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捲土重来の反撃⑤:白竜の覇王

 -閑話-


「何よ、アレは一体……!?」


 天より光が射す公都を目の当たりにしたサロメは驚嘆の声をあげた。


 キエフ公都南側、周辺地域の村々を次々と陥落させた妖魔が集結した別動軍に攻め込まれていた。主攻となる本軍は夢魔と化したエヴァに預けてキエフ第二都市より、一方のノアには公都より北東に位置する第四都市からの軍を預け、三方向から攻め込む作戦とした。

 第二都市に攻め込んできた人類連合軍の人間達はそのほとんどを妖魔に変貌させた為、動員した魔物の総数は瀕死となった人類連合軍を人員はるかに上回っていた。


 さすがに量産型勇者と聖女が立ちはだかったのはサロメの予想外だったが、結局のところ徹底的にその身体に欲望を刻み込み身も心も魂も快楽へと溺れさせた。配備されていた合成獣とやらも本能の赴くままに暴れ回る妖魔達によっていともたやすく駆逐されていった。

 開戦してからそう間もおかずに量産型勇者と聖女を攻略し、合成獣の群れを壊滅させた。そして城壁上ではハルピュイアなどの飛行型の魔物が暴れ回っている。もはや人類連合軍と魔王軍の戦いは早くも雌雄を決しようとしていた。


 この戦争も貰った――とサロメが思った矢先だった。公都が神々しい光で照らされたのは。


「あれじゃあ都市に突入できないじゃあないの……! 術者がどこか早急に探りなさい!」

「はい、直ちに!」

「小賢しい真似をする……!」


 城壁上までは光が射しておらず、既に展開済みの妖魔達に被害は出ていなかった。それを差し引いても城壁の突破は公都攻略における前菜に過ぎない。主食になる市街地や宮殿に手を伸ばそうものならあの浄化の光の餌食となってしまうだろう。

 これほどの大規模な魔法ならいつかは効果が切れる、とサロメはしばらく様子を窺ってみたものの、光が衰える気配は一向に無かった。今まで順調に事が運んでいただけにサロメは地団太を踏んで悔しがる。


「……まあ、いいわ。内側に聖域を形成したからって所詮籠城策に過ぎないし。短期戦が駄目なら時間をかけてじっくりと弄ればいいだけだもの。ノアの奴とエヴァに預けた軍の様子はどうなっているの?」

「し、調べてまいります! しばらくお待ちを……!」


 サロメの怒声が混じった問いを受けてハルピュイアの一人が慌てた様子で上空へと飛び上がった。サロメは親指の爪を噛みながら城壁上を忌々しげに睨みつける。彼女は己の思い通りにいかない苛立ちをどうしても我慢できずにいた。


「ぐっ、公爵連中さえうまくやっていればこんな野蛮な真似しなくて済んだのに……!」


 そもそもサロメはこの公都を第二都市と同様に内部から落とす気でいた。自らの手駒、傀儡とした公爵夫妻と公太子を宮殿に送り込んで全員妖魔化させる。その上で公爵夫妻達の護衛と称した下僕を都市部に送り込んで汚染させていくのだ。そうして弄せず公都は手中に収まる算段だった。

 だが蓋を開けてみれば公爵夫妻、公太子、そして一行に紛れ込ませた尖兵から音沙汰がない。城壁上の敵軍の様子を窺う限り特に都市部で混乱は起こっていないようで、ここに至ってようやく作戦が失敗したのだと彼女は気付かされた。


「とにかくまずは鬱陶しい城壁を攻略して、聖女が中で小賢しい真似しているようならノアにでも特攻してもらって……」

「わ、我が主、大変です!」


 サロメは自分に言い聞かせるように独りごちたが、直後に先ほど飛びあがったハルピュイアが血相を変えて彼女の前に降り立つとその頭を垂れた。


「南東側の主軍は壊滅、どうやら本物の勇者が現れたとの事です!」

「なんですって!?」

「北東側の軍は城壁を攻略し市街地に突入を果たしましたが突如降り注いだ光で多大な被害を受けているもよう。反転攻勢に打って出られ、状況は芳しくないと……」

「ふざけないで! そんな事があっていい筈が……!」


 サロメは癇癪を起こして頭を手で強くかいた。美しく形を整えられ朱色に染め上げられた爪が頭部の皮膚や髪を傷つけていくのもお構いなしだった。

 ここに来ての本物の勇者の帰還は彼女にとって全くの予想外だった。更にはまんまと敵におびき寄せられて聖女の奇蹟で軍を殲滅させられるのはこれで二度目になる。指揮官のノアは一体何をしていたんだと憤りをつのらせる。

 こんな事ならノアが別行動を取らせている南方軍も公都に集結させておけば、と後悔の念が浮かぶもののもはや後の祭りだった。現在サロメが率いている軍勢も公都を力押しで攻め落とせるだけの数が揃っているので作戦の続行には未だ支障は無かったが……と彼女は素早く思考を巡らせる。


「いくら聖女の奇蹟がまた行われたとしてもノアの奴があの程度で命を落とすとは思えないわ。おそらくは元凶を叩きに行っている筈ね。なら私達がすべきなのはこのまま攻略戦を続行――」

「わ、我が主ぃ! に、西に、西に敵の増援部隊が……!」

「はあ!?」


 気を取り直した矢先に息を切らした配下のゴルゴーンが現れ、衝撃的な報告を受ける。サロメは唇を噛むと翼を広げて天空へと飛び上がり、西の方角を凝視した。

 公都より少し離れた西側に彼らはいた。それは大雑把に数えただけでも総勢五万にもなる大軍勢。この状況において決して無視できない数だった。


「そんな、一体どこの軍勢が……!?」


 旧キエフ公国に配備されている人類連合軍は既に半壊状態。公国軍は都市防衛や近隣の村や町に人員を裂くのが精一杯。西方諸国から援軍が出発した報告は受けていない。決して起こる筈もない光景がサロメの眼下には広がっているのだ。

 正体を確かめようと彼女は謎の軍が掲げる旗を注視する。まず一つは白き竜、これは確か数百年前に人間の国が掲げていた旗に酷似していたが、どうして白竜の旗が用いられているかはサロメには見当もつかなかった。

 だがもう一方の旗は一目で判別出来た。


「帝国軍、ですって!? 馬鹿な、速すぎる……!」


 それは双頭の鷲、帝国軍を示す旗だった。



 ■■■



「我らが王よ、全部隊準備が整いました」

「分かった」


 アタルヤの前に広がるのは広大な敷地の旧キエフ公国公都と、それに群がる魔王軍の魔物達。彼女の目の前で魔物達はアタルヤ軍を迎え撃つべく慌てて陣形を整えているようだった。無論、彼女は敵に態勢を立て直す暇を与えるつもりなど微塵も無かった。

 アタルヤは突撃槍を敵軍へと向けると、戦の音が響く中でも通る凛とした声で号令を発した。


「全軍突撃! 我らが理想郷を築くために!」

「「「我らが理想郷を築くために!!」」」


 宣誓にも似た雄叫びの後、アタルヤは誰よりも早く敵軍に向けて馬を駆った。騎乗兵の部隊が彼らの主に続き、その後重装歩兵、軽装歩兵と駆けだす。陣地など全く築かない全軍での一斉突撃は対象となった魔物達に重圧を与えていく。それでも敵は怯まずに飛び道具で迎え撃とうとするも、重装備で身を固めたアタルヤ軍の騎乗兵は盾を掲げて正面から受け止め、突撃の速度は緩めようとしなかった。

 やがてアタルヤを一番槍に騎乗兵の部隊が敵軍勢の後衛の腹に深々と突き刺さる。魔物達はその勢いを削ごうとアタルヤ達の進行方向を厚くし、更には側面から攻撃すべく次々と襲いかかろうとする。しかし疾走する騎乗兵達は意にも介さず突撃を続行、代わりに遅れて突撃してきた重装歩兵が側面攻撃を仕掛ける部隊へ強襲をかける展開となった。


 ミノタウロスが、エキドナが、アラクネーが。様々な種族の魔物がアタルヤ軍を阻むべくその凶暴な脚や爪を向けてくるが、アタルヤの槍は的確に敵の急所を貫いて沈黙させていく。そして彼女が率いる騎乗兵部隊は手にする盾で敵の攻撃を阻みつつ相手を刺し穿っていく。結局アタルヤ軍が次々と犠牲者の山を量産するばかりとなった。

 アタルヤ軍が後衛に突撃したため、北方向に攻め込んでいた魔王軍はアタルヤ軍と公都城壁に挟み込まれ思う様に身動きが取れなくなっていた。その期を逃すまいと城壁上に残った兵士達は弓の一斉掃射、岩や槍の投擲に投石器で魔物達に次々と損害を与えていった。


 あまりにも一方的な展開にサロメは目を見開きながら肩を震わせる。


「何なのよ、あの軍の強さは……! 聞いてないわよあんな連中がいるだなんて!」

「わ、我が主ぃ! お助けを! このままでは蹂躙されてしまいます!」

「ええいうるさい! さっき籠絡した勇者と聖女を連中にけしかけなさい!」

「は、はいいい!」


 サロメに縋りついてきた配下の魔物を力任せで振り払い、手で口元を覆いながらも打開策を捻り出そうと試みる。しかし彼女にとって戦争とは策を弄して敵を己の傀儡へと変貌させてるもの。大規模な軍事行動に出ても圧倒的物量を敵にぶつけつつも敵に甘い蜜を垂らし、自壊させるばかり。そのため、半端な小細工が通じぬ武力と対峙するのは初めての経験だった。


「何なのよ、こんな野蛮な……美しくないっ!」


 サロメは思い通りに事が運ばず焦りが募るばかりだった。


 アタルヤは敵軍の動きを素早く察知すると手を使った合図で素早く部隊に指令を出す。すると騎乗兵部隊は三方向に分かれ、直進する部隊の先頭をアタルヤが馬を駆る。やがて彼女達の前には多数の妖魔が蠢く戦場でも異彩を放つ特異な個体が姿を現した。


「ほう、イヴ……いや、勇者を模した個体か。随分と趣味の悪い」


 それは公都南側に配備されたバラクが造り出した量産型の勇者と聖女の成れの果てだった。頭部と胸部だけ人の面影を残していたが、腕や下半身は既に魔物のそれに変貌してしまっていた。そして思考まで魔性の本能に染まったそれらの紅潮し緩んだ表情は明らかに人間だったとは思えないほど淫らで、かつ凶暴だった。

 アタルヤは雌の権化とも言えるそれらを見て忌々しく舌打ちをする。


「獣の本能を抑制する知性こそが人の強さなのに。本能のままに欲望を貪るお前達は畜生以下だな」


 アタルヤの独り言は戦場の只中で量産型勇者達に聞こえる筈も無く、それらはアタルヤ達に襲い掛かってくる魔物の品の無い奇声でかき消された。アタルヤは突撃槍を量産型勇者へと向けると、部隊ごとそのまま敵へと激突させた。

 ついに進撃が止まったアタルヤの騎乗兵部隊が元量産型勇者と交戦を開始する。馬上ながらも巧みな槍さばきで敵の攻撃を凌いでいくものの、素体が優れてるせいで他の魔物よりも手ごわいとの印象をアタルヤは覚える。が、それだけだった。決して倒せないほど圧倒的な強者とは思えなかった。

 量産型勇者の左右からアタルヤが分けていた騎乗兵部隊の残りが姿を現す。三方向から円に近い形でアタルヤの騎乗兵は陣を素早く構築していく。瞬く間に量産型勇者達は包囲される形となる。


「かかれ」


 アタルヤが合図を送ると騎乗兵達はその包囲を一気に狭めるように突撃を開始した。四方から迫りくる数多の槍に、まだ変貌した己の身体に慣れていなかった量産型勇者達は突破口を見いだせなかった。結局迫りくる鋭利な刃に全ては対応できず、次々とその身は貫かれていった。

 ただ一人両腕を翼に変貌させていた量産型聖女は飛行して包囲を抜け出すが、騎乗兵に気を取られて後方の軽装歩兵からの一斉掃射には気付かなかった。次々と矢をその身に受ける量産型聖女の成れの果ては結局逃亡も叶わず悲鳴をあげて墜落していった。


「いかに強力な個体を用意しようが統率された精鋭の前では無力なものだな」

「どうも敵将は戦略面はともかく戦術面には疎いらしいですな」

「軍として洗練された帝国軍の方がはるかに優れているな。これなら軍を操る敵将を討てば烏合の衆と化すだろう。歩兵部隊は北進して敵軍左陣を殲滅させろ。我々騎乗部隊は直進し敵将の首を取る」

「御意」


 アタルヤは指示を矢継ぎ早に出して自軍を大きく動かす。東向きに突撃して東西にやや広がったアタルヤ軍はそのまま魔王軍左翼を圧迫する形で北進を始める。魔王軍左翼は挟み撃ちされ後退も逃亡も出来ずに次々と打ち取られていった。

 アタルヤ自身は騎乗兵部隊を敵軍中央めがけて転進させる。が、中央にたどり着く直前に一際存在感を放つ魔物が低高度を飛翔して接近してくるのをアタルヤ達はその目で捉えた。その敵がほとんどの殿方が息を呑むほどの絶世の美貌の持ち主とはアタルヤも認めたものの、その顔は憤怒で大きく歪んでいた。


「よくもやってくれたわね……! この屈辱は何倍にもして返してやるわ!」


 女性体の魔物、サロメが迫りくる敵部隊に手をかざすと途端に手の平より放射火炎が放たれた。


 だが火炎が騎乗兵部隊に到達するより早く、アタルヤは咆哮をあげて手にした突撃槍を投げ放つ。魔導で造り出された槍は火炎を幾ばくか弾き、その威力を弱めつつ方向をわずかに逸らす。だがそのわずかさえ生じればアタルヤには充分だった。

 アタルヤは続いて剣を精錬させると馬から身を踊りだし、着地と同時に大地を蹴った。衝撃波を周囲に発生させるほどの勢いでサロメとの間合いを急激に詰めていく。次の攻撃を放とうと術式を構築していたサロメは慌てて翼を羽ばたかせて方向転換しようとするが、突撃していた勢いはそう簡単には止まらなかった。


「こ、のぉ……!」


 サロメは大地を蹴って跳躍、すんでの所でアタルヤの突進を回避する。そのまま彼女は旋回し、地面に手と足を付けて勢いを殺したアタルヤの前へと降り立った。敵味方入り組んだ戦場にも関わらず、サロメとアタルヤの間からは誰一人としていなくなっていた。


「お前か、私の邪魔立てをするのは!」

「レモラ帝国魔導協会所属魔導師、アタルヤ。貴殿の首を頂戴する」


 怒りに身を震わせるサロメを全く気にせず、アタルヤは剣を彼女の喉元へと向けた。


「はっ、下賤な人間ごときがこの私に敵うとでも?」

「人はそれを驕りと言うんだ……!」


 アタルヤがサロメへ飛び込んだのはサロメが鼻で哂ったのとほぼ同時だった。

 サロメはとっさに己の翼を硬質化させて己の前方へと出してアタルヤの剣を受け止める。翼ごと叩き斬られずには済んだものの、鈍い痛みが翼に奔った。アタルヤは力押しで押し潰そうとはせず、一歩踏み込んで再び剣を振るった。サロメは今度は反対側の翼を盾として阻む。

 アタルヤは一歩、また一歩と攻撃の度に地面を踏みしめてサロメへ近づこうとし、サロメは勢いに圧されて一歩ずつ後退していく。魔法を放とうと術式を構築しようとしても、アタルヤの攻めが鋭く重い為にそちらへと全神経を集中する他なかった。

 サロメが傍にいる下僕達にアタルヤを襲うよう仕向けても、後から来襲したアタルヤの騎乗兵部隊の騎士に悉く妨害されてしまう。逆にアタルヤの部下達は彼らを率いる者の一騎打ちに横やりを入れようとはせず、周囲の掃討に従事していた。


「お、の、れええっ!!」


 サロメはどうにかアタルヤの連撃の隙を縫って大きく身を後退させ、そのまま上空へと飛びあがった。形勢逆転とばかりにサロメが歓喜に身を震わせる。


「いかに優れた騎士だろうと所詮は地を這う虫けらに過ぎないわねえ。空から一方的にいたぶってあげる」

「私は魔術師、と名乗った筈なんだがな!」


 アタルヤは地面を蹴ると一直線にサロメへと跳び上がった。サロメは単純な攻め手を馬鹿にしながら悠々と空を舞ってアタルヤをやり過ごそうとする。


「何っ!?」


 だがアタルヤはサロメの脇を通過する直前に突如空を蹴った。するとあろう事か、アタルヤは急激な方向転換を果たしてサロメへと刃を向けた。驚きと焦りで声をあげたサロメはとっさに火球を繰り出すも、アタルヤはいとも容易く一刀両断してのける。


「はっ、お馬鹿さんねえ! 狙ってくれと言わんばかりじゃあないの!」

「そんなもの、こうするまでだ……!」


 剣を振り抜いて上空で大きく体勢を崩したアタルヤを嘲笑いながら、サロメはもう片方の手をアタルヤへと向ける。もがく獲物を捉えた、とサロメは標的を消し炭にすべく魔法を解放させようとしたが、アタルヤは崩れた体勢などお構いなしにサロメへの突撃を緩めようとしなかった。

 結果、アタルヤはサロメがアタルヤを魔法の餌食とする前に肩でサロメへと己の身体を激突させる。女体を露わにさせた煽情的な服飾があだとなり、アタルヤの鎧で覆われた肩口が腹部へと深くめり込む。サロメは声にもならない悲鳴を上げて両腕で腹を抑えるが、呼吸すらも叶わず涎を垂らしながら地面へと落ちていった。


 アタルヤは地面を蹴るのと同じように空を蹴る事が出来る。空気の固定は風属性魔法の応用になるが、この魔導により彼女は上空を跳び続けて立ち回る変則的な空中戦を可能としていた。なお、うるさく飛び回る羽虫対策に考案した戦法なので普段から率先して使ってはいない。


 アタルヤは再び空を蹴って地面にその身を叩きつけられたサロメへその刃を振り下ろすも、寸前で仕切り直しとばかりにかわされてしまった。勢いをそのままに大地をひずませるほど強い衝撃を伴って着地したアタルヤは、大きく息を取るサロメを静かに見据える。


「おのれえええ! こうなったら周囲一帯ごとお前を灰にしてやるわ!」


 サロメは上空へと飛び上がりながら両手を天へと掲げ、上方に漆黒と深紅渦巻く巨大な火球を形成させていく。


「やれるものなら、やってみるがいい!」


 対するアタルヤは剣を両手で上段に構えると、全身から鈍い光を発した。途端、アタルヤを中心として凄まじい衝撃波が発生し、周囲にいた者が悉く押されてしまう。中にはその身を吹き飛ばされた者まで現れた。


「光の魔法!?」

「違うな。私はただ単純に魔力を身体全体にかけ巡らせた上で放出しているだけに過ぎん。それが鈍い銀色の光になって見えるらしいがな」

「こんの悪あがきをぉ!」

「受けるがいい、覇王の一撃を!」


 アタルヤは全身から迸らせる魔力を伴い、天空へと飛び上がった。それと同時にサロメは城壁の高さと同じ大きさにまで膨らんだ火球をアタルヤめがけて落下させる。どす黒い太陽を思わせるそれは周囲に灼熱をもたらしながらアタルヤへと接触する。

 そして、それは大爆発を巻き起こした。熱波が大地を這う雑兵達を焼き尽くし、閃光が城壁上に展開されていた人間や妖魔の目を焦がし、巨大な轟音が暴力となって各々の耳を傷めつける。


「ふ、あっはははは! なあにが覇王の一撃よ、この間抜けがぁ!」


 翼で目元を覆いながら爆発による熱風を受け止めたサロメは高笑いをあげた。更には自ら火球へと飛び込んだあげくに餌食となったアタルヤを散々にこき下ろしていく。黒に近い灰色の煙が辺りを覆っていくのもお構いなしに彼女は哂い続けた。


「にしても、全身鎧と兜で容姿も身体つきも全然見えなかったけれど、声と物腰だけで判断しても中々素敵な女性だったみたいね。これならちょっとは手加減してやって手籠めにしてやっても良かったかしら?」

「……あいにく、妖魔の穢れなど私には不要だな!」

「っ!?」


 次の瞬間、サロメの目の前に煙を裂いて現れたのは他でもない、アタルヤだった。既に彼女の間合いの内に捉えられてしまい、サロメに逃げ場はどこにもなかった。悪あがきで逃亡を図ろうとするもアタルヤの手がサロメの首を素早く掴む。


「どうして!? 今の一撃でくたばった筈でしょうよ……!」

「あの一撃に攻撃を叩き込んでやったまでは良かったが、接触しただけで大爆発とは恐れ入ったよ。攻撃の勢いをぶつけて魔力を編んで造り上げた防具で防御壁を展開していなければ、衝撃波で地面に肉片をぶちまけていたか熱風で消し炭になっていたかもな」


 全身を覆っていた鎧兜を失ったアタルヤは凛々しく整った顔立ちと恵まれた体格の身体、そしてドレスにも似た金の刺繍が施された青の衣装をさらけ出していた。宝飾を身に付ければそのまま舞踏会にも出られるのでは、とも思わせるなりをしていた。

 しかし、彼女からなおも解放される銀の粒子を伴った魔力と高々と掲げられた無骨な剣が否応なしにサロメに現実を突き付けていた。


「終わりだ。潔く散るがいい」


 アタルヤが振り下ろした渾身の一撃に対してサロメはなおも翼を硬質化させてその身を守るが、ケーキにナイフを入れるがごとく抵抗も無く切り裂かれ、そのまま敵の腹部に深々と切り込まれる。


「……!?」

「っ!」


 途端、二人共予測しなかった事態が起こる。アタルヤの剣はサロメの身体を両断する前に蜘蛛の巣を走らせ、根元から砕け散ったのだ。

 柄だけが空しくサロメの目の前で振り抜かれていく。アタルヤは折れた刀身ごと剣を霧散させて改めて剣を魔法で錬成させた。今度は振り上げる形で剣を繰り出すも、腕だけで腰も魔力も伴っていない攻撃ではサロメの翼に阻まれて胴には届かなかった。

 こんな事ならあの大火球を突破する際に剣を再構成させておけばよかった、とアタルヤは奥歯を噛み締めたが、もはや後の祭り。絶好の機会は失われていた。


「覚えて、いなさいよ! せいぜい束の間の勝利に酔いしれる事ね……!」


 それでもサロメは腹部に剣を受けて内蔵に大きく損傷を負っていた。それでも力を振り絞ってアタルヤの手を振り払うと、翼を翻して上空へと更に大きく飛び上がった。アタルヤが手にしていた剣を相手に投擲するも、サロメに易々と回避されてしまった。

 やがて彼女はアタルヤに背を向けると東の方へと飛翔していった。追撃しようと頭によぎったものの彼女の眼下では今だ死闘が繰り広げられている。敵大将が逃亡した今、獲物を放っておく手など無い。


「敵の大将は逃亡した! 総員、敵軍の掃討に移れ!」


 公都南の戦いにおいて、指揮官を失った魔王軍はそのまま成すすべなくアタルヤ軍に蹂躙された。劣勢と見た魔物達は我先に敗走を開始し、城壁上に到達していた飛行型の魔物も怯えながら次々と飛び去っていった。

 アタルヤの騎士達は馬を駆り追撃戦を実施、地上を逃げ惑う魔物の半数以上を処理したものの、全てを討ち果たす事は叶わなかった。


 それでも、南方の戦いはアタルヤ軍の到着で形勢逆転し、見事勝利を収めたのだった。


 -閑話終幕-

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