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捲土重来の反撃⑥:魔人長との決戦

 再び現れた純白の魔人ノアは彼に従う二体の魔人の片方の背に乗ってわたし達を見下ろしてきた。城壁外側から内側へと視線を移していき、最後に天高く光の柱を放出し続けるチラに目を定める。


「成程、この間会った聖女の仕業か。悪いけれど止めさせてもらう」

「殿、この間の弓使いと魔導師もいるようです。如何なさいます?」

「いや、勇者一行どころじゃあない。そこにいる彼女はついさっき相手した紛い物とは違う」

「……っ! では、この者は……!」


 魔人達が各々の得物を手に構えを取った。それに合わせてノアも塔屋上の床へと降り立つ。そして彼は雪のような純白で長い髪を手ですくうと、イヴに向けて優雅に一礼した。


「君が勇者だと思うんだけれど、合っている? 一目会いたいと思っていた」

「どうも。それで、王を失った飼い犬風情が何をしに来たのかしら?」


 当のイヴは予想以上に辛辣な言葉をノアに浴びせかける。時々忘れそうになるけれどノアはアダムでもある。魔王としてのかつての部下相手に容赦なさすぎではないだろうか? ただノア本人は挑発にも取れる問いかけを全く意にも介さず、優雅な物腰のまま面を上げた。


「別に。ついこの間まで南東方面で帝国と戦争していた矢先に呼び戻されて派遣されたもので。進軍目的は総大将のサロメに聞いてもらえる?」

「仕事を忠実にこなしています、だなんて情けない。私は魔人を率いる軍団長ノアはもっと出来る人材だって評価していたけれど?」

「それは買いかぶりだと思う。俺は魔王様への義務と義理だけで在籍しているようなものだもの。魔王様亡き今はその忠義の亡霊って所かな」

「嫌なら辞めればいいのに。身分も財産も経歴も全てかなぐり捨ててさ」

「検討はさせてもらう。さて……セム、ハム」

「ははっ! 何でございましょう?」


 ノアが背後の二名の名を呼ぶと、威勢よく魔人達が答えた。ただわたし達から目を離さない。少しでもわたし達が怪しい動きを見せたならその肉切り包丁にも似た大剣でわたし達を薙ぎ払ってくるだろう。


「今まで俺への忠誠大義だった。それで、もし俺が死ねって言ったら死ぬ?」

「はっはっは、それは返答いたしかねますな。我らの犠牲によって殿がより大きな利を得るのであれば喜んでこの命を差し出しましょう」

「そこは喜んで火の中水の中って言ってもらえた方が嬉しいんだけれど?」

「我々とて戯れになぶり殺されたんではたまりませんからな。最も、殿がそのような無駄をする方ではないとは承知の上で申し上げますが」


 一触即発の空気が流れるわりに魔人達の間で交わされる会話はどこか日常的なもののように聞こえる。もしかしたら本当にここが戦場でなかったらいい感じに打ち解けていたかもしれないな。

 ただ、ノアはどこかもの悲しそうな、むしろ悔いる表情をさせてイヴを指さした。


「俺が大事を成す間にどんな手を使っても構わない。あの者を足止めしてくれ」

「勇者をですかな? お言葉ですが我ら三人がかりなら如何なる相手だろうと蹴散らして……」

「俺達三人がかりでも勝てないから言っている。お前達の働きにかかっている。お願い」

「……承知」


 イヴが軽く目を丸くする中、魔人達はそれぞれ重い口調で返事をしてノアの前へと歩み出た。身体の造りが全く異なるにも関わらず決死の覚悟を決めた面持ちに見えるのは気のせいだろうか?


 おかしい。確かイヴが先ほど興じたエヴァとの死闘を見る限りでは、死者の都での彼女の実力を大きく上回っていた。けれどノアは聖女が援護に付いたわたし達を上回る力を見せつけてきた。そんな彼が戦う前から死を覚悟して阻めと命令を下したのは違和感が拭えない。

 ……まさか気付いたのか? 今のイヴは勇者としての一面が彼女の半分でしかなく、もう一つの魔王としての側面があるのだ、と。


「あら、そんなに過大評価されても困るんだけれど? 聖女チラはご覧のとおり手が離せないし、三対三で丁度いいでしょうよ」

「俺だけの遠征ならそうしたけれど、あいにく今回はサロメとの合従軍だ。引き受けたからには仕事はこなさないとね」

「そう言った所は真面目なのね。なら遠慮なく相手させて……」

「――いえ、マスター。この私にお任せを」


 前進する二体の魔人達に突如として何者かが襲いかかった。完全に不意打ちの形となり魔人セムが大きく体を傾けた。何とか片膝をつく前に剣を床に突き立てて踏みとどまる。その間にハムと呼ばれた魔人が剣を旋回させてセムに飛びかかった者を打ち取ろうとする。不意打ちを行った者、エヴァはセムの背を軽く蹴ると舞うようにして剣をかわしてみせた。


「サロメが手籠めにした量産型勇者の一体!?」

「エヴァ、よ。名前があるんだからちゃあんと呼んであげてよね」

「……っ! 君の差し金か! 厄介な……!」

「さて、何の事やら」


 エヴァと魔人二体が交戦を開始する中、イヴはどこから持ってきたのか人類連合軍標準武装の剣と盾で構えを取った。わたしとプリシラもまた各々杖と弓を構える。三対一の構図となりノアに初めて焦りが見て取れた。

 だが次の瞬間、イヴは右手に装備した盾を上へと構え、突然降り注いだ魔人の一撃を防御した。


「やらせはせん! 我らが殿の命、某が必ずや全うしようぞ!」

「その忠誠、とても大義よ……!」


 イヴは唇を吊り上げると魔人の方へ体を向け、床を蹴って跳びかかっていた。

 魔人セムとハムの奮闘によってもはやわたし達とノアを阻む者は誰もいない。エステルの近衛兵に命運を託すわけにもいかないし、先日の要だったチラは都市に攻め込んだ魔王軍を一網打尽にする為に光を持続させないといけない。

 やるしかないだろう。わたしとプリシラだけで、打倒ノアを。


「遠距離戦ではとても敵いません。接近戦に持ち込みましょう。プリシラは行けます?」

「ええ、よろしくてよ。マリア様の方こそ大丈夫なんですの?」

「不格好ですが、戦えなくはありません」


 と豪語はしたものの、所詮わたしの接近戦技術は護身術相当に過ぎない。魔導の探求の際必要となる材料を野外で探す際に冒険する形になるけれど、後衛の魔導師が狙われる場合が多々ある。それに備えて体勢を立て直すまで持ちこたえる程度には腕を付けるべき、との個人的な理念に基づいたものだ。

 どうやらプリシラも同じようなもので、彼女が弓矢と共に手にするのはナイフだった。森で枝を打ち払ったり野菜を切り刻んだり動物を解体するのに程よい長さと大きさか。

 相手がいかにわたしより背が低くて肉付きもないか細い身体をさせた上で徒手空拳だろうと、相手は魔人だ。わたしの想像を超える身体の構造でも不思議ではない。


「では、全力で相手します!」

「邪魔するならお引き取り願おうか!」


 ノアが何かしら魔法を発動させる前にわたしとプリシラは飛び出した。プリシラは純粋な身体能力だけで野生動物もかくやといった速度を出しているけれど、わたしは打上魔法マジックラウンチを駆使して増速させたにも関わらずプリシラと横並びぐらいだった。

 わたしとプリシラでノアを挟み込む形にするとプリシラはナイフで突きを、わたしは杖の先端に形成させた無属性刀剣魔法マジックセイバーで横薙ぎに攻撃を仕掛けた。


「無駄」


 が、ノアはわたし達が攻撃を繰り出した方向にそれぞれ手を向けると、ナイフと魔法剣を手の平で受け止めた。掴んだわけではないし魔法を発動させた形跡もない。純粋に手と腕を力ませただけで防御したのだ。

 ノアはそのままわたし達の武器を摘まむ。たったそれだけの動作でわたし達が力を込めても微動だにしなくなってしまった。いくらわたし達が遠距離専門だからって、指先だけで抑え込むなんてどれだけでたらめなんだ……!


「ですが、その程度は読めていましてよ!」

「これぐらいで得意になってもらっても困りますよ!」


 わたしは魔法で構成させた矛先を霧散させて拘束から抜ける。そして瞬時に矛先を再構築させる。

 一方のプリシラが前方に構築させたのは風の矢だった。プリシラは矢の消費を抑える為に普通に弓で射ていたけれど、本来マジックアローのように普通の飛び道具としても使える筈だ。今回はそうさせた上に数多の矢を出現させていた。

 そしてハイエルフのアーチャーだったプリシラが出来たのだ。魔導師のわたしに出来ないとは思わないでほしい。


「マジックアロー!」


 いかにマジックセイバーの攻撃に神経を集中させていても、頭の片隅で無属性攻撃魔法の術式を描いていくぐらいは出来る。さすがにわたしの頭の構造だと簡単な魔法しか無理だけれど。

 さあ、近接戦を仕掛けながらの波状攻撃。どう切り抜ける……!?


「悪くはないけれど、その手は次から相手を選んだ方がいい」

「えっ?」

「嘘……!?」


 もしかしたらと予測はしていた。けれど結果はそれを大きく上回る散々なものだった。

 わたしとプリシラが魔法と矢と風の矢は間違いなくノアに降り注いだ。にも拘らず彼は全くの無傷だった。いくら初等魔法でも一つ一つはきちんと殺傷力があるし彼が魔法を発動させた形跡はやはり無い。

 つまり、彼は耐久力だけでわたし達の攻撃を耐えたと言うのか……!


「魔人の身体能力は他のどの種族より優れている。魔王様のような魔族に化けていたって身体の構造が変わるわけがないでしょうよ」

「その触れただけで折れてしまいそうなか細い身体にどれだけ詰め込んでいますの……!?」

「さあ? ここ最近ずっとこの姿のままだったから、もう忘れた」

「プリシラ、少し下がって……!」


 かと言ってこのまま仲良くお喋りし続ける気は無い。硬いならそれ以上の威力を持つ攻撃で突破すればいいだけの話だ。


「マジックアローレイ!」


 わたしはノアの目の前で弧を描く刃を射出させた。彼の両手はそれぞれわたし達の得物で塞がっている状態、これでは回避も防御も出来まい……!


「無駄だって、言ってるでしょう!」

「げっ!?」


 ノアは迫りくる魔法の刃に対して事もあろうに頭をその横っ腹に打ち付けてきた。綺麗に決まった頭突きを受けて魔法の刃が軋みとひび割れをあげ、最後には砕け散った。

 強力な術者でありながら並外れた身体能力を兼ね備えるとか、とんだ化け物だな。


「雷霆よ、その矛をもって大樹を引き裂け!」


 間髪入れずに今度はプリシラが雷の矢を射出する。ノアに捉えられたナイフは早々に見切りをつけたのか手放しており、いつの間にか弓を携えていた。


「モーメント・フリージング」


 しかしプリシラの一撃もノアを射抜く前にその冷気で勢いを急速に失っていく。プリシラの矢が地面に力なく落ちていく最中、ノアはわたしの魔法の矛先を解放して、その手をあさっての方向に突き出した。


「ダイヤモンドダスト」


 寒波が吹き荒れる先の対象は……チラ!?

 わたしは即座にチラの下へと先回りし、迫りくる凍てつく冷気の前に障壁を構築させた。


「マジックシールド!」


 間一髪でわたしはノアの魔法を受け止められた。卑怯なとは言わない。元からノアの目的は魔王軍に甚大な被害を及ぼす聖女を討つ事。わたし達は聖女の抹殺を目論むノアを阻んでいる格好なのだから、隙あらば狙われて当然だ。

 と頭では分かっているけれど、やっぱり自分達を無視して効率重視にチラを仕留めようとするのは何だか腹が立つな。


 プリシラもすぐさまわたしの隣に下がってきた。近接戦を挑む案は打開策になるかと思ったらとんでもない。今はまだこちらに付き合ってくれているからいいものを、ノアが本腰を入れればわたし達なんていともたやすく蹴散らされてしまうだろう。


「進退窮まった、って所でしょうかね?」

「イヴがあの魔人達を倒して応援に駆け付けるまで粘る、というのは?」

「あの者を相手にし続けるのは難易度が高すぎますわ。前衛が一人でもいれば相手の防御力を突破出来る攻撃をいくらでも行えるものを……っ!」

「嘆いても仕方がありません。今のわたし達で出来る事を成さないと」


 わたし達が相談している間もノアは一歩、また一歩とこちらへと歩み寄ってくる。


 万事窮すか、と覚悟を決めそうになったその時、ノアは盛大にも何かに躓いた。顔面は打ち付けなかったものの手と膝をついて何とか自分の身を守る。

 あまりにも間の抜けた展開に思わず目が点になってしまった。ノアは膝元と腕を手で払い、再び前へ歩み出ようとして、再び盛大に躓きかける。

 偶然にしてはおかしいとつぶさに観察してみると、どうやらノアが足を前に出そうとした途端に床の一部が盛り上がってそこに足をぶつけた彼が体勢を崩しているようだ。あまりにも絶妙に障害物が出現しているから、明らかに何者かの意図によるものだ。


 誰が、と思って周りを見渡したら、犯人はわたしの最も身近な人だった。


「マリア!?」

「いかに魔人だろうと二足歩行をするならこの手は通じる。マリアは深く考えすぎ」


 わたしの傍らではいつの間にかマリアが杖を床に突き立てていた。あ、うん、多分他の人から見たらわたしがそうしているんだろうけれど。


「アースバインド。いくら相手が優れた冷気の魔導師でも鉱物での拘束にはどうしようもない」

「つまらない小細工を……! この程度で止まると思わないでよね!」

「無駄。もがけばもがくだけ深みにはまっていくだけ」


 次には転ばないようノアが大きく踏み出した先の床が、あろうことか沼地のように柔らかくなって彼の足が沈み込んだ。膝下が見えなくなった辺りで瞬く間に本来の硬さを取り戻してノアの足を拘束する。ノアが強引に抜けようと逆の足に力を込めると今度はそちら側の床が柔らかくなり、とうとう両脚が床に埋まる形になってしまった。

 これ、地属性魔法か。わたしは水属性や無属性ばかり好んで使っていたからその発想は無かったけれど、マリアは全属性をそつなくこなせた筈。しかし大地ではなく建造物の床にまで干渉する発想力と術式構築力はさすがとしか言えなかった。


「プリシラ。呆けていないで決定打を。わたしがその間に時間稼ぎをする」

「え、ええ、分かりましたわ」


 わたしを見つめて呆然とするプリシラはマリアから釘を刺されて我に返り、矢をつがえて力を集中させ始める。その間マリアもまた全身より魔力を漲らせ、意識を集中させていく。


「こんなものでっ!」


 ノアはその間、身体を思いっきり勢いを付けて身体を捻った。そして力任せに足先を拘束していた床を引き剥がす。なんて強引な。魔人の身体能力によるものだと理屈は分かるんだけれど、実際目の当たりにすると圧倒されるばかりだ。

 けれどノアが両脚の拘束から逃れる頃には、マリアの術式は構築し終えていた。


「マジックレイ・シュトローム!」

「く……っ! グランブリザード!」


 それはわたしが誇る最も威力の高い攻撃魔法、けれどマリアのそれは結構趣が異なっていた。わたしが杖を前方に向けて先端より幅の広い光の奔流を放つのに対し、マリアは左手で右腕を支えつつ右腕上腕部からその長さ程の光の奔流を放っていた。

 にしても、いつも物静かな様子で淡々としている感じのマリアが高らかに魔法発動を宣言するなんて珍しい。よほどこの魔法に思い入れがあるのだろうか?

 対するノアもまた猛吹雪を発生させて光を阻む。先日のぶつかり合いでは威力が同等だったのか中間地点で拮抗してしまった。けれど、今回はノアがとっさでマリアが万全の術式構築で発動させたからなのか、徐々にマリアの魔法がノアを追い込んでいく。


「こうなったら全部受け止めながら進むだけだ!」


 抵抗をあきらめたのか、ノアは魔法を中断させると腕に魔力を集中させて真正面から受け止める。多分先日わたしが放ったレイ・シュトロームの経験を活かしての防御策なんだろう。

 が、残念ながらレイ・シュトロームには二種類あるのだ。わたしが普段用いるのは光の粒子を奔流とさせて敵にぶつけるだけなんだけれど、マリアの方は光を力として相手へと浴びせるのだ。


「あいにく、レイ・シュトロームの真骨頂は一定量の光を相手に溜めると爆発を起こす締めにある。防御で耐えるのは愚策」

「構うものか……! そうなる前に君を張り倒せばいいだけでしょう!」


 光がもたらす爆破に耐えるには魔力で抑え留めるか強引にはじき出すしかない。けれどそうしている間もマリアの魔法は継続して発動されるから打つ手は限られている。今のノアのように術者に直接攻撃を仕掛けるか、振り切るか、等か。

 けれど、やっぱりその手は悪手だと思う。何しろノアの相手はわたし一人ではないのだから。


「流星よ、その天球を駆け抜け闇夜に輝け!」


 ノアがわたしに到達しきる前にプリシラから放たれた流星は、そのまま何の抵抗も無くノアの喉元へと吸い込まれるように突き立てられた。


「いくら鉄壁を誇ろうとも天翔ける流星の前には全て無力ですわ」

「あんなに頑丈だったノアにも突き刺さるなんて……」


 星の一撃を受けてノアは大きく吹き飛ばされ、塔の縁にその身体を叩きつける。けれどそれで終わりではない。まだマリアの魔法は打ち止められていない。防御の態勢が崩れた彼に追撃の形で光の奔流を食らわせると、やがてノアが光り輝き、最後には轟音を立てて大爆発を起こした。


「終わった。わたし達の勝ち」


 マリアは無表情のままで構えを解いたけれど、彼女は感情を起伏させていないようでどこか誇らしげにしているとも感じた。



 ■■■



「まいった。人間相手にここまでいいようにやられるなんて」

「それは貴方が終始受け身に回っていたから。積極的に攻められたらわたし達には勝ち目が無い」


 ノアは先日のように回復魔法で己を癒したものの、塔の縁に寄りかかったまま立ち上がろうとはしなかった。どこか疲れが見て取れるけれど、まだまだ戦える余力は残しているようだけれど既に戦意を失っているようだった。


「ノアったら、仕事を淡々とこなすだけって公言しておいていざ自分自身が戦うと興じる癖は直した方がいいんじゃあない?」

「それ、君には言われたくないんだけれど?」


 原因は十中八九、彼の側近だった魔人セムとハムがイヴとエヴァに倒されたからだろう。エヴァは所々傷を負って疲労困憊、かろうじての勝利のようだ。一方のイヴも同じように無傷では済まなったようだけれど、まだ息はあがっていない。魔人二体も虫の息ではあるけれど死んではいなかった。

 いくらノアでもイヴが加わったら勝ち目がないとは本人も認めていた。セムとハムが敗れた時点で勝敗は決したも同然だった。


「それにしても随分と勇者っぽいんじゃあない? 中々様になっているように見える」

「真似じゃあなくて本当に勇者なのよ。ただし勇者の私は私の一側面に過ぎない、ってだけ」

「……っ! 噂には聞いた事があったけれど……。何て言えばいいのか」

「祝福なさい。盛大にね」

「君が幸せなら俺は別にそれでいいけれど……」


 イヴとノアは意外にも気心知れた会話を繰り広げていた。イヴとノアは初対面の筈だから、もしかしたらアダムとノアは魔王軍の中でも単なる主と下僕ではなく、もっと親密な仲だったのかもしれない。少しばかり興味が湧いてくる。


「それで、マリアとプリシラがこうして貴方達に勝ったんだし、大人しく軍を退いてもらえない?」

「俺にそんな権限はない。言うなら南方軍を率いているサロメに言って」

「そう言えば公都に来襲している軍は全てサロメの旗下だったか。仕方がない、重い腰を上げて彼女を懲らしめて……」

「イヴ様。そのサロメって方ですけど、あそこに漂っている魔物ですの?」


 何時までも終わりそうにない気さくな会話を強引に中断させたのはプリシラだった。彼女が指差した方向にいたのは、翼を大きく広げて飛翔する一人の夢魔のようだ。プリシラのように視力は良くないので細部までは分からないけれど、夢魔らしく煽情的な顔と身体つきをしている。


「射落としてもよろしくて?」

「ええ構わないわ。容赦なく仕留めていいわよ」


 イヴの無慈悲な許可を聞くや否や、プリシラは続けざまに矢を放った。強襲を受けたサロメはようやくこちら側に気付き、こちらの方へと迫ってくる。けれどその速度はどことなく力無い上に遅い気がする。お腹を押さえているから、もしかしたら負傷しているのかもしれない。


 サロメは何とかプリシラの攻撃に対処するものの何本かはその身に受けていく。それでも致命傷は避けるよう回避を繰り返し、やがて彼女は塔に降り立った。

 わたし達は対峙する。二人目の魔王軍軍団長にして今回の侵略の元凶と。

お読みくださりありがとうございました。

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