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双子の聖女

「久しぶりだねチラちゃん。こっちはパラティヌスと比べて寒いし危険だらけだったけれど、元気にしてた?」

「う、うん……。こっちの人達はみんなよくしてくれるし、プリシラさんもいたから……」

「チラちゃんがプリシラに救済の手を伸ばすなんて思わなかったけれど、優しいチラちゃんらしいかな。あ、報告書読んだよ。魔王軍が攻めてきたんだって? 時間が無かったから少数精鋭でこっちに来ちゃったけれど、全部終わっちゃってたみたいね。さすがチラちゃん!」

「あ、あの、アダちゃん。私……」


 聖女アダは満面の笑顔で聖女チラへと声をかたる。チラも戸惑いながらも受け答えするけれど、彼女は視線をアダへと合わせようとしなかった。会話は本当に親しげに交わされていく。本当の姉妹の日常の一場面を切り取ったみたいに。

 むしろチラに見せるアダの少女らしい言動はイヴ達から伝え聞いていた聖女像と全く噛みあっていない。年齢相応の可愛らしいふるまいこそアダの本質なのか、慈しむ聖女が本当の姿なのか、それともその二面性を兼ね備えるのか。今のわたしにはそれすら計り知れなかった。


 言葉に詰まったチラの前にプリシラが進み出て、アダに向けて弓を引く。牽制のつもりなのか殺意はそれほど込められていないようだが、それでもアダはたじろぐどころか微笑みを全く崩しもしなかった。既にチラへ見せていた親しみや愛嬌は消え、彼女は聖女の仮面を深く被っていた。


「聖女アダ様、何をしにこのような辺境の地へいらっしゃったのです?」

「チラちゃんにも語った通りですよ。魔王軍侵攻の一報を聞いて、少数の精鋭を引き連れてつい先ほどこの地に到着したばかりです。チラちゃんが帝国へ救援を求めたのは意外でしたけれど、私達教会にとってここが西方諸国影響下だろうと帝国領だろうと問題ではありません。どちらでも神の教えを説いて回れますからね」

「……言い方を変えて差し上げますわ。チラ様をどのようにされるおつもりで?」

「チラちゃんを? 私が? どうして?」


 アダは純粋に疑問を浮かべたのかわずかに眉をひそめた。むしろ何を馬鹿な事を聞くのだ、と憐れみすら表情や視線からは感じられる。プリシラの弦を引く手に更に力がこもる。


「今更とぼけなくてもよろしくてよ。ここまでいらっしゃったのですから、バラクがどのような研究をしていたかは見てきたのでしょう?」

「ああ、量産型勇者と量産型聖女ですか。主より遣わされた存在を世界を回す歯車の一つと捉えていた彼らしい研究でしたね」

「なら今更白々しい三文芝居は結構ですの。分かっているのでしょう? チラ様の真実を」


 チラは聖女アダの双子の姉だと名乗っていた。けれど真実はバラクによってこの一年で創り出された人造聖女の試作型らしい。アダを複写したのだから血縁関係なのは当然で、容姿が酷似していたのは当たり前だろう。そして、チラが持つ聖女の姉だとの記憶も創られた際に刷り込まれた記録の筈だ。

 チラはそんな出生であっても教会より聖女として認定されている。当然その情報は聖女であるアダの耳にも届いていたと思われる。けれどアダは自分を偽った存在に対して糾弾しないし、神に背信した異端のとしている様子もない。それどころか今彼女はチラを本当の自分の姉妹のように接している。

 頭によぎったのは上の階でイヴが何気なく口にした疑問だ。チラは量産型聖女よりアダの方に似ている、と。

 もしかしてわたし達は盛大に思い違いをしているのか……?


「ああ、聖女チラはバラクが私の情報を元に造り上げた偽りの存在だと? 残念、確かに真実でしょうけれどそれでは不十分ですよプリシラ」

「何、ですって……?」

「……そうですね。異端審問官達にはしばらくここに来ないよう厳命していますから、遠慮なくしゃべってしまいましょうか」


 アダは無防備にも後方に誰もいない事を確認し、胸をなで下ろした。特にその間プリシラは不意を突く射撃は行わず、イヴもまた静観しているようだ。あいにくイヴの様子から彼女の心境を窺い知れなかった。


「私は勇者一行として皆さんと旅をするうちに各々がどのような願いを胸に秘めているか何となく察しました。初めはマリアのが私の悲願に合致するとも思ったんですけれど、バラクのが私にとって一番都合がいいと確信したんです。西方諸国からバラクの研究所に多額の資金が投入されたのは彼が勇者一行として名声を得ただけではなく、私の口添えもあってですね」

「貴女様がバラクの研究を? けれど彼の思惑は神の教えに真っ向から背いていましたわよね?」

「私の思惑通りバラクは研究を成功させ、見事に量産型聖女を創ってくれましたね。私も自分の情報を提供したかいがありました」


 プリシラの疑問を棚上げしてアダの告白は続く。……勇者については大魔宮で失ったイヴの左腕から複写したんだろうと推察しているけれど、聖女まで精巧に創れたのにはそんな裏があったとは驚きだ。本人が協力していたなら成功確率は飛躍的に上がるのは当然か。


「知っていますか? 偉大なる主は人が造った生物にも命の息吹を与えられるんです。魔導師ごときが造る穢れた紛い物の魂ではなく、本当の命をね。それは量産型聖女とて例外ではありません。彼女達は私の情報から創られましたがそれぞれ異なる生命を宿しているんです」

「それは興味深い仮説ですけれど、それとチラに何の関係が?」

「つまり、聖女の器は確かに私を元にバラクが創ったものですが、命は違うと言いたいんですよ」

「? 話が見えてこないんですけれど」


 それはあくまで量産型聖女が血肉以外は他の命ある者と変わりないとの仮定だ。アダがチラを姉妹として扱う理由にはならない。もし量産型聖女全員にそのように接しているなら量産型聖女と口にする際にもっと感情を伴っていてもいい筈だ。

 アダは明らかにチラと量産型聖女の間に一線引いている。違いがあるとすればチラが成功例だって差異だけれど、どうも違う気がする。命の話を口にしたのだから想いをこめて名を呼ぶチラの命はアダにとって特別な愛情を抱くほど大きな存在で……。


「復活、させたんですか?」


 可能性が一つ浮かんだが、困惑するわたしが口にしようと躊躇っている内にそれをアダに問いかけたのは、なんとチラだった。


「量産型聖女の身体を使って、私……アダを蘇らせたんですか?」


 アダは歓喜で満面の笑顔を見せる。飛び上がろうとまでしたようだが、かろうじてその衝動を抑えたみたいだ。無邪気にはしゃぐ彼女は純粋な子供を思わせたが、それがかえって彼女を怖ろしく思わせた。


「そう、転生させたの! 私の大切なチラちゃんをその身体に!」



 ■■■



 本来人の復活は最後の審判の日、が神の教えだった筈だ。輪廻転生の考えは帝国よりはるか東の異種族の宗教観に基づいていると文献で読んだ覚えがある。

 つまり、神の教えを絶対とする神の僕の模範とも讃えられる聖女が取る選択では決して無い。現に勇者イヴを排除したのもそんな理由だったとマリアから聞いた。神の教えに従えばアダの実の姉が本当にいたとしても死後には救いがあると決められている。故に、聖女は絶対にチラを現世に蘇らせない。

 つまり、聖女アダの真実は違った? 神の教えよりかけがえのない人が生きるよう道を選んだ、と?


「チラちゃんも覚えているよね。私は幼い頃奇蹟を体現させて離れ離れにされちゃったって」

「う、うん……。だ、だから私、ちょっとでもアダちゃんの力になりたくて一生懸命頑張った。アダちゃんが聖女として頑張ってる姿を見て、私も頑張ろうって気になれて……」

「けれど三年前、修道女として私に尽くしてくれていたチラちゃんは、魔物に襲われた」

「あ、あの頃は辛かった、苦しかった。わ、私ったら結局駄目駄目で、アダちゃんの足ばっかり引っ張って、そんな自分がずっと嫌いだった」

「一年前のある日、チラちゃんの容体は急変した。そうだよね?」

「うん……身体が引き裂かれちゃんじゃないかってぐらい痛くて苦しくて、でも身体が弱くなってた私は手も動かせなかったし助けも呼べなかったし……。そんな時もずっと主じゃあなくてアダちゃんに助けを求めてたっけ」

「でも、ある日目が覚めたら快方に向かってた。でしょう?」

「うん! アダちゃんが手を握っててとっても温かかった。それからどうしてか私にも光を扱えるようになって嬉しかったの。これでやっとアダちゃんの力になれるんだ、って!」

「……実はね、そこが境だったんだ」

「……っ! そ、そうだったんだ……」


 アダとチラが……双子の姉妹が己の心情を明かしていく。それは聖女アダによる罪の告白にも思えた。わずかに表情を曇らせるアダと違ってチラは頬をわずかに紅に染め、嬉しそうにはにかんでいた。そんなチラは次第に手を、身体を震わせて、アダの方へと駆けだした。


「ごめんチラちゃん。私ね、チラちゃんが思っているようなちゃんとした聖女じゃあ……」

「アダちゃあああん!!」

「えっ!? きゃぁっ……!」


 チラはアダに抱き付いた。思いっきり飛び込む形で。アダは体勢を保てずにその場に転び、チラは彼女に覆いかぶさる形になる。


「大好きだよアダちゃん! ごめんね、それからありがとう! これからは私がアダちゃんの力になるから! だから……だから、もう無茶はしないで……!」

「……嫌だよ、同じようになったらまた何度だって繰り返す。お父さんもお母さんも、神の教えだっていい。チラちゃんが救えればわたしはそれで……!」

「駄目だよ……。アダちゃんはみんなの希望、救いなんだから。けれど絶対に一人にはしない。アダちゃんに拒絶されるまではずっとそばにいるから……」

「チラちゃん……!」


 美しきは姉妹愛かな、と。見ているこちらまで笑みがこぼれそうだ。

 ふとプリシラと視線が合った。どうやら彼女もわたしと同じ感想を持ったようだが、彼女はそれに加えて驚きが混じっているようだ。既に彼女は弓を下ろして矢を矢筒へと納めていた。


「初めてですの、アダ様が人間味を見せたのなんて。それから私めは勘違いしていたようですわ。アダ様はチラ様と違って聖女って役目が服を着た存在とばかり思っていましたもの」

「本当、彼女があんな胸の内をさらけ出す所なんて初めて見たわ。あんな顔出来たのね」


 イヴが腕を組みながらプリシラの傍らに立つ。彼女はあきれ果てながらも取り繕いではない純粋な笑みを浮かべていた。彼女も光の剣を鞘に収めたままで落ち着いた様子なので、聖女アダへの敵意はひとまず胸に留めたままのようだ。


「それでもアダへの復讐を止めるつもりはありませんのね」

「当然。けれど今はその舞台じゃあないわね。今日の所は四人目だけでも満足よ」

「そうですのね。精々頑張ってくださいましね。最も、あの様子では敵同士になるのでしょうけれど」

「残念ね、過去を清算したのにまた刃を向け合うだなんて」


 どれだけ二人の聖女は抱き合っていただろうか、しばらくすると入口の奥から足音が聞こえてくる。聖女二人は慌てて立ち上がって衣を手で払う頃に彼らは到着した。

 彼らは鎧兜に身を包んではいるけれどその出で立ちは帝国軍や人類連合軍の兵士達とは明らかに異なっていた。盾に描かれた紋章は明らかに教会を示すものだ。おそらく彼らはただの兵士ではなく教会より遣わされた神罰の代行者、即ち異端審問官達か。


 どうして彼ら教会の代行者が? 決まっている。ここは神の遣い、即ち聖女や勇者を造る工房。そして神を超えんとする人の狂気が形となった場所だからだ。彼らはこれからこの研究所で行われた全てを断罪する気だ。


「聖女様、この施設は完全に制圧いたしました。如何いたしましょう?」

「ご苦労様です。異端なる書物、資料は全て焼き払いなさい。施設の破壊は夜に行えば騒音になりますから明日の昼前にしましょう」


 この研究所は西方諸国の資金援助を受けて旧キエフ公国の庇護を受ける施設。チラの口ぶりからすればおそらくエステルの許可は得ていない。それでも強制捜査に踏み切った上で罪人を裁く権限を教会は有しているのだろう。このやりとりだけでも西方諸国での教会の権力が窺えた。


「それで聖女様。無礼を承知で念の為にご確認いたしますが、そちらの方は?」


 代行者達が兜越しにチラへと視線を投げかけた。多分量産型聖女の一人ではないかと疑っているのだろう。アダは資料は焼き払えと命じていたから、おそらくは上の階で調整中だった量産型聖女も例外ではなく彼らの手で……。

 怯えの色を見せたチラへアダは優しく微笑むと、代行者達からかばうように彼女の前へ進み出た。


「こちらは私の姉、聖女チラですので問題ありません。あちらの三名はかつて私と共に旅をした勇者イヴ、弓使いプリシラ、そして魔導師マリアです。姉と共に我々より先行してこの施設に乗り込んでいたようです」

「し、失礼いたしました! 勇者様ご一行が先に来ていたとは……!」

「ええ。勇者様を始め、マリアもプリシラも一年ほど前から音沙汰がありませんでしたから。こうして再会できたのは嬉しい限りです」


 アダは懐かしさがこもった視線をわたし達に投げかけてきたが、先ほどのチラとの絆を見た後ではどこか冷たさを感じてしまった。確かにアダはチラよりも聖女らしい、けれどチラはその不完全さが逆に人を惹きつけていたのに対してアダは高潔さがあだとなって近寄りがたいのだ。

 どちらが人の救済、希望となるかは甲乙付けがたい。案外教会がこの双子の姉妹をそれぞれ聖女と認定したのはそう言った違いを考慮してもあるかもしれない。


「それでチラちゃん、投擲手バラクは? 今日私達は彼を訪ねてここに来たんだけれど」

「えっ、えっと、その……勇者様が先に……」

「……そう」


 アダはイヴへと顔を向けた。聖女は慈母のように微笑んでみせたが、チラへ向けたような人間味のある温かさは欠片も感じられなかった。イヴはそんな彼女に何の反応も見せずにただ彼女を見つめるばかりだった。

 アダはそんなイヴを意に介さず視線をやや下に向ける。わたし達の足元に横たわる少女、バラクが追い求めた神に最も近き存在へと。


「で、アレは?」

「あ、あの子はバラクさんが原初の人を目指すんだってアダちゃんとイヴ様を元に創って……」

「そう、なら救いを与えるべきかな」


 アダはそうつぶやくとこちらへと司祭杖を向けてきた。


 ――その瞬間、背筋が凍るほどの嫌な予感が身体中を駆け巡った。


 わたしは気が付いた時は床を蹴ってその場から飛び退いていた。それはイヴやプリシラも同じだったようで、横たわる少女からそれぞれ慌てて身を離していた。


「主よ、迷える子羊に安らかな眠りを与えたまえ」


 聖女アダの杖から眩い光が発せられ、少女を明るく照らしていく。彼女が発動させたのはチラが先ほど量産型聖女達に向けた昇天魔法だ。今回は対象が一人だからか範囲が絞られているけれど、さっきまでわたし達が立っていた位置を含んでいた。

 少女が苦しげにしていた呼吸が落ち着き、やがて止まる。彼女を活かそうと鼓動していた心臓が止まる。やがて彼女の生命活動は全て停止し、その魂は神の下へと召された。


 いくら彼女自身が生まれたてで純粋無垢で罪を犯していなくても、神として創られた彼女は存在自体が罪なのだろうか。この分だと上の階で調整中になっていた量産型聖女と勇者も同じような最期を迎えたに違いない。

 チラはやるせなさそうに軽く唇を引き締めて俯いていた。多分チラは少女すら救おうとしたのかもしれない。けれど少女は先ほど立ちはだかった量産型勇者と同じくバラクにどのような調整を施されて生まれたか分からない以上、救い様はこれしかなかったのかもしれない。


 聖女の奇蹟を目にして改めて思う。アダが悲願とした量産型聖女を利用した最愛の姉の転生は危ない綱渡りだった。アダが厳格な神の遣いとして普段振舞うからこそチラの正体を微塵も疑われずに済んでいるのだと。少しでもアダがぼろを出していたらアダは聖女であっても異端審問にかけられて、最悪拷問のあげくに火あぶりにされていたかもしれない。


 げに怖ろしいのは己の悲願を一切悟らせない聖女アダだろう。あれか、イヴもマリアもそうだけれど、勇者一行は名俳優でないと務まらないのか? 各々が己の悲願の為に良い顔を人々に見せながら人類救済の旅に付いていたのだと思うと心境とても穏やかになれない。最も、それにはわたしことマリアも含まれるので他人ごとではないのだが。


「アダ様。明らかに私共が巻き添えになるのを分かっていてやりましたわね?」

「そんな、誤解です。私達は二年間も寝食を共に旅をした仲ではありませんか。貴女方でしたら苦労なく身をかわすと信じていましたから」

「白々しい……っ」


 プリシラが苛立ちを隠せない間もアダは代行者達に命令を下す。彼らはこの大広間を散開してバラクの研究資料が残っていないかくまなく探し回っているようだ。

 アダ本人はと言うと、複雑な表情を浮かべたままのチラへと腕を通した。


「チラちゃん、ここは彼らに任せて帰ろうよ。久しぶりに再会したから話したい事沢山あるんだ」

「えっ、で、でも……」


 チラはこちらの方、とりわけプリシラへと迷いがこもった眼差しを送った。プリシラの方は意外にも穏やかな表情で顔を横に振った。


「今晩は姉妹水入らずで過ごされるのがよろしいかと。お泊りは修道院ですわね? では明日朝には起こしに参りますわ」

「意外ですね。聖女チラにつきっきりとの評判なシスタープリシラが私は危険だから同行すると言い出さないなんて」

「聖女アダ様は微塵も信用しておりませんわ。私めはただアダ様を信頼するチラ様を信頼するのです」

「……成程、すみません。私が浅はかだったようですね」


 アダは深々と頭を下げてきた。これにはわたし達はおろか代行者たちも驚いたようで調査の手を止めていた。アダのお辞儀はこれまでの救世の聖女の姿は無く、姉を愛する一人の妹としての想いが込められているようだった。


「今日まで私の姉を守っていただき、本当にありがとうございました」

「……っ!? アダ、貴女様は……」

「これからもチラちゃんを、私の最愛の人をどうかよろしくお願いします」

「……ええ、よくってよ! むしろ私めの方からお願いして差し上げますわ」


 プリシラは満面の笑みをアダに、そしてチラへと向けた。チラも表情を輝かせて深々と頭を下げると、彼女とわたし達に向けて大きく手を振ってくる。


「おやすみなさい、プリシラさん、マリアさん、そして勇者様! また明日!」

「はい、また明日会いましょう」


 わたしもプリシラも笑顔で二人の聖女を見送った。イヴも笑みを浮かべて手を振っていた。

 二人の聖女が立ち去った後も代行者達は黙々と調査を行っている。特に聖女がいなくなったからと次はわたし達の番だとばかりに襲いかかる理不尽な展開にはならないようだ。


「やる事は全部やったし、帰りましょうか」

「そうですね」


 投擲手は復讐の刃に倒れた。そして彼の取り組んできた研究は全てが灰と瓦礫の山に消えようとしている。憐れみも同情も感じなかったが、生きた証が潰える有様は空しさを感じてしまう。それを巻き起こした勇者イヴは鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌になっていた。

 聖女の本懐と聖女の真実が明らかになった。それでもきっとイヴは止まらないだろう。アダが反省を見せる様子は無いし、彼女は後悔などするまい。更には多分復讐の時が来たらアダを守るためにチラが、そしてプリシラが立ちはだかるに違いない。

 わたしは関係ないと見も聞きもしないようにしようと思っていた。綺麗事を抜きにして単にバラクやアダがどうなろうとわたしの知った事ではないのが一番の理由だ。けれど、今日わたしは聖女アダを知ってしまった。彼女の悲願、そして想いを。


 わたしはその時がやって来たら平穏を謳歌したままでいられるのか、全く自信が無かった。

お読みくださりありがとうございました。

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