40. いざ、露店巡りへ
「おはよう。セラフィーナ」
「ふふ。今日も気持ちのいい朝だね」
「ラウラ先輩、ヘレーネさん。おはようございます」
休日の朝も二人は仲良く並んで座り、朝食を摂っていた。セラフィーナはラウラの手招きで、真向かいの席にパンとスープを載せたトレイを置く。
手を合わせて食事を始めると、硬いパンを千切っていたラウラが「そうそう」と顔を上げた。
「あなた、今日はなにか予定がある?」
「いえ。特には……」
首を横に振ると、ラウラがヘレーネと目配せする。アイコンタクトで何かを確認した後、ラウラはこくりと頷き、ヘレーネは嬉しさが堪えきれないように両手を重ねて微笑んだ。二人からの熱烈な視線を受け、及び腰になるのは致し方ないと思う。
「あ、あの。どうかされましたか」
「他に用事がないのなら、今日は私たちに付き合いなさい?」
「え?」
ラウラから発せられた一言に目を丸くする。
その反応は想定内だったのか、ラウラは驚いた様子もなく話を続けた。
「セラフィーナ。あなた、いつも書庫に籠もりきりでしょう。休日はちゃんと休まなきゃ。自分を労るのも仕事のうちよ。身体を壊してからじゃ遅いんだから」
「それ、うちのおばあちゃんもよく言っていたなー。いつまでも若者の気分でいると、あとで響くとか何とか。お肌の艶と張りは十代までの特権だって」
「ちょっとヘレーネ。嫌なこと思い出させないでよ……」
ラウラが顔をしかめ、額に手を当てる。二人とも肌艶はいいが、十代と二十代の違いは本人にしかわからないのだろう。沈黙は金、雄弁は銀である。
口を噤んでいると、ヘレーネが肩をすくめた。
「ラウラちゃんはスキンケアも欠かしていないし、大丈夫だってば。それより、セラフィーナさんが困っているみたいだけど」
「あっ、私ったらごめんなさい。何か質問はある?」
「……付き合うのは構いませんが、どちらに行くのでしょうか?」
二人の視線を受け、セラフィーナはおずおずと片手を挙げて尋ねる。ラウラがにんまりと口の端を吊り上げた。
「いい質問ね。今日は市が立つの。異国の民芸品も見られるわよ。言うなれば、普段はお目にかかれない品物を発掘する貴重な機会。というわけで、私たちがするのは露店巡りよ!」
◇◆◇
ラウラとヘレーネに連れられた広場には、あちこちに露店が並んでいた。
道中に聞いた説明では、公国に店を構えていない商人たちも月に一度、広場にお店を開くことが許されているのだとか。敷物に商品を陳列していたり、テントが張られていたり、店によって売り方もさまざまだ。
商品は民芸品だけでなく、肉やフルーツの串焼きも売っている。脂ののった肉が焼ける香りに食欲がそそられ、セラフィーナはつい声を上げた。
「美味しそうな匂いですね!」
「本当だね。セラフィーナさんは食べ物派?」
くすりとヘレーネに笑われて恥ずかしくなっていると、彼女はぐっと両拳を握って瞳を輝かせた。
「いいと思う。今日はいろんなものを見て楽しんで、美味しいものもいっぱい食べようね」
「……はいっ!」
子連れの家族も多く、とてとてと危なげに歩く幼子を後ろから捕まえた父親らしき男がそのまま肩車し、男の子がきゃっきゃっと笑う姿を微笑ましく眺める。
それから蓮の花を模した水晶や銀の腕輪、アンクレットが並ぶお店の商品を見ていると、ラウラは宝石のついた剣の形のブローチを手に取って眺め、ヘレーネは隣のお店の艶やかな刺繍の絹織物に感嘆の声を上げていた。
小物を扱った店は他にもあり、セラフィーナは店先に並べられた小動物の置物をしゃがんで順に見る。最後に見た手のひらサイズの木彫りの猫は、日向ぼっこをしているように気持ちよさそうに眠る姿で、とても可愛らしい。
向かいでは、運気上昇間違いなしという呼び込みで青磁の壺の特売をしていたが、単に買い手がつかなかった商品を早く売りさばきたいだけではと思うほど、店主に鬼気迫るものがあった。
いくつかのお店を見て回った後、お肉とデザート系の店を全店回り終えたところで、セラフィーナはふと足を止めた。
「あちらは行列ができていますね。何のお店でしょう?」
「……あの紫のテント、恋占いがよく当たるって評判のお店じゃないかな」
つぶやきに答えたのはヘレーネだった。内緒話をするように顔を近づけ、ひそひそ声で話す。
「ここだけの話、魔女の店じゃないかって噂もあるらしいよ」
「魔女の店……ですか?」
「うん。驚異的な的中率なんだって。お店も毎回出ているわけじゃなくて、営業時間もその日によって違うみたい。ほら、公都にもシルキア大国の駐屯兵がいるでしょう? 憲兵巡回時はお店は畳まれているって聞くし。いつの間にか現れていて、気づいたときには消えているとか。まぁ、この話もどこまで本当かわからないけどね」
「……そう、なんですね」
確かに行列に並んでいる客は若い女性が多い。
正直なところ、魔女の店は非常に気になる。けれども仮に本当に魔女だったとして、堂々とお店を開くかは怪しい。魔女は用心深く、安易に姿を現さない存在というイメージが強いだけに疑問が残る。
ラウラだって魔法が使えることは隠しているし、魔女と疑われる仕事を続けるのはリスクが高いはずだ。所詮は噂ということだろうか。
(……あら?)
行列客を眺めていたセラフィーナは目を瞬かせた。
見間違いかと目をこするが、やはり女性客の中にフードをかぶった若い男が並んでいた。
「どうしたの?」
ラウラの問いにどう答えるべき逡巡するが、ヘレーネにも心配そうに見られてセラフィーナはおそるおそる口を開いた。
「その……あちらの列に、ニコラス様によく似た人が並んでいて……」
「「え?」」
二人の言葉がきれいに揃った。
雨月ユキ先生に表紙イラストを描いていただきました!この画面を下へスクロールしてみてください。活動報告に挿し絵やキャラデザも掲載していますので、ぜひぜひご覧くださいませ(最高オブ最高です!)。
長らく休載して申し訳ありませんでした。一話から大幅加筆修正するのに伴い、一部キャラの口調も変更しています。同じシリーズの「リュシュティアールの世界」に登場人物紹介のページを作りました(リンクは表紙イラストの下です)。