プロローグ
読んで下さり、ありがとうございました。
初めての転生物を書かせていただきました。最後まで楽しんでいただけると幸いです。
「あ...…」
地面に一つ染みができたと思ったら、次々と染みの数が増えてきた。
今日は1日晴天だっていっていたのに。天気予報の嘘つき。
現に朝家を出るときは、どこまでも続く穏やかな青空だった。
まるで、誠吾みたいに。
誠吾は良いヤツだった。
少し気弱だったけど、優しくて、私をいつも気にかけてくれていた。
病院と自宅を往復するだけの毎日で、お世辞にも『いい彼女』ではなかった。むしろ放置していたようなものだった。
それでも、彼は穏やかに微笑んでいた。『悠莉は僕の憧れだから。君を支えたいんだ』と。
だから、誠吾は少しも悪くないのに。
苦しめるのなら私にすればよかったのに。
普段は信じてもいない神を本気で呪いたくなった。
発見されたときは末期の癌だった。
しかも膵臓癌。
最も発見が難しく、診断されたときには進行していることがほとんど。
誠吾もそうだった。
癌は体の奥深くをゆっくり侵食し、静かに、でも着実に、分身を全身に飛ばしていた。
もはや手術できる状態を逃していた。
手術ができない場合、5年間生きられる確率は、たったの2%。
私も手を尽くしてあちこちの病院に相談したし、誠吾も苦痛に耐えながら出来る限りの治療を受けた。
そして、発見から1年。
癌に全身を、生命力を蝕まれ、誠吾の体は骨と皮だけになった。
それでもいつもの穏やかな笑顔を浮かべていた。
最期の最期まで。
私達の関係を知っていた同僚に頼み込んで、誠吾が憧れてくれた姿で誠吾の最期を看取った。
誠吾との別れは、私自身の手でしたかったから。
誠吾の実家を後にし、自宅に帰る道すがら。
雨は止むどころか、強くなる一方だ。
傘なんて持ってきてないし、持っていても差す気にはなれなかった。
少しでも自分を痛め付けたかった。
何度自分を責めただろう。
今まで多くの患者の手術を経験した。救えた人もいたけど、結局助けられず、何人も看取ってきた。
なのに、どうして。
「どうして、気づけなかったんだろう...…」
どうして、誠吾の癌を発見できなかった?
いつも、私なんかのそばに、いてくれたのに。
濡れた信号の色が緑色に変わった。
ぼんやりと、横断歩道を渡る。
「あっ!!」
ちょうど真ん中まで渡った時、雨音に紛れて悲鳴のような高い声が上がった。でも私はその声に構うことなく、そのままトボトボ歩いていた。正直どうでもよかったから。
キ、キィーーーッ!!
だから、やっぱり私にも罰が当たったんだ。
誠吾の優しさに付け込んで、誠吾をないがしろにしたから。
眼前に迫る、トラックのライト。
辺りに響き渡る、耳障りなブレーキの音。
雨音を貫く、叫び声。
私が覚えているのは、そこまでだった。
ブックマークして頂けると励みになります。




