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……どれほど走っただろうか。

 後方には、無数の灯火トーチが仄白く光っている。魔法のなかでも初歩の初歩、辺りを照らすだけの、単純なものだ。追手に高位の魔法士はまだいないのかもしれない。ならば、と足を早めたいが、名も知らない森の、しかもこの暗がりの中では思うように走れない。なるべく居場所を悟られないようにしながら、できるだけ遠くに行けるよう、私は走った。

 いくつかの灯火トーチは少しずつ近づいてきている。つい先程までは部屋を出ることも許されなかったこの身で逃げ果せることはやはり叶わなかったか……。小さな諦念が、じわじわと脚に絡みついてくる。

 仮に捕まったところで、命を取られるわけではないのだ。多少の罰はあるかもしれないが、あの部屋に戻される、それだけのことだ。彼らには――本来なら、我々には、というべきだが――私が必要なのだから。だったら……

「……?」

不意に視界が開けた。この周辺だけは木々が途絶え、巨大な岩が座していた。いや、これは……神殿、だろうか? 月明かりに照らされて煌々と輝く石造りの、その建物の入り口に設けられた灯籠は炎ではなく枯葉が居座り、石畳には植物が生い茂りほとんどその意味をなしていない。長く、主を欠いたままなのだろう。

 このまま森の中を逃げたのではいずれ追いつかれる。ならば……

影法師シャドウ

 歩みを止め、小さく唱える。暗がりに溶け込み視認性を下げるだけのごく単純な魔法だが、今の私にはこの程度が限界だ。手足の先から闇が這い寄り、私の体を包み始める。

 困ったときの……とはよく言ったものだ。どんな神かは知らないが、私を救う気まぐれでも起こしてくれることを期待しよう。

 影の外套がすっかり私の全身を覆ったことを確認し、神殿の入り口に向かう。思わず走りかけ、踏みとどまる。この闇のヴェールは急な動作に対応できず、影がこぼれてしまうのだ。法を維持するため、足音を殺しながら神殿に入る。

 ……やり過ごせなければ、私の負けだ。諦めを心底に押し込んで、石積みの壁に囲まれた通路を進む。天窓から差し込む僅かな月明かりを頼りに、しかしヴェールが意味を為すよう暗がりから出ないように。ところどころ苔生した通路はひどくじめじめして、肌にまとわりつくようだ。

 追手はどうしただろうか。この廃墟を見つけるだろうか。見つけたとして、入るだろうか。神がいたとして、私に味方するだろうか?

 ……などと思慮を巡らせる間もなく通路はすぐに終わり、扉だったであろう木くずを乗り越えると、中央に祭壇を抱えるだだっ広い部屋にたどり着いた。

 薄明かりの中でも一目見ただけで異質とわかる。なかば自然に帰りかけているこの神殿の中で、その祭壇だけは一片の曇りもなく白く輝いていた。

 かつん、と遠くで硬い足音が響く。

(やっぱり来たか……)

 心の中でつぶやきながら、部屋の角の暗がりに身を潜め、息を殺す。

 石室のなかを幾度となく反響しながら、足音が近づく。もはや逃げられまいと高をくくっているのだろうか、ゆっくりとした足取りで、だが確実に近づいてきている。

(来た……!)

 左の手のひらの上に光球を浮かばせながら、人影が入ってくる。視線を悟られる可能性も忘れて凝視してしまう。

 翡翠を思わせる、艷やかな緑の衣だ。目深にフードをかぶり表情はわからないが、この程度の光量であれば私の術は破られないはずだ。

 が……人影はこちらにしっかりと向き直り、告げた。

「どちら様かしら?」

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