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18. 違和感の正体について

 この前とは打って変わって、受付の前は閑散としていた。エディかアルトに取り次ぎを頼むと、ちょうど非番だったらしいエディが顔を出した。稽古中だったのか少し汗ばんでおり、騎士服ではあるが今日は飾りがついたマントがない。


「……何かありましたか?」

「その、わたくしの考えすぎならいいのですが。少々気になることがありまして」


 言いながら自信がどんどんなくなっていく。


(エディ様もお忙しいのに、こんな相談をしていいのかしら……)


 悩んでいると、すかさずエディが「立ち話もなんですし、こちらへどうぞ」と奥の部屋に案内してくれた。応接室は殺風景だが掃除が行き届いており、促されるまま奥のソファに座らされる。

 少し話してすぐに帰る予定だったので、今になって罪悪感がこみ上げる。

 辞去するべきか否かを考えている間に、離席していたエディが飲み物を持って戻ってきた。テーブルの上にソーサーに載ったティーカップが置かれていく。


「あいにくお茶請けはありませんが、よろしければどうぞ」

「あ、ありがとうございます。いただきます」


 カップの縁に口をつける。宮殿で出す茶葉とは違う種類だが、すっきりとした味だ。ほのかに甘みもある。


「……美味しいです」

「実は蜂蜜を入れていまして、最近の殿下のお気に入りなんです。私も試してみたところ、とても飲みやすくてハマってしまいました」


 恥ずかしそうに言う姿に、セラフィーナは自然と笑みをこぼした。

 すると、つられたようにエディが笑う。たったそれだけなのに、なぜか胸がトクンと震えた。


(こ、これは……ときめきなんかじゃないわ。そう、ちょっと驚いただけだもの)


 誰に聞かせるでもなく言い訳を繰り返し、心を静める。動揺を悟られないように紅茶を静かに飲み干した。

 その様子を見ていたエディが嬉しそうに言う。


「セラフィーナ様にもお気に召していただけてよかったです」

「!」


 紅茶を飲み干していてよかった、と心から思う。

 初めて名前で呼ばれた衝撃をどうにかやり過ごし、努めて冷静な顔を作った。これでも元令嬢。表情を取り繕うことぐらい息を吸うようにできる。


「……エディ様。わたくしに様付けは不要です」


 エディはきょとんとしていたが、すぐに近衛騎士らしい凜々しい顔つきに戻る。


「あなたはレクアル殿下の第二妃候補でいらっしゃいます。敬称は必要かと」

「その件でしたら、すでに辞退しております。今のわたくしは下級女官です。殿下の近衛騎士が下級女官に敬称をつけていたら不自然でしょう」

「ですが、まだ殿下はあなたを諦めてはいらっしゃいませんし……」


 先日のレクアルの態度を思い出し、口を噤んだ。


(確かに諦めた素振りは一切なかったわね。だけど、大公家に嫁ぐなんて考えただけでも頭が痛いし……)


 どうにかして諦めてもらうよりほかない。

 セラフィーナはどう言えば納得してもらえるか、言葉を選びながら口を開く。


「そうかもしれませんが、やはり敬称は不要です。わたくしは、女官としての生活をできるだけ穏やかに過ごしたいのです。余計な諍いに巻き込まれては困ります」

「……かしこまりました。敬称は省略させていただきます」

「よろしくお願いしますね」


 念押しすると、エディは小さく頷いた。

 そのとき、扉の向こうで慌ただしく走る足音がして肩をすくめた。だが足音は部屋の前を通り過ぎ、やがて静かになった。

 こういうことは珍しくないのか、エディは軽く咳払いをしてから話を促した。


「ところで、何か困ったことでもありましたか?」

「……先ほど、商人風の方が迷子になっていたので、門まで送り届けたのですが」

「何か問題でも?」


 セラフィーナは先ほどの男を思い出しながら、左手で右手の肘をつかむ。


「宝物庫に通じる道にいたのです。迷子を装っていましたが、目が合ったとき、鋭い目つきをしていて……。ただ、すぐに剣呑な雰囲気はなくなりましたが」

「…………」

「あの付近は迷路のように少し入り組んでいますよね? 用がなければ、近づかない場所だと思うのです。わたくしの気のせいかもしれないのですが、一応報告をと思って」

「話はわかりました。確かに妙ですね」


 顎に人差し指を当てて考え込んでいたエディが手を下ろす。

 ふと彼が窓の外に視線を向け、セラフィーナもその視線を追う。花壇の上を揚羽蝶が優雅に飛んでいる。そこへ白い蝶も合流し、ひらひらと追いかけるように飛んでいく。


「セラフィーナはノイ・モーント伯爵をご存じですか?」

「……それは今、世間を賑わせている大怪盗の名前ですよね?」

「ええ、そうです」


 金色の瞳が真正面からセラフィーナを見つめる。

 ループ人生で、何度もその噂を聞いてきた。国をまたにかける大怪盗の名はどの国にいても必ず耳に入ってきた。貴族風の衣装を纏った、礼儀正しい紳士。泥棒とは思えないほど所作が洗練されていて、いつしか平民の間で伯爵と呼ばれるようになったという。


(その名の通り、ノイ・モーント伯爵は新月の夜に現れるのよね。盗みの手口は鮮やかで、富豪ばかりを狙う泥棒。いつも霧のように姿を消すという……)


 けれど、どうして彼の名が出てくるのだろう。そこまで考えて、はたと我に返った。


(そうだわ、今夜は新月――)


 セラフィーナの考えを肯定するように、エディが言葉を続けた。


「先月、近隣の町で被害があったと報告を受けています。話を聞くに、下調べだった可能性も考えられます。彼は百の顔を持つという変装の名人ですし」

「それでしたら、騎士になりすましたほうが楽なのではありませんか?」

「騎士だと都合が悪かったのかもしれませんね。今は新人が入る時期でもありませんし」


 エディの考察に、変装にも準備が必要なのだと知る。

 セラフィーナはちらりと壁時計の針を確認し、そろそろお暇しなければと腰を上げた。


「彼はバルトルトと名乗っていました。献上品を持ってきた帰りだったそうです」

「なるほど。私のほうでも調べてみます。情報提供、ありがとうございました」

「……いえ。では、わたくしはこれで失礼します」


 騎士宿舎を出て仕事場に戻る。


(今夜、現れるのかしら……)


 備品の管理表にチェックをつける手を止めて、窓から外に視線を移す。青空にはぷかぷかと白い雲が浮かんでいた。平和そのものの風景だった。

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※表紙イラストは雨月ユキ先生に描いていただきました。その他イラストは活動報告をご覧ください。

▶【登場人物紹介のページ】はこちら
▶【作品紹介動画】はYouTubeで公開中

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