い2人なら、治療を3症例も成功させたのだから、


『この治療を世に広めるべきだ!』


と言い出すのではないかと思っていた。


特にレンジ君が私達と一緒にこの村に来たのは、『私に協力して黒死病について知りたい』という目的があったからだ。


レンジ君なら、それこそ聖ティファナ修霊院に今すぐ私を連れて行こうとするのが合理的だと考えるのではないか。


なのに、あの2人から聖ティファナ修霊院の話どころか、単語すら聞かない。


フィーちゃんもそうだったけど、話題に上げることを避けているかのようだ。


これじゃあ、まるで―――


「私が聖ティファナ修霊院に行くことを望んでいないみたい……」


「ピュゥッ?」


いつの間にかドラコが近づいてきていたので、フワフワの頭を優しく撫でる。


「……直接、話さなければ分かんないよね」


カバンに集めた薬草の量を確認して、


「帰ろうっか」


「ピャー!」


ドラコを伴って診療所に足を向けた。



「ユーリ!」


途中で、釣り竿とバケツを持ったジークに出くわした。


「もう釣りは終わったの?」


ジークはバケツを掲げて、


「大漁だからな!お前らにも分けてやるよ!」


胸を張って答えた。


確かにバケツの中には何匹も魚が入っていた。


「ちなみに、その釣り竿は使ったの?」


と聞くと、


「やっぱ俺は、こんなチマチマした糸で釣るのは性に合わねえわ」


(要するに、釣りはしなかったということね)


まあ、予想通りの答えだった。


「そう言えば、レンジ君は?一緒じゃなかったの?」


フィーちゃんは一緒に釣りに行っていると言っていたけど。


「アイツは自分の釣り竿で釣るっつって、まだ粘ってるぜ。あのギシュ?を変形させて魚獲りゃあいいのによ」


「それは最早釣りではないからね」


結局、『釣り』というものについてこの2人が分かり合うことは難しいのかもしれないが、以前の険悪な状態に比べれば、格段の進歩である。


「なあ、ユーリ」


ジークが改まった様子で私を見つめた。


「その……フィーは大丈夫だったか?」


先程の診察の結果を聞いているのだろう。


というのも、フィーちゃんの診察中にジークに外に出るように言ったのは、この私だからだ。


術後1カ月目のフィーちゃんの診察の時は色々大変だった。


ジークはしきりに診察に立ち会いたがっていたが、いくら妹とはいえ成人女性の上半身裸を成人男性に見せることは私の倫理観に反するため、断固拒否させて頂いたのだ。


それについては何とか納得……してはいないだろうが、まあ渋々了承してもらったが、やはりフィーちゃんについては極度の心配性になってしまうらしく、


『こちらが心配になるくらい落ち着きがなかった』


とセインに言われてしまう程だった。


そのため、今回は気を紛らわせるためにレンジ君と釣りに行ってもらったのだ。


「フィーちゃんは大丈夫。黒死病の再発はないし、経過良好よ」


安心させるように微笑むと、分かりやすくホッと顔を緩めた。


(自分だって黒死病を発症したっていうのに、自分の術後経過フォローの時より不安がっているなんて)


フィーちゃんのためなら無実の罪で処刑されても構わないという、重すぎるスタンスだから当然の反応なのかもしれないけど。


「ジーク。悪いんだけど、ドラコを診療所に連れてってもらえない?レンジ君と話をしたいから」


実際、ドラコは彼が持っているバケツの中身の方がよっぽど気になるみたいで、物欲しそうに見つめている。


「いいぜ。おい、ドラコ!帰ったら魚やるからよ、俺と一緒に来い!」


「ピャー!」


嬉しそうな鳴き声を上げ、ドラコはジークの傍にピタッとくっついた。


「ありがとう。じゃあ、よろしくね」


手を振って、ジークが来た方向へ向かおうとすると、


「なあ、ユーリ」


と呼び止められてしまった。


「フィーちゃんのことで何か気になることがあるの?」


(これだけ真面目な顔をするのは、きっと妹絡みだろう)


と思い、そう尋ねると、


「フィーのことじゃなくてよ……お前さ、俺に何かして欲しいこととかねえのか?」


「して欲しいこと……とは?」


と予想外のことを言ってきたので、こちらも質問で返す羽目になった。


「いやそれは俺が聞いてんだよ。その、だな……」


ジークは首にかけているゴーグル型メガネを手でいじった。


「黒死病のこともだけどよ。お前は俺が文字を読めないって知ってもバカにしなかったし、それどころか、俺がどうすれば文字を読めるようになるのかを一緒に考えてくれたしよ。レンジとの仲も取り持ってくれたじゃねえか」


気恥ずかしそうに頭を掻きながら、ジークは続けた。


「お前が俺に、恩着せがましくしようだなんて思ってねえことくらいは分かってる。だけどよ、それだと俺の気が済まねえんだ。俺だってお前の力になりたいと思っているし、お前に何かあった時には今度は俺がお前を支えたいと思っているから」


「ジーク……」


「だから……その、だな……」


それ以上は恥ずかしくなったのか、しどろもどろになったが、


「とにかく、だッ!俺は絶対お前の味方だからッ!だから、何かしてほしかったらちゃんと言えよ!」


そう無理やり切り上げて、ジークはドラコを伴ってこちらを振り返ることなく診療所に向かった。


「ジークは本当にいいヤツだよね……」


残された私は大柄のエルフの背中に呟き、


「やっぱり私は……彼らのこれからをより安心できるものにしたいよね」


自分の考えを改めて確認し、目的の場所に向かった。


ひょっとしたらバチバチの議論を交わすことになるかもしれない、天才ドワーフの元へ。

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