41. 大事なことを言い忘れていたわ
「……ヘレーネはどう思う?」
「ううん。背格好やフードから覗く髪色から判断すると、限りなく本人の可能性が高いと思う。でも他人のそら似という可能性も捨てきれない、かな……」
「ニコラス殿下って第二公子様でしょう? いくらなんでも庶民の擬態が上手すぎるというか、普段から着ているような雰囲気さえ感じるけど。そもそも護衛なしでふらっと出歩く人だったかしら」
レクアル殿下ではないのだから、と言外に含まれている気がした。だがラウラの意見はもっともだ。一般的に身分の高い人が単身で出歩くなど言語道断である。そう、普通ならば。
しかしながら、ニコラスは表の顔と素顔をきっちり使い分けており、その差は少々極端なぐらいである。彼の性格を考えると、単独行動をしていても不思議ではない。
書庫に出入りしていたニコラスを知ってるヘレーネと目を見合わせ、セラフィーナは眉を下げる。
「やはり、お忍び中……なのでしょうか?」
ニコラス本人だと仮定すると、どう対応するのが正解か。
視線で問いかけると、ラウラはヘレーネと顔を見合わせた。それからしばしの沈黙の後、ラウラの中で答えが出たらしい。
「セラフィーナ。大事なことを言い忘れていたわ。人にはね、誰しも暴かないほうがいい秘密があるものよ」
「…………見なかったことにします」
「それが無難ね」
とはいえ見てしまった以上、気にはなる。
本当にニコラスが恋占いをしに来たのかどうか。もしそうならば相手は誰なのか。
(ひょっとして道ならぬ恋だったりして……。ってダメダメ、勝手な憶測はいけないわ)
脳内に残っている妄想を頭から追い出そうと、首をぶんぶんと左右に振る。邪念よ、散れ。
セラフィーナが心の中で自分自身に言い聞かせていると、ヘレーネが場の空気を一新させるべく、ぱんと両手を叩いた。
「さ、さあ。気分を取り直して、他のお店を…………」
「ヘレーネさん?」
「嘘……そんな、まさか……。数年に一度しか来ない書店の旗が立ってる!?」
驚きと歓喜に満ちた瞳からして、とんでもない発見があったのだろう。ヘレーネはいつものほのぼのした雰囲気を一転させ、真剣な顔でラウラを見やる。
「ラウラちゃん、ごめん。私、行かなきゃ!」
「いってらっしゃい。……しばらくヘレーネはこちらの世界に戻ってこないだろうから、私たちも好きに見て回りましょう」
脱兎のごとく走り去ったヘレーネを生暖かい目で見送ったラウラが微笑み、セラフィーナもぎこちなく頷く。
(……きっと他にも、たまにしか開かないお店があるのでしょうね。今日見たお店が来月も来るとは限らない。気になった商品は、見つけたときに買っておくほうがいいのかも)
けれど今は、少し休みたい。その気持ちはラウラも同じだったようで、彼女が離れた木陰のベンチに座るのを見て、セラフィーナもそっと隣に腰を下ろした。青果店が鈴を鳴らしながらタイムセールのかけ声を上げたことで、群がるように客足がそちらに集中する。
ベンチの周囲に人がいないのを確認し、セラフィーナは小声で質問した。
「あの……ラウラ先輩。魔女って占いが得意だったりするのでしょうか?」
ラウラは表情を変えることなく、前を向いたまま答える。
「何が得意かは人によると思うわ」
その一言で、魔女も同じ人間なのだと気づかされる。今まで魔女は魔法が使える特別な存在だと漠然と思っていたが、人間だって善人もいれば悪人もいる。それと同じ理屈なのだろう。
そうですか、と力なくつぶやくと、ラウラが一瞥した。
「さっきの店が気になる?」
「気にならないと言えば嘘になります。でも、疑われているとわかっていてお店を出すのは結構リスクがありますよね。危ない橋を渡ってまでお店を出すものでしょうか」
「まあね、私なら目立たないところに店を構えるわ」
「…………魔女裁判をやめさせる方法はないのでしょうか。たとえば、クラッセンコルト公国から説得すれば」
「それは難しいと思うわ」
即座に否定され、セラフィーナはすがるようにラウラを見つめた。
「どうしてですか? すぐには無理かもしれませんが、継続して対話を重ねれば。それとも、そんな未来を想像することも許されないのでしょうか」
「いいえ、そうじゃないわ。あの国はね……長年魔女を憎んできた国だから。そう簡単には変われないの。民でさえも、小さい頃から『魔女は悪』だと教え込まれているそうよ。話し合いで解決できればいいのだけど、刷り込まれたイメージを払拭するのは容易ではないでしょうね」
「…………」
「マルシカ王国の結界は知っているでしょう? もしあれが消えれば、シルキア大国はすぐに王国に攻め込むでしょう。そして、武力と魔法でねじ伏せて属国にするのではないかしら」
「あの結界は大魔女が編み出したものでしたよね。恒久的に維持できるものなのでしょうか?」
セラフィーナが尋ねると、ラウラは困ったように笑った。