二話 僕の事情
寝ているだけで、ことあるごとに体を奪われる生活っていうのが、想像できる?
気が付いたら、身に覚えのないことをしているなんてザラで、意識があっても、指先一つ自由にできないなんてこと、きっと誰に説明したって理解してもらえないだろう。
僕は八歳の時から、そんな生活を十年近く続けた。
それからやっと解放されたのが、去年の夏。
だからこうして、また高校に通うことができるようになった。
今通う皇子学苑高等学校には、特進科・普通科・スポーツ科があり、学科によって入れるクラブに制限がある。
全員が進学する特進科は、クラブ活動が許可制。まぁ勉強が最優先なので、基本は所属しないけど。
僕のいる普通科とスポーツ科は逆に、全員どこかのクラブに所属する義務があるのだけど、この普通科の中だけでも成績順に三つ階級が区切られていて、ファースト(成績上位学級)の生徒は当たり障りないクラブに、席を置いているだけという人が殆どだった。
また、保護者からの申請があり、学校側の許可が下りればクラブを免除されるから、塾などを理由に所属していない人もそれなりに多い。
僕の場合はまたさらに特殊で、施設出のため保護者がいないうえ、十八歳も過ぎていたから特例として、自己申請ができた。
編入の際、この普通科のファーストに割り振られた僕も、クラブには所属していない。
理由はバイトのため。
これも保護者からの申請があれば許可が下りるもののひとつなのだけど、社会学習として認められている。ただ、特進科に次いで進学率が高いファーストからこの申請をしているのは僕だけ。
これも成績維持を条件に、自己申請で通していた。
七コマまでの授業を終えて、僕はリュックを手に席を立つ。
帰りのバスはひとりだ。心晴さんはクラブに所属しているから、同じクラブの子たちと準備を進めている。
無言で教室を出ようとしたら、それに気づいた心晴さんから声が飛んだ。
「あ、呼唱くんまた明日ねぇ」
「あ、うん……また明日……」
笑顔で手を振ってくれて「バイトがんばってねー」と、労いの言葉まで。
あっけらかんと僕を見送った心晴さんに反して、周りの友人たちは白々しい視線を僕にむけている。
普通科とはいえ、ファーストに席を置いているくせに、勉強するんじゃなくバイトのためクラブを免除されているうえ、一歳年上という僕。
心象が良いわけないし、馴染めるはずもない……。
……でも、その方が良いんだと思う。
クラスの面々と一定以上の距離が開くこの状況を、僕は歓迎していた。
極力人と接したくない。そうしてしまえば、僕の異質さがきっと際立ってしまうから。
関係なく踏み込んでくる心晴さんはどうしようもないんだけど……それ以外の人たちとは、接点をつくらないように心がけている。
下駄箱に着くと、リュックから携帯電話を取り出して近況確認。
売り上げ無し……。本日は、夜の街を徘徊する勤務になりそうだ。
僕のバイトは特殊で、基本的に夜間の活動が中心。だからさっさと帰って寝て、夜中にもう一度起き、バイトが終わったらまた眠る。
睡眠時間がまとめて取れない生活は、初めすごくキツかったけれど、それまでのことを思えばまだ規則的と言えた。約十年間、僕は、僕である時間すら、思い通りにできなかったから……それを考えればなんのことはない。
今のこの生活を手に入れる対価として、僕は夜のバイトを引き受けた。たとえ三時間ずつに区切られたって、安心して眠れる。憂いなく朝を迎えられることは、何にも変え難いものだった。
当然、そんなだから人と交流を持つ時間なんて無いに等しい。
それでも良かった。白い目で見られるくらい、どうせ今さらだし。
どっちにしろ、僕の生活は僕が支えるしかない。こうでもして睡眠時間を確保しないと、正直学校生活だってままならない。
だから、寝るのも大切な仕事のうち……ってことにしていた。
そうしてそんな、一見は人並みな生活が始まって、そろそろ半年近くが経つ。
八歳の時。
突然祖母が他界して、そこから僕の人生は、ガラリと変わってしまった……。
祖母の葬儀を済ませて、東京に引っ越した途端……僕は、夢遊病を患ったのだ。
寝させたはずなのに家におらず、探してみれば夜の最中にキャッキャとはしゃぎ、裸足で街や公園を走り回っている……。
そんなことが、何度も続いた。
それこそ警察のご厄介にもなった。
両親も、初めのうちは心配してくれて、病院を巡ったり、色々な機関に相談したりした。
でも駄目。解決策は見つからなかった。
部屋の鍵を閉めても、いつの間にか壊してしまう。時には窓から逃げてしまう。
都会に来た途端そうなったから、空気が合わないんだろうとか、ストレスかもとかまわりに言われ、無理をして郊外に引っ越したりもした。
それでも僕は奇行をやめず、夜の街を徘徊して回った。
両親が、僕にどうしてそんなことをするのかと問いただしても、宥めても、泣いても、怒っても無意味だった。
僕じゃない。
あれは僕じゃなかった。
そう言うばかりで、要領を得なかったから……。
僕自身はというと、自分に何が起こっているのかは、幼いながらも気づいていた。
僕が眠ると、僕の中に別の誰かが入ってくるのだと、いうことに。
僕も初めは、それを夢だと思っていた……。だから危機感も薄く、暗い街の中を走り回るのは、まるで冒険しているみたいで楽しさすらあった。
それこそ、自分の中に入ってきた相手と、一緒に遊んでいる感覚で、たまに話もしていたと思う。そして、朝になればその夢から覚める……。
この段階では、僕は別に困ってもいなかったと思う。それこそ、変わった夢を見ているだけの感覚だった。
祖母に、人に見えないモノたちのことは、みだりに口に出してはいけないと、そう教えられていたこともあり、僕としては、あれは僕じゃなかったと、そう言うしかなかったんだ。
けれどそれは……僕の成長とともに、質を変化させていった。
朝になれば治っていたのに……そうならなくなっていき、別人格のまま、数日過ごすことまで起こり始めた。
まるで僕の成長とともに、入れる場所が広がってきたかのように、我の強い連中が押しかけてくるようになった。
もちろん、僕だってただ、体を許していたわけじゃない。
やめてと言った。嫌だと抵抗した。でも……話を聞いてくれるような輩ならそもそも、僕の中に入ってこない。
そして……。
僕はどんどん、人らしさからかけ離れていった……。
ご覧いただきありがとうございます。
明日は、三話 心晴さん その一を更新致します。