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短編集 冬花火

私色のスケッチブック

作者: 春風 月葉

 きっと私の時間は他人で埋め尽くされている。

 私の人生の愉しみは絵を描くことだった。

 私はそのためなら辛い日々も頑張って生きていることができた。

 いや、できていた。

 今の私にはきっとできないだろう。

 絵を描くには時間も金も、体力だって必要だ。

 今の私にはそれらが足りていない。

 両親の生活の為に早朝から身を粉にして働き、理不尽に押し付けられたなんの利もない上司の仕事をこなしてからようやく自宅に向かう。

 日の変わる頃にようやく帰宅し三時間程度の睡眠を摂ってからまた次の仕事に向かう。

 辛いだけの毎日が退屈で、愉しみのない日々は苦しかった。

 だから私はなんとかして自分だけの時間を作ろうとした。

 けれど、今でさえギリギリの生活の私には削れる時間がなかった。

 結局私はただでさえ少なかった睡眠時間をさらに一時間程減らして、その時間を絵に費やすようになった。

 しかし、二週間も経たないうちに私にはある異変が起きた。

 絵を描くことが面白くないのだ。

 それどころかつまらない、辛いとさえ私は感じていた。

 私が絵を描くことをこんな風に辛いと感じたことは今まで一度だってありはしなかった。

 そのあまりの衝撃に私を苦しめていた眠気も一瞬で吹き飛び、ここ最近はずっと靄がかかったようにぼやけていた視界もふっと元に戻り、久しぶりに私は霧の晴れた世界を見ることになった。

 そして私はさらなる衝撃を受けることになる。

 目の前に置かれたスケッチブック、その美しいややクリーム色をした紙の上を黒の混じった灰色の絵の具が粗く塗り潰し、広い紙の端にポツリと寂しく描かれた少女、そして少女から伸びるその数倍の大きさを持つ歪な影。

 視界が透明になって初めて気がついた、いや違う、気がついてしまった。

 私は何を描いていたのだろう。

 頭が内側から破れそうなほど痛い、考えることをやめて今すぐ逃げてしまいたい、それなのに今に限って眠気は覚めきっている。

 いったいどうして私は絵を描くことが辛かったのだろう?

 今、どうして私は絵に怯えているのだろう?

 怖い怖い怖い怖い怖い…。

 全身が痙攣している。

 いっそのこと心も麻痺してしまえば楽になれるのに。

 この時、きっと私の愉しみは消えてしまった。

 私はこの先、両親のため、国のために働くのだと思う。

 きっともう私の人生の中に私の時間は残っていないのだと、そう思う。

 私は変わることなく日変わる頃に帰宅して、疲れた身体を硬い床の上で休ませる。

 今の私の身体は半分くらい駄目になっているだろう。

 しかし、それ以上に心は駄目で、きっともう手遅れ、とっくに死んでしまっているのかもしれない。

 それなのになぜだろう。

 私の心はとうに壊れてしまったはずなのに、広すぎる部屋の隅にポツリと置き去りにされた閉じたままのスケッチブックを見ていると胸の奥が痛むのだ。

 カーテンがひとりでに踊りだすと窓からは冷たい風が入り込み、スケッチブックを優しく撫でた。

 パラ、パラ、ページがゆっくりと捲られていく。

 一ページ、また一ページと捲られるスケッチブック、一つ、また一つと私の中にあった大好きな絵の記憶が思い起こされる。

 そして灰色のページ、今の私がそこに映される。

 パラ…、捲られたページは真っ白だった。

 悪趣味な性格の風はそこでページを捲るのをやめた。

 ここから先はきっと未来だ。

 何を描くことだって可能なのだと思う。

 もちろん描かないことだってできる。

 できるだろうか?

 今の私は……

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