94. 作戦会議(3)
(レクアル様が自分の近衛騎士を貸し出すなんて、普通では考えられないわ。一体、何をお考えなのかしら……)
ちらりとエディの反応を窺うが、彼はセラフィーナと目が合うと、小さく笑う。まるで「大丈夫ですよ」と言わんばかりに。
その反応に余計、戸惑いと焦燥感が募っていく。
自分の知らないところで、彼に何か危険が迫っている気がして胸がざわつく。
「ジョルジュの動揺を誘うためですよ。向こうは、いきなりニコラス兄上が訪問することで驚くでしょう。ですが、相手を揺さぶるならもう一手あるほうが効果的です。実際、兄上の部下は各地に分散していて人手が足りていないでしょう? エディが兄上に付き従うことで、相手は確実に『これは普通の訪問ではない』と印象づけられるはずです。過度な緊張状態なら、ぽろりと本音をこぼすかもしれません」
レクアルの説明に、ニコラスは渋面になった。
考え込むように顎に手を当て、思案にふけっている。
(……確かに、揺さぶりをかけるなら、これ以上にない手だわ。レクアル様は奇襲や相手の意外性をつく戦法を考えるのが得意そうね。エディ様もアルトさんも納得したような顔だし、エディ様が護衛につくのならニコラス様の身の安全は大丈夫でしょうし)
ニコラスは手をそっと下ろし、口を開く。
「わかった。その案を受け入れよう。……僕がジョルジュの注意を引いている隙に、名簿リストの回収を行う。その時間、見張りをその場から離すように部下に誘導させておく。回収任務を任せる者だが、相手の警戒を解くなら女性のほうが都合がいい。僕はそこの下級女官に任せようと思うのだが」
青紫の瞳がセラフィーナを見つめる。
遅れてその意味を理解したところで、レクアルからストップがかかった。
「お待ちください。女性のほうが警戒されにくいのはわかります。ですが、彼女はただの下級女官ですよ。適任者は他にもいるのでは?」
「はあ、お前は反対すると思っていたよ。だが今はどこに開戦派が紛れ込んでいるのか、わからないんだ。この女は初めから計画に関わっている。口も堅いし、柔軟な発想もある。いざとなれば、間違って迷い込んだとでも言って誤魔化せばいい」
「ですが……」
「相手を揺さぶるならもう一手あるほうが効果的、なのだろう?」
ニコラスはわざと弟の言葉を繰り返し、レクアルがうっと息を呑んだ。
思いがけず自分の発言が跳ね返ってきて、ダメージを受けているらしい。言いよどむレクアルを横目に、セラフィーナはニコラスの真意を探る。
(ニコラス様の言うとおり、文官の頼まれ事を引き受けるのは日常茶飯事だから下級女官のほうが怪しまれずに済むでしょうけど。まさか、そこまでニコラス様に信頼されていたとは思わなかったわ。いえ、もしかしたら、どうなろうと構わないという意味で選ばれただけかも……?)
基本的に、セラフィーナに対して塩対応のニコラスのことだ。
多少認めてもらったと思ったのは、自分の勘違いだった可能性が高い。けれど、同時に思う。ローラント失踪を自分のせいだと思い詰めていた人間が、気にくわない女というだけで、捨て駒のような扱いをするだろうか。
もし仮に、これでセラフィーナの身に危害が加われば、レクアルは黙っていないだろう。弟の気持ちを誰よりも大事にする彼が、そんな浅慮な決断をするだろうか。
(……うまく言葉にできないけど、ニコラス様は人の命を軽んじる方ではない。ということは、ここは信頼して任されたと見るべきね)
一人納得していると、今まで沈黙を守っていたエディが一歩前に出た。
「ニコラス殿下。どうか発言をお許しいただけないでしょうか?」
「……許す」
「ありがとうございます。彼女は今は平民ですが、元は帝国の侯爵令嬢。高貴な血が流れた元貴族です。そんな彼女が適任だとは、私には思えません。リスト回収は私が行います。ニコラス殿下の護衛にはアルトをつけましょう」
「まったく、レクアルに続き、お前までもこの女に肩入れするのか……。貴族の生まれであっても領地追放された時点で何の価値もない。現に、実家とは縁が切れた状態なのだろう? 説得力に欠けるな」
冷笑を浮かべるニコラスに臆した様子はなく、エディが口を開きかける。
その様子を見て、セラフィーナは先んじて言葉を発した。
「エディ様! それはだめです。ニコラス様がおっしゃったように、騎士のあなたでは余計な警戒心を抱かせてしまいます。リスト回収に失敗すれば、ニコラス様の時間稼ぎも無駄になってしまうでしょう。……わたくしのことでしたら心配はいりません。女であれば、侮ってくれる方が多いのも事実ですから。しっかり役目を果たしてみせますわ」
「しかし、護身術の心得はあるのですか? 相手が力尽くであなたを害し、誰の指示で何をしていたかを喋らなければ殺す、と脅迫されたら……。一体、どうするつもりですか?」
彼の言葉の端々から、ひしひしと切迫した感情が伝わってくる。
こちらをまっすぐに見つめる視線に揺らぎはない。それだけエディの本気を感じた。義務感からではなく、エディ個人の感情をそのまま訴えかけられているようで、心の奥が強く揺さぶられる。
(しっかりしなさい、セラフィーナ! あなたは何度も死に戻ってきた悪役令嬢でしょう。こんなときこそ、不敵に微笑んでみせなければ)
エディは拳を握りしめている。その拳が少しだけ震えているのに気づき、心配そうにこちらを見つめる金色の瞳を見上げた。
そのまま視線が絡み合い、セラフィーナは口角をわずかに上げる。
不安なんてない。自分の心配は不要だ。
相手にそう思わせるように、艶然と微笑んだ。
「……そのときは、覚悟を決めて舌をかみ切るしかありませんね。ニコラス様にもレクアル様にもご迷惑はかけられませんから」
「冗談でもそんなことをおっしゃらないでください! あなたは、こんなところで命を投げ出していい方ではありません。以前、私は誓いました。セラフィーナの身は私が守ります、と。その誓いはまだ生きています。あなたはどうか安全な場所で待っていてください。リスト回収は必ずやり遂げてみせますから」
「エディ様……」
任務に忠実な彼にしては珍しい反応だ。
正直、ここまで必死の説得をされると思っていなかった。エディにここまで心配させておきながら我を通すのも憚れる。
困っていると、右肩をぽんと手を置かれる。見上げた先にはいたのはラウラだった。
「……エディ様の懸念は理解いたしました。そこで提案なのですが、私がセラフィーナに同行するのはどうでしょう? 名簿がどのような状態で保管してあるか不明な以上、一人より二人のほうが対処もしやすいでしょう。もし見張り役が戻ってきても、私が囮になれば、セラフィーナを名簿と一緒に逃がすこともできます。それに、私には護身術の心得があります。どうかお任せください」
「ラウラが同行するなら、僕は見えない場所からこっそりフォローさせてもらおうかな〜。いいですよね、レクアル殿下? 殿下には、騎士団で待機していただければ、護衛が二人もつかなくても安心ですし」
ラウラに便乗したアルトの提案に、レクアルが怪訝な顔をした。
おそらく、自分を蚊帳の外に置かれる状況が不服なのだろう。しかし、問題が丸く収まっていることを踏まえると、むやみに否定することもできない。そんな苦悩が表情から読み取れた。
しばらく逡巡した末、レクアルがため息混じりに言った。
「アルトも影で護衛につくなら安心なのは事実だ。……仕方ない、許可を出そう。エディもこれなら文句はあるまい?」
「はい……。出過ぎた真似をして申し訳ございませんでした」
「いや、いい。お前の心配も当然だ。お前が言わなければ俺が言っていた」
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