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街を救った小さな魔女  作者: 山極由磨
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2.小さな魔女と使い魔、街に出る。

 物乞いやかっぱらい、空き巣を繰り返しながらなんとか命をつないでたどり着いた街は、それはそれは大きな街だった。

 天を突くような壁に囲まれ、石造りや漆喰壁の家々が所狭しと立ち並び、宮殿のような市庁舎や古代劇場もかくやと言わんばかりの議事堂、そして、天にも届かんばかりの大聖堂がそそり立ち、兎も角賑やかで騒がしく、ぼやぼやしていると荷馬車や駄馬や人にすら踏み殺されかねないほど。

 つまりは、小さな魔女やその使い魔の一人や一匹、紛れ込んでもだれ一人気付きやしないといった塩梅だ。


 くしゃみを我慢しながら、大量の羊毛を積んだ馬車に勝手に潜り込んで街に入ると、無一文のイルゼとレーゲンは手始めに残飯漁りで飢えを凌ぐことにした。

 残飯と言っても、たっぷりと肉の残ったあばら骨に、カビを落とせば全然食べられるパン、表面だけがカチカチに成ったチーズ、身のたっぷり残ったリンゴの芯などなど、田舎じゃ考えられない御馳走であふれている。

 ただ、問題なのは先客の乞食や浮浪児相手の抗争に勝たねばそれらの美味は口に入らない。

 最初のうちは要領が解らず、叩かれ殴られ足蹴にされ散々な目に遭った。

 寝床ですらもいい場所は諸先輩方に占領され、人目について追い払われるか、湿気や寒さで居るだけで病気に成るような場所しか見つからない。


 居酒屋のゴミ箱を漁り、先輩浮浪児に見つかって追いかけまわされた後、逃げ込んだ路地の片隅ですきっ腹を抱えつつイルゼ。


「街にいけば何とか食べられると思ったけど、甘かったかなぁ」

「僕がごみ箱や店先から食べるものを頂戴して来るよ、逃げ足には自信あるし」

「えー!使い魔に養ってもらう魔女って、カッコ悪いなぁ」

「あの時、助けてくれたお礼だよ。気にしないで」

「仕方ないか・・・・・・。ゴメン、甘えさせて。その間に何か手を考えるから」


 その内は、案外早く来た。

 きっかけは、レーゲンが仲良くなった野良猫から、この街の乞食や浮浪児を仕切る親玉が脚にけがを負い、膿んで腫れ上がり、熱を出して身動きできないと言う話を聞きつけたのだ。

 イルゼはその日の夜に橋の下の親玉のねぐらにレーゲンの案内で忍び込み、熱を出して唸っている耳元に。


「あんたを助けてやるからさ、仲間に入れておくれ」


 と、囁いた。勿論、じめじめした廃屋に生えていたキノコを使った、幻覚剤を一服盛った後の事だ。

 二つ返事で承諾すると、キノコの効用で朦朧としているまに、焼いたナイフで腫れた脚を切り裂いて膿を絞り出し、かっぱらって来た蒸留酒で清めた後、油と薬草を混ぜた軟膏を塗って、これまた拝借してきた綺麗な布で巻いてやる。

 これを十日も続けてやると、親玉の脚の腫れはすっかり引いて杖を突いて歩けるまでになった。


「おい、チビよ、おめぇは俺の命の恩人だ。食い物ならいくらでも都合してやる。寝床も上等なのをあてがってやる。代わりに俺らの仲間の怪我や病気をなおしてくんねぇか?」

「あたしは魔女だけど、かまわない?」

「俺ら乞食も浮浪児も、おまえさんと一緒の日陰もんよ。かまうことか!」


 そしてイルゼは乞食達の医者になった。

 

 船着き場の廃船の中に寝床を定めたイルゼとレーゲン。

 ひっきりなしにやって来る乞食や浮浪児どもの対応に追われる日々が始まった。

 浮浪児歴の浅いイルゼから見たら、なんでこんなつまらぬ病や怪我でここまで重くなるのか驚くばかりだが、所詮は世間から捨て去られた者たち。ちょっとした食あたりや風邪、つまらない怪我でも放っておくしか無ない。治らなければ、生涯不自由な体を抱え込むか、死ぬだけだ。

 だから、薬草を煎じて作った目薬を差してやるだけで目が見えるようになった浮浪児や、ツボに灸をしてやるだけで歩ける物乞いのバァサンなんかが次から次へと現れる。

 しまいには馬車に挽かれた、ケンカで刺された、なんてとんでもない者まで運ばれてくるが、そんな難しいのは母親からもらった魔導書を首っ引きしながら処置する。

 そうすることで、田舎じゃ決して体験できない様々な怪我や病を治し、イルゼの魔術も日に日に上達していった。

 やがて、乞食どもだけでは無く、どこからともなく評判を聞きつけた市民もイルゼの元を訪れるようになる。

 市民と言えど、職や住まいが有るだけで、事病や怪我に関しては乞食と変わらない。

 金が有るから医者に通えるが、してもらえることといえば血を抜くか、患部を切り落とされるか、効かぬ薬をバカみたいに高い値で売り付けられるだけ。


「船着き場の廃船の中で黒猫を連れた小っちゃい魔女が、病気を診てくれるそうだ、めっぽう効くらしい」


 という評判を聞けば藁をもすがる気持ちで駆けつけてくるのが人情だ。

 市民が来ると、今度は銭が手に入るようになる。

 元手と言えば自分の魔術と母からもらった魔術書、それに薬の材料と言えば雑草、キノコ、道具もみんな拾ったものか拝借した物、おまけに廃船だから家賃もタダときたもんだ。

 つまり、入った銭はほとんど儲けになる。


「ねぇ、イルゼ。お金もたまったし、そろそろまともなお家に住もうよ。家賃はタダかもしれないけど、船だからいつも揺れてて気持ちが悪い」

「貯まったって言っても、ほんのこれっぽっちじゃ家を借りる礼金にもならないよ、乞食や貧乏人あいてじゃ高くも取れないし、もうしばらく我慢しよう。その内上客が来るからさ、いくらふんだくっても黙って払ってくれるのが」


 と、得意げに小鼻を膨らませ彼女は答えた。

 その予言は間もなく現実のものとなった。

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