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ループ8回目ですが、わたくしは悪役令嬢であって魔女ではありません!  作者: 仲室日月奈
第一章

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6. 初めての仕事

 母国では立派な皇太子妃になるべく、厳しい妃教育を受けてきた。宰相である父親の教育方針で外交に強くなるように、あらゆる知識を叩き込まれた。それに加え、平民になってからは郵便工房で伝票管理や仕分け業務もしていたため、書類整理は慣れたものだ。

 担当部署ごとに並べ替え、内容が重複しているものは日付順に、種別がわからないものはまとめて端に置いておく。

 一通りチェックが終わったところで、ラウラが戻ってきた。


「ただいまー。どう? 作業は順調?」

「はい。今、終わったところです」

「え、はやっ! もう終わったの? あんなにたくさんあったのに……」

「判断に困ったものは端によけています。あとでご確認いただけますと幸いです」


 ラウラが半信半疑といった様子で、仕分けした巻物を手に取って確認していく。

 間違いがないかをチェックされるのは少しドキドキした。


「うん。問題なさそうね。……でもびっくりしたわ、飲み込みが早いのね」

「いえ。まぁ、多少は慣れていましたので……」

「慣れる?」


 どうやら、ここに来るまでの経緯はラウラには伝わっていないらしい。さて、どう伝えるべきか。

 セラフィーナは目元を伏せ、自分の右手を左手でぎゅっと包み込んだ。


「わたくしはユールスール帝国出身で、実家はアールベック侯爵家でした。その……妃教育の一環で、書類仕事も一通り仕込まれました」

「え、妃教育!? ていうか、侯爵家ってお貴族様じゃない!」

「今は平民です。ゼディック皇太子殿下から婚約破棄をされたところで、レクアル様に拾っていただきました。本当は第二妃に望まれたのですが、それは固辞して宮殿で働くことになったのです」


 ラウラは理解が追いつかないのか、額に手を当てて眉根を寄せている。


「…………どこから突っ込んでいいのか、わからないのだけど。もともとは皇太子妃になる予定だったってことで合ってる?」

「はい、合っています」

「レクアル様の推薦だとは聞いていたけど、まさかそんな経歴のお嬢様だったとは……。本当に大丈夫? ここは結構こき使われるわよ」

「覚悟の上です。実家からは勘当されていますし、わたくしは自分の力で生きていくと決めましたから」


 ただの令嬢ならば、とてもついていけないだろう。

 しかし、セラフィーナは平民の生活をずっと送ってきた。稼げる金額は毎日を生き抜くのにギリギリで、水仕事で手が荒れるのも慣れている。

 長いループ人生のせいで、半分は平民みたいなものだ。今さら恐れるものなどない。


「ふうん? まぁ、訳ありの子が宮殿に集まるのも珍しくないしね。……そうそう、これ。あなたの仕事着よ。サイズは問題ないと思うけど、一応、着てみてくれるかしら」


 ラウラが差し出したものを両手で受け取る。

 長袖の黒のワンピースだ。上等な生地を使っているのか、使用人の服にしては触り心地がいい。

 清潔感のある純白の角襟には、ワンポイントに金の刺繍糸で模様が縫われている。ワンピースの裾は足首まで覆うロングタイプで、幅のある腰帯は灰色だ。


「灰色が下級女官の色よ。上級女官は紅色。文官は緑色の文官服。騎士は青地で、近衛騎士は白地の騎士服ね」

「色でどこの所属かわかるようになっているんですね」

「まぁ、そういうこと」


 衝立の向こうで着替えを済ませて戻ると、ラウラが両手を合わせた。

 ラウラと同じように結んだ帯は右腰から膝上まで垂らし、その端には蓮の花が描かれている。


「うん、いいじゃない! よく似合っているわよ」

「とても着心地がよくて、肌に馴染むのがわかります」

「そうでしょう、そうでしょう。宮殿で支給されるお仕着せはいい生地を使用しているから、新人からも結構好評なのよ」


 得意げに頷くラウラは机に置いていた巻物を腕に抱え、残りを持つように言う。

 セラフィーナが慌てて両手で抱えると、部屋の入り口でラウラが扉を開けて待ってくれていた。


「さあ、これを書庫に届けるついでに案内するわ」

「は、はい」

「大公宮殿は二つの宮殿があるんだけど、セラフィーナも見たでしょう? 大きな門」

「鉄の門ですね。装飾が見事でした」


 三つの鷲のオブジェがこっちを見下ろす、見上げるほど大きな門だった。


「でね、奥に大公ご家族が住む宮殿があって、その前には金の門がそびえ立っているのよ。通してもらえる女官は上級女官のみ。身体検査もあって、入るときも出るときも厳しくチェックされるらしいわ」

「でしたら普段、レクアル様がいらっしゃるのは奥の宮殿ということですか?」

「んー……レクアル様は神出鬼没だからね。厨房に現れたり、下級女官部屋に差し入れを持ってきたり、予想がつかないのよね」


 周囲を驚かせて楽しげにしている姿が目に浮かんだ。その様子が容易に想像できてしまうあたり、なぜか悔しい気分になる。


「……確か、レクアル様にはご兄弟がいらっしゃいましたよね?」

「ああ、二人のお兄様ね。一人は歳が十も離れた次期大公クラヴィッツ様、もう一人は一つ違いのニコラス様。二人とも公務で忙しくされているから、私たちが会うことはまずないでしょうね」

「そうなのですね」


 相づちを打っていると、ラウラが立ち止まる。

 白い観音開きの扉の上には、「書庫」と書かれたネームプレートが掲げられている。ラウラは銀の取っ手をつかみ、扉を開けた。瞬間、本の匂いが鼻をかすめた。


「ヘレーネ」


 ラウラが呼びかけると、ぶ厚い本を読んでいた眼鏡の女性が顔を上げる。

 彼女は栞を挟んで本を閉じ、スリットの入った緑の文官服の裾をさばきながら笑顔で出迎えた。


「ラウラちゃんがここへ来るなんて珍しいね。今日は何の用?」

「まずはこれを受け取って。上級女官から書庫に片付けておくように言われたの」

「了解。……その子は新入り? 見ない顔だけど」


 ヘレーネはラウラから受け取った荷物をカウンターに置くと、セラフィーナをちらりと見る。

 小柄なラウラよりは背が高いが、セラフィーナの目線より低い。ゆるく編んだ三つ編みを前に垂らし、顔つきは幼く見える。だが、ラウラと気さくに言葉を交わす様子から察するに、年下ということはないだろう。

 とりあえず愛想笑いを浮かべてみる。

 しかし逆効果だったのか、眼鏡のレンズの奥で彼女の目がすっと細くなった。

 どう反応するべきか逡巡していると、ラウラが後ろからセラフィーナの両肩をつかんだ。


「セラフィーナっていうの。期待の新人よ」

「へえ。ラウラちゃんがそこまで言うなんて、よっぽど優秀なんだね。訳ありの子?」

「元は貴族令嬢だったみたいだけど、結構肝が据わっていて意外とたくましいわよ」

「ああ。だからこんなに顔が整っているんだ。所作も美しいし、ドレスを着せても馴染みそう」

「きょ、恐縮です……」


 それにしても、ヘレーネのプライベートスペースは狭いのだろうか。

 セラフィーナが後ろ足で距離を取ろうとするたび、無言で一歩詰め寄ってくる。


(ど、どうして……?)


 頬が引きつりそうだ。その間も熱視線は止まらない。さすがに気まずくなってラウラにヘルプの念を送るが苦笑いが返された。万事休す。

 と思っていたら、ヘレーネの細い指がセラフィーナの両手を包み込む。


「ね、ねえ。このあと時間ある? フリフリの服を着てみたくない? きっと似合うと思うの!」

「…………遠慮させていただきます」

「そ、そんな……」


 さっきまで爛々と輝いていた瞳から生気がなくなり、しおれた葉のように肩を落としている。罪悪感がこみ上げてきた頃、ラウラが明るい声で言う。


「私たちは他にも行くところがあるから。またね」

「うん……わかった……」


 まだ打ちひしがれているのか、地を這うような声が返ってきた。

 だがラウラは気にした様子もなく、そのまま書庫を後にした。

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※表紙イラストは雨月ユキ先生に描いていただきました。その他イラストは活動報告をご覧ください。

▶ラウラが主役の短編「大魔女だった町娘は前世の敵に迫られています
▶【登場人物紹介のページ】はこちら
▶【作品紹介動画】はYouTubeで公開中

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