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八話 彼氏の影

 バスに乗った。

 僕の頭は寝癖が若干残ったまま。そのかわり心晴さんは、いつものツインテールを下ろし、首の痕を隠す髪型に変えていた。


「すごく大きな虫刺されだから、当面、隠した方が良いかもしれない」


 彼女の言い訳を全面的に受け入れてそう言ったのだけど、僕が本心そう思っていないことは、心晴さん自身、理解していると思う。

 だから、口を開かず、目も合わせない。お互い無言で、だけどいつも通り、並んで座った。

 最寄りの停留所に来ても、どこか呆然としたままの心晴さんに代わって。


「芽衣さん!」


 僕がそう声を上げたら、ビクリと肩が跳ねて、心晴さんがやっと顔を上げた。


「こはちー、こーたくん、おはよー!」

「芽衣ちゃん、おはよぉ」

「珍しいね、こはちーのお耳が無い!」


 お耳扱いされてたか、ツインテール。


「えっと、たまにはその、イメチェンしようかなって」


 なんとか笑顔と言い訳を無理やりひねり出した心晴さんに、芽衣さんは微笑んで。そして何故かチラリと僕を見た。


「へぇ……こはちーもそんな心境になる日が来たんだねぇ。

 良いと思う! すごく似合ってる!」

「そっかな?」

「うん、可愛いっ。大人っぽく見える」


 ねっ。と、同意を求められて、うん。と、僕も答えた。

 心晴さんは、やはり若干、沈んだ表情ではあったけれど「そっか。でも落ち着かないな……」と、誤魔化し笑い。

 僕はというと、彼女にあんなマーキングをした相手が誰かを、必死で考えていた。


 このバスの中には、それらしい気配や視線は感じない。

 あの痴漢サラリーマンも乗車していたけれど、僕らの方は見ないようにしている様子。

 それに、もしあのサラリーマンなら、このマーキングのもとになっている何かを持っているはずで、お腹の(かれ)が気付くだろう。

 何より僕とは、登校も、授業も一緒。昨日は全く気にならなかったから、こんな痕は無かったと思う。あれば気づけたはず。だから昨日の夕方から、今朝まで。その間しか、彼女にマーキングできる時間は無かった。

 だけど彼女の所属クラブは家庭科実習クラブで、女子部員しかいないと聞いた覚えがある。可能性は低いよな……。


 昨日の夜……あの時にはあったのか? 暗かったし、見えていなかったけど……。


 震えていた彼女の手を思い出し、もしかして、マーキングが理由で震えていたのか? と、そこでようやっと思い至った。


 あの、お巡りさん二人? とは、思えないけど。


 腹に手をやると、なんとなく感じる存在の滲み……。

 (かれ)は僕より早くから起きて、彼女の様子を見ていたはずだ。

 なのに、マーキングに反応していなかったってことは、あの時にはまだ無かったってこと?


「なんか今日、二人して上の空だね?」


 芽衣さんにそう指摘され、はっと我に返ったら、芽衣さんは悪戯っ子みたいな顔で意味深な視線を、僕らに向けてくる。


「あ、あはは……ちょっと昨日の小テストが二人とも、やばいかなって……」

「そ、そうなのぉ。大丈夫だと思ってたんだけど、ちょっとね、思い違いがあって……」


 えー? と、疑い深くニヨニヨ笑う芽衣さんが下車するのを見送って、その後はやはり無言だった。

 そのまま学校に着いてしまって、下駄箱まで足を進めたのだけど……。


「……はーちゃん、ちょっと来て」

「え?」


 心晴さんの手を引っ張って、保健室に向かった。

 この時間帯は、職員会議があるから、先生が不在であることが多い。行ってみると予想通りで、戸棚から勝手に大判の絆創膏を拝借し、連絡用ノートにその旨を書き記してから。心晴さんに向き直った。


「首、僕が心晴さんの髪にリュックを引っ掛けてしまって、怪我したことにしよう」

「え……」

「血が滲むくらいの引っ掻き傷ができた。髪の毛も結構抜けてしまうような、酷いことをしてしまったんだ。

 だから、当分髪は下ろしてることにした。

 バスが急停止で揺れた時に、僕のリュックがぶつかってしまったんだ」

「…………」

「はーちゃん、良い?」

「うっ、うん……」


 髪をかき上げてとお願いすると、両手で髪を掬い上げるように持ち上げてくれた。するとやはり、鬱血した部分に目玉が重なっている……。

 ぎょろりとこちらを見る目玉を睨めつけて、極力髪を巻き込まないように絆創膏を貼り付けた。

 赤くくっきりとついてしまった痕……一日二日じゃ消えないよね。

 こんなところにあったら、絆創膏を貼って隠したところで、良からぬことを言われるだろう。

 そんな場所に、あんな風に目玉となるほどの情念を張り付かせていたのは、彼女の学友や周りの人たちに見せつけるためなのだと思う。

 彼女が気付かないように、正面から鏡を見ても分からない位置……。いつも通り髪をくくり、僕の指摘であんな反応をしたということは、家族だって気付いていなかったんだろう。


 心晴さんの心情も、体裁も無視して……。


 イタズラにしては度を越しすぎているし、あまりにみだりがましい。

 だいたい、彼女にそれほどまで接近できる仲であれば、彼女が遊んでいるだとか、不良っぽいとか、髪の色ひとつでそんな風に思われることに、傷ついていることも理解しているはずだ。

 なのにこんな……彼女を中傷する相手の肩を持つようなことするなんて……。

 彼氏だとしても、最低だろ。

 …………ん、彼氏?

 ……彼氏!


 パッと手を離して後ずさった僕に、まん丸な瞳を向けてくる心晴さん。

 ……そうだ、普通に考えたら彼氏がしたんじゃないの⁉︎

 僕とか、クラスの男子とか、その辺を牽制するために、敢えて見える場所に!

 そう思うと途端に恥ずかしくなってしまった。


「……ごめん、ちょっと、触りすぎかと思って……」


 そう言うと心晴さんも、ボッと顔を赤らめ、慌てて髪を下ろし、乱れた後ろ髪を指で整えだす。

 そうか……彼氏か。そりゃいるよね、こんなに可愛いのだもん。

 しかも彼女は社交的で男女共に友人が多いのだ。心配もする……。

 僕みたいなのが自分の彼女にベタベタ触れてたら、そりゃ……うん。

 牽制くらいしたくなるだろう。


 だけどそれは、彼女の同意の上での話だと思う。

 あの痕を心晴さん自身が隠したいと思っているのだから、これは、間違ってない。


「その……誤解を招く位置に、あるから……その……言い訳は、しておいた方が、良いかなって……」


 彼氏なら、そういったことも、する……。情念だって、燃やす……。

 そう考えるとすごくモヤモヤズキズキムカムカしたけれど、その気持ちはぐっと飲み込んだ。

 それより、今までその可能性に思い至らなかった自分が迂闊すぎる!

 でもやっぱり、彼氏がいるとか、そういうことしてるとかは、秘密である方が良いと思う!


「い、行こう、教室っ」

「う、うんっ」


 急いで教室に向かい、ホームルーム直前に駆け込むと、いつもと違う心晴さんの髪型に、皆が食いついた。

 だからやっぱり、言い訳は用意しておいて良かったと思う。

 特に僕の不注意での怪我だから……みんなは心晴さんに同情的で、怪しんだりする人もいなかったから。

 でもこの反応を見るに……。

 心晴さんの彼氏は、このクラスの人ではないのだろう。

 誰にだって明るく話しかける心晴さんは、他のクラスにだって友達が多い。だから彼氏を特定するのは、大変難しい作業になるだろうなと思った。


 でも……。特定は、しなきゃいけない。


 彼女に目玉が張り付くほどの情念は、生身の人間には抱けない。

 つまり、僕のターゲットとするものが、絡んでいる。

 真っ当ではない感情は、自分も周りも不幸にしかしない。

 心晴さんのためにも、取り除くべきだ。

更新忘れてました……遅れました、申し訳なし。

明日も8時以降に更新予定です。

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