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聖女、メスを執る  作者: 西園寺沙夜


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Karte.99 ユーリの提案、そして、レンジ追いかける

私からいきなり白羽の矢を立てられ、レンジ君が目を剥いた。


「レンジ君だってジークと和解したいと思っているんでしょ?だったら、ちょうどいいじゃない!ジークが誰が書いた文字でも読めるように手助けするのよ!」


ズイッとレンジ君の方に身を乗り出すが、レンジ君はこちらが乗り出した分だけ体を引いた。


「手助けというが……なぜそこで僕の力が必要になる?!」


訳が分からないと言った様子でレンジ君が声を荒げた。


「レンジ君も言っていたじゃない。『ジークを見ていると、義手がまだなかった時の自分を思い出す』って。きっと無意識のうちに気づいていたのよ」


「……何をだ」


「ジークには『レンジ君の義手』みたいなものが必要だってこと!」


力説する私にセインが口を挟んだ。


「つまり、ジークさんが執筆者に関係なく文字を読むことができるような道具を開発した方がいいということですか?」


「さっすが、セイン!よく分かってる!」

私は大きく頷いた。


「ひょっとしたらレンジ君には畑違いな分野なのかもしれない。でも失われた手足の代わりに義手や義足を作ってくれるように、ジークの文字の見方をサポートしてくれるような道具を一緒に考えて欲しい訳よ、ねっ?!」


「しかし……」


「レンジ君がジークに抱いていた嫌悪感だって、これで解消するかもしれないよ?」


するとレンジ君は驚いた顔をした。


「君は、僕がなぜジークを不愉快に思っていたのか……その理由が分かるのか?」


「そ、それは……」


一瞬言葉に詰まるがレンジ君は期待するように私を見つめる。


「……こういう言い方が適切なのかは分からないのだけどね」


と躊躇うように前置きした。


「多分だけど……『同族嫌悪』だと思う」


「「ッ?!」」


言葉を失うレンジ君とジークに、私は慎重に言葉を続けた。


「レンジ君とジークは2人とも、何かしらの生まれつきの事情があって、それに苦しめられてきた。レンジ君は左手がないこと、ジークは文字が読めないこと。もちろんレンジ君はジークの事情については知らなかったと思うけど、無意識のうちに同じ境遇なことを感じ取っていたんじゃないかと思う」


レンジ君とジークはお互いを見た。


「ただジークの場合、問題が文字の読み書きだけに限定していたから分かりにくかった。だから、レンジ君も理由が分からなくてイライラしたんだと思う」


正直、私もここまで口出しするのはかなり抵抗がある。


特に、生まれつきのハンディキャップの話題は非常にセンシティブだから、それこそ他人である私が分かった風に軽々しく口にしていい内容ではない。


(この2人の周囲は、よくもまあ無神経にズケズケと踏み込めたものだよね)


だからこそ2人にとっては『思い出したくもない忌まわしき過去』なんだろうけど。


「レンジ君からしたら、ジークを見ると過去の自分の境遇を思い出して辛いのかもしれない。でもそれは、ジークには全く関係ないことでしょ?」


「ッ!」


レンジ君は虚を突かれて目を見開く。


「何より、この中でジークの気持ちを一番理解できるのは、他ならぬレンジ君なんだよ。だって……自分ではどうにもできないことで好き勝手に言われたりバカにされたらどう思うか、私達の中で一番よく知っているんじゃないの?」


私の言葉にレンジ君は完全に押し黙ってしまった。


「……なんでだよ」


「えっ?」


「なんでお前がそこまでしようとするんだよ」


ガタッと椅子を蹴って立ち上がり、ジークが私を睨みつけてきた。


「お前は俺とフィーの黒死病を治してくれた。それで十分じゃねえか。別に俺が読み書きができなくたって、お前が困ることなんてねえだろうが。俺が誰にバカにされたって……お前には何の関係もないだろうがッ!」


急に喚きたてる姿は、まるで大人に泣きつこうとする子供のようだ。


「なんでって……そりゃあ」

ポリポリと頬を掻くと、


「せっかく黒死病から生還したんだから、ついでにこれまでの悩みの種を潰すのも悪くないでしょ。それに、エルフであるジークはこの先100年以上生きていくっていうのに、ずっと文字が読めないままじゃ流石に辛くない?」


「けど……けどよッ!」

ジークは狼狽えながら頭を振った。


言いたいことがあるのに、どう伝えればいいのか分からない。


そんな様子だ。


「あのさ、ジーク。フィーちゃんにも言ったけど、黒死病が治ったからってそれで終わりじゃないのよ。ジークの人生はこれからも続くし、私としては『黒死病を治療したから、その後の人生がよりよくなった』くらいにはしてもらいたいのよ。そんな、死にそうな顔でこれからも文字を読んだり書いたりしたくないでしょ?」


ジークはただ呆然と聞いているだけだ。


「少なくとも心臓にあった黒死病の核を摘出するよりは、はるかに余裕を持って対策を練れるし。何よりジークはエルフで時間ならたっぷりあるだろうからさ」


「文字を読める方法を焦らずに一緒に考えていこうよ」


「―――ッ!」


何かを堪えた顔をしたと思ったら、ジークは突然パッと後ろを向き、乱暴に裏口のドアを開けた。


「えっ、ちょッ!」

「お兄様!」


止める間もなくジークは出て行ってしまった。


「ええッ?!ちょ、ど、どうしよう!」


「……僕が追いかけるから、君達は待っていてくれ」


その時、レンジ君が立ち上がり裏口に向かった。


「先ほど言っていたな、ユーリ」


「え?」


背中を向けながらレンジ君が私に言った。


「『“なぜ、字が読めないのか”と僕がジークに尋ねた』と言った時、『いくら何でもそれは言ってはいけないことだ』と」


「う、うん」


「本当にその通りだ。もし僕が『なぜ生まれつき左手がないんだ?』と、そう尋ねられたら……」


ドアノブにかけた手にグッと力が入った。


“俺が一番知りてえんだよッ!!”

「そんなこと……僕が一番知りたい」


そしてレンジ君も、何も見えない暗い裏口の向こうへ出て行った。

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