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聖女、メスを執る  作者: 西園寺沙夜


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Karte.98 嫌悪感の正体、そして、文字の読めないエルフ

一同リビングに集合したわけだが。


「・・・・・・」

「・・・・・・」


テーブルに座っているレンジ君とジークの間には沈黙が続き、私、セイン、フィーちゃんは、同じく着席しながらただ見守っている。


別に険悪な雰囲気が醸し出されているわけではないけど、レンジ君がどう切り出せばいいのか考えあぐねていて、ジークは居心地悪そうにそれを待っている状態だ。


(この2人の仲に進展があるならそれに越したことはないけど……)


ウトウトしているドラコをフィーちゃんと手持ち無沙汰に撫でながら2人をチラチラ見ていた。


「……お茶でもいれましょうか」


沈黙で固まったこの空気を打破したいのだろう、セインがお湯を沸かすためにキッチンに行った。


「すまない、セイン」


ようやくレンジ君が口を開き、そしてジークを真正面から見た。


「率直に言うが、僕は君に対して嫌悪感を持っている」


(めちゃくちゃ直球だな!)


どう言い繕えばいいか考えても意味がないと思ったのか、レンジ君はいきなりどストレートに告白してきた。


「……おめえが俺を嫌っていることくらい、分かってたわ」


ボソッと不貞腐れたようにジークが呟いた。


「いや、嫌っている……というのとは、違うんだ」


だけどここで、レンジ君はジークの言葉を否定してきた。


「君に対する態度が悪いことは自分でも分かっていたし、申し訳ないとも思っているのだが……正直自分でも、なぜ君に対してここまで不愉快な気分になるのかが全く分からなかったんだ」


考えを少しずつ整理するように、レンジ君はゆっくり話した。


「……土砂崩れが起こる直前に、僕に殴りかかろうとしたよな?」


(え、そんなことあったの?!)


「そのときの君の顔を見て唐突に思ったんだ。君を見ていると、祖国にいたときの……しかも『義手がなかったときの自分』を思い出すんだ」


「義手がなかったときの自分……?」


「ああ。最も思い出したくない屈辱の過去だ」


レンジ君は苦しそうに顔を歪ませた。


『憩いの木馬亭』で話していた教育係がしたみたいな嫌がらせを散々受けていたんだろう。


(そういえば、兄の騎士団長もレンジ君に対して相当態度が悪かった)


ドラゴンがうろつく坑道に無理やり閉じ込めたこと、私はまだ根に持っているからな!


「だがそう思い付いたとしても、やはり分からない。君は僕のように身体的に欠損があるわけではない。確かにお互い王族ではあるが、それ以外に共通点があるわけでもない」


再び頭を抱えたレンジ君をジークはじっと見た。


「あの……ちなみに、なぜジークさんはレンジさんに殴りかかろうとしたんですか?」


お茶を持ってきてくれたセインがジークに尋ねた。


「ッ……そ、れは」


ジークが心底言いたくない様子を醸し出したので、レンジ君が代わりに答えた。


「店でフィーがジークにメニューを読み上げていたところを見て、ジークに『なぜ文字が読めないのか』と尋ねたんだ」


「いやそれは怒るでしょ!」


思わずレンジ君にツッコミを入れてしまった。


「なッ、なんだ突然!」


いきなり大声を出した私にレンジ君がギョッとした。


「レンジ君、いくら何でもそれは言っちゃダメだと思うよ」


「どういうことだ?」


困惑したようなレンジ君、そしてジークが今度は私をじっと見つめてきた。


どこか縋るような目で。


「……ちょっと、待っててくれる?」


ドラコを椅子の上に置き、羊皮紙を2枚とペンを持ってきた。


1枚にはこの世界の文字の1つを書き、もう1枚には何も書かないでおく。


「嫌だと思うのは重々わかっているのだけどね、ジーク」


座っているジークの前に2枚の紙を置いた。


「この字を見ながら、この白紙に文字を書いてみてくれる?」


「ッ!」


ジークは目を見開き、体を強張らせる。


「ジークがどんな風に文字を書いても、絶対に笑わないし、絶対に馬鹿にしない。むしろ私がそんな素振りを見せたら殴っていいから」


「なッなに言ってやがる?!」


ジークが驚いたように私の顔を見上げた。


「それくらい私も大真面目だということよ」


私も真剣な目でジークを見返した。


蒼色の瞳が私を見て、そして目の前の白い紙に注がれた。


恐る恐る手がペンに伸び、もう一度目の前の紙を凝視する。


生死をかけた戦いに挑むかのような緊張感を滲ませながらも、覚悟を決めたようにペンを紙の上に乗せた。


ゆっくりと、私が書いた文字の線を確かめるように1本1本書いていく。


そして出来上がった文字を見て、セインとレンジ君、フィーちゃんが驚いたように目を見開いた。


「これ、は……」


「余計なこと言うくらいなら黙っててくれない、レンジ君?」


先手でピシャリと制し、羊皮紙を手に取った。


「……」


書き終わってからずっとジークは俯いて黙ったままだ。


多分私たちがどんな反応をするのか見るのが怖いのだ。


両手を膝の上で白くなるほど強く握りしめている。


「ジーク」


ピクッと肩がはねた。


「これは……辛かったでしょう」


「ッ!」


パッと顔を上げて、私を見た。


ジークの書いた文字―――


湖面に映った山のように上下反転し、さらにその湖面に小石を投げたように線が揺らいだ、文字。


これが、ジークの目に写る『文字』なのだ。


「……どういうことなのか、君は説明できるのか?ユーリ」


レンジ君が私に聞いてきた。


「『レンジ君の生まれつきなかった左手』よ」


「えっと、それはどういう……?」


フィーちゃんも尋ねてきた。


「つまりジークさんは……『生まれつき文字が上下反転し、しかも歪んで見えてしまう』と言うことですか?」


とセインが私の言いたいことを全部言ってくれた。


「生まれ、つき……?」


ジークは呆気に取られた顔をした。

これまで、思ってもなかったことなのだろう。


「そ、そんなことが、あるのか……?」

信じられない顔をしたレンジ君が呟いた。


私はジークの方を向いた。


「一応確認するけど、ジークは目も見えるし、聞こえも問題ないのよね?」


「あ、ああ……」


今度はフィーちゃんの方を向き、


「2カ月間ジークと一緒にいたと思うんだけど、ジークが、物がよく見えていない、とか、よく聞こえていない、とか、そういう素振りはあった?」


「いいえ、特にその様子はありませんでしたわ」


フィーちゃんは首を横に振った。


私は頷き、もう一度、ジークが書いた文字を見せた。


「ジークは視力も聴力も問題ないし、理解力もある。ただ、生まれつき文字だけ正しく見ることができない。だから、文字が読めないし、書けないのよ」


前世ではこう呼ばれていた。


ーーー学習障害


明らかな視覚や聴覚の障害、知的障害がないにもかかわらず、文字の読み書きや計算などの学習分野で著しい能力の低下がある生まれつきの障害だ。


原因は多岐に渡るらしいが、正直専門外なので詳しくは分からない。


恐らくジークは、文字が『湖面に映った山』のように上下反転し、さらに文字の線が歪んで見える障害なのだろう。


(文字が左右反転する『鏡文字』のように見えるっていうのは、聞いたことがあるけど。こういう風に見える学習障害もあるのかもしれない)


異世界だからなのか、はたまたエルフだからなのかは不明だ。


「だが……文字が上下反転して見えていることが分かっているのだから、そのことを認識した上で文字を読めばいいのではないか?」


レンジ君が動揺しつつも、もっともらしいことを言った。


「まあ、理屈としてはその通りだと思うよ。でもね、それって、みんなの書く文字の癖や形が全て同じであることが前提だと思うのよ」


「どういうことだ?」


流石のレンジ君もピンと来ないらしい。


「例えば、私とレンジ君の文字は、そっくりそのまま同じではないでしょう?お互い癖みたいなものが文字に出てくるじゃない?」


「ああ、そうだな」


「私達はそれぞれの癖が多少あっても、文字の形をしっかり把握できているから、よっぽど下手じゃなければ理解できるでしょ。だけど、ジークは、文字が上下反転しているだけじゃなく、線も歪んで見えるのよ。だから、書く人の癖のせいで同じ文字が全部違う文字のように見えている可能性があるのよ」


その時、何かに気がついたのか、ジークの目に光が差した。


「……最初は、文字が反対だって怒鳴られた」


ポツリとジークが呟いた。


「俺は手本を見たまんま書いただけなのに、なんで文字を逆さまに書くんだって。だから、よく分かんねえけど見た文字を逆さまに書くようにした。だけど今度は、文字をもっとキレイに書けって怒鳴られた。手本の通りに書けって。だけど俺は、逆さまだけど手本通りの文字を書いているはずなのに、真似すればするほど怒鳴られた」


そもそも、お手本の文字が歪んで見えるのだから、真似した文字が歪むのは無理もない。


「手本の字を覚えたら本を読めって言われて。でも、どう見ても手本の字と同じ文字には見えなかったから、何が書いてあるのか全然分からなかった。ババアの字も、リオディーネの字も。俺には全部違って見えた」


グッとジークは拳を握りしめた。


「手本通りに書けば逆さまだって言われて、キレイに書けって言われても、俺には何がキレイなのかが全然分かんねえ。文字だって、同じだって言われても、全部違うようにしか見えねえ。なのに周りの連中は、俺が『ふざけている』とか『頭がおかしい』とか言いやがってッ……!俺は必死に、言われた通りのことしかやってねえっていうのにッ!」


「お兄様……」


今までの悲痛な思いを吐き出すジークを、フィーちゃんが慰めるように肩に手を置いた。


こればっかりは前世の情報技術、印刷技術、そして教育システムの完全勝利である。


何故なら、この世界の本はほぼ手書きだから。


もちろん、執筆者の皆さんの文字は非常に読みやすく、とても上手だ。


だけど、執筆者それぞれの癖はどうしても出てくるので、画一化された文字というものはないのだ。


(全国で統一された教科書のお手本や、パソコンの見やすいフォント。この世界と比較すると、格段に進歩していたなぁ)


だからこそ、同じ文字であっても、ジークにとっては書く人によって全て違うように見えていたのだろう。


「そうなると、仮にレンジ君の文字をお手本にレンジ君がジークに字を教えたとしても、ジークはレンジ君の癖がついた文字を覚えるだけ。私やセイン、フィーちゃんが書いた文字を読むためには、それぞれの癖がついた文字をまた覚え直さないといけないわけよ」


「……確かにそれでは、本を読むことはかなり絶望的ですね。ジークさんの場合、それこそ執筆者1人1人の書いた文字を逐一覚えなければならないのですから」


考えただけでも本を読む気が失せるし、あまりにも現実的な方法ではないだろう。


「だからこそ、よ」


クルッと、1人の人物の方を向いた。


物作りの天才にしてーーーこの中で一番ジークを理解できる、その人。


「今こそ、レンジ大先生の力が必要なときなのよ!」


「……はぁッ?!」


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