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聖女、メスを執る  作者: 西園寺沙夜


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Karte.102 フィーの思い出、そして、雨上がる

「あの2人、遅いよね……」


リビングでジークの書いた文字を眺めながら、窓の外に目を向けた。


あれほど吹き荒れていた嵐はすっかり静かになり、夜空には月が煌々と輝いていた。


「ジークさんはずっと森の中で暮らしていたということですから、夜目も利くでしょうけど。レンジさんは大丈夫でしょうか。ようやく月が出てきたとはいえ、暗いことには変わりありませんから」


セインがお代わりの御茶を注いでくれた。


「まさかとは思うけど……あの2人、魔法全開でケンカしているんじゃないでしょうね?」


なんて恐ろしい考えが沸いて出てきた。


(これが青春ドラマなら、お互いボロボロになるまで殴り合って、夕暮れの河原とかで『お前、やるなあ』とか言いながら友情が芽生えるんだろうけど)


だがここは魔法が存在する異世界だ。


レンジ君の実力は言うまでもないが、アイ曰わく、ジークも相当の手練れらしい。


なぜそんなことが分かるのかというと、アイのスキャンは対象の魔力を利用して体内を画像化しているのだが、同時に対象の魔力量も測定することができるらしい。


要は魔力の量や質に応じて画像の再構築のしやすさに差があるらしく、質と量とも高ければ簡単に再構築ができ、低ければ再構築に時間がかかってしまうらしい。


(じゃあ、魔力が高くない一般人は手術のハードルあがるじゃない!)


と言ったら、その遅延を解消するためには、私の魔力を問答無用で補填すれれば問題ないらしい。


《聖女であるユーリの魔力量であれば、大海から一滴の水を取り出したようなものですから》


と、AIらしからぬ詩的な表現で説明してきた。


つまり、アイはスキャンをすれば必然的に相手の魔力量が測定でき、その結果で相手の魔法面での力量も推測できると言うことだ。


そんなジークの実力はというと、なんとレンジ君と遜色ないらしい。


もちろん、加護を受けている精霊も違うし、魔法以外の身体能力も異なるため、一概にどちらが強いとは言い難いらしいが。


(ただ1つ言えることは、だ。あの2人が本気でケンカしたら、フラノ村一帯が壊滅の危機に瀕するということよ!)


勝手な心配をしている私に、


「流石にそれはないでしょう。レンジさんもジークさんも、性格は正反対とはいえ2人とも場を弁える行動がなできる方達ですから、我を失って暴れるようなことはしないと思いますよ」


とセインが呆れ半分で言ってきた。


「まあ……確かにそうだよね」


ちょっと考えすぎていたことを反省しつつ、


「2人が戻ってきたらジークが文字を読める方法を考えたいんだけど、いい?」


とセインとフィーちゃんに聞いた。


「もちろんですよ。ただ今日はもう遅いですから、本格的に考えるのは明日からの方がいいでしょうね」


「そうだね。土砂災害もあったし」


今度は可憐なエルフの方を見るが、


「……フィーちゃん、どうしたの?」


ジークとレンジ君が家を出てからずっと黙りっぱなしだ。


むしろ、元気がなさそうに見える。


「大丈夫?さっきの救助活動で凄く疲れているとか?」


それなら私の部屋を貸して休ませた方がいいかなと思い始めていると、


「いいえ、そうではないんです」


フィーちゃんは力なく微笑みながら首を振った。


「ただ私は……実の妹なのにお兄様の何の力にもなれていなかったのだと、自分のことが情けなくなってしまって」


お茶が入ったコップを両手で持ちながら元気なく呟いた。


「お兄様が文字を読めないことは、それこそ幼少の頃森で会っていたときから知っていました。でも私は、『どうすればお兄様が文字読み書きできるようになるのか』なんて考えたこともありませんでした。ここまでの旅や、この村での生活で文字を読む必要があれば、私が読み上げておりましたし、それで満足していたのですわ」


私達に聞かせるというより、自分自身の考えを整理しているようだった。


「でも、お兄様だって文字が読めるようになるのであれば、その方がいいに決まっています。王族でなくとも、文字を読まなければならない機会はたくさんあるのですから。先程のお店でメニューを見たり、色々な本を読んだり……少し考えれば分かることですよね」


声にだんだん涙が混じり、今にも泣きそうな顔を浮かべている。


「なのにどうして、私はこうも考えが足りないのでしょうか。お兄様が黒死病を発症したことも、文字が読めなくて辛いことも、私は何一つお兄様に寄り添うことができていませんでした……」


「フィーさん……」


セインも何と慰めればいいのか分からないようだ。


少し考えてから、


「ねえ。フィーちゃんは小さい頃森でジークに初めて会ったって言っていたけど、文字が読めないと分かったきっかけは何だったの?」


と尋ねてみた。


「きっかけ、ですか?」


フィーちゃんはキョトンとしたが、


「私のお気に入りの本をお兄様にお貸ししようとしたんです。母や姉は、私が何が好きなのか、何がお気に入りなのか、ということに全く関心を持っていませんでしたから、お兄様には知ってもらえないかと思って。その時にお兄様が文字を読めないと教えて下さったので、『私が文章を読み上げるから一緒に本を読みたい』と、そう言ったんです」


懐かしむように目を細めた。


「たわいもない子供の御伽噺ですわ。ドラゴンに攫われた姫を助ける王子の話、未知の洞窟を探検して財宝を探す冒険物語。ですが、お兄様はいつも真剣に聞いてくださいました。お兄様と、読んだ本の感想を言い合うのは本当に楽しい時間でした」


だけど悲しそうにフッと目を落とし、


「私は当時の子供だった考えがまだ抜けてないのですね。昔のように、お兄様に書いてあることを読み上げてそれで十分だと思っていたのですから。結局、私は無駄に長く生きて何も成長していない」


「そんなことないよッ!」


フィーちゃんの肩に手を置いて思わず遮ってしまった。


何これ、めっちゃいい話じゃない!


「それ絶対、ジーク嬉しかったって!ジークは文字が読めないことを周りからずっと責められてたんでしょ?なのに、フィーちゃんはそのことをバカにせずに、しかも一緒に読書を楽しめるようにしてくれたなんて!そりゃジークも、フィーちゃんのためなら何だってしたくなるよ!」


「ユ、ユーリさん……」


私の圧に少々押されながらも、フィーちゃんはジッとわたしを見つめた。


セインも同意するように頷いた。


「ジークさんのために文字を読み上げるだけで満足していたとフィーさんは自分を責めてましたが、それだってジークさんには何よりの助けになったはずですよ。文字が読めないことをその都度誰かに説明するなんて、精神的に大きな負担になるでしょうから」


もしも打ち明けた誰かが自分をバカにしてくるんじゃないかと思うと、相当ハードルが高かっただろう。


「お二人は、本当に互いを思いやった素晴らしい兄妹ですよ」


セインが穏やかにフィーちゃんに微笑み、私も深く頷いた。


「ユーリさん、セインさん……」


桜色の瞳が一際煌めき、そして柔らかく細められた。


「私にとって、とても大切なお兄様ですわ」


「だそうだ、ジーク」


「「ッ?!」」


予想外のところから聞こえてきた声に、私とセインの肩が大きく波立った。


「レ、レンジ君?!」

「いつの間にッ?!」


いつの間に開けられていた裏口に、レンジ君と気恥ずかしそうなジークが立っていた。


「あまりにも熱心に話込んでいたから、声をかけるタイミングを逸していたんだ」


澄まし顔で答えるレンジ君の横を通り、ジークがフィーちゃんの前に立った。


「あの、お兄様……私、お兄様のために全然何もできてなくて」


「俺は!」


フィーちゃんの言葉を遮りジークが大声を出した。


「俺は……お前だけは絶対に俺のことをバカにしないって分かって……スゲエ救われた。お前が俺のことをどんなときでも『兄』だって……『家族』だって思っていてくれて、本当に嬉しかったんだ」


「お兄様……」


「お前は十分過ぎるくらい、俺のためにしてくれている……大切な妹だ」


「……お兄様ッ!」


フィーちゃんがジークに駆けつけ、ギュッとジークを抱き締めた。


ジークも照れくさそうに、だけど何とも言えないほど柔らかい表情を浮かべてフィーちゃんの頭を撫でた。


何だかこっちまでほんわかした気持ちになってきた。


「レンジ君もジークと仲直りできたみたいだね」


隣で穏やかな表情を浮かべているレンジ君の肩をつついた。


「まあな。僕もジークの読み書きの手伝いをしようと思っている」


左手の義手を優しく撫でた。


「義手はただの道具だ。だが、僕は時々左手が生まれつきないことを忘れてしまうことがある。それほどコレは、僕の人生に欠かせないものになっていた」


ジークとフィーちゃんを見つめ、


「同じように、ジークも僕が開発した道具で苦しみを忘れられるのであれば、これ以上の喜びはない」


「レンジさん……」


セインも同じように穏やかな表情を浮かべた。


そんな私達を、月明かりが丸く照らしていた。


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