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街を救った小さな魔女  作者: 山極由磨
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5.街の顔役たち。

 幾人もの身なりの良い男女が、大聖堂に姿を現した。

 彼らの手には綿織物、絹織物、毛織物、裁縫職人、製糸職人、機織り職人等々、それぞれのギルドの長だけが持つことを許される紋章付きの杖。

 この街を支ええる繊維業に携わるギルドの長たちだ。

 その他に、程よく使い込まれた甲冑を身に着けた大男に、紫のドレスを身にまとったいかにも粋筋といった女も姿を現す。

 この街の守りを一手に任されている傭兵隊長に、街の娼婦を束ねる大姉御。

 みな、この街を実際に仕切っている顔役たちだ。

 毛織物商の杖を持った男の傍らには、イルゼにも覚えがある顔が、あの下の病で廃船を訪れた若者だ。


「大司教様、後生でございます。その娘を火あぶりにするのは、ちょっと待っていただきませんかね?」


 綿織物職人の杖を持った男が言う。口調はへりくだっては居るが、態度は高圧的だ。


「ワシらの徒弟共は、その魔女さんの世話にずいぶんなってる。職人が水車仕掛けの糸車に指を挟まれた時はどうしようかと思ったが、その魔女さんのお陰で今もピンピン働いてる」

 

 製糸職人ギルドの長が話すと、和すように「荷役府が馬車に惹かれて足の骨を折った時も助けてもらった、今までじゃもうアイツは歩けなかったろうよ」と毛織物商。


「戦いで負傷した兵士の治療も、縫うだけの医者では傷が膿んで死ぬばかりだったが、その魔女が来てからは命をながらえただけではなく、また戦えるようになるまで回復しておる。おかげで兵士たちも恐れることなく戦えるようになった。その小さい魔女は今や我ら傭兵団の貴重な戦力だ。それを殺すと言うならば我らに対する敵対行為だ」

 

 と、傭兵隊長。兜の下の残った右目で青ざめる大司教をギロリと睨む。


「私らも同じでございますよ。大司教サマ。その娘が来るまでは、いつ殿方から病気をもらうかびくびくしてましたけどね、今じゃしょっちゅう娼館に来て女の子達を診てくれるんで、病気をもらってもすぐに直してくれるし、病気をもらわない様にお客の相手をできるやり方も教えてくれたもんだから大助かりでございますよ」


 そこまで言うと大姉御は、色っぽい視線で大司教を見つめ。


「おかげで、殿方も心置きなく遊べるってもんですよ、ねぇ大司教サマもまたお越しに・・・・・・」

「ええい!黙れ黙れ黙れ!!」


 大姉御の言葉を打ち消すように大声を張り上げり大司教。

 青い顔を今度は真っ赤にし、ブルブル震えながら一同を見渡し。


「そなたら!教会の威光を何と心得るか!その様な些末なことの為に、神の法を歪めよと言うのか!」

「人の生き死にが些末なこととは、神に仕える方の仰りようではございませんなぁ」


 と、各々のギルドを纏める顔役である絹織物職人ギルドの長、そのあと続けて。


「その娘をまだ火あぶりにするって仰るんなら、手前どもは教会への寄進を止めざる負えませんな」 

「な、なんと・・・・・・。教会をないがしろにするつもりか!一人残らず破門するぞ!」

「おおお!それは恐ろしや!この国の織物商いを一手に引き受ける手前ども一人残らず破門するとは、なら当分この国の人たちは裸で暮らさねばなりませぬな」


 その後、大司教の口から聞こえたのは歯ぎしりの音だけ。

 

「大司教様。広場に積んだ薪はいかがいたしましょうか?」


 補佐司教が、とぼけた顔で問うと。


「知るか!街の者どもに好きに持って帰らせろ!!」


 と吠えた後、肩を怒らせ奥に引っ込んでいった。

 その後に続こうとした補佐司祭は、立ち止まって振り返りイルゼに向かって。


「命拾いしたな魔女よ、これからはあまり派手に商売するな、大人しくしていろ。あ、そうだ」


 そして身近な坊主を呼びつけて、ペンと紙を持ってこさせると、何か書きつけイルゼに差し出す。


「魔女だから字は読めるな?ここにはある医者の居場所が書いてある。歳をとってるが跡取りがおらん、そこ弟子入りしろ。それなら医者どもも文句が言いにくいだろう」


 紙を押し付けると、そのまま引っ込んでいった。

 補佐司祭に渡された紙を持ったまま、イルゼはしばらくぼーっと立っていたが、大姉御に肩を叩かれ我に返る。

 振り返ると大姉御、ギルドの長達、傭兵隊長、みな笑っていた。


「あの、ええっと、その、う~ん。ともかく、皆さん、ありがとう、ございます。ホントに、ホントにありがとうございます」


 緊張が急に解けたのと、皆から助けられたという感激とで頭の中が混乱してまともに言葉が出てこない。

 その後、急に涙があふれてしゃっくりも出て何も言えなくなった。


「さっきもあのクソ坊主に言ったが、お前は我ら傭兵団だけではなく、この街の働く者の貴重な味方だ。つまらんことで失う訳には行かん」

「そうそう、ワシらがクソ坊主からあんたを取り戻そうと決めたのは、自分ら自身のためじゃ、だからお前さんはなにも気にする事はない」


 傭兵隊長と絹織物職人のギルドの長が次々と声をかける。

 袖で涙やら鼻水やらをぬぐうと、イルゼは皆を見渡し。


「この街、出て行こうと思ってましたが、しばらくいる事にします。その間、恩返しさせてください。よろしくお願いします」


 そのあとすぐ、拍手と喝采が大聖堂にあふれた。



 その後、廃船に戻ったイルゼを待っていたのはしょんぼりと船の舳先に臥せっていたレーゲン。

 無事なイルゼの姿を見るとびっくりして飛び起き、舳先から対岸に向けて一気に飛んでイルゼの胸元にしがみつく。


「火あぶりにされちゃったかと思ったよ!」

「街の顔役さんたちに助けられたんだ。この街の人はみんな良い人だよ」

「坊主以外はね!」

「お坊さんにもいい人は居たよ。あ、そうだレーゲン、引っ越ししよう。あたし、お医者の弟子に成るんだ」

 

 次の日、廃船を引き払い、レーゲンと一緒に医者の家に引っ越した。

 街のはずれのこじんまりとした二階建ての家。

 一階が診療所で二階が住まい。裏には小さな庭があって納屋と井戸が置かれてある。

 そこの主は、もう齢七十を越えた老医師で、歳の変わらぬ妻と二人暮し。


「お前さんが貧乏人を治す小さな魔女かね?本当に小さいな」

 

 と、老医師。


「ホント、可愛らしい魔女さんに可愛らしい使い魔さんね。お夕食の支度してるから一緒に食べましょう」


 と、その妻。


「ワシに弟子入りしたいと言われても、もうここはたたむつもりで居ったし、弟子を教えるにも目も弱り手足も萎えたワシでは教えようもない。それにお前さんの方が腕は確かじゃろ?診療所は好きに使え、寝起きは裏の庭にある納屋を使えばいい、大工に頼んで住めるようにしてやる」

「ええっと、ありがとうございます。患者さんからもらったお金は、お薬や道具の仕入れ代を差し引いて、先生にお渡しします」


 イルゼの言葉に老医師はハハハと笑い。


「なんと律儀な魔女だわい。それで結構、今日から医者を卒業して家主業と言う訳か。こりゃ、優雅な老後じゃ」

「ご飯は家に来て食べて頂戴。お家賃込みにしておくわ。あと、自分と使い魔さんののお小遣いも差し引いて頂戴ね」


 その日の夜は、久々にまともな物をたらふく食べる事ができた。

 焼きたてのパンに、老医師の妻が作った塩漬け豚肉の野菜煮込み。食後にはお茶と焼き菓子もでた。

 料理も美味しかったが、母を殺されて以来、ついぞ味わう事のなかった団らんがイルゼには何よりも嬉しかった。

 

 何度も老医師夫婦に礼を言い、寝床の有る納屋に入る。

 大工が入る前だが、きちんと片づけられベッドもランプも小さな机も椅子も置いてある。

 これまた久々にまともな布団に入ると、レーゲンを呼び寄せる。


「陸は揺れないからいいね」


 レーゲンはそう言って気持ち様さそうに布団の中で伸びをすると。


「お医者さん夫婦もいい人そうだし、良かったねイルゼ。もうこの街を出なくていいでしょ?」

「うん、そうだね。大聖堂でね、街の人に約束したんだ。恩返ししますって。キッチリ約束を守るまで、ここで頑張ろうよ」


 そう言ってイルゼは目を閉じた。


 彼女が、その約束を果たす機会は思いのほか早く訪れた。

 それも、とても恐ろしい形で。

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