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四人目

「左手首の調子はどうですか?」

「動かす分には支障なさそうね。腕が上がっているみたいじゃないの」

「お褒めに与り恐縮です、と。しかし今のは……」


 わたし達はバラクが創造した神の子と対峙している。彼女は緊張感を漂わせるわたし達そっちのけで光の剣をなでたり触ったりしてその感覚、感触を確かめているようだ。剣と戯れる少女はこの世の穢れを一切知らない純粋無垢なあどけなさを感じさせた。

 わたしは額からにじみ出る汗を袖で拭い取る。いつの間にか杖を持つ手も汗がにじんでいた。


「防がれたんじゃあなく無効化されたみたいね。本当、攻撃を仕掛けたこっちに反動が無いぐらい優しく受け止められてしまったもの」

「光属性を伴う攻撃が一切通用しない、ですか。あの淡い光が阻んでいるんでしょうか?」

「さあ? 光属性だけじゃあないかもしれない。こればかりは試してみないと分からないわね」

「……そうですね。怖気づいたんでは事態は何も変わりませんし」


 さぞやご自慢な事だろうとバラクの様子をうかがってみたら、意外にも彼はわたしを凝視してその手を激情で震わせていた。何故かと思ったら、そう言えば彼にはわたしが冥府の魔導を習得していたとは知らせていなかったっけ。


「冥属性の魔導! イヴがあの時左腕を失った筈なのに五体満足なのはマリアの仕業か!」

「わたしは俗に言う白魔導師です。傷ついた人を助けるのは当然でしょう?」


 わたしとバラクが無駄な会話を繰り広げる中、プリシラは無言で矢を射た。眉間、心臓、喉元、など的確に急所を捉えた射線を矢は飛んでいく。


「ちょっと牽制を防いだからって調子に乗り過ぎじゃあありませんこと? いくら高位の存在だろうと技術と意思を伴わない者などやりたい放題ですわね」


 が、プリシラの矢は少女に命中するその手前で突然現れた光の壁に弾かれてしまった。威力を失った矢が床へと転がり落ちる。先ほどとは全く異なる現象にも驚いたけれど、鎧兜ごと敵を穿つプリシラの矢がこうも容易く防ぐなんて。


「雷霆よ、その矛をもって大樹を引き裂け!」


 プリシラは間髪入れずに雷の矢を放つが、これもやはり光の障壁に接触すると雷と火花を迸らせるばかりだった。多くの魔物を下した一撃すら及ばないなんて。少女が展開した防御はイヴやチラが使うものよりも強固なようだ。


「くっ、厄介な!」

「ならこれでどうですか! マジックアローレイ!」


 今度はわたしが一刀両断の刃を相手に放った。一直線に進んでいく魔法の刃は相手の障壁に激突し、突破出来ずに砕け散る。アローレイで敵の防壁を突破出来ないなんてにわかには信じがたいけれど、これが現実。単純に相手の出力が高いのか、それとも未知の原理なのか。


 と、少女は攻撃を仕掛けるわたし達が気に障ったのかこちらの方へと振り向く。そして静かに右手をこちらへとかざしてきた。何を、と思った刹那、彼女の後方が光り輝きだす。それは日輪のようにも月光のようだとわたしは感想を持ったが、プリシラとチラにとっては違ったようだ。


「ご、後光……?」

「天輪……!」


 彼女達が口にした単語を咀嚼して改めてその目で見つめてみると、確かに絵画に描かれる神の遣いのようにも思える。ただこの場合わたし達へもたらされるのは啓示でも神の教えでもなく、わたし達を薙ぎ払う破滅の光のようだが。

 少女は声を発する。ただ甲高く一定の音階を謡うだけなので言葉にもなっていなかったが、わたし達に向けられたものだとは何となく悟った。敵意か慈悲かは分からなかったけれど、少女はどうも意味を持たせて叫んでいると気付いた。


 それは、わたし達に向けた明確な敵意だった。


「皆さん下がって……! マジックシールド!」


 わたしは三人の前に躍り出ると素早く頭の中に術式を構築し、力ある言葉と共に魔法の障壁を張り巡らせた。直後、強烈な閃光が辺りを覆うと強い衝撃がわたしを襲う。これまで色々な攻撃を受けてきたけれど、少女の放つ光はそのどれよりも負荷がかかる。

 何とか踏ん張ろうと力むものの、わたしが展開した防御は次第にひびが入って光が漏れだしてくる。更に高密度で強固な防御魔法にしておけば良かったと後悔の念が浮かんだけれど、とっさに対応するにはこれしかなかったのだから仕方がない。


「そう長くは保ちません! イヴなら何とかできませんか……!?」

「ええ、任せて」


 イヴは涼しげな顔で右手を相手の方にかざすとその手を握り締めた。途端、まばゆい光はわたし達を避けるように左右に分かれていくではないか。テーブルの上に並べられた菓子を摘まむ程度の手間で対処したイヴをただ唖然と見つめるしかない。


「光属性魔法がもたらす光は日光や炎と違って熱を伴わない。そして一見ただ輝くだけの光は全て方向性を持っている。鏡でも霧でもいいからその方向性をずらせば、ほらご覧のとおり」


 目から鱗と言う他ない。説明を受けてやっと原理は理解できたものの、その手法が現実的かと問われたら首を傾げざるを得ないだろう。イヴは理屈無しに出来て当たり前ぐらいの理解で光を行使していたと思われるから、技術的な観点からの打開策はおそらくアダムの叡智によるものか。

 イヴはつまらなそうに虚空より闇の剣を出現させると軽く振るった。それ自体の意味は単に気合を入れた程度だろうけれど、偶然にも少女の発する光が収まる時と重なった。闇の剣を目の当たりにした少女は明らかな憎悪を滲ませてイヴの方を睨みつけてくる。


「ただ圧倒的な光をもって相手を消し去るなんて随分と暴力的なものね。全知全能とか言われている神からはほど遠い、ただの赤ん坊みたいじゃあないの」

「……なんだ、その剣は?」


 震える手で闇の剣を指さしてきたのはバラクだった。信じられないモノを目の当たりにした……あ、いや。よく考えればバラクはさっきの戦いで早々に切り上げてしまったから、イヴが魔王の力を行使した瞬間には遭遇していなかったんだっけ。つくづく絶好の機会を逸しているなこの男は。


「奔れ闇の黒刃よ」


 イヴが闇の剣を振るうとその剣先からは闇の刃が飛び道具となって次々と射出される。時間差をもって牙をむく複数もの刃を、少女は光の剣で次々と弾き飛ばしていく。先ほどまでわたし達の攻撃を意にもかけなかったのに、今は必死になって攻撃を受けまいとしている。

 ただなんて言えばいいのか、先ほどのプリシラやイヴの発言が的を得ている気がする。ただ身体能力を駆使して剣を振るっているだけでそこに技術的な洗練さは全く見られない。素人目に見ても動きに無駄があるように思えるのだ。


 能力ばかりがあり知性を伴わない。こんな存在がどうして神と呼べよう?


「光が闇を照らしだすのと同じで闇は光を覆い尽くす。どうやら闇属性は効き目があるようね」

「闇……!? 闇だと!? 馬鹿な、どうして勇者イヴがそんな技能を!」

「答える必要は、ない……!」


 イヴが放った三日月型の刃は終いには少女が手にしていた光の剣を弾き飛ばした。回転しながら舞うその剣は輝きを放ったままで床へと転がり落ち、イヴの足元まで滑っていく。イヴはそれを左手で拾い上げた。彼女が手にするは光と闇、本来ありえない光景だった。


「神は光あれと言われた。光は昼に、闇は夜となった。そう、光を生み出してもなお創造主は夜を残した。全てが休まる闇夜の世界をね。つまりその光だけをまき散らす娘は片手落ちなんじゃあないの? アンタにしては随分とお粗末な仕事なものね」

「あ、ありえない……ありえない! 何故、どうしてお前が、そんな……!」

「別に神の天地創造を真に受けたわけではないけれど、こんな感じだったんじゃあないの?」


 バラクが頭を掻きむしるのをよそにイヴは腕を交差させて光の剣、闇の剣を共に大きく後ろへと下げて構えをとった。闇の剣が闇を伴っていき、光の剣が光を収束させていく。


「昼夜を分けよ光と闇の創生よ!」


 イヴはなんと光と闇の剣を同時に振るうと、光と闇が丁度イヴを中心とした境に隔てられて解き放たれた。少女はとっさに光の障壁を構成させて阻もうとしたようだが、まるで飴細工のように何の抵抗も出来ずに粉々に砕け散る。


「ぁ……――」


 最後に少女が呟いたのは果たして言葉だったか単なる感嘆だったか。

 抵抗も空しく光と闇は瞬く間に少女の身体を飲み込んでいった。



 ■■■



 イヴが放った光と闇が収まった後には激しく裂傷を受けた少女の身体が転がっていた。警戒しながらも急いで彼女の下へと駆け寄って彼女の口元に手をかざす。どうやらまだ息があるようだ。それでも重傷を負っている上に消耗が激しいからこれ以上何らかの力を行使する事は叶わないだろう。


「昼夜を分けると仰っていたからてっきり光と闇の乖離で敵を両断するかと思いましたのに」

「別に太陽が沈んだらすぐに空が暗くなるわけではないでしょう。それでも人は日が沈めば夜と呼ぶし、空が明るくなれば日が昇っていなくても朝って呼ぶ。そんなものよ」

「イヴ、彼女の処遇はどうします?」

「興味が無いからチラに任せるわ。わたしはそれに従うだけね」

「え、ええっ? 私ですかぁ?」

「紛いなりにも彼女は神の名を偽った不届き者。どう扱うかは教会の見解次第じゃあないの?」


 イヴは倒れ伏す少女には全く目もくれずに通り過ぎていく。彼女は単に邪魔立てする存在を片付けただけに過ぎない。横にどかせば後はどうでもいい、か。彼女らしいと言えばらしいが、勇者時代はもっとアダムの興味を退こうと勇者らしく取り繕っていたんじゃあなかったっけ?

 まあ、イヴにとっては神として生み出された少女より大事な本懐があるのだから気持ちは分かるが。むしろ冷静かつ的確に受け答えしただけでも僥倖としておこう。


 何せイヴの目の前には勇者一行の一人、投擲手バラクがいるのだから。


「ど、どこで計算が狂ったんだ……!? 私の計画は完璧だった筈だ……!」

「勇者を魔王にけしかけさせた上に消耗した勇者を排除する。そして得た勇者の情報を基に神の頂を目指す、か。随分と好き放題やってくれたものねえ」

「く、来るな……!」

「少し前は恨み骨髄だったけれど、この頃はちょっとした事があって気分がいいの。アンタのくだらない計画は無駄だと証明してやっただけで勘弁してあげるわ。後は……」


 激しく動揺しているのかバラクは抵抗する兆しすら見せずに後ろへと下がるばかりだった。そんなバラクに対し、イヴは一切の慈悲も無くその胸、両肺の位置に剣を突き立てた。バラクの咳き込みと同時に口から鮮血があふれ出る。


「肺に穴を開けられると痛んで苦しくて大変な目にあうって聞いた覚えがあるの。そんな苦痛に耐えて自分で治療出来たなら助かるんでしょうね。これ以上何もしやしないから、試してみれば?」

「あ、が……!」


 肺に穴を開けられると首を絞められるよりも苦しい思いをするらしい、とはわたしも文献で読んだことがある。ヒーリングは一般的な魔法だから水属性に秀でていなくても習得している魔導師は多いから、一流の魔導師だと自負していたバラクなら間違いなく行使できる。

 問題は痛みに耐えて術式を構築出来るかだ。わたしは頭の中で術式を思い描いてそれを力ある言葉で発動させるけれど、大抵の魔導師は詠唱で術式を構築する。無論、肺に穴を開けられては言葉も発せないからその手段は使えない。普段と異なる術式構築は自己暗示、術式構成等あらゆる面で非常に困難だ。

 慈悲深いと見せかけてなんて残酷な。助かる方法はぶら下げるけれどそれは手を伸ばしても決して届かない位置にある。事実バラクは何とか回復魔法を唱えようと必死になるものの、術式は構築される度に崩れてしまい形になっていない。


「ふ、ふふ……ははっ、あっははははっ!!」


 苦しみ悶え、それでも生に縋りつこうと足掻くバラクの頭をイヴは踏みつけた。そして自分の身体を抱きかかえると恍惚で頬を紅色に染めて高らかに笑い、その身体を震わせた。


「どう見てもイヴ様の方が悪者ですわね」

「激しく同感です」


 そう口にはしていたもののバラクの身に降りかかった復讐の刃は決して他人事ではない。わたしは肉親と過去を、プリシラは種族と誇りを犠牲にしてここにいるだけで、方法次第ではわたし達が今のバラクのようになっていてもおかしくなかったからだ。

 勇者一行はマリアを始めとしてそれぞれ思惑があって裏切りに踏み切ったのかもしれないけれど、結局はあのような破滅の結末が舞い降りている。そうするだけの理由があったのは分かる。馬鹿な事をしでかしたものだとも思う。けれどそのおかげで今のわたしやプリシラがあるんだと思うと複雑な思いしか起こらなかった。


 結局、投擲手バラクは最後のあがきも空しく、宿願を果たす事無くその生を全うした。



 ■■■



「こんな奴の死体なんて犬の餌にもなりゃあしないわね」

「勇者様、何を……!」

「噴き上がれ闇の火炎よ」


 チラが咎めようとした時にはイヴは闇の剣を軽く振るっていた。するとたちまちにバラクの身体が闇を伴った炎に包まれる。これは確か使者の都でダニエルを葬った火柱か。目を覆いたくなるほど眩しく、距離が離れているこちらまで熱気を感じるぐらいだから相当な火力なのだろう。

 火刑はわたし達の宗教観では最も重い罰になる。最後の審判とやらまで死体が残らないのが理由らしい。バラクは少なくとも創造主の存在は信じていたようだし、一片たりとも救いの余地を残さないつもりか。最も、執行するアダムやイヴが神の教えを信じている様子は無いが。


 結局バラクが横たわった場所に残ったのは灰と骨だけ。それもイヴは徹底的に剣を振るって粉微塵にしていく。最後に蹴りを一発入れてバラクだったモノは跡形もなくなっていた。


「これでイヴの復讐対象は残り二人、ですか」

「聖騎士デボラと聖女アダですわね。いかなる地位に就いていようと地の果てに逃げていようとイヴ様は必ずやり遂げますわ」

「その果てにイヴが自らの身を滅ぼさなければいいのですが……」

「イヴ様だけならともかくアダム様もいる事ですし、大丈夫じゃあありませんこと?」

「そ、そんな……!」

 

 わたしとプリシラが素直な感想を口にしていると、意外にもチラが声をあげてきた。


「し、事情を知らない私は勇者様の復讐心を否定出来ませんけれど……。そ、それでも話し合えばプリシラさんやマリアさんのように分かってもらえるんじゃあないんですかぁ?」

「あいにく、私共が打ち解けているのは互いに罪を精算したからに他なりませんわ」


 バラクがこんな結果となったのはわたしやプリシラと投擲手バラクや剣士サウルの価値観の違いだろう。わたし達には命よりも大切な存在、理念があったから彼女はそれを破壊した。バラクやサウルには命に勝るモノが無かったからその命で償わされた。それだけの話だ。

 きっとチラが危惧しているのは彼女の妹、聖女アダの末路がこんな風ではないだろうか、か。血の繋がった家族を想う気持ちは十分分かるけれど、そんな情や想いではイヴの復讐心は収まらないだろう。アダをかばうように立ちはだかるならきっとイヴはチラだって……。


 チラは悲観にくれた面持ちをさせたものの、やがて意を決したように鋭くイヴを見つめた。イヴはそれを微笑みで受け止める。


「ゆ、勇者様……。勇者様がいくら凄い方でも、アダちゃんには絶対に手出しさせません」

「そう、残念だけれどその場面が訪れたらわたし達は敵同士ね」

「アダちゃんは私が守りますぅ! なのでどうか思い留まって下さい!」

「それは出来ない相談よ。アイツが何を企てていたのかは知らないけれど……」


「――ああ、理由ならこの場で明かしてあげましょうか?」


 それは聞き覚えのある声だった。何せわたしの目の前にいる聖女と全く同じもの。けれどその口調はチラよりも落ち着きと優しさが伴っていた印象を覚えた。

 わたし達は声の主の方へと振り返った。広大な円柱型の空間の入口に立っていたのは、チラと同じく祭服を着込み司祭杖を手にした、チラと全く同じ容姿の女性だった。けれど、量産型聖女とは全く異なり、威厳と神聖さがありながら慈しみと優しさを伴っている。


 少女の傍にいたチラは立ち上がり、呆然としながらも彼女の名を口にした。


「あ、アダちゃん……」


 勇者一行として旅をし世界を救った、聖女アダの名を。

お読みくださりありがとうございました。

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