Karte.109 私の本音、そして、レンジの信条
「僕が恥を忍んでここまで曝け出したのだから、次は君の番だと思わないか?ユーリ」
「ええっと、それは……!」
「セインと暮らして大分経つだろうに、未だにヒーラーとその助手の関係のままというのが、むしろ不思議なくらいなのだが?」
「いやッ、そ、そんなことないと思うけどッ?!」
「だが、君はセインのことを誰よりも信頼しているだろう?君もその気があるのではないのか?」
「そ、そんな気はないよッ!」
ようやくレンジ君に反論した。
「そりゃ、セインのことは信頼しているよ?だけど、別に、恋愛感情があるという訳じゃ……!」
「では、どういう訳なんだ?」
容赦なくレンジ君が質問してきた。
「その……似ているのよ」
ここまで逃げ場がなければ、こちらも観念するしかない。
「……昔の恋人に」
「昔の……?」
レンジ君が目を大きく開く。
「すごく似ているのよ、セインは。顔も、声も、性格も、雰囲気も」
ついでに言ってしまえば、『血が苦手』というところもだ。
「もちろん、セインには凄く感謝しているよ。私を助手として住まわせてくれるし、ヒーラーとしてもとても尊敬している。何より、私の無茶に文句一つ言わずに協力してくれて、そのお陰で私は黒死病の治療が出来ているようなものだから」
「ユーリ……」
「でもそれは、恋愛とかそういうものではないのよ。たぶん……私はセインに、恋人を重ねている。だから一緒にいても落ち着くんだと思う」
誰にも……セインにさえも言ったことがない本心だ。
そしてこうやってレンジ君に話をしただけでも、私はまだ誠吾のことを乗り越えられていない事実を突きつけられている。
セインのことは尊敬しているし、誰よりも信頼している。
だけどそれ以上に、
ーーーセインを見ると誠吾を思い出すことができる。
こんな状態で、『セインのことが好き』だなんて血迷ったことを言ったら、むしろセインに失礼過ぎる。
「……その恋人は、今は?」
躊躇うように尋ねたレンジ君に、黙ったまま首を振った。
それだけで、十分察してくれたようだ。
「すまないッ!知らなかったとはいえ、無遠慮に踏み込んでしまって……!」
今度はレンジ君が深く頭を下げてきた。
「ううん。私もズケズケ言っちゃったから、お互い様ということにしよ?」
ね?と駄目押しして、ようやくレンジ君は頭を上げてくれた。
「さて!気を取り直してフィーちゃんを探しに行かないと!」
私の暴露話のせいで、かなり重たい雰囲気になってしまった。
気持ちを切り替えていかないと!
「……1つ、忠告していいか?」
「なに?」
レンジ君を振り返ると、
「僕はセインから、君は記憶喪失のため身元不詳だと聞いている」
「ッ!!」
(しまったッ!確かに私、最初にセインにそう言ったんだった!)
アワワ!とあからさまに顔色が変わった私を見て、
「君は黒死病以外のことでは、本当にツメが甘いな」
レンジ君が呆れたように呟いた。
「安心しろ。僕は誰にも言うつもりはない。もちろん、セインにもだ。だから君も、今後は話す内容には気をつけた方がいい」
そう言って、レンジ君は私の前を歩いた。
「レンジ君……その、聞かないの?」
レンジ君は立ち止まり、私を振り返った。
「君は言いたくないのだろう?」
彼は汲んでくれていた。
私が言わんとすることはもちろん、その奥にある本音も。
「ならば、僕も聞くつもりはない」
「レンジ君……」
「だが……そうだな。代わりに僕が、言いたいことを言わせてもらおうか」
レンジ君は真っすぐ私を見つめた。
琥珀色の瞳に、温かく、揺るぎない決意を讃えて。
「ユーリ。僕は君に全幅の信頼を置いている。君が何者であっても、君の過去に何があろうとも、だ」
いつもは冷静沈着な凛とした高い声が、今はゆったりと語りかけるように言葉を紡ぐ。
「そして、例え世界の全てが君の敵に回ったとしても……僕は絶対に君の味方であり続ける。それだけは、どうか覚えておいてほしい」
「ど、どうして……」
「どうして?君が先にそうしてくれたじゃないか。僕のために」
何とか絞り出した疑問の声に、レンジ君は優しく返してくれた。
「……僕が黒死病を発症したと知られたとき、兄の反応は、まあ予想通りだった。暴言を吐かれて殴られた上で国を放り出されることは想定内だった。だが、それよりも堪えたのは研究所で知られてしまったときだった。長年共に働き、信頼関係を築いていたと思っていた研究員達さえも、一瞬で僕から離れてしまった。『精霊から見放された異端者』……身を持ってその言葉の意味を知った」
黒死病を発症したレンジ君に、研究所でセインが治癒魔法をかけたときのことだろう。
あのとき、あれだけレンジ君を尊敬していた研究員達が……ウィルさんまでもが、レンジ君を『自分達とは異なる生き物』のように見ていた。
「だが、ユーリ。君だけは違っていた。君だけは僕をずっと庇ってくれた。最後までずっと僕の手を離さないでいてくれた……君だけは、僕を見捨てず、味方であり続けてくれたんだ」
レンジ君はまた森の奥へと足を向けた。
「君の過去に何があったのか、気にならないと言えば嘘になる。だが、君が例え何者であっても僕は君の力になり続けると決めたのだから、問い質すつもりは毛頭ないし、君が言いたくなった時に聞けばいいと思っている」
慌てて追いかける私に、彼は冗談交じりに言った。
「だが、欲を言えばだ。君の寿命が尽きるまでには打ち明ける決心をしてくれると、僕はとても嬉しい。人間の寿命は僕達ドワーフより短いからな」
「……!」
レンジ君の私に対する深い信頼の言葉に、正直どう返せばいいのか分からなかった。
少なくとも、中途半端に応えて、おざなりに謙遜することはあまりにも失礼だと言うことくらいは分かっていた。
そして、最後に放った”寿命”という言葉。
フィーちゃんやジーク……私よりはるかに長い寿命を持つ彼らを治療したときから、頭の隅で気にかけてはいたことだ。
(……私もそろそろ、考えなければならないのかもしれない)
「……どうやら、僕の心当たりは正しかったようだぞ」
レンジ君の言葉にハッとし、木の陰に隠れたドワーフの後に慌てて私も続いて、彼の見る先に顔だけ向けた。
「……フィーちゃん!」
小さな洞穴の中に座り込み、抱えた足の間に埋まった白銀の頭が見えた。
「土砂崩れが起きた夜に、ジークが飛び出していっただろう?彼もあそこに潜り込んでいたんだ」
「なんであんな狭い所に……」
「この森に到着したばかりのときに、フィーをあそこに隠していたんだそうだ」
フィーちゃんやジークにとっては、この村での初めての居場所なのかもしれない。
「見つけたのはいいとして、フィーちゃんをどうやって宥めればいいのかしら」
悪意がないとはいえ、自分の恋愛相談を実の兄から、しかも当の本人に暴露されるなんて、フィーちゃんにとっては相当ショックだっただろう。
一人っ子で兄弟がいないから分からないが、もしこれを親にされたとしたら、向こう3年は絶対に実家に帰らない。
(まあ、もう帰る実家もないんだけどね……)
おセンチな気分に浸っている私をよそに、レンジ君は結論を出したようだ。
「僕が話すから、君も一緒に来てくれないか?」
「レンジ君が?!」
かろうじて声を抑えたが、それでも声が上擦った。
「君も言っていたように、僕は関係者だからな。どのみち、現時点での僕の考えはフィーに伝えた方がよいだろうし、無かったことにする方がむしろ失礼だろう?」
「それは、そうだけど」
レンジ君はフィーちゃんの方を向いた。
「あいにく恋愛経験皆無な醜男だから気の利いたことは言えないが、それでも好意を抱いてくれたことには誠意を持って答えなければな」
私は呆れたようにレンジ君を見つめた。
(レンジ君、そう言う君の横顔はメチャクチャ凛々しくてカッコイイですよ)
自分を醜男だと悩んでいる世の中の男性陣に、後で謝った方がいいくらい。




