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聖女、メスを執る  作者: 西園寺沙夜


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Karte.10 ユーリによる『美少女戦士』の考察、そして、魔力操作

星の瞬きと大きな月、その傍らに寄り添う小さな太陽。

焚き木の火。


灯りと呼べるものはそれだけだ。


それ以外は濃い漆黒の闇が辺りを覆い尽くし、手を伸ばせばズブズブと飲み込まれてしまいそうだ。


記憶の彼方にある小学校の林間学校でキャンプファイヤーをした時を思いだす。


あの時の炎はこんなに控えめで地面にしがみついているようなものではなかった。


小学生だった私の腕より太い丸太を何本も組んで、夜の闇に抗うように爛々と燃え盛る大きな炎が聳え立っていた。


火に照らされた同級生の赤い顔を見ながら、キャンプファイヤーを囲んで夜にもかかわらずみんなで歓声を上げていたっけ。


(まあ、今の私にはそんな体力も気力もすっかり尽きているんだけど)


パチッと焚き木が鳴るのをぼんやり聞きながら夕方の出来事を思い出す。


魔物との闘い、悲鳴、血の匂い。


「これが、異世界、かぁ」


膝を両腕で抱え、姿のないアイに話しかける。


「アイ、私さ」


《はい》


「小さい頃テレビでね、変身して戦う美少女戦士たちのアニメを夢中で見てたんだよ。子供ながらに、かわいいのに強くてスゴイ、って憧れた時もあったんだけどね」


思い出されるのは、アイドルのように可愛らしいキラキラした戦闘服を着た、これまた大きなお目めに星がキラキラ輝く少女たちだ。


クルクル回りながら変身し、力を合わせて仲間と戦い、最後に決め技を華麗にお見舞いして倒す。


大人になった今では、鼻で笑ってしまうような単純なストーリー展開が毎週繰り広げられていた。


けど!


「ここに来て痛感したよ……」

《何をでしょうか》

「あの子たち、本当にスゴかったんだって!」

《……はあ》


呆れられたように聞こえるのは、たぶん気のせいだ。


「だってさ!今日みたいな魔物と来る日も来る日も戦わなきゃいけないんだよ!今日だけで私の寿命10年は縮んだし!こんなことがしょっちゅうあったら、命がいくつあっても足りないでしょ!」

《……》


もはや相槌を打つ気すらが失せたのか、無言を貫くアイ。

でも私は構うことなく思いのたけを吐き出す。


「もう本当に、心の底から尊敬するよ!美少女戦士達を!ただカッコつけて変身して必殺技を繰り出すだけじゃなかったんだって、今日十分思い知ったよ!」


《……ユーリの認識を訂正してもよろしいでしょうか》


「なに?!」

鼻息荒く返事をすると、


《ユーリの記憶を確認する限り、『アニメ』とは創作物であり虚構です》

「いや勝手に記憶を確認しないでほしいんだけど」


《一方、本日起きた魔物との戦闘は頻度こそ高くはありませんが、この世界では日常的かつ現実に起きている事象です》


「っ!」


《本日の戦闘で、もしカーラのように魔力を行使できるものがいなければ、ユーリやセインのような加護を行使できるものがいなければ、全員ワイルド・ウルフに殺されていたでしょう。この世界は、あなたが生きていた前世よりはるかに危険で弱肉強食に則った世界なのです》


言葉を失う私にアイは続ける。


《あなたは『精霊から祝福を受けた聖女』です。この世界の生物より魔力量および魔力制御において規格外の能力を身につけております。ですが、それは不死身であることと同義ではありません。それだけは留意しておいてください、ユーリ》


「……なんて言うこった」


夜空を見上げれば、大きな月とそれに寄り添う小さな太陽。


間違いなく私が知っている空とは違う空だ。


「本当に今更だけど、とんでもない世界に来てしまったのね……」


フラノ村にいたときだって平和そのものだったのに、一歩外に出れば危険がいっぱいなのか。


「そもそも、ワイルド・ウルフって何であんなに強いの。普通のオオカミとは全然違うじゃない」


《以前説明した通り、この世界では有機物すべてに魔力が宿っております。それは人間だけでなく動植物も同じです。人間でも生来魔力量が多く加護を行使できる者たちがいるように動植物でも生まれつき魔力量が多い者たちがいます。それが、『魔物』と呼ばれる者たちです》


「じゃあ、魔物っていうのは魔力を使える動物や植物のことを言うの?」


《その通りです。通常の動植物とは異なり体格や外見が変化するだけでなく、身体能力も大幅に上昇します。また属性魔法を行使できる者たちもいます》


「なるほどね」


確かに、ワイルド・ウルフは普通のオオカミより体は馬並みに大きかったし、力も強く動きもめちゃくちゃ素早かった。


《はい。ですが……》

「ん?」

《本来であれば、魔物はあそこまで好戦的ではありません》

「そうなの?魔物って見境なく人を襲ったりしないの?」


少なくとも、前世のゲームやアニメではそんな感じだったはず。


仕事が忙しすぎてその手のモノには全く縁がなかったから、よく分かっていないんだけど。


《たとえ魔力量が増えたとはいえ、基本的には通常の動物と変わりありません。ワイルド・ウルフは縄張り意識が強く、自分の縄張りに侵入してきたものには容赦なく攻撃します。ですが、同時に警戒心が非常に強く危機回避能力に優れております》


「つまり……どゆこと?」


《不要な戦いは可能な限り回避するということです。さらに、昼間通行したルートは完全にワイルド・ウルフの縄張り領域から外れております。自身の縄張りを越えて人間を襲うことなどあり得ません》


「じゃあ、あのワイルド・ウルフたちはいったい……それに」


『黒死病』


ふと、セインの言葉が頭を過った。

確か解体作業をしていた時に言っていた。

それにすぐさま反応したカーラさんも撤収を急がせていた。


(なんのことだろう。『黒死病』って)


「ねえ、ア…「だれかいるのか。」ひっ!」


……びっくりした。


しかも今まで口に出してアイと話してたんだけど……まさか聞かれてないよね。


「なんだ、ユーリさんか。まだ起きていたのか?」

「カ、カーラさん……」


凛々しいハスキーボイスの持ち主はカーラさんだった。

こんな真夜中だというのに眠気や疲れを一切感じさせていない。


「み、見回りですか?お疲れ様です!」

「ああ。交代で夜の見張りをするのも護衛団の仕事だ。昼間のこともあるしな」

「大変なんですね……」


昼だけでなく夜もこうして身の安全に気を配らなければならないなんて、前世の生活がいかに危険とは縁遠いものだったのか思い知らされる。


「いや、これくらい何でもない。むしろ、魔物との戦闘後でもこうして見回りができるのは、ヒーラーが治療してくれたおかげだからな」


「確かに」


カーラさんの怪我はどう見ても重傷で、応急処置だけでは対処できなかっただろう。

一瞬で完治させてしまうんだから、本当にセインの魔法は大したものだ。


「それに、ユーリさんのおかげでもある」

「えっ」


「もう1体のワイルド・ウルフが現れた時、あなたが魔力操作で瞬時に私を庇い、属性魔法を発動させてくれたおかげで、私は死なずに済んだ。その後も、あなたがアイツを捕えてくれたおかげで首を落とすことができた。負傷した私1人だけでは倒すことはできず、全滅していただろう」


そしてカーラさんは私に向き直り、直立不動になったかと思うと、

「本当にありがとう。団長として、心から礼を言う」

「えっ!」

腰をぴったり90度に折り、深々と私に頭を下げていた。


「正直、私はあなたを見くびっていた」

頭を下げたままカーラさんは続ける。

「ヒーラーの助手という名目で取り入っているだけの、ただのアバズレなのかと思っていた。」


(スゴイ言いようだな……)

気品漂う彼女の口から出てくるとは思えない言葉だ。


「しかし、あなたの属性魔法があったからこそ、こうして私達全員生き残ることができた。本当に感謝している」


「そ、そんな!頭を上げてください!私がワイルド・ウルフを倒したわけじゃないんですから!」

「しかし……」

「私にしてみればカーラさんの方が凄いですよ!」


私の言葉が予想外だったのか、カーラさんは顔を少し上げた。


「同じ女性なのに護衛団の団長もして、しかもあんな凶悪な魔物とも戦えるなんて、本当に尊敬します!」


思わず力説する私を紫紺色の瞳が真っすぐ向けられる。


そして、

「ありがとう」


フッと口元が綻ぶと、先ほどまでの精悍さはなくなり、柔らかな笑顔が薄暗い焚火の明りでも神々しく輝いていた。


(うわっ……!)


いや、分かっていた。初対面の時から分かっていたけど……!


(やっぱりカーラさんって、めちゃくちゃ綺麗な人!)


美女特有のオーラに目が眩んでいると、


「例えお世辞だとわかっていても、優秀な加護使いにそう褒められると嬉しいものだ」

とカーラさんはつぶやく。


「お世辞じゃないですよ!……そういえば、昼間も言ってましたけど、『加護使い』って何ですか?」

「ヒーラーの助手のくせに、『加護使い』を知らないのか?!」

「ええっと……」


今度は思いっきり目を剥かれてしまい、こちらがタジタジしてしまう。

私の様子にカーラさんはあからさまに溜息をつき、


「あなたは不思議だな。あれほどの魔法を使いこなせているのに、妙なところで無知とは」

「無知って……」

(まあ、その通りなんですけど)

「『加護使い』とは、属性魔法を使える者たちのことだ」


カーラさんは説明する。


「身体能力や体力を飛躍的に向上させる『魔力操作』は、ある程度鍛錬すれば使いこなすことはできる。しかし、属性魔法は生来の才能による要素が強く、万人が使えるものではないのだ」


「へえ、そうだったんですね」

「……まさか、今まで知らずに使っていたのか?」

「あ、あはは」


もはや変な生き物を見るような目で見られてしまい、笑ってごまかすことしかできない。


(ん?だったら私『魔力操作』っていうの、できてないんじゃないの?)

《ユーリはすでに『魔力操作』を使用できています》

「?!」

「どうした?」


いきなり頭の中でアイが割り込んできて不覚にも肩が跳ねてしまう。


当然カーラさんが見過ごすわけがなく、不思議そうな表情を浮かべる。


「だ、大丈夫です!夜風に当たったせいかな?ちょっと寒気がしたような……」


(ちょっと、アイ!急に話に入ってこないでよ!びっくりするじゃない!)


急いでカーラさんに取り繕うのと同時に、頭の中でアイに文句を言う。

我ながら器用だ。


《2体目のワイルド・ウルフがカーラに攻撃しようとしたとき、ユーリはカーラを庇おうと無意識下で魔力操作を使用しております》


(え、私の文句は無視?)


《しかし、魔力操作の扱いが未だ稚拙であるため制御できていない状態です。さらに》

(さらに?)


なんかもう、アイにスルーされることに頭が慣れつつあるわ。


引きつった笑みを向けながらアイの説明に相槌を打つ。


「夜も大分更けてきているからな。明日も長旅になるだろうから、もう休んだ方がいい」


《ユーリ自身の体躯制御にも問題があります。ユーリの前世の言葉を借りれば、『運動神経が悪い』ということです》


「はあっ?!」

「なっ?!」

「……ッい!ありがとうございます!」


なんとか……なんとか気合で話をつなぐことができた。


「カ、カーラさんも!くれぐれも無理しないようにしてくださいね!」

「あ、あぁ。ありがとう。」


見るからにドン引きしたカーラさんはそそくさとその場を去っていった。


「あぁ、もう!」

《どうしましたか?》

「絶対変人に思われた!アイのせいだよ!」

《事実を述べたままです》


「どうせ…どうせ!」


無意識のうちに両手に力が入り、ワナワナと肩が震えてくる。


「学生時代の体育の成績、どんなによくても『2』だったよ!」


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