67. お願いしてもいいですか?
レクアルたちが去った直後、控えめなノックの音が響く。静かに扉を開けて入ってきたのは、ピンクゴールドの髪をお団子にまとめたラウラだった。
「ら……ラウラ先輩っ」
「久しぶり。もう、心配したわ。まさか私がいない間に、こんなことになっていたなんて。二日間も意識が戻らなかったんですって? こっちはずっとハラハラしていたわ。早く無事な顔が見たかったけど、ずっと面会制限で入れてもらえなかったの。二日間は絶対安静っていうノートリア副侍医からの指示と、騎士団の事情聴取が終わっていないことが主な理由でね」
「え? 事情聴取はまだですけど……」
「明日やるって聞いたわ。私はレクアル殿下と副侍医から許可をもらって、ここにいるから大丈夫。それに、今の私はただの教育係のラウラさんじゃないのよ?」
彼女が得意げに取り出したのは、なぜか包帯と薬草だった。
「それは一体……?」
「ふふふ、実はね。今の私は『ノートリア副侍医の助手』という名目でここにいるの。だから、堂々としていても誰からも咎められないのよ」
「助手、ですか?」
「そうよ。実はね、あなたの包帯の交換を頼まれたの。ほら、女性同士じゃないと恥ずかしい箇所もあるでしょ? 特にあなたはさっき目覚めたばかりだし、この静養室だって知らない場所。しかも、処置してくれたノートリア副侍医とは意識がない間にしか会っていないんでしょう。それってもう初対面じゃない。だったら、顔見知りの頼れるお姉さんのほうが気兼ねなくお願いできると思わない?」
ラウラが人差し指を自分の顔に向け、ふふっと艶やかに笑う。その姿に、セラフィーナは思わず見惚れてしまった。
無理に励ますでもなく、自然に寄り添いながら、こうして元気づけてくれる。そんな彼女の優しさに思わず目を擦って、セラフィーナは小さく笑みを浮かべた。
「ラウラ先輩のご迷惑にならないのでしたら……」
「もう、心配性ね。迷惑だと思ったら引き受けてないから。それに私、言ったはずよね。何かあれば助けてあげたい。どんどん頼ってほしいって」
「……あ……」
「思い出してくれた?」
「はい。しっかり思い出しました。……ラウラ先輩、お願いしてもいいですか?」
「任せなさい。私、こう見えて包帯を巻くのはプロ級なんだから。だてに何度も戦場に出ていないのよ」
おそらく前世の体験談を言っているのだろう。
口先だけではない言葉ひとつひとつに、確かな信頼が宿っている。そんなラウラの存在が、セラフィーナの胸をふわりと温かくした。
「それは安心ですね。ラウラ先輩が頼りになりすぎて……このままだと、わたくしは甘えん坊になってしまいそうです……」
「なんて悲愴な顔をしているのよ。後輩が先輩女官を頼るのは当たり前でしょ。それに私、甘やかすのは時と場所を弁えているから。しなくてもいい心配はしないの。一週間もすれば女子寮に戻れるそうだから、快気祝いに何が食べたいか考えてなさい。ヘレーネも心配していたわよ」
「あ……わたくし、たくさんの人に心配をかけてしまったんですね」
「アルトやローラント伯父様、他の下級女官もね。皆、あなたのことが好きなのよ。気に病む必要はないわ。セラフィーナは元気な顔を見せてくれるだけで十分だから」
その言葉に目を潤ませながらも、セラフィーナはしっかりと頷いた。
「……はい。ありがとうございます」
「謹慎中の女官たちは全員、実家に戻されているから。いつ戻るかはわからないけど、しばらくは顔を合わせる機会もないでしょう。安心して仕事復帰できるわよ。というか、セラフィーナが危ない目に遭う前に、今度は私が助けてあげるからね。気づいてあげられなくて、ごめんなさいね……」
申し訳なさそうに言われ、慌てて首を横に振る。
「どうしてラウラ先輩が謝るんですか? いつもこうやって、気にかけてくれるじゃないですか。たくさん励ましの言葉ももらいましたし、もう十分すぎるくらい、いただいていますよ。すでに返しきれないくらい恩があります」
一生かかっても、彼女からもらった恩は返せない気がする。
貴重な魔女としての視点から語られる言葉は、どれも有益だった。それ以上に彼女自身の人柄に、セラフィーナは何度も救われてきた。
じっと見つめると、ラウラが照れ隠しのように微笑む。
「いいのよ、とっておいて。いざってときに返してくれたらいいし、なんなら返さなくてもいいし。私は恩を返してほしくてお節介しているわけじゃないの。そうね、自己満足? 自分がしたいようにしているだけだから、後輩は黙って享受していればいいのよ。私にされて嬉しいなって思ったことを次の後輩にしてあげるのでもいいし。そうやって、人は回っているんだから」
「先輩から教わったことを……次の後輩に……」
「そうよ。あなただって、いつまでも新米女官じゃないのよ。そのうち後輩ができたら先輩になるんだから。せっかくなら、後輩に尊敬されるような、いい先輩を目指してみたら? 自分磨きに遅いも早いもないわよ。身だしなみは大切よ。でも美しく着飾るだけが女官の仕事じゃないでしょ。……それじゃ、包帯を交換するわね」
優しく微笑みながら、ラウラは包帯の交換の準備を始めた。
彼女に促され、ゆっくりと上着を脱いだ。思っていたよりも、服の下にも広範囲に包帯が巻かれていたことに、今さら気づく。
ラウラは嫌な顔ひとつ見せず、手慣れた様子で、包帯をくるくると巻き取りながら、ほどいていく。セラフィーナは安心しきった気持ちで身を任せていた。包帯を交換される行為が、信頼の証しのように思えた。
だが次の瞬間、和やかな空気がふっと揺らいだ。
ラウラが息を呑む、かすかな音が聞こえた。気になって振り返ると、金茶の瞳が驚きに見開かれていた。
「うそ……でしょ。さすがにこれは……どうしたものかしら」
「す、すみません! そんなにひどかったなんて……お見苦しいところをお見せしてしまって本当に……」
とっさに謝ると、すぐに否定の言葉が被さる。
「逆よ、逆。治りが早すぎて驚いただけだから」
「? どういうことでしょう?」