43. 猫の集会
「ラウラちゃーん!」
大通りに戻ると、ヘレーネが声を弾ませて小走りで駆け寄ってくる。
買い物は終わったようで、大事そうに数冊の本を両手で抱えている。頬は薔薇色に色づき、蜂蜜色の瞳はきらきらと輝いていた。
「どうやらお目当てのものはあったようね」
「うん、豊作だったよ。こんなに珍しい古書と巡り会えるなんて、もう幸せ!」
「ヘレーネは本当に書物が好きね。ボロボロの本を見て何が楽しいか、わからないけど」
ラウラが呆れたように言うと、ヘレーネが悪戯っぽく笑う。
「何が書かれているかわからないから楽しいんじゃない。本の修繕や写本は得意分野だもの。大変な仕事ほど、達成感もひとしおだよ」
「今まであなたの夢はお針子かと思っていたわ。ドレスのデザインをよく書き留めているし、給料日になると布やレース代につぎ込んでいるし」
「仕事と趣味は別だよ。司書は天職だけど、趣味も目一杯楽しんでいるってだけ」
「……そういうもの?」
「そういうもの!」
自信満々に断言するヘレーネの様子がおかしくて、セラフィーナはラウラと目を合わせて笑ってしまう。それにつられたようにヘレーネも笑い出す。
ループをするたびに絶望感と今度こそ失敗できないという焦りに駆られていたが、この二人といるときは小難しいことは考えなくていいのだと思わされる。
穏やかな時間に心が和む。と不意に、甲高い声のような音を耳が拾う。どこからだろうと耳元に手を当てていると、ラウラが小首を傾げた。
「どうかした? セラフィーナ」
「……あ、いえ。向こう側から動物の鳴き声が聞こえた気がして」
ラウラとヘレーネが耳を澄ました後、セラフィーナが指差した方角を見つめる。
先に行動したのはラウラだった。足音を極力抑えて路地裏へ向かう。その背中を追うようにして、セラフィーナとヘレーネも続いた。
たどり着いたのは、裏路地を抜けた先にある小さい広場だった。周囲には木箱が重なり、その上には雨よけのシートに包まれた木材も積まれている。どうやら簡易的な資材置き場になっているらしい。樽の影に隠れたヘレーネが小声で言う。
「……ラウラちゃん。あれって」
「ええ。間違いないわ。この付近に暮らす猫たちの話し合い……猫の集会ね」
セラフィーナも噂には聞いていたが、実際に見るのは初めてだ。
集まっているのは灰色の猫、三毛猫の親子、白黒の猫など合わせて六匹。丸々とした猫もいれば、気位が高そうなスタイリッシュな猫もいる。
(これが……猫の集会……!)
木箱の上にいるのが議長だろうか。凜々しい顔つきで、彼らの報告を聞いているように見えなくもない。円形に広がった猫たちは話し合いに夢中のようだ。
ヘレーネは興味深げにひょっこり樽から顔だけ出して、声をひそめる。
「あ、見てみて。奥にいる白猫、雪みたいに真っ白でとってもきれい。ふわふわな毛並み、触らせてくれないかな〜」
「首輪はついていないけど、あれは手入れのされている飼い猫でしょう。飼い猫は難しいわよ。飼い主だって、好きに触らせてもらえるとは限らないし」
「そっかぁ。残念」
口を尖らすヘレーネの様子を微笑ましく見ていると、ふと視線を感じた。
きょろきょろと左右を見渡すと、白猫がまっすぐこちらを見ているのに気づく。じっと観察するような眼差しだ。しばし、そのまま見つめ合う。紫の瞳は物怖じせず、心の奥まで見透かすようにセラフィーナに視線を注ぐ。
(初対面のはずだけど……この反応は警戒されている、のかしら?)
視線を外すタイミングがわからない。
ふと、頭上でバサバサッと羽ばたきの音がした。つられるように空を見上げると、数羽の烏が鳴き声をあげながら近くの屋根の上に降り立つところだった。
ここは飲食店の通りの一本裏だ。餌を求めて生ゴミを漁りに来たのだろう。
視線を戻すと、いつの間にか猫たちの姿は消えていた。
第1話に主要人物紹介のイラストを追加しました。序盤のエディが跪いてヒールを履かせてくれるシーンの挿し絵や下級女官のお仕着せは活動報告に掲載していますので、まだの方はチェックしてみてくださいね。