-8年前(ルカ過去編)-2
マフィア。
元々は【大洪水】の混乱に乗じて生まれた犯罪集団である。
それぞれの思想の元行動し、恐喝や暴力などを行っていた。彼らは彼らのファミリー間の絆を重要視しており、裏切り者に対しは容赦なく報復を行った。
しかし今現在、この【宿り木】に至っては少し違った性質を持つ。
産業や貿易、社会的貢献など、元来あったマフィアの性質とはおよそ真逆である活動を行うマフィアも増加しつつあるのである。【宿り木】でのマフィアは、言わば同じ思想の元行動する、会社や組織のようなものと定義できる。
もちろん、暴力や過激な行動をするマフィアも存在し、度々警察組織と衝突を繰り返しているが、改善の目処はたっていない。
そんなマフィアの中でも、特別権限を持ったファミリーが存在する。
それが、【六大ファミリー】と呼ばれる、六つのマフィアグループである。
その数が示すとおり、この重層大陸【宿り木】を設計した六人の科学者、技術者たちによって作られたファミリーである。
彼らは当時増加しつつあったマフィアの過激な暴力行為から己自身を守るために【対マフィア組織】としてそれぞれファミリーをつくることになった。ただし自身らの目的はあくまで【宿り木の完成】であったため、特別な行動を起こすわけでもなく、普段は【宿り木】建設のため活動し、有事の際には武力行使をするという、受け身の体制をとった。
後の世、つまり現在においては最初の設計者の意思を継ぐものとして、全七区画で構成される【宿り木】のそれぞれのブロックを裏から統治している。
そして、【六大ファミリー】それぞれに、は他ファミリーとは違う、絶対的な力を持っていた。
人類最高の頭脳を持って作られた【それ】は、およそ人類には考えつかない、想像もつかないような【次元破壊能力】を有しており、それを使えば世界すら破壊できると言われてる。
それ故に、【六大ファミリー】は人々から敬意や畏怖、様々な思いを浴びながらも、この【宿り木】に存在し続けている。
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その【六大ファミリー】の一画であり、【宿り木】第五区画を統治するギュスターヴファミリーの本邸が、あろう事か半壊していた。
なにか大きな爆発があったのだろう。未だ黒煙をあげている本邸は、文字通り、その半分を瓦礫の山と化していた。
『待て待て待て何をどうやったらたった数時間で家が半分スクラップになるってんだ!?』
これでも数々の修羅場をくぐり抜けているランディであったが流石にこれは初めてのことであり、その思考は混乱している。
彼が自分の父でありギュスターヴファミリー首領、エルヴィン·ギュスターヴの嫌がらせによって二階層下の三層へ出かけたのがほんの三時間前の出来事である。
少し前までは階層を行き来するのに一階層分で最低でも半日は要していた。最近になり階層間の立体蒸気エレベーターが開発され、その移動時間は何分の一にも短縮され、階層間の移動が容易になった。蒸気機構様様である。
そんな階層間のお使いを終えて帰ってみればこのざまである。理解にたいへん苦しむのも無理はない。
呆然と半壊した本邸を見ていたランディだったが、その瓦礫になった半分の側によく見知った人影を認めると、すぐさま駆け寄った。
「親父、一体何があったんだよ」
声をかけられてランディに気づいたのか、口に加えたタバコから紫煙を燻らせ、赤銅色の髪をあげた男が振り返った。ランディと同じ瞳の色をしたその男――エルヴィン·ギュスターヴは口を開いた。
「よう早かったな。ちゃんとお使いは出来たんだろーな?」
「今それどころじゃねーだろ!家が半分ないんですけど!?」
「んなこたわーかってるっつの、姑かオメェは」
「いよいよ殺されてぇらしいな…」
と、そこでようやくランディは、彼らがただのやじとして群がっているわけではなく、何かを取り囲むようにして布陣しているのを理解した。
半壊した屋敷の瓦礫の中、殺気を放つファミリーの中心には、みすぼらしい格好をした見知らぬ子供がいた。
「このガキが俺を殺すために陽動として屋敷半分ぶっ飛ばしたってわけだよ。ったく、暗殺にはもう飽き飽きしていたが、こんな熱烈なアプローチは初めてだ」
【六大ファミリー】に名を連ねる六つのファミリーはその区画を統治するゆえに、マフィアでありながら市民から絶大な支持を受けている。しかし、それをよく思わないマフィアも少なからず存在する。彼らの間では【六大ファミリーをうち取れば天下が取れる】などという暗黙のルールがあり、そのため現ギュスターヴの首領であるエルヴィンも何度か襲撃を受けている。もちろん親族であり時期首領であるランディも何度か鉢合わせになり、対処に至ったケースも少なくない。
だが、エルヴィンの言葉通りこのような過激な襲撃は初めてであった。そんな襲撃の実行犯が、目の前の子供だという。
やっと十をこえた当たりだろう。しかしその体は満足に栄養摂取できていないためか、衣服の上からでも酷く痩せ細ってしまっているのが見て取れる。無造作に伸ばされた金髪の下には、敵意しか感じられない紫眼が虚ろに開かれている。
「こんなガキがか?」
「ガキだと思って舐めんじゃねえよ。最初の爆撃でこちらに動揺させたあとの乱闘でこいつに何人とられた(、、、、)と思ってる」
見渡せば怪我を負っている仲間も少なくはない。そのせいもあってかいつもより殺気立っていた。
「ガキだろうが人殺した以上はそれなりの覚悟はできてるんだろうな」
そういうと肩にかけた拳銃嚢から年代物の回転式拳銃を引き抜くと、躊躇いなく銃口を襲撃者に向けた。
その行動に待ったをかけたのはランディであった。
「ちょっと待てよ、こんなガキを殺すのかよ。なんか理由があるんじゃねぇのか」
そういった直後、それは失策だったとランディは身構える。今目の前にいるのは、いつも無茶ぶりでからかってくる【父親】ではなく、全六区画を統治する【六大ファミリー】の首領、エルヴィン·ギュスターヴであるということに気づいたからだ。
ランディが身構えた瞬間、襲撃者に向けられていた銃口はその行き先を変えていた。
ガァン――ッ!
年代物にふさわしい重音を響かせ、回転式拳銃は黒煙を吐き出した。
弾丸は寸法違わずランディの髪をまとめていたピンを弾き飛ばすと、その後ろの石畳にめり込んだ。
「その歳になってまだおつむが必要とはな。お前は一体いつになったらアマちゃんを卒業するんだ?」
紫煙と一緒に深いため息を吐き出しながら振り返ったエルヴィンに、しかしそれでもランディは意見を変えなかった。
「イキがったクソ野郎ならいざ知らず、こんなみすぼらしい格好したガキ一人殺して越に入るファミリーなんて、こっちから願い下げだ。そんなのは俺の目指す組織じゃねぇ」
一触即発。二人の殺気に歴戦の猛者たちでもあるギュスターヴファミリー全員が息を呑む。永遠とも感じられた一瞬、それを打ち破ったのは銃を拳銃嚢に収める音だった。
「だったらてめぇで面倒みろよ、俺は手のかかるガキは一人でも手に余るっつーの」
エルヴィンはそういうとロングコートをひらめかせ屋敷の門に足を向けた。
「どこ行くんだよ?」
息子の問いかけに、父はひらひらと片手を振りながら、
「風通しの良すぎる部屋でなんか寝れねーよ」
おそらくは別邸へと行くつもりであろう、そういうと部下に指示を出しながら歩きさってしまった。
それを見届けると、未だにどうしたらわからずたっている大人達に指示を出しながら、渦中にいた子供に近づいていった。
それが、後にエルヴィンの跡を継いでギュスターヴファミリーの首領となるランディ·ギュスターヴと、その彼の右腕であるルカ·ミカエルとの出会いであった。
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第五区画三層。
つい数時間前来た場所にまた戻ってこようとはランディは夢にも思わなかったであろう。案の定先ほど顔を合わせた面々とも鉢合わせ、その度に【なんでまた?】と問いかけられる始末である。しかも今回は見知らぬ子供を連れてである。ギュスターヴファミリーの首領の息子は一人とこの区画の住人であれば誰でも知っていることなので、子連れの姿はますます住民を動揺させた。
その視線を振り切りやってきたのは、彼が度々(たびたび)根城にしている古い時計店であった。
「…どうして同じ屋敷に行かない」
エルヴィンに意見してまで生かして連れてきた襲撃者――移動中にやっと聞き出した名前は、ルカと言うらしい。彼は不満げにそう呟いた。
「どこに行こうが俺の勝手だろ。それに親父と同じ場所に行ったらお前今度こそご臨終だぞ」
未だ入口で突っ立っているルカに「そこにいると邪魔だろ」と入室を促す。
「あのまま殺されたって、僕は良かったんだ…」
消えるようにか細く呟いたその声を、ランディは聞き逃さなかった。づかづかとルカに歩み寄ると、思いっきり胸ぐらを掴んで近くにあったソファへ投げ飛ばした。
「いいか糞ガキ、俺はお前みたいに人生悟ったように死に急ぐ奴が大っ嫌いだ。生きてりゃいつかいい事あるなんて綺麗事言うつもりはさらっさらねぇが、何も成してねぇクセに死ぬなんてやつはクズ以下だ」
投げ飛ばしたルカを見下ろしながら右手の親指を下に向けたランディは、心底嫌そうな顔でそう吐き出した。
その形相に言葉をつまらせるルカだったが、このままでは腹の虫が収まらないとばかりに反論する。
「そんなに嫌いならお前が僕を殺せばいいだろ」
「はっ、わざわざ言うこと聞いてやる義理はねぇな。そういうやつはわざと生かしてその生きざまを隣で笑ってやるのが俺の楽しみだ」
「というかお前だってガキだろ」
「んだとごらぁ!てめぇよか五年も生きてんだよ!!」
【マジか】と顔に出ているルカを見て『俺ってそんなに童顔なんだろうか』と内心ショックを受けるランディだったが、子供相手にムキになっても仕方が無いと判断し、次のアクションを起こす。
「でだ。なんでお前は俺たちのファミリーを、首領の首を狙ったんだ」
核心をついてきたランディの問いかけに直前までの勢いはどこへやら、ルカはその口を閉ざして応答には一切答えない。ここへ来る道中にも幾度となく尋ねたものの、その答えが返ってくることはなかった。
暫く無数に掛けられた時計が時を刻む音だけが鳴り響いていたが、このままではらちがあかないとランディは席を立った。
「まぁすぐに返事が返ってくるとは思ってねぇし、別にいいわ。お前の騒動のせいで昼飯食いっぱぐれて腹減ってんだ。なにか作るけど、食えないものとかないよな」
文句言っても聞かねぇけどな。と店の奥にあるらしいキッチンへと入っていくランディ。
「べ、別に僕は腹なんか減って…」
ぎゅるる……
なんというテンプレ。なんというお約束。
『くっそ、いつもはこんな勢い良く鳴ったりしないのに……!』
絶対笑って馬鹿にしてくるぞ、と耳まで赤くしながら俯いたルカだったが、しかしいつまでたっても奴の嘲笑は聞こえてこなかった。
確かに聞こえたはずなのに、ランディは止めていた足を再びキッチンへと向けた。
「ガキは大人しく養われるのが仕事だっつの」