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Ruin//GrandGuignol segmento.  作者: 和泉宗谷
7/11

-8年前(ルカ過去編)-5


【宿り(ミスリル)】は重層(じゅうそう)大陸(たいりく)という構造上、必ず下の階層と上の階層と差ができてしまう。

【階層】はただ人間が少ない生き残った大陸の上で暮らすため仕方なく積み重ねていったものであり、暮らしている階層ごとで、個人の出生や身分が決まるものではない。基本的にはどの区画も民主制の議会を開いているので、そういう意味でも封建(ほうけん)時代(じだい)のような格差もない。

しかしいつの時代、どの世界においてもごろつきは治安の行き届いていない場所――最も【暗い】場所にどうしても集まってしまう。

それはお金のない人や、身寄りのない【弱者】も同じである。



物心ついた時から、ルカは【最下層(そこ)】で、最低の暮らしをしていた。


親なんてものは知らなかった。恐らくは捨てられたのだろうと思ったし、事実そうなのだろう。人や店からものを取るなんて当たり前だった。そうしなければ生きていけなかったから。

【弱肉強食】――昼夜問わず通りでは大人が暴れまわり、路地を歩けば死体が山のように積み上がっている、そんな空間。

年端(としは)も行かない子供が生き残れる場所では到底なかったが、しかし彼は生きなければならない理由があった。


唯一の肉親である、妹の存在があったからだ。


一人だったらとっくに自分で命を絶っただろう。妹の存在が、ルカの生きる唯一の希望であった。

生きていればいつか今よりまともな生活ができるようになる。今は生きるために仕方なく盗みやすりをしているけれど、いずれ真っ当にお金も稼いで、見上げた先にいくつも積み重なっている【上層(うえ)の世界】へ行く。それが妹の夢であり、いつしかルカ自身の夢にもなった。



しかしその夢は、上層から人攫(ひとさら)いでやってきた、とある男によって打ち砕かれることになる。


********


ヨゼフに連れられてルカがやってきたのは、外れにある廃れた倉庫であった。そこには予想通りに数人の男達が待機しており、到着してからずっと制裁という名のただのリンチにあっていた。


「送り出してからなんの音沙汰(おとさた)もないと思えば、随分いいカッコになってるじゃねぇの」


そういったヨゼフは(えぐ)るようにその脚をルカの腹部に突き刺した。

あまりの痛みに一瞬呼吸が止まる。喉が熱くなり今朝食べたものが逆流しそうになるが、既に出尽くしてしまったのか血混じりの胃液(いえき)唾液(だえき)しか吐き出せない。

今にも気絶しそうな痛みだったが、そのあたりこの男達は加減をわきまえており、人が気絶するかしないかの際どいラインで暴力を奮っていた。

ひび割れたコンクリートの上で嘔吐(えず)くルカは、前髪を(つか)まれて無理やり顔をあげさせられる。その顔は殴られて出た血でぐちゃぐちゃになっていた。


「もしかして、助けてもらおうと思っちゃった?俺らのことちくっちゃったのか?」

「そんな…ことは……」


暴力を振るわれながら、それでも涙を流さず毅然(きぜん)と答える。その態度が不満だったのか、ヨゼフは掴んだ前髪ごとルカをコンクリートに打ち付ける。


「任務に失敗したってのになんの反省の色も(うかが)えねぇなぁ?あ?――可愛い妹がどうなってもいいのか?」


その言葉を聞いた瞬間、数々の制裁にも耐えていたルカの顔は恐怖に染まる。


「妹は関係ないだろ!手を出すな!!」


ヨゼフに掴みかかろうとするが、その前に取り囲んでいた男の一人によって押さえつけられる。


「だったらさっさとお前がするべきこと――エルヴィンの首をとってこいよ」


ヨゼフは鼻で笑うと、口にくわえていた葉巻(たばこ)をルカに押し付けようと――



「よぉ、面白そうなことやってんな。俺も混ぜろよ」


不意の来客にその場の全員が入り口に視線を飛ばす。

ブーツの(かかと)を響かせながら倉庫に入ってきたのは、赤髪の少年――ランディである。

その姿にヨゼフは先ほどの乱暴な姿を隠して会釈(えしゃく)する。


「これはこれは、ギュスターヴの次期首領さまではありませんか。招待状を送った覚えはありませんが、何故ここが?」

「そんなガキ一人、探すまでもねぇよ。それに――」


殺気を放つ数人の男達に囲まれていながら、ランディは住民と世間話をするように飄々(ひょうひょう)としている。


「俺は、魔法(まほう)が使えるんだぜ?」

完全に男達を――ヨゼフを舐めきった受け答えである。ヨゼフは耐えきれないとばかりに顔を歪ませると、「ふざけてんじゃねぇぞ、糞ガキが」と絞り出す。


「やめろ、そいつを挑発しないでくれ!」


妹を人質に取られているルカは、ランディのヨゼフを刺激するような態度に肝を冷やす。しかしランディはそんなルカの言葉を無視して続ける。


「さっきから話は聞かせてもらっていたが、そんなべっぴんな女ならぜひとも会ってみたいねぇ、その妹とやらに」


その言葉に、ヨゼフは肩を震わせ表情を一変させる。


「は、そんなに会いたきゃ、会わせてやるよ」


この場にいるのか――予想外のセリフにルカは反射的に問いただそうと口を開きかけたが、ヨゼフがポケットから放り投げたものを見た瞬間、何もかもが停止した。



乾いた音を立ててコンクリートの上を転がったのは、白骨化した幼い子供の指先だった。


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