39. 求婚者らしくない振る舞いの理由(レクアル視点)
窓の外が夕焼け色に染まる中、人払いをした自室に残っているのはレクアルとエディだけだ。
ここ数日、エディは粛々と主人の護衛任務をしていた。時折何か言いたげに視線を向けてきたが、同僚のアルトを意識してか、エディはずっと沈黙を選んでいた。
だからこそ、アルトが非番の日、レクアルは自分の護衛騎士と話す場を設けることにした。
「それで? エディは何が不満なのだ?」
「……別に、不満などは……」
「嘘をつけ。自分の顔を鏡で見てみろ。言いたいことがあるなら洗いざらい話せばいい。胸の内にしまっておくより、ずっと楽になるぞ?」
言いよどむエディに言葉を促すと、彼は少し黙った後、観念したように口を開いた。
「では申し上げます。セラフィーナ様のことは、どのようにお考えなのでしょうか」
「ん? 前にも言ったはずだが……もう忘れてしまったのか?」
「もちろん、覚えております。ですから、こうして困惑しているのではないですか」
ため息交じりに言われ、レクアルは首を傾げた。
昔から突飛な行動で振り回してきた自覚はあるが、なんだかんだ言いつつも、エディがそばから離れることはなかった。
とはいえ、エディは優しいだけの男ではない。レクアルが羽を伸ばしたぶん、後日教師から渡される課題がしっかりと増やされていた。ただ甘やかすのではなく、時にはしっかりと釘を刺された。
そんな彼がここまで思い悩むのは珍しい。
「殿下は一体どういうつもりなのです? 本当に第二妃に望んでいるのなら、私の偽恋人役に任命したり、元婚約者と引き合わせたりする必要はないでしょう。とても求婚者に対する行動とは思えません」
「……ふむ。だったら、エディはどう行動すればいいと思う?」
「セラフィーナ様を上級女官にすべきです。上級女官なら殿下のそばにいるのも不自然ではありませんし、仲を深める機会も増えるでしょう」
「なるほど。だが、本人が上級女官になることを望んでいない以上、それはできない」
レクアルの返事は想定内だったのだろう。エディはさらに言葉を続けた。
「ならば、彼女をどうするおつもりですか? セラフィーナ様の生まれや素質を考えると、彼女は第二妃よりも正妃にお迎えすべき御方です。もし最初から妃にすることが目的でないならば、他に考えがあったということ。なぜ彼女を連れ帰ったんです。殿下は――――」
「なに、深い意味はない。行く場所がないというから用意してやったまで。求婚をカモフラージュではないかと勘ぐっているようだが大ハズレだ。俺は嫌がる女を自分の妃にする趣味はない。今は俺の庇護下にいれば、それで充分だ」
どれも本心だ。
しかしながら、エディはまだ半信半疑といった様子で眉根を寄せた。
「殿下は彼女を放置しすぎです。このままでは別の男に奪われますよ」
「……これは驚いたな。俺の知らぬ間に情が移ったか」
レクアルがにやりと口角を上げると、エディは真面目な顔で即座に否定した。
「茶化さないでください。私が殿下の想い人に懸想するわけないでしょう。だいたい傍観者を決め込むような態度、殿下らしくもない。行動に移すなら早めがよろしいかと」
「そうか。確かに俺らしくないかもしれんな……。では参考までに聞くが、妃よりも女官の地位を望む女性はどうやって口説けばいいと思う?」
不敵な笑みとともに問えば、堅物の護衛騎士は渋面になった。
女性の扱い方が得意なアルトがここにいれば、すらすら答えただろうが、エディは実直ゆえにそういった分野は苦手だ。
本人にもその自覚があるのだろう。視線が宙をさまよっている。
「…………。ドレスや宝石を贈るとか、愛の言葉を直接伝えるとか、いくらでも方法があるでしょう」
「それは他の令嬢なら有効だろう。だが、セラフィーナには通用しないと思うぞ」
「なぜですか? 普通のご令嬢ならば、喜びこそすれ迷惑に思わないのでは……?」
心底不思議そうな声音に、レクアルは肩をすくめた。
「お前は恋愛経験値がまったく足りておらぬな。あれは皇妃となるべく育った温室育ちの高価な花だ。ドレスや宝石など見飽きている。そして、好きでもない男から言い寄られるなど、心証を悪くするだけだ。……いいか、エディ。恋愛は攻めるだけでは飽きられる。時には待つことも大事だ。あえて何もしないことで相手に気にしてもらう、それが恋の駆け引きというものだ」
祖国で婚約破棄されたセラフィーナに正攻法は効かないだろう。
下手に口説けば逆効果だ。
大勢の前で恥をかかされた上に実家からも見放されて、傷つかない令嬢などいない。傍目にはわからないが、彼女が受けた心の傷は大きいに違いない。
「……では、もしセラフィーナ様が違う男を選んだ場合はどうするのですか?」
「そんなの決まってる。俺は身を引く。できる範囲にはなるが、協力も惜しまない」
「…………」
「あいつを幸せにする役目は俺じゃなくてもいい。とはいえ、変な男にひっかかりそうなら全力で阻止するがな」
よほど衝撃だったのだろう。
エディは目を丸くした後、おそるおそる口を開いた。
「……殿下はセラフィーナ様と以前から面識がおありだったので?」
「いや、あの舞踏会が初めてだ」
「でしたら、なぜ……そこまで気にかけるのですか。殿下のタイプとは違うでしょう」
「まあ、それはそうなのだが。なんというか、放ってはおけないんだよな。目の届く範囲で見守りたいというか」
素直な気持ちを吐露すると、目の前の金色の瞳がすっと細められた。
「それは……やはり、殿下にとって特別な女性、ということでは……?」
「どうだろう。今は保護した責任感が強いかもな。彼女の人となりを知った今、正直なところ嫌われてはいないようだが恋人になる想像ができない。それは向こうも同様だろう。無論、セラフィーナが俺を選ぶなら、俺のすべてで彼女を守るつもりだ」
「――かしこまりました」
何やら難しい表情で言葉を飲み込んだエディから視線を外し、立ち上がる。窓辺に近寄ると、烏の鳴き声が遠くで聞こえた。
茜色に染まった雲の向こうで、太陽が水平線上に沈んでいく。
レクアルは窓に映った自分の顔を見つめた。
(セラフィーナにもし近づく男がいるならば……俺が見定める)
これで安心だ、と手放しに喜ぶつもりはない。
親元を離れた彼女にとって、自分は保護者代わりだ。ならば、その目線で相手を吟味する権利ぐらいはあるだろう。
婚約者でもない、ましてや血の繋がりもない彼女に、ここまで肩入れするのはおかしいと頭ではわかっている。だが婚約破棄されてホールから出て行く後ろ姿を見て、いてもたってもいられなかった。
なぜか見て見ぬ振りができなかった。
まるで一度、彼女を喪ったことがあるような焦燥感を思い出す。
(大丈夫だ。セラフィーナはあんなにも元気じゃないか)
脳裏によぎった不安を払拭するように、頭を横に振った。