表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/104

103. もう少し反省してください

 当初の打ち合わせ通り、セラフィーナはラウラと一緒に騎士団に向かった。

 念のためエディとアルトに警護される形だったが、一斉摘発で騎士団はあちこちに分散されており、到着した騎士団は留守番組の騎士だけが取り残されていた。

 一階の応接間に通されると、そこにはレクアルとニコラスだけではなく、ローラントの姿もあった。彼はセラフィーナたちの姿を見つけると、軽い足取りで出迎える。


「皆、お疲れ様。いやあ、やっと戻ってこられたよ。久しぶりだねえ」


 飄々とした様子で顔を見せたのは、間違いなくローラントだった。

 彼は常と変わらず、穏やかな顔で言ってのけた。


「セラフィーナさんもすまなかったね。敵を欺くにはまずは味方から、というだろう?」

「……とても驚きましたが、無事でよかったです」

「実は知人に匿ってもらっていてね。わざと襲われているように装い、目撃者も用意させたんだよ。そのほうが信憑性が増すだろう? おかげで関係者をあぶり出すのに、いい時間稼ぎができた。証拠も連中の拠点の場所もばっちり」


 口元に小さな笑みを浮かべる表情に、衰弱の様子は一切見当たらない。睡眠も食事も満足に摂れていたのだろう。恨めしいほど、肌艶もいい。

 だが、ラウラは噛みつくように皆を代表して抗議した。


「もう、ローラント伯父様! いくら仕方のなかったこととはいえ、私も本当に心配したんですよ。もう少し反省してください」

「ごめんよぉ、ラウラ。まだ死ぬわけにはいかなかったから、シルキア留学時の古い友人からもらった昔の魔法具を使ったんだ。当時の私は友人を連れ回してよく迷惑をかけていて、その友人が『もう面倒は見られないから、自分のことは自分でなんとかしろ』って餞別代わりにくれたんだけどね。いやはや、今回は命拾いしたよ」

「……じゃあ、留学先の友人から選別に魔法具を? その友人は魔法使いということ?」


 ラウラが信じられないとばかりに懐疑的な目を向ける。それを聞いていたセラフィーナも言葉が出なかった。


(要するに、ローラント様はその古い魔法具で、うまく逃げおおせたということよね? 誘拐されたわけじゃなかったのはよかったけれど……シルキアにも友人がいるなんて、ローラント様の交友関係は広いのね)


 昔の魔法具ということは、骨董品の類いだろうか。

 当時はお互い学生だったことを踏まえると、その友人は趣味で魔法具を修理していたのかもしれない。


(アルトさんが引っかかったのは古い魔法具を使った痕跡があったからなのね……。シルキアの魔法使いが関与しているのかと思ったけど、ローラント様の口ぶりでは気のいい友人みたいだし、今回は完全に取り越し苦労だったわね)


 セラフィーナが一人納得していると、ローラントが補足説明をしていた。


「魔法具をいじるのが趣味の変わったやつでね。今はシルキア大国の魔法騎士団で事務をやっているんじゃなかったかな。彼は有能だったから性能は問題ないし。あ、でも一回こっきりしか使えない代物だから、もう使えないんだよね。……でも、君たちには悪いことをしたと思っているよ。謝って済むことだとは思っていないけど、許してほしい。もう二度と同じことはしないと誓うから」

「…………本当ですね?」


 先ほどまでの余裕はどこへ行ったのか、姪に許しを請う哀れな男がここにいた。


「ああ、もちろん。神に誓ってもいい! いや、この場合は愛しの姪であるラウラに誓ったほうがいいかな?」

「どっちでもいいです! とにかくちゃんと反省して! こんなにたくさんの人に心配と迷惑をかけたのは事実なんだから」

「……はい」


 ローラントは従順な犬のように口を閉じ、深くうなだれた。それまで少し離れたところで傍観していたニコラスが、その肩を軽く叩き、重々しく告げる。


「……コントゥラ事務次官。貴殿には世話になった。だが、家族や周囲に迷惑をかけたのは事実だ。誠心誠意、しっかり詫びておくんだな。おそらく、一度きりの謝罪では済まないだろう」


 ニコラスのありがたい助言に、ローラントの頬がひくついた。

 味方を得たとばかりにラウラは懇々と伯父の説教を始めた。多くの部下がいて責任ある立場の男が正座させられ、若い女官に怒られる場面は、セラフィーナの目にはどこか微笑ましく映った。滑稽でもありながら、どこか家族の愛情を感じられる光景だったから。

 ラウラの元気な声を聞くたび、確かに平和が戻ってきたと実感できた。


   ◇◆◇


 セラフィーナとラウラは夕焼け色に染まった回廊を並んで歩いていた。高窓の向こうに広がる空が、まるで水彩の絵の具で色の境界をぼかしたように、ゆっくりと茜色から紫色へと溶け込んでいく。

 ふと、ラウラは足を止め、髪を耳にかけた。


「セラフィーナ、ひとつ報告があるの」


 金茶の瞳は夕焼け色に照らされているせいか、やや赤みを帯びていた。

 ただならぬ雰囲気を感じ取り、セラフィーナも立ち止まって話の続きを待つ。


「昨夜、あなたの魔力を封じていた術式の解読がすべて終わったわ。一応、あなたが望むなら魔力を使えるようにすることはできるけど」

「……何か問題が?」

「前にも言ったけれど、あなたの魔力量は規格外なの。はっきり言って、人間が持っていい魔力量じゃない。訓練された魔女の家系でも持て余すでしょう。昔、あなたが十日間、高熱を出したように器が持たないわ」

「…………」

「大きすぎる力は毒にしかならないの。その魔力量で魔法を使えば、下手をしたら世界そのものが消える恐れもある。だからその封印はあなたを縛るためではなく、きっと守るためにあるのよ。……こんな厄介なものを本人の承諾なしに与えるなんて、神様の考えていることはわからないわね」

「つまり、魔力制限を解除したら……わたくしは死ぬのですね?」

「ええ。そういうことよ」


 夕陽がラウラの横顔を照らし、睫毛の影を濃くする。

 彼女の瞳には、わずかに翳りがあった。


「…………。わかりました。では、今まで通りに過ごすことにいたします」

「ごめんなさいね、役に立てなくて」

「とんでもないです。調べてくださって、ありがとうございます」


 セラフィーナの返答に、ラウラは安堵したように微笑んだ。まるで夕映えの空に浮かぶ雲の切れ間から、柔らかな光が差すような。そんな静けさと温かさを宿した笑みだった。


「……その封印を解く日が来ないことを願っているわ」


 再び歩き出そうとしたとき、ラウラが悪戯っぽく言った。


「ねえ、セラフィーナ。ちょっと手のひらを出してくれない?」

「? どうぞ」


 言われるまま手を差し出すと、ラウラがその中央に人差し指で何かを描いた。なんだろうと注視する間に、すぐにそれは淡く光って消えてしまう。


「ありがとう。もう終わったわ」

「ええと、ラウラ先輩……今のは?」

「詳しくは言えないけれど、まあ、おまもりとでも思って。今回、伯父様を助けくれたお礼よ」

「おまもり、ですか……」


 セラフィーナが不思議そうに手のひらを見つめると、ラウラは言葉の代わりにふわりと微笑んだ。宵の明星のように、どこか遠くて優しい表情だった。

 そして、二人は再び歩き出す。まだ赤みを残す空の下、ほんの少しだけ、互いの距離が近づいた気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。



※表紙イラストは雨月ユキ先生に描いていただきました。その他イラストは活動報告をご覧ください。

▶【登場人物紹介のページ】はこちら
▶【作品紹介動画】はYouTubeで公開中

☆匿名で感想が送れます☆
“マシュマロで感想を送る”


ツギクルバナー
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ