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第三話 路銀とは何でありんしょう?

精霊の森を飛び出してきたハイリン。

馬車に揺られて商業都市リト・エイデスにやってきた。

帆船を見送り街へと繰り出すが、そこで騒動を起こしてしまいー?

商業都市リト・エイデス。


標高3000mを超すメドナ山脈を背に、ウィエラ内海を臨むマーデル地方最大の商業都市である。

人口約10万人の比較的温暖な気候で、夏には乾燥し冬には雨が多く降る地域となっており、晩春の頃でマタマタやアオイなどのイワシによく似た魚の漁が盛んでもある。

街の中央にあるカウゼイラ大広場はダニエラ噴水と巧妙な細工が施されたからくり仕掛けの大時計が観光名所にもなっており、年中観光客の客足が絶えない。

カウゼイラ大広場を中心に街の北から南にララ・リティカロ通り、東から西にロイ・ロメリア通りが十字に交差しており、大広場の付近に露天商が集まり露店を開く。

野菜や果物や活きのいい魚を並べただけの簡易露店や、煌びやかな手織りの敷物を屋根にした屋根有り露店が処狭しと立ち並ぶ。

新鮮な野菜と果実、そしてウィエラ内海で水揚げされたばかり艶々な魚介。

白い湯気とともに香ばしい香りも漂っている。

ハイリンと同席の男-エルク・ターデンと名乗った-を乗せた乗合馬車が辿り着いたのは昼前の北門。

地母神シトラナヴィーゼの像とレリーフが掲げられた立派な門をくぐると簡易関所が設けられており、御者が交通手形を見せると一旦ハイリンたちに馬車を降りるよう促される。

するとチェリー色の制服を着た衛兵らしき女性が関所から出てきてハイリンたちを見据える。

「トリホプだ」

「とり、ほぷ…?」

エルクの言葉の意味が分からず首をかしげるハイリン。

女衛兵をついまじまじと観察してしまったハイリンだが、チェリー色の制服の胸元が若干開かれ、制服の下にライトレザーアーマーを着込んでいることが分かる。

黒いロングブーツに胸元に虹色の羽、そして腕章にクロスした炎の剣・フランベルジェと(ホプロン)が描かれているのが見てとれる。

「通行手形をお願いします」

女衛兵の言葉に、エルクは鞄から木版の通行手形を取り出す。

それを確認し、女衛兵は「そちらの方もお願いします」とハイリンに向き直る。

「手形…?」

またもや疑問符を浮かべるハイリンに、男性が慌てて助け舟を出す。

「彼女、亜人族なんですが、森から出てきたばかりで手形がないんです。僕が身請人になります。同じリーデン村から出稼ぎにやってきたんですが」

「ああ、なるほど」

察しのいい女衛兵が関所から一枚の紙を取り出してくる。

「こちらに亜人の方のお名前と滞在目的を。大陸共通語は書けますか?」

「あい、一応」

「ありがとうございます。それとエルク・ターデンさんの身請人としての署名をお願いします」

エルクが署名し、再び女衛兵は関所に戻ると、先ほどとは別の紙をハイリンに渡した。

大陸共通語で「許可証」と書かれ、その下にまごまごと小さな文字で色々と印字されている。

「こちら、3日間の滞在許可証です。通行手形としても使えますので失くさないように」

そしてにっこりとほほ笑む。

「商業都市リト・エイデスへようこそ!めいっぱい楽しんでくださいね!

四姉妹神のご加護がありますように!」

再び馬車に乗り込み、ハイリンは女衛兵に手を振って別れを告げるとエルクと向かい合って座る。

「先ほどはありがとうございんした」

「いや、僕こそごめん。君が通行手形を持ってないのをすっかり失念していたよ」

「エルクさん。【とりほぷ】、とは何でありんすか?」

「ああ、トリホプね。【トリスティア・ホプロン】のことだよ」

「トリスティア・ホプロン…」

鸚鵡返しなハイリンにエルクは子供に教えるように丁寧に説明する。

「その名の通り、トリスティア様の神殿から派遣されてる衛兵たちだよ。警備隊、とでもいうのかな。あの赤いジャケットと胸の虹色の羽が目印さ。街の関所の番をしたり、街中を巡回して街の平和を守ってくれている…この街だけだと150人程度いるって聞いてるよ」

炎と夏を司る女神トリスティアは境界の番人でもあり、戦場で戦士たちを鼓舞させ生命の篝火を見送るかの女神は、生と死の境界を見据えている。

力の象徴である炎の剣フレンベルジェ、そして守りの象徴である黄金の盾ホプロンは力なき人々を邪悪から守り戦うためのエンブレムとしてトリホプの腕章に描かれている。

そして何よりチェリー色のジャケットが人目を引く。

四姉妹神の中で一番豪奢な出で立ちをしたトリスティア神の信者らしい装いだ、とエルクは語る。

そうこう話している間に馬車はララ・リティカロ通りを南下し港へと向かう。

「おお…」

乗合馬車を降りてハイリンが目にしたのは、乗り場の近くの港に並ぶ巨大な船影だった。

「あ…あれはなんでありんしょう…?」

「ハイリンさん、船は初めてかい?」

エルクの言葉にハイリンはぽかーん口を開ける。

「あれが、ふね…?」

「あっちの大きくい船が商船、その後ろに停泊してるのは護衛船だね。ちょうど帆を張ってる。これから出航みたいだし見送るかい?」

「あい!」

走り出し港に到着すると、ハイリンたちを出向かえたのはバウ(船首)からスターン(船尾)まで約41リールのキャラックと呼ばれる帆船だった。

青空の下、港に停泊しているキャラックが波にゆるりと揺れている。

フィギュアヘッドには水女神サーシュレイニアを模した乙女が掲げられ、甲板では船員たちが荷上げや出港準備に追われていた。

船体から(オール)が何本も飛び出し、漕ぎ手たちが出発前の談笑を交わしているのが見える。

エルクに一つ一つ丁寧に教えてもらいながらウンウンと頷くハイリン。

熱心なハイリンに、エルクも釣られて笑顔になるが、その笑顔が少しだけ陰る。

「街も一緒に回ってあげたいんだけど…俺は港で仕事があるんでね。申し訳ないけれど、君とはここまでだ」

「そうでありんすか…いえ、ここまで一緒に来て頂いただけでも助かりんした。

またご縁があれば」

「そうだね、また縁があれば。ここから来た道を戻ると大通りだ。露店通りを見て回るのもいいだろう。もし長居するつもりなら港にもトリホプの駐在所があるんだけど、そこでさっきの滞在許可証を見せてごらん。ちょっと手続きが面倒だけれど、僕と同じ通行手形が作ってもらえるからね」

「なるほど。了解しんした。エルクさんに善き風が吹きますように」

「ありがとう。ハイリンもこの街を楽しんでね!それじゃあ!」

大きく手を振りながら去っていくエルクを見送りながら、ハイリンもう一度港をぐるりと見まわす。

ちょうどキャラックからロープが外され、出航しようとしていたところだった。

知る人など誰もいないのに、ハイリンはキャラックに向かって大きく手を振った。

「善き風をーーーーー!!」

ハイリンの声に気づいた乗組員の何人かが茶目っ気たっぷりに手を振ってくれた。

それがハイリンにはどうしようもなく嬉しくて、ついキャラックが遠く外海に出るまで見送ってしまった。

そこでクゥとハイリンの腹が鳴る。

「おっと…」

そういえば馬車の上でもらった干し肉を口にしてから何も食べていない。

今何時ぐらいだろうか?

そういえば大広場にからくり時計というのがあったのだっけ。

ちょっと距離があるが露天商も並んでいる。

何か食べるものにありつけるだろうと、ハイリンは港を後にした。

馬車が来た道を戻り、街の中心部へと近づくと人が増え、露店も増えてくる。

ハイリンの知らない匂い、知らない輝き、知らない何かが爆ぜる音。

色々目移りしているハイリンに「やぁ姉さん、旅人かい?」と露店から声がかかる。

振り返ると、太った中年女性が人懐っこい笑みを浮かべ、ハイリンを手招きしていた。

「ここらじゃ見ない顔だね、どこから来たんだい?」

「精霊の森でありんす」

「精霊の森??あんたエルフかい??」

女性は思わずハイリンの長く飛び出た耳を指さす。

クラ・フ・ファーゼにはズゥフとは別に、エルフという耳長族が暮らしている。

ズゥフの耳は親指と人差し指ぐらいの長さだが、エルフの耳はもっと長く親指から小指ぐらいまでの長さがある。

エルフはズゥフと祖先を同じとする種族だが、ズゥフとは違い精霊の森を出て独自の進化を遂げた種族で、エルフ語という独自言語が存在するものの、ズゥフのように独特な詩魔法を紡ぐような神力はない。

だが人間たちよりも精霊魔法に熟知しており、これは独自の進化によるものなのか、人間やズゥフたちよりも色素が薄い者が多い。

知る者が見ればズゥフとエルフの違いは一目瞭然だが、人間界では数を見ないズゥフはよくエルフと勘違いされる。

「エルフじゃねぇ、あいつら金髪やら碧眼のやつが多いし、顔や手の甲みたいな人目につくところに入れ墨をしてるやつが多い。姉ちゃん、ズゥフじゃねぇか?」

と話しに割り込んできたのは隣の果実を売っていた無精ひげの親父だ。

「ズゥフ?へー、名前だけなら聞いたこたァあったけど、本当にいるんだねぇ」

「オバちゃん、美人をそんなにジロジロ見るもんじゃねぇ。穴ァ開いちまう」

「あらやだよぉ、ごめんごめん!珍しいもんだからさァ!…あれ?」

と女性がふいにハイリンの瞳をのぞき込む。

「はぁ…綺麗だねぇ…群青の瞳に三日月が浮かんでるよ…アンタ、目にお月さまを閉じ込めてるのかい」

女性の指摘する通り、ハイリンの瞳には特徴がある。

これもズゥフの特徴なのだが、瞳に太陽・星・月のいずれかの紋様が浮かび上がる。

それがハイリンの場合は三日月形で、深い群青の瞳は夜の静寂を思わせ、その中に美しい月が輝いているように見える。

「よし、遠いところからはるばる来た美人さんにウチのフルーツジュースを一杯驕りだ!こいつを飲んで喉の渇きを癒していきなァ!気に入ったら二杯目はお代を置いてってやってくれや!」

と果物屋の親父が木のジョッキを一杯豪快に差し出す。

どこか懐かしい、花のような甘い香りがする。

「そいつぁ今日入荷したばかりのリンゴとクランベリーのジュースだ!!栄養満点、美容にもいいぜ!!」

渡された木製のジョッキを両手で包むように持ち、最初は舐めるように飲んでみる。

「…!!」

言葉にならない美味しさに、ごく、ごく、と続けて飲み、あっという間に飲み干してしまう。

「親父さん、もう一杯いいかえ?」

「よっしゃ、ありがとうよ!!」

「いい飲みっぷりだねぇ!よかったらウチの山賊焼きもどうだい?」

眼前に差し出された二杯目の木のジョツキと、ハイリンの顔の大きさほどもある豪快な山賊焼きを受け取り、はむっと端っこをかじってみる。

美味…!!

ハイリンは知らなかったが、タレがかかった山賊焼きは香ばしく甘辛で味わい深く、少し焦げた皮がパリッとして美味しい。

かじった瞬間脂がじゅわっとハイリンの口の中を熱で蹂躙する。

「あじゅっ…あつ、あつつ…」

「あっはっはっごめんよ、そんなに勢いよくかぶりつくとは思わなかったからさ」と笑うオバちゃん。

脂をジュースで流し込んたものの、かぶりついた分をモグモグしていたがなかなか呑み込めないハイリン。

ようやく飲み込んだはいいものの、自分の顔ほどもあるこの若鶏の山賊焼き、とても食べきれる気がしない。

そもそもハイリンは食が細い。いや、無いといってもいいほど食べない。

精霊の森では木の実やホビットたちが作った野菜やお菓子、ドワーフたちの作った窯で焼いた薄いパンを食べるくらいだった。

肉を口にしたことがなく、馬車の中で食べた干し肉が初めての肉だったのだ。

からのこの若鶏の山賊焼きはハイリンには荷が重い。

首をかしげてそれ以上食べようとしないハイリンに、オバちゃんが気を利かせて厚紙で作った深みのある皿を渡してくれる。

「これ使いな、ポイ捨てはしないようにね」

「ああ、ありがとうございんす。では」

ぺこりと小さくおじぎして、何事もなかったかのようにハイリンはその場から立ち去る。

「…………えっ?」

とオバちゃんと親父さんは一瞬お互いの顔を見合わせる。

次の瞬間、どちらからともなくこう叫んだ。


「泥棒ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」


「えっ?」

2人の声に驚いてキョロキョロするハイリン。

「泥棒とは不届きな」

「いや、アンタだよアンタ!!」

血相を変えてオバちゃんと親父さんが露店から出てくる。

「ほえ?」

「いや、しらばっくれてもダメだからね!」

「口、付けちまったんだから払うモンは払ってくんねぇと」

「払う…埃を??汚れておりんしたかな」

片手で山賊焼きとジョッキを器用に持ち、もう片手で肩や頭をパッパッと払う仕草をする。

「いやそうじゃなくてだね」

「???」

キョトンとするハイリンにオバちゃんが手を上げる。

「誰か!トリホプを呼んでくれないかい!無銭飲食だよ!!」

「無銭飲食?あの綺麗な美人が?」

「人は見た目にはよらないわね…」

「あー、はいすみませんねえ。ちょっくらゴメンなさいよっと」

ヒソヒソと囁く人ごみをかき分け、こちらにやってくる長身の男がいた。

「ちょっと待ってくんねぇかい、オバちゃん親父さん」

片手を上げて現れたのは2リールほどもある大柄の男だった。

歳の頃は20代前半だろうか。

隆々とした逞しい筋肉を見ると格闘家のように見える。

長い髪を後ろでひと纏めし、ピッチリとした黒の道着に腰にトリスティア神の紋章が描かれた長衣を巻いており、ずんずんとハイリンとオバちゃんたちの間に割って入ってくる。

「なんだい兄ちゃん。この姉ちゃんの知り合いかよ?」

「いや、全然」

「じゃあ何なんだい、アンタが払ってくれるのかい?」

「それも違うんよなー」

かりかりと頭をかく男に「なんだこいつ」な視線が集まる。

「さっきから気になって見てたんだけど…ええと?ズゥフの姐さん?」

「あい」

顔を上げ、正面から男と向き合う形になったハイリンに、男は一瞬気圧される。

というよりは。

(び、美人…??!)

男の頬が一瞬のうちの紅潮する。

それもそうだ。ハイリンの美貌はそんじょそこらの人間とは比べ物にならないほどずば抜けている。

口づけを請うかのように突き出された、濡れたようなハイリンの唇に、男はわざとらしく咳払いをする。

そこでハイリンは「うん?」と男の瞳をのぞき込む。

よく見ると光の加減で、左の瞳の中に星の紋様が浮かび上がっているのが分かる。

「なんと…ぬしさんもズゥフでありんすか?」

が、耳を見るとハイリンのように飛び出ておらず、普通の人間に限りなく近い。

「ああ、俺っちはハーフでね。親父が人間なんだけど、お袋がズゥフなんだ。

そういや名乗ってなかったな…俺っちは瀞汪(ジンウァン)。拳闘士をやってる」

「わっちはハイリンでありんす、よろしゅう」

「ハイリン姐さん、精霊の森から出てきたばかりなんだって?」

「あい」

「人間の世界ではズゥフみたいに物々交換や善意による物の譲り合いは滅多にねぇんだ。今みたいに飯を食ったり飲んだりしたら金を払わないといけねぇ」

「…かね???」

「うーーん。まさかとは思ったけど…マジか」

再び頭をかくジンウァン。

代わりに払ってやりたいのは山々だが、財布は相方に預けてしまっている。

しくったなぁとひとりごちるジンウァンに「何なんだい、アンタ!」とオバちゃんが間に入ってくる。

「アタシらは払うモンさえ払って貰えればそれでいいんだよ」

「そうそう」と頷く親父さん。

「だってさ…何か金になるものは持ってないのかい?」

「かね…ああ!」

ポンと手を打ってハイリンは持っていた山賊焼きとジョッキをオバちゃんに預け、背負っていた荷物をゴソゴソと漁る。

「これがありんした」

と手のひらに乗りそうなほどの袋を取り出して見せる。

「なんだ、持ってるんじゃないか」

とホッと胸をなでおろす親父さんだが、手に載せられた袋の重さにぎょっとする。

「えっ」

「これで足りんすか?」

慌てて袋を開ける親父さん、それをのぞき込むオバちゃん。

「さ、砂金…?!」

2人の声に周囲が騒然となる。

「砂金!?」

「足りんせんか?」

「いや、あの、そうじゃなくって」

啞然とする3人に、ハイリンはのほほんと尋ねる。

「おいおいおい…こりゃあ…サシャ金貨何百枚分だよ…」

頭を抱えるジンウァン。

「姐さん、悪い事は言わねえ。こりゃあ換金したほうがいいぜ…?」

「かん、きん」

またまたポカンとなるハイリンに、その場にいた全員が重い溜め息をついたのだった。

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