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街を救った小さな魔女  作者: 山極由磨
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6.黒死病が来た!

 イルゼが老医師の診療所に厄介になって一月。

 評判を聞きつけた街の人々が診療所をひっきりなしに訪れ様に成り、時には大商人やお役人までもが彼女に診てもらいと来るようになった。

 けど、そんな場合でも、イルゼは街の人々と変わらぬ施術を変わらぬ料金で施してやった。


「金持ちからは沢山ふんだくればいいのに。欲が無いのぅ」

 

 そういう老医師にイルゼは。


「貧乏人でもお金持ちでも、やってることは一緒何だから差をつけるのは変だし、それに余分にお金をもらうとその分余分に言うことを聞かなくちゃならなくなりそうだから」

「なるほどな。そりゃ、いえとるわい。こりゃ、わしのほうが教えられることが多いのぅ」

 

 と、愉快気に笑った。


 ある日。診療所の前に一台の馬車が止まった。

 降りて来たのはお付きを連れた若い紳士。派手では無いけど精緻な刺繍を施した上等そうなコートに帽子。さぞかし身分が高そう。

 診療所に入りイルゼを認めて。


「君が、イルゼ、病気を治す魔女か?」

「そうですが、どこかお加減でもわるいんですか?」

「私は元気だが街が大変な事になるかもしれない」


その突拍子もない言葉に思わず紳士を見つめるイルゼ。


「どういうことです?」


ちょうどその時、老医師が二階から降りて来て、紳士の姿を見た途端。


「こりゃ、市長様、おひさしゅうございますな」

「此方こそ、先生、就任式の時以来ですかな?お元気そうで何より」


『へぇ、この人がこの街で一番偉い人かぁ』と心内でつぶやくイルゼ。なるほど身なりが良いはずだ。

 で、思わず問いが口から出た。


「先生、偉い人とお知り合いだったんですね」


「まぁ、なぁ」と頭を描く老医師の代わりに市長が答えた。


「私も一時期医者を目指しこの方に師事していたんだが、目が出なくてね。悩んでいた時に先生に政治の道を目指せと勧められ、で、今はこの有様だ」


 とおどけて両手を開いて見せた後、思い出したように。


「そうそう、君への相談なんだが」


 この後、市長が語った話はこんな具合。


 この街の西側に、宿屋ばかりを集めた一角がある。その名も『宿屋通り』

 買い付けや売り込みに来た行商人が泊まれる安い宿ばかりが集まったこの場所で、妙な病を得る客が出始めた。

 最初は熱やら空咳やら節々の痛み、続いて脇の下や足の付け根に腫れものが出来て、やがて四肢の先が黒ずみ体全体が弱って意識ももうろうとなる。そうなってしまえばもう後は死ぬだけ、病気になってから早い物は二日三日で死んでしまう。

 すでに十人ぐらいは亡くなっているとか・・・・・・。


「まさかとは思うが、黒死病では無いか?」


『黒死病』その名を聞く前、視聴の話を半ばまで聞いた時には、イルゼの顔は青ざめていた。

 

「市長さん、まさか宿屋通りにはいってませんよね?」

「行ってないが・・・・・・。やはり黒死病かね?」

「・・・・・・だと、思います。でも直に患者さんを診なきゃ、何とも。すぐに支度をします。私を宿屋通りに連れて行ってください!」


 市長が首を縦に振るのを見るなり、イルゼは納屋に飛び込んで、肩掛けの皮袋に必要そうなものを手当たり次第に突っ込む。


「どうしたんだい?そんなに大慌てで、また坊主共がなにか文句でも言って来たの?」


 心配そうに近寄るレーゲン。


「坊主なんて屁でも無いよ。もっと恐ろしい物が着たかもしれない。黒死病だよ」

「こくしびょう?」

「まえにオチンチンの先っぽから膿がでる病気を診ただろ?アレみたいに小さな目に見えない生き物が体に入り込んで起こす病だけど、恐ろしさが段違い。罹ったらまず助からないし、恐ろしい勢いで流行るから、早く何とかしないと街中が、いいや国中の人々がみんな死んじゃう」

「そんな・・・・・・。ねぇ何とかなるの?」 

「何とかする方法はある。でも街中が一致団結しないとダメ。絶対に負ける。ともかく行ってくるね」


 不安げなレーゲンと老医師夫婦を残し、市長の馬車に飛び乗って一目散で宿屋通りへ。

 通りの入り口の門までくると馬車を飛び降り、カバンを開けて中から道具を取りだす。

 油をしみこませた布で作った頭巾にコート、手袋、足覆い。布のマスクにガラスの眼鏡。全部身に着けると市長に同じものを一式差出し。


「先生用に拵えたものですから、寸法はたぶん合うと思います。これを身に着けてください」


 大人しくイルゼの言うとおりに一式を身に着ける(コートは多少寸足らずだけど)市長。


「私に付いて来給え、病人のいる宿を案内しよう」


 市長の後について宿屋通りに入る。行商人も旅人も、宿屋の客引きもまだまだ通りには大勢いて、異様な成りの二人を変な顔で見つめる。

 病人のいる宿に着くと、何事かと飛び出して来た主人に市長が訳を説明し、それでも納得しない主人を押しとどめている間、イルゼは病人のいる部屋に入る。


 粗末なベッドの上には、高熱の為に額から汗を噴出し、苦し気に気をし、時々激しく咳き込む男の姿。

 声を掛けるが返事は無い、構わず毛布を除けると、まず目に飛び込んだのはどす黒く色が変わった手先足先。

 続いて寝巻の裾をめくると、覗いた足ね付け根には、イルゼの拳くらいまでに大きくなった腫れもの。

 突然、男が激しく咳き込み、口から薄桃色のあぶくを吐き出した。

 思わず飛びのく。


 背後に来ていた市長を、ガラスの眼鏡越しににらみ。


「間違いなく黒死病です。この通りの出入りを今すぐ止めてください」 




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