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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)5.1 < chapter.3 >

 その日の夜、魔法学研究所から騎士団本部に、生物標本用のガラス瓶が運ばれてきた。瓶の中身は、カラカラに干からびた胎児の死骸である。同じような瓶が他に十一個あり、それらには非常に厳重な封印が施されていた。

 ずらりと並んだ十二個のガラス瓶を前に、情報部長官、ピーコック、アル=マハが、この世の終わりのような顔で特務部隊を待っていた。

 夕食後のリラックスタイムに呼び出された特務部隊員たちは、事情も分からぬまま、情報部庁舎でその光景を目撃する破目になる。

「えぇ~と……? これは、一体……?」

 状況の説明を求めるベイカーだったが、ピーコックは手の動きだけで、会議室の中央に置かれた瓶に近付くよう指示を出す。

「……?」

 ベイカーは恐る恐る近づいてみた。

 するとどうだ。

 小瓶の中の干からびた死骸が、唐突に動き出した。

 そして言う。

「近付くな! 今度は何をする気だ! もういい! これ以上、俺を苦しめないでくれ!」

 死骸が動いたことに驚きはしたものの、呼び出されたメンバーにゴヤがいる。ベイカーは悪霊絡みの案件であると判断し、ひとまず、この霊とコンタクトを取ることにした。

「落ち着いてくれ。こちらから何かをするつもりはない。話をしよう。俺はサイト・ベイカーだ。名前は?」

「……サティ・ベイカー……」

「は?」

「お前も、ベイカー家の人間だよな? その顔、弟にそっくりだ。お前、俺と同じ一族だよな?」

「サティ……まさか、魔女王ヴァルキリーの軍で兵站長へいたんちょうを務めていた、あの……?」

「そうだ。お前は?」

「……そのお話が本当ならば、あなたの、直系の子孫にあたる者ですが……」

「今は何年だ?」

「五百五十二年の七月です」

「……そうか。もうそんなに経つのか……」

「あの、あなたはなぜ、そんな姿で……?」

「これか? ああ、この姿はな……」

 サティが言うには、彼は革命戦争のあと、故郷に戻って家族と仲間に囲まれた幸せな生活を送り、五十四歳で一生を終えた。彼の魂は安らかな眠りについていたが、四十数年前、突然墓が暴かれ、彼の魂はクローン胚に移された。しかし、当時の人工子宮装置はあまり性能が良くなく、頻繁に不具合を起こしていた。サティが入れられた装置も例外ではなく、彼は成長することなく、胎児のまま死亡した。

 だが、研究者たちは諦めなかった。サティの魂はすぐに予備のクローン胚に移され、もう一度人工子宮装置に入れられた。サティはそれから、性能の悪い装置の中で何度も生かされ、何度も殺され、その都度、『同じ死骸』が増えていき――。

「十二体目の胎児が死んだとき、ようやくプロジェクトは凍結された。けれども俺の魂は、死んだ胎児から抜け出せなくなっていた。呪術師や特殊能力者たちが、色々と試してくれたが……」

 言葉に詰まるサティに代わり、ピーコックが説明を引き継ぐ。

「かなり特殊な複合型呪術で魂を定着させたらしくてね。情報部で確認している呪術師と霊的能力者は、ほぼ全員、彼の解放に失敗している。まだ試していないのは、ガッちゃんとデニス、オリヴィエ・スティールマン、あとは、協力が期待できないマフィアの構成員数名だけなんだよねぇ?」

「そんな案件が、なぜ今?」

「あ、やっぱり! 本当に偶然だったのかよ!」

「偶然、とは……?」

 ベイカーの反応を見て、情報部長官、セルリアンもガクリと項垂れる。

「『ところで、空になったボトルはどう洗う?』 これは特務部隊の古い符丁だ。ある程度以上の能力を持った呪術師、もしくは霊的能力者が見つかった場合、魔法学研究所に赴いてこの符丁を伝え、サティ・ベイカーの魂の解放を試みていた。今回、特務部隊の隊長補佐から伝えられた符丁が先代特務部隊長を経由し、情報部の共有連絡網に流された。現特務部隊長がサティ・ベイカーの直系の子孫であること、特務部隊にガルボナード・ゴヤ、車両管理部にデニス・ロットン、騎士団ミュージアムにオリヴィエ・スティールマンが在籍していること、史上最強と呼ばれる魔導士『ボビーおじさん』が特務部隊宿舎に居候中であることなどから、符丁を知る情報部員たちは、何の疑いもなく『問題のガラス瓶』の移送を手配した……という流れだ」

「だから、このメンバーが招集されたわけですか……?」

 ベイカーは後ろを振り返り、仲間たちの顔を見る。


 マジっすか! という表情のゴヤ。

 ウソでしょ~! とでも言いたげなグレナシン。

 なんでこんなことに――と、げんなりしているキール。

 夕飯直後でクソ眠いんですけど――と思っていそうなロドニー。

 頑張って隊長! 僕は知りませんけど! という本音を隠しもしないポール。


 魔法少女たちが呼ばれていないのは、彼女らが正規の特務部隊員ではないからだろう。この面々で試してみて、ダメだった場合には応援要員として呼ばれるに違いない。

 もう、こうなってしまったからにはやらねばなるまい。ベイカーはガラス瓶の前で膝を折り、ご先祖様に頭を下げる。

「サティ・ベイカー。俺に、あなたを解放するチャンスをください。あなたの子孫として、できる限りのことをしたいと思います」

 ベイカーの申し出に、サティはわずかに考えた後、小さく頷いた。




 六人は、まずは『神の眼』による状況確認を試みた。これまでの挑戦者のうち、明確に『神の器』であることが確認できているのはタトラ老師ただ一人。しかし、彼に憑いている神は『死』を司るタナトスである。サティはすでに一度死んだ魂であるため、タナトスが『もう一度殺す』ことはできない。絶望から闇堕ちしかけていたサティの瘴気を祓うことはできたが、タナトスの持つ『地上の神としての権限』では、それ以上の関与は不可能である。

 属性と能力の異なる神であれば、タナトスとは別のアプローチも可能であるはずなのだが――。

「えぇ~……? どういうことかしら? 呪詛っぽい気配なんて、何も感じないんだけど……」

「タケミカヅチの眼にも、何も映らないな……」

「オオカミナオシも、不具合検知してないのよね?」

 グレナシンに問われ、オオカミナオシはロドニーの口を借りて返答する。

「不具合はない。この状態で安定している」

「そんな馬鹿な話があるか。もっとよく見ろ」

「充分見ている。死んだ肉体に死者の魂だ。何もおかしくない。墓の下にある状態とまったく同じだ」

「だが、普通の死体は動いて喋ったりしないぞ?」

「そうよねぇ……? あ! もしかして、このガラス瓶に問題があるんじゃないかしら?」

「どういうことだ?」

「特殊なのは中身じゃなくて、外側なんじゃないの? ってことよ」

「ふむ? ただのガラスに見えるが……?」

「ねえ、オオカミナオシ? このガラス、何かおかしなコトはない? 変な原料使ってるとか、普通ではありえない加工がされてるとか……」

 グレナシンの問いに、オオカミナオシはガラス瓶を持ち上げて、様々な角度からそれを『視る』。

 オオカミナオシの役目は世界の不具合を検知し、修正、もしくは削除すること。彼にはそのための能力が与えられている。ごく僅かな『不具合』を感知できる彼なら、物質の組成や構造を分子レベルで見極めることも可能である。

 と、オオカミナオシは何かに気付いたように、他の十一個の瓶を一つずつ手に取って確認し始めた。

「どうした? 何か分かったのか?」

「ちょっと! 早く教えなさいよ!」

 ベイカーとグレナシンに急かされ、ロドニーの身体を使うオオカミナオシは、困ったような顔をして答える。

「……主成分のシリカに、粉砕した魔法石が使用されている。原料の一部ではなく、全量だ」

「は?」

「全量……が、魔法石?」

 魔法石とは、その名の通り、魔法の力を秘めた石のことである。産出される土地によって属性が異なり、その色や透明度、結晶の形は千差万別。一つとして同じ物は産出されないと言われる、非常に高価な宝石だ。人工的に作り出すことも可能だが、あまりに膨大なコストがかかるため、よほど特殊な魔法学実験でもない限り、人工魔法石が製造されることはない。

 このガラス瓶は、その魔法石を砕いて粉にして、珪砂の代わりに原料にしたという。


 どう考えても異常である。原価が高すぎる。


「ちょっと待て? だとすると、例の符丁が『空のボトルをどう洗う』という文言なのは、馬鹿みたいに高価なガラス瓶を取り戻したくて、本気で中身の取り出し方と洗い方を募集していたのではあるまいな……?」

 ベイカーの言葉に、そんなまさか、という表情でフリーズする大人たち。しかし、この場でただ一人の未成年、隊長補佐のポール・イースターは、『6』というラベルが貼られた瓶を持ち上げ、何のためらいもなく封印の札を剥がした。

 そして――。

「中身、普通に取り出せますよ? 別の用途に使いたいのなら、とっくに使われていると思いますが?」

 ポールは、干からびた胎児を素手で取り出してしまった。魂の入っていない六代目のクローンは、動くことも喋ることも無く、ポールの手のひらでじっとしている。

 特務部隊員は、セルリアンとピーコック、アル=マハのほうに向き直る。


 三人とも、明らかにドン引きしている。


 だが、ポールは全く気にする様子もなく、ピーコックに向かって要求した。

「とりあえず、瓶を調べるために全部空にしてみます。ビニール袋と油性ペンをください。ありますよね?」

 ここはありとあらゆる裏工作を行う情報部の本拠地だ。ビニール袋と油性ペンくらい、いくらでもあるが――。

「あー……まさか、ビニール袋に入れて、番号書くつもりとか?」

「はい、そうですが?」

「なんでビニール袋? もっと別の保管容器も、一通りあるけども……?」

「だって、今日この場で解決してしまえば、この胎児は不用品になりますよね? どうせ同じ個体のクローンなんですし、魂の入っている十二番以外は、ひとまず捨てずにとっておく程度の扱いで問題ないのでは?」

「ああ、うん。よぉ~く分かった。お前、サイコパスって言われたことあるだろ?」

「はい。日常的に言われていますが、それが何か?」

「いや、うん。なら、もう、それでいいや……」

 限りなく溜息に近い吐息をこぼし、ピーコックは席を立った。




 十一個の瓶を空にして、それから一体何をする気か。

 大人たちの不安をよそに、ポールはその中に、会議室内にあるものを適当に放り込み始める。

 ホワイトボードマーカー、マグネット、プロジェクターを拭くためのムートンクロス、床に落ちていたクリップ、何かの紙屑、誰かの抜け毛。

 本当に何でも放り込んで、瓶の蓋を何度も開け閉めし、中身の様子を観察している。

「あー……ポール? 何か分かったか?」

 ベイカーが声を掛けると、ポールはニヤリと笑って見せた。

「はい。見てください。ムートン、紙屑、抜け毛を入れた瓶だけ、防腐処理に用いる魔法術式が発動ドライブ状態になりました」

「なに!?」

「本当!?」

「マジかよ!」

 ベイカー、グレナシン、ロドニーが瓶を持って確かめると、微かに魔法術式の発動ドライブ反応が感じられた。だが、それは本当に微細な反応である。こうして手に持って精神を研ぎ澄まし、何度も蓋を開け閉めし、じっくりと観察してみて、はじめて感知できる程度の反応しかない。

 胎児の死骸が動いて喋る。

 そんな異常すぎる現象は、霊的、もしくは呪術的事象と判断されるのが普通である。おそらくどの挑戦者も、瓶を素手で持つことも、ましてや蓋を開けることもしなかったのだろう。


 まさか、こんなに単純な問題だったのか?


 そんな面持ちの大人たちに、ポールはドヤ顔全開で解説する。

「ムートンクロスは動物の毛皮、紙は植物の繊維、抜け毛は人体の一部です。この瓶は、中に動植物由来の有機物を入れると、自動的に『今の状態』を保つよう作られています。この『現状保存』の効果と、魂を定着させる術式とが混ざり合うことで、予期せぬ効果を発揮したと思われます」

「という事は、サティを瓶から出して、ゴヤが《鬼火》を使えば……?」

「普通の霊と同じように、行くべき場所に行くんじゃないですか?」

 まあ失敗したとしても、僕の知った事じゃありませんけど。

 そんな本音が全開になっているポールの顔を見て、一同、不安を拭いきれずにいた。だが、瓶の中のサティは言う。

「なあ、サイト。これまでの連中は、離れた場所から、念仏のようなモノを唱えるだけだった。でも、この子がしたことは違う。この子なら、なにかを起こせるかもしれない。一回だけでいい。試してみてくれないか?」

「……上手くいかなかったら、あなたを苦しめてしまうかもしれませんが……」

「構わないさ。やってくれ」

「……はい」

 ベイカーは瓶の蓋を開け、中の胎児を取り出そうとした。



 そう、確かにベイカーは、その動作を行っていたはずなのだ。

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