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聖女、メスを執る  作者: 西園寺沙夜


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Karte.103 ドラコの成長、そして、この世界の空事情

「うーん、こんないい天気久々ね!」


一夜が明け、朝から雲一つない快晴だ。


どうやら昨日の嵐が全ての雨雲を吹き飛ばしてくれたようだ。


こんなに清々しい朝は本当に久しぶりだ!


両開きの窓を大きく広げ、胸いっぱいに少し冷たいけど澄んだ空気を吸い込む。


「ピャー!」

「ドラコもご機嫌ね……ん?」


私の顔の高さにいるドラコに笑いかけ、そしてすぐに違和感を持った。


ん?私の顔の高さにドラコがいる?


確かにドラコは順調に成長している。


雄鶏から七面鳥くらいの大きさにはなっていた。

見た目も更にドラゴンらしくなってきている。

育ての親としては非常に嬉しい限りだ!


でも、今のドラコじゃあ、どんなに背伸びしても立っている私の顔には届かないはずじゃ……。


「ど、ドラコ……?」

「ピャ?」


呆然とする私の目の前で、パタパタと背中の羽を動かして浮かんでいるドラコが首を傾げ―――


「わぁぁぁーーー!」

「ピャーーー!」


せっかくの素晴らしい朝の空気が、私のけたたましい叫び声と、それにつられたドラコの鳴き声にかき消されるのであった。



「ーーーつまり、ドラコが突然飛んでいることに驚いて大声を上げてしまった、と?」


「はい……おっしゃる通りです」


リビングでは、肩を落として座る私の前に、レンジ君が呆れた表情を浮かべて座っていた。


ちなみにセインは朝御飯の用意をしてくれている。


そして、


「その調子ですわ、ドラコちゃん!」


羽を懸命に動かして部屋の中をヨロヨロ飛んでいるドラコに、フィーちゃんが歓声を上げ、ジークも面白そうに眺めていた。


「ユーリ、君が手塩にかけて育てたドラコが急に空を飛んで、さぞかし驚いたことは理解できる。だがな、早朝から絶体絶命の危機に遭遇したかのような叫び声を上げるのは、もうやめた方がいいと思うのだが」


「……面目もございません」


見た目美少年(実年齢57歳)にやんわり諭され、体がさらにシュウッと縮こまる。


1度目はドラコが卵から孵ってたときのことだ。


『赤いゴ〇ラ』のような形態のファイアドラゴンが産み落とした卵のはずなのに、真っ白のモフモフの羽毛に包まれたドラコを見て、あまりの衝撃に絶叫を上げてしまったのだ。


その時はセインもレンジ君もドラコの予想外の形態に意識が向き過ぎていて、その時は私の叫び声については特に何も言われなかった。


だけど流石に2度目となると、『朝っぱらから絶叫する迷惑女』という認識になってしまうようだ。


いや、そう思われて当然なんだけどね。


しかも今回はジークとフィーちゃんまで大慌てで駆けつけてくれたのだ。


ジークの聴力は風属性魔法で恐ろしく強化されているため、少し離れた宿屋でもはっきり聞こえてしまったようだ。


ホントごめんなさい。


「なあ、ユーリ」


さっきからドラコを興味津々で見ていたジークが私の方を見た。


「コイツ、どうやって飛んでんだ?」

「……羽で飛んでるんじゃないの?」


ジークの質問の意図がよく分からない。


現にドラコは、羽をパタパタ動かして宙に浮かんでいるように見えるけど。


ちなみに2人には、ドラコがドラゴンであることも、この家に来た経緯も説明済みだ。


「空飛ぶヤツって、風を利用するのが多いんだけどよ。なんかコイツは違う感じがするんだよな」


「風を利用して飛ぶ……?」


ふと思いついたことを訊ねてみた。


「ねえ。ジークってひょっとして空飛べたりするの?」


「ああ、まあな」


「ええっ!本当に?!」


レンジ君のお説教そっちのけでジークの方に体を向けた。


流石、魔法が使える世界!

というか、今まで見たことがないのが逆に不思議だったのか?


「ね、見せて見せて?」


「仕方ねえな、この家ん中だけでだぞ」


私の催促にジークは少し得意気になって、


「"ウィンド"」


「おおっ!」


ジークが呪文を唱えると、ジークの体が床から30cm位フワッと浮いた。


よく見ると、ジークの体全体が上昇気流のようなものに包まれているのか、わずかに逆立っている。


「もっと高くまで浮き上がることもできるし、上昇気流を捕まえちまえば、それに乗って遠くまで飛ぶこともできる」


「どのくらいの時間飛んでいられるの?」


「調子が良けりゃあ、1時間くらいか?」


するとフィーちゃんが驚いた顔をした。


「凄いですわ、お兄様!お城にいた風の魔法を特別使える者でも、もって15分が限界だと言っていましたのに!」


「ま、空飛ぶ必要なんざ滅多にねえけどよ」


妹に褒められ嬉しいのだろう、ジークは気恥ずかしそうに言いながら床に降り立った。


「え、なんで?空を自由に飛ぶなんて、最高じゃない!」


「ああ?んなことねえよ。空なんざ飛ばない方が結局いいって話になるからよ!」


「どうして?!」


「空飛ぶ魔物に目ぇつけられると、だりいからだよ!」


ジークは面倒くさそうに答えた。


「アイツら1匹だけなら余裕だけど、たいてい群れで攻撃してくるし、しつこいし、小賢しいし。こっちの攻撃が届かないギリギリの所から延々と追いかけてきて、魔力が切れそうになって地面に降りようとしたところを一気に襲ってきやがるんだよ」


「それはキツいね……」


「アイツらは魔法を使わなくたって飛べるからな。しかも魔力操作や風の魔法を使ってくるやつもいる。こっちは魔力の残り気にしながら空飛ばなきゃなんねえから、やっぱ不利なんだよ」


理想と現実は違うということか。


「それで、ドラコの飛び方はどう違うんだ?」


レンジ君がジークに尋ねてきた。

昨日までのつっけんどんな物言いとは雲泥の差だ。


「なんつうか、飛んでいるっていうより……浮かんでる感じなんだよな。羽は動かしてるけど、あんまり風が出てる訳でもねえし」


「浮かんでる……」


レンジ君が立ち上がり、ドラコに近づいた。

私も、これ幸いと立ち上がった。


パタパタと頑張って羽を動かしているが、確かにジークのように風が羽毛を逆立てている感じはない。


むしろ、風船のようにフワフワ飛んでいるようだ。


レンジ君はジッとドラコの飛び方を観察すると、

「何やら、熱気のようなものを放出しているような……」


何かに気づいたようで、ドラコの周囲の空気を手で撫でるように動かす。


「ドラコの体の下の空気が、妙に熱いな?」

「あ?……アッツッ!」


ジークもレンジ君の真似をしてドラコの下に手を入れると、慌てて手を引っ込めた。


「メチャクチャ熱いじゃねえか!なんで、おめえは平気なんだよ?!」


「まあ、僕は火の精霊の加護があるからな」


そういうレンジ君は平気な顔で飛んでいるドラコの下に手を当てる。


「なるほど……確かにファイアドラゴンの力を受け継いでいるんだろうな。いや実に興味深い!」


「どういうこと?」


興奮したように目を輝かせるレンジ君に解説を求めた。


「以前、僕が火を出さずに熱だけ出して体を乾燥させたことがあることを覚えているか?」


「ああ、フィーちゃんの治療の時にジークを止めようとしてずぶ濡れになったときにね」


「ウ゛ッ!お、思い出すなよ……!」


ジークが決まり悪そうに顔を逸らした。


「ドラコもそのときの僕と同じように熱を発しているんだ。しかも、地面側の体部分だけから熱を出しているため、体の直下の空気だけが高温になっている。すると、温められた空気は周囲の空気より軽くなるためドラコ体を持ち上げ


「小難しいこと言われても分かんねえよ!」


痺れを切らしたジークが口を挟んだ。

フィーちゃんも頭にクエスチョンマークが飛んでいるのが分かる。


「つまりだ、温まって軽くなった空気の上にドラコが乗って浮き上がっているということだ」


とかなり端折ってジークに解説した。


「だからドラコは浮かんでいるように見えんのか!」


ジークもフィーちゃんも納得してくれたようだ。


(レンジ君って本当に頭いいんだね)


この世界は魔法があるから当然なんだろうけど、科学技術がそこまで進んではいない。


しかも、身分や地域によって知識の偏在がある。


現に、この辺境のフラノ村には学校というものはなく、読み書きを含めた生活に必要な知識は親から教えてもらうことがほとんどだ。


そして、ガルナン首長国の第3太子であり、魔鉱石錬成研究所の副所長を務めていたレンジ君は高水準の教育を受けていただろう。


だけど、専門はあくまで魔鉱石や封魔石だ。

にもかかわらず、浮力(気球はこの力のおかげで浮いているのだ)なんていう明らかに専門外の分野もしっかり理解していることが分かる。


研究所の研究員達(懐かしきゲイルやその取り巻きは除く)がみな、レンジ君のことを尊敬していた理由がよく分かる。


「ファイアドラゴンの火属性魔法を応用して空を飛ぶとは、見事な発想だぞ!ドラコ!」


だんだん慣れてきたのか天井付近を飛んでいるドラコを、レンジ君はしきりに感心していた。


「ですが、飛べるようになったということは、それだけ注意しなければならないことも増えてくるのではないでしょうか」


朝御飯の用意をしてくれていたセインが、不安そうにドラコを見上げた。


「あ、セイン!配膳手伝うよ!」

「私も!」


私とフィーちゃんがセインの元に集まり、朝食をテーブルへ持っていく。


レンジ君はもう朝食は食べたらしいが、ジークとフィーちゃんは食事をする前に私の絶叫を聞いて駆けつけてくれたので朝食はまだ取っていないとのことだ(本当ごめんなさい)。


なので、リビングには4人分の朝食が運ばれつつあるわけなのだが、


「ピャー!」


ドラコも朝からずっと飛んでいたのでお腹が空いたのか、テーブルの上の朝食に目を奪われた……のが良くなかった。


グラッ―――!


高度は上がっても危なっかしいのは変わりないのに、朝食の登場に集中力がとぎれてしまい、


「ドラコッ!」


このままだと、落下ポイントは食事が並んだテーブルの上だ。


「”アルケミル”!」


すぐさまレンジ君が左腕の義手をロープ状に変形させて、食事の上スレスレでドラコをキャッチした。


「ありがとうございます、レンジさん!」


「見事な早業ですわ!」


ドラコと朝食の救世主にみな歓声を上げた。


そして当の本人は、


「セインの言う通り、ただ手放しで飛べるようになったと喜ぶわけにはいかないようだな」


とため息交じりに腕に抱いたドラコを見つめた。

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