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ループ8回目ですが、わたくしは悪役令嬢であって魔女ではありません!  作者: 仲室日月奈
第二章

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20. 沈黙と、確信と、その後

 彼がここにいるわけがない。

 そう否定したいのに、縫い付けられたように唇が動かなかった。


(他人のそら似? でも、それにしてはよく似ている……。一体、どういうこと?)


 脳が理解を拒んだように、考えがうまくまとまらない。

 ちらりとエディの反応を窺う。彼は目の前の男を凝視していた。偽者とすぐ断じないのは、それだけ本人に近いのだろう。


(…………まずいわ。レクアル様のわけがないのに、似すぎているからエディ様が動揺している。わたくしがなんとかしないと)


 レクアルとよく似た男は仮面を被り直し、くるりと背を向ける。

 逃がすものかと、セラフィーナは急いでエディの前に出た。


「お待ちなさい! あなたが変装の達人ということは知っているわ。その顔もわたくしたちを動揺させるための手なんでしょう。でも、わたくしはだまされないわよ」


 毅然と言い放つと、男はゆっくりと振り返った。

 仮面越しだから見えないはずだが――にやりと口角を上げた気がした。


「はっはっは。第三公子レクアル・クラッセンコルトは世を忍ぶ仮の姿。その正体は、国をまたにかける大怪盗ノイ・モーント伯爵なのさ!」


 その声音はレクアルとまったく同じで、まるで本人に言われているような錯覚を起こす。けれど、その言葉を肯定することはできない。


「嘘を言わないで! レクアル様は、犯罪に手を染めるような真似はなさらないはずよ」

「……そのとおりです。あなたが殿下であるはずがない」


 彫像のように固まっていたエディがセラフィーナの横に並び、参戦する。


「殿下を侮辱しないでいただきたい。あなたはただの泥棒です」

「主君に対して、ひどい言われようだな」


 エディは唇を引き結び、剣の切っ先をまっすぐ怪盗伯爵に向けた。


「おや。まだ戦う気か?」

「無論です」

「やれやれ、仕方ないな。相手をするとしよう」


 再び、じゃらりと鎖の音がする。セラフィーナは向かい合う男二人からそっと離れた。

 先に足を踏み出したのは怪盗伯爵だった。

 手の甲に巻き付けた鎖の先端が、エディめがけて投げつけられる。ただし、喉元に届く前に、剣ではたき落とされた。


「殿下は両利きですが、利き足は右です!」


 次に仕掛けたのはエディで、突きの姿勢で電光石火の攻撃を繰り出す。それを器用によけ、怪盗伯爵が鎖の武器で応戦する。

 しかし、敵だと再認識したエディは容赦なく相手を追い込んでいく。

 向こうが屈めば、すかさず蹴りを入れて逃げ道を塞ぐ。やがて壁際まで追い詰めることに成功し、怪盗伯爵の喉元に剣先を突きつけた。


「――勝負ありましたね」

「さあ、それはどうかな?」


 両手を挙げて降参のポーズをしているが、まだ余裕が残っているらしい。


(この期に及んで、強がりかしら……?)


 首をひねっていたセラフィーナは、視界の端で動いた影を見つけ、反射的に叫んだ。


「……エディ様! 上に誰かいます!」


 警告は遅かったようで、白い煙幕が視界を埋め尽くす。

 煙を吸わないように袖で口元を押さえるが、目がしぱしぱする。涙腺がゆるんだように、目の前がぼやけてよく見えない。


(なによ、これ……っ)


 あふれる涙を拭っていると、煙幕が徐々に薄らいでいく。

 怪盗伯爵がいた場所はもぬけの殻となっており、エディも剣を鞘に収めてこちらに戻ってきた。うずくまっていたセラフィーナに手を差し出す。


「大丈夫ですか?」

「うう……何でしょう、涙が止まらなくて」


 あやふやな視界の中、おずおずと手を重ねると、ぐいっと引き上げられた。

 そして、目尻に柔らかい布がそっと押し当てられる。驚いて目を瞬くと、ハンカチで優しく涙を拭われていた。


「……す、すみません……っ」

「いえ。私は耐性があるから平気ですが、ご婦人には刺激が強かったのでしょう。どうぞ使ってください」

「あ、ありがとうございます……」


 ハンカチを受け取って頭を下げる。地面に置いていたランタンをエディが拾い、視界が明るくなる。


「あと少しでしたが……取り逃がしてしまいました」


 悔しそうに言う横顔は沈んでおり、セラフィーナはハンカチを握りしめて励ましの言葉を探す。彼が自分を責める必要なんてない。


「ですが、少なくとも今日の盗みは失敗です。エディ様の功績ですよ」

「……今後は警備を厳重にしなければなりません」

「そうですね」


 それきり、会話は終わってしまう。

 沈黙が重かった。だがこれ以上、かけるべき言葉が思いつかない。

 無言のまま女子寮の前にたどり着いたとき、エディがふっと顔を上げた。反射的にまずいと思ったが、すでに手遅れだった。


「……セラフィーナ。私の見間違いでなければ、窓から抜け出した方がいるようですが」

「…………」

「あれは、あなたの仕業ですね?」


 確信を持った響きに、がくりと首を下げた。

 エディの中で、間違いなくセラフィーナの淑女としての威厳がガラガラと崩れ去った瞬間だった。


   ◇◆◇


 数日後。

 洗ったハンカチを返すタイミングを探していたところ、エディが現れた。

 今はリネン室からの帰り道である。運よく、近くに人はいない。もしかしたら人目を避けて来てくれたのかもしれない。

 セラフィーナはお仕着せのポケットから絹のハンカチを取り出し、両手で差し出した。


「エディ様。先日はハンカチをありがとうございました」

「……あれから、夜中に部屋を抜け出すようなことはしていませんよね?」


 気のせいだろうか、ハンカチを受け取ったエディの目が冷ややかだ。


「もちろんでございます」

「ならいいのですが。運動神経がいいのは知っていましたが、窓から出入りするなんて淑女がすることではありませんよ。怪我をしたらどうするのですか」

「以後、気をつけます」


 このままでは、他にもお小言が飛んでくるに違いない。

 セラフィーナは話題を変えることにした。


「ところで、あの商人については何かわかりましたか?」


 あのとき名乗ったのが本名だったかはわからない。偽名だった可能性もある。

 エディはため息をこぼし、口を開いた。


「バルトルトという商人は実在していました。献上品も問題ありませんでした。ただ彼が広間で拝謁した時間、バルトルトは店にいました」

「……えっ? ということは……」

「そうです。本物はお店で働いていました。アリバイは完璧です。あの泥棒はバルトルトに変装して下調べをしていたことになります」

「またやってくるでしょうか?」


 セラフィーナの問いに、エディは首を横に振った。


「その可能性は少ないでしょう。一度盗みに失敗したことで、警備は厳重になりました。今度は逃がしません」


 金色の瞳には静かな闘志が宿っていた。

 決意を秘めた凜々しい横顔を見ていたら、不意に心臓がざわめいた。一度意識してしまうと、鼓動の音が耳の奥でやけに響く。

 祈るような気持ちで、セラフィーナは片手を胸に当てた。


(……お願い、どうか静まって。今度こそ生き延びて、わたくしは未来を変えてみせる。だから、余計な感情はいらないの)


 恋にうつつを抜かし、足踏みしている場合じゃない。好きだの愛だのという感情なんて、今の自分にはただの足枷にしかならない。

 ぐらつきそうな感情に蓋をして、セラフィーナは神妙に頷いた。

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※表紙イラストは雨月ユキ先生に描いていただきました。その他イラストは活動報告をご覧ください。

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▶【作品紹介動画】はYouTubeで公開中

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