47. 女性不信の原因
「…………。それはすまなかった。どうやら兄上の中でお前は悪女になっているらしくてな。いくら説明しても納得してくれないんだ。兄上は俺に悪い虫がつかないよう、少々過保護になってしまっているのだと思う」
「過保護……確かに。ニコラス様はとても家族思いなのですね」
セラフィーナが共感を示すと、レクアルが微苦笑する。
「クラヴィッツ兄上は年が離れすぎていて関わる時間が少なかったが、ニコラス兄上とは一緒に過ごす時間が長かったからな。剣術の稽古も一緒だったし。俺が悪さをしたら、エディとともに叱られてくれたんだ」
「本当に弟思いのお兄さんなのですね。今も仲がよろしいのは、幼少の頃からずっと近くにいらっしゃったことが大きいのでしょう。お二人の絆の深さを思えば、ニコラス様の行動も理解できます」
「……そうか。まあ、昔から何かと世話になってばかりだな。気を許していない相手には冷たい態度を取ることがあるが、悪い人ではないんだ。ちょっと不器用なだけで。成長するにしたがって人前で態度を取り繕うことが上手になられたが、根っこの部分は変わっていないのだろう」
ニコラスの表と裏の顔の使い分けを知っている身としては、頷いていいところなのかがわからない。弟の前では態度が違うようだし。
曖昧に笑みを浮かべていると、レクアルは昔を懐かしむように遠くを見つめる。
「ニコラス兄上には同じ生徒会役員で親しくしていた令嬢がいたんだが、婚約発表直前に白紙に戻ってしまってな」
「白紙、ですか?」
驚きを隠せずにいると、レクアルは物憂げに瞼を伏せた。
「……兄上に非はない。ある日、相手の令嬢が従者と駆け落ちし、国外へと逃れたんだ。政略的な意図もあった縁談だったが、俺から見えた二人は相思相愛で幸せそうだった。だから俺もその事実を知ったときはショックが大きかった。あんなに仲睦まじかった二人が、別々の人生を歩むとは露ほども思っていなかったからな」
「それは……誰でも傷つくと思います」
「信じていた者から裏切られて、何を信じればいいのかわからなくなったのだと思う。あの事件以来、ニコラス兄上はどの令嬢にも心を開くことはなくなった。未だに父上も責任を感じていらっしゃる。俺に婚約者がいないのも、そのことが関係している」
年頃の公子が二人とも婚約者がいない理由を聞き、なるほどと頷く。
次期大公のクラヴィッツはすでに結婚しているため、弟たちは急いで結婚相手を探す必要はない。国を背負う大公も一人の父親だ。息子たちの幸せを願う心理は理解できる。
「納得しました。そういうご事情でしたか」
「婚約者は親が決めるのではなく、本人に選ばせるように方針転換したため、兄上は俺が騙されていないか気が気でないのだろう。俺がしっかり説明できていれば、お前に嫌な思いをさせずにすんだものを……。すまなかった」
「い、いえ。レクアル様が謝る必要はありません! ニコラス様の思いもわかりましたし、どうか顔を上げてくださいませ」
「しかしだな……」
なおも謝罪を続けようとするレクアルだったが、セラフィーナにも非はある。
帝国での悪評があったからこそ、ニコラスは警戒を強めた。何の瑕疵もない普通の令嬢であれば、彼もあそこまで敵意を剥き出しにすることもなかったはずだ。
「領地追放となった女が弟の第二妃候補だなんて知ったら、心配なさるのは当然です。すぐに受け入れられるとは思いませんが、時間をかけてニコラス様にもわたくしが無害であると知っていただくつもりですので大丈夫です」
「……はあ。頭が痛いが、こちらでも何か解決策を考えておくか」
「恐れ入ります」
額に手を当てて渋面になっていたレクアルは、ふと思い出したように顔を上げた。
「言い忘れていたが。セラフィーナ、いつでも俺の胸の中に飛び込んできていいぞ。お前ぐらい受け止めてみせるさ。帝国から離れ、今は俺がお前の保護者代わりだ。抱えきれなくなる前に俺の顔を思い出せ」
「…………ご冗談ですよね?」
「本気だが? 遠慮せずともよい。それともなんだ、俺の両腕は不要だと?」
「そこまでは思っていませんが、下級女官がレクアル様に突然抱きつくような奇行をするわけには参りません。まだ命が惜しいですから。不敬罪で投獄されたくはないです」
「ふっ、心配するな。そんな事態は起こらん。とにかく次に何か言われたら、まずは報告しろ。エディに言付けるのでもいい。わかったな?」
ラウラと同じような念押しに、セラフィーナは小さく笑ってしまった。
◇◆◇
「あの。占いがよく当たるというお店について、何かご存じでしょうか?」
古着も取り扱っているお店で薄手の夏服のお会計を済ませてセラフィーナが質問すると、流行に明るそうな女性店員はにこやかに応じた。
「もしかして、恋占いで有名なお店のことですか?」
「え、ええ。……とても人気だと伺ったもので。前回の市では出ていたようですけど、毎月出店しているわけではないのですよね?」
「そうなんですよ。不定期に営業しているみたいで。出会えたらものすごくラッキーな日ですよ! 占ってもらった友達は彼氏が三股していることを教えてもらって、真偽を問いただして鉄拳制裁していました。彼、誠実そうな見た目だったから初めは信じられなくて……。外見に騙されたらだめですね〜」
しみじみと語る様子に嘘の気配は一つもない。なんと返事をしたらいいのか迷っていると、そうそう、と思い出したように付け加えられた。
「営業許可証も一応あるみたいで、市が立っていない日にも営業しているっていう噂もあるんです。ただ人目を忍ぶようにしているのか、出店場所も毎回違っていて、予測は困難なんですけどね」
「……人目を忍ぶように……」
「出会える確率は掘り出し物を見つけるのと同じくらいじゃないですかね?」
軽い調子で話を締めくくられ、お礼を言って店を後にした。ドアベルがチリンと涼やかな音を立てて扉が閉まる。
その日から、セラフィーナの休日の過ごし方に占い師探しが加わった。