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閑話・オデッサ攻略作戦

 -閑話-


 旧キエフ公国都市オデッサ。公国南西に位置するこの第三都市は帝国ダキア公爵領に近く、帝国との交易の拠点にもなる。内海にも接しており気候もキエフ公都と比べて温暖で穏やか。オデッサが公国における経済を支える要であり、公国の繁栄に結びつくと評しても過言ではないだろう。


 そんなオデッサは公国に魔王軍が北東より進軍してきた際、真っ先に避難場所として多くの国民が殺到した。防衛の要だった人類連合軍は魔王軍の猛威の前に成すすべなく敗走を繰り返し、次第に戦線は西に移りつつある。その度に故郷を追われた者達が身の安全を守る為にやって来るのだ。

 キエフ公爵の命により全国民の帝国への避難が進められている。それでもオデッサの総人口は近隣住民の集結により増加の一途を辿るばかりで避難が追いついていない有様だった。都市に保管されていた食料や生活物資などの備蓄も日に日に目減りしている。


 公都側、旧キエフ公国における主要都市が点在する北部方面にはサロメ率いる妖魔の軍勢が侵攻に当たっている。それに対して内海に接する南部側を進行するのはノア率いる魔人の軍勢になる。軍団長のノア自らは軍を率いていなかったが、人類連合軍は足止めにもならなかった。

 これには帝国と対立する西方諸国側の思惑が深く絡んでいた。南側が滅ぼされても次に標的となるのは帝国になる。西方諸国は緩急材になる旧キエフ公国さえ健在なら良く、北側を重点的に防衛する戦略を取った為だ。

 結果、旧キエフ公国の南部は西側奥深くまで魔王軍に攻め込まれていた。


「きゅ、急報! 第二防衛線を突破されました! 魔王軍はなおも進軍中!」

「とうとう来たか……!」


 そんなオデッサにとうとう運命の日が迫ってきた。魔王軍の来襲である。


 都市防衛にあたる軍の司令官は城壁の砦から敵軍の様子を眺めたが、目の前には開戦前から戦意を消失させるほどの圧倒的物量が広がっていた。魔人は雑兵であれば一般的兵士でも対処可能だが、強力な個体になれば一騎当千の脅威となる。

 ただでさえ時折人類圏に単体で出現する魔人を相手にする場合は周囲を取り囲みつつ知略を駆使し、多くの犠牲を払って撃破するのが一般的だ。そんな脅威となる魔人が徒党を組んで襲い掛かる様子は正に悪夢と呼ぶ他無かった。

 防衛軍は多くの人員が近隣住民の帝国避難の誘導、安全確保の為に周辺地区に出払っていた。そうした人手不足が更に追い打ちをかけていたのだが、万全の状況で対峙しても勝てるのかと問われたら首脳陣の誰もが首を傾げただろう。


「無念であります、司令……」

「こうなってはもはやどうにもならん。都市を放棄し帝国への避難を急がせよう。南部側を進行する魔王軍はさほど残虐でもなく蹂躙もないと聞いているから、我々がここで時間を稼いでいれば敵は背後に回って避難民を襲う真似はしないだろう」

「はっ、では直ちに」


 やがて、都市を囲う城壁に魔王軍の群れが殺到する。巨大な翼を羽ばたかせる魔人に対して高くそびえる城壁はほぼ意味をなさず、次々を魔物達が城壁上へと降り立っていく。焦る兵士達が剣や槍を向けるが、魔物の爪が振るわれる度に血しぶきをあげて弾き飛ばされるばかりだった。

 力、動員数、士気、全てにおいてもはや人類には成す術が無かった。彼らの心のよりどころはただ一つ、少しでも戦いを長引かせて人々を逃がし切る。その一点に尽きた。不思議にも飛行する魔物は軍にばかり襲い掛かり市街地を破壊する様子が無いのも気力を保つ要因となっていた。


 それでもあらゆる差は歴然とした現実となって現れていく。敵軍の勢いを止めようにも今の兵士達に出来るのはその身を挺して進行を妨害するのみ。決死の覚悟をもって魔人達に立ちはだかった者達は次の瞬間にはその短かった命を散らしていった。


「司令、ここはもう持ちません! 直ちに避難を!」

「どこに逃げようというのかね? もう我々には後が無いのに」

「そ、それは……っ!」

「もう少し時を稼げば十分だろう。悔しいが我が国の民の今後は帝国に託す他ない。連中が守ってくれると最後まで願い続けるとしよう」


 本陣の目と鼻の先まで敵の侵攻が迫る中、軍司令は椅子にその腰を下ろして力を抜いた。もはや彼一人が奮闘して戦局が覆る状況はとうに過ぎており、彼の顔からは諦めにも似た乾いた笑いがにじみ出ていた。そんな戦意喪失した司令を見て幕僚達が拳を握りしめて涙を流す。

 だが、そんな本陣にはいつまで経っても魔物の群れはなだれ込んで来なかった。気が付けば騒々しい戦火の音も段々と遠くになっているようにも感じた。不思議に思い司令官は本陣から出て外の様子を窺ってみると、そこでは先ほどとは全く異なる状況が繰り広げられていた。


 魔王軍が新たな軍が激しく衝突しているのだ。


 新たな軍は人類で構成されているようだったが、掲げる旗は人類連合軍統一旗でも西方諸国の国旗でも、ましてや旧キエフ公国のものでもなかった。描かれるのは双頭の鷲、オデッサに務める軍人なら誰もが目にするものだった。


「帝国軍! 間に合ったのか……!」


 その場で生き残った者達は誰しも安堵の表情を浮かべ、歓喜の声をあげた。

 人類圏での対立や過去の因縁などどうでもよかった。この場の危機を救われた、それだけでも彼らには十分だった。



 ■■■



「丁度いい機会に巡り合えたみたいね」

「都市防衛に当たっていた軍はほぼ壊滅しているものの、都市そのものは未だ健在のようです」


 総勢十一万もの帝国軍は帝国本土の常備軍と予備軍、周辺貴族が抱える私軍、金で募った傭兵、更にはその勢いに同調して祖国を守ろうと志願した旧キエフ公国の者による義勇兵などの寄せ集めで水増しされていた。規律正しい侵攻と進軍を可能とする兵力はその半分以下でしかないが、それでも一国を侵略するには十分な数が揃っていた。

 そうしたちぐはぐな軍を率いていたのは他でもない、帝国の頂点に君臨する尊厳者こと皇帝サライだった。


 本来帝都で帝国の行く末を定める尊厳者が軍を率いる蛮行に元老院の者達は難色を示したものの、その程度で考えを改めるサライでもなかった。彼女は事もあろうに帝都防衛の要たる禁軍からも人員を裂いてまで人員を捻出していた。


「姉さん。帝国軍は陣形を整え終えたからいつでも動けるよ」

「お疲れさまバテシバ」

「ちょっと、止めてよ姉さん」

「ええ~、いいじゃないのケチ」


 そんなやりたい放題の皇帝サライへ一人の宮廷魔導師が近寄ってくる。サライを思い起こさせる容姿をした見麗しい魔導師、バテシバの接近をサライは満面の笑みを浮かべて出迎える。サライは彼女に抱きつこうと試みたもののバテシバに頭を抑えられて未遂に終わった。


「それで、敵軍はこっちの動きに気付いているかしら?」

「どうやらまだのようね。まるで砂糖菓子に群がる蟻みたいにオデッサに夢中になっているよう」

「別にこっちは真正面から軍をぶつけられても構わないんだけれどね」

「被害は少なくて済むに越した事はないでしょうよ」 


 サライの妹バテシバは頭を軽く指で抱えながらため息を漏らし、サライへと非難の視線を送った。サライはわずかに笑顔を引きつらせてたじろく。


「一年前まで続いていた魔王軍との戦いで国力が疲弊しているのに……」

「百も承知だけれど、キエフを帝国領にするまたとない機会なのよ。これを逃す手は無いわ!」

「財政も逼迫していて火の車なんだけれど? 資金も資源も戦争に使うなんてただの浪費よ」

「大丈夫、あと一回遠征するぐらいの余裕はあるから!」

「それを公共事業に費やして雇用と設備を充実させた方がはるかに有益なんだけれど?」

「だ、大丈夫よ領土が広がれば国力が増すから! 長い目で見てよね!」


 西の公爵領で執り行われた追悼式に出席してきたと思ったらサライは突然旧キエフ公国へ大軍を向けると言い出した。決定を耳にしたバテシバは思わず目を点にしたものの、帝都に帰還した姉の前に山のように積もる問題点を次々と並び立てていった。


「しかもまた可愛い妹を巻き込んだんですって? 私はイヴには平穏な生活を送ってもらいたいんだけれど、いい加減にしてもらえない?」

「私だってイヴには幸せに過ごしてほしいわね。あの子ったら久しぶりに会ったら幸福の絶頂にいるみたいでに笑顔を振りまいていたわよ」

「そんな愛しい妹を姉さんは戦場に駆り出した、と。こうなったら私も黙って留守番なんてしていられない。私の魔導兵団も導入して一気にそんなくだらない戦争は終わらせましょう」

「ええっ!? 宮廷魔導師で構成される魔導兵団は禁軍の中でも虎の子なのに!?」

「その虎の子を今使わないでいつ使うの? 姉さんやイヴが好き放題やるんですもの、私だって好きなようにやらせてもらうから」

「は、はひ……」


 結局サライは妹に散々言われたい放題された挙句に完全論破されてて公都を出立したのだった。

 最も、サライは今回の旧キエフ公国救済には充分な勝算があると算段立てていたし、勝利が帝国の更なる繁栄に結びつくだろうと確信していた。戦争に勝っても負けても方々から非難轟々になるのは目に見えていたが、結果がきっと皆を黙らせると信じて疑わなかった。


「それじゃあ魔王軍に私達帝国の強さ、見せつけてあげなさい!」


 帝国軍は皇帝の命を受けて進軍を開始した。

 やがてオデッサの城壁に群がる魔物達を射程距離に納めると、帝国禁軍所属の魔導師兵達が一斉に攻撃魔法を放った。炎の矢と火球は放物線を描くように上空から魔王軍を構成する魔人達へと降り注いでいく。都市攻略に専念して完全に不意を突かれた形となった魔人達はようやく自分達が置かれた状況を理解した。


「皇妹殿下。第一撃が敵軍に着弾しました!」

「じゃあ進軍を止めてその場に待機。距離を保ちつつ引き続いて第二撃の詠唱に入りなさい」

「はっ!」


 一糸乱れぬ統率力で魔導師兵達は立て続けに火属性攻撃魔法を解き放った。負けじと魔物達は各々が口から、手から炎を射出させてくる。人の放った火を瞬く間に飲み込んでいき帝国軍兵士達へと迫りくる様子はさながら地獄の業火を髣髴とさせるものだった。


「前衛は障壁魔法および冷気魔法を展開。中列は引き続き火炎魔法での攻撃を続行しなさい」

「障壁魔法を展開しろ!」


 待機状態だった前衛の者が前方へ魔法の障壁を展開、敵の炎を阻む。障壁越しに伝わる熱波は魔導師兵が発した冷気によって急速に威力を失っていく。その間も絶え間なく中衛からは火球や炎の矢が放たれ、次々と敵軍へと降り注いでいった。

 しかし屈強な魔人が相手では壊滅的な損害はもたらせなかった。咆哮をあげると魔人達が魔導師兵達へと駆けだす。だが迫りくる脅威を前にしても帝国軍の者達は一切怯まずに己の役目を果たすべく術式を構築させ続ける。


「展開する軍の前に堀と塀を築いて。それで時間は稼げるでしょう」


 バテシバは命を出すもののそれは単なる確認に過ぎない。帝国魔導兵団の戦術は長きにわたる帝国の歴史により確立されているため、バテシバが一々命令を下さなくても次に何を行うべきかは各々の頭の中に叩き込まれているからだ。

 前衛の者達は自分達の前の大地から土を削り取って深い堀を、同時に中衛の者達は前衛と堀の間に削り取った土を用いて厚い壁を構築していく。たった一人では発動どころか術式の構築すら困難な大規模に効果を及ぼす魔法だろうと、軍という巨大な個なら可能となる。


 突如出現した堀と塀に突撃する魔人の群れはとっさに対応できず、次々と塀に衝突して堀へと落ちていく。翼を羽ばたかせて飛び越えようとする者には容赦なく火球と炎の矢が降り注いだ。


「ゴーレム兵を堀に投下して蹂躙しなさい。後衛のメテオスウォームの準備はまだ?」

「まだ時間がかかるようです」

「回り込まれたら厄介ね。まあ、暇してる姉さんに頑張ってもらいましょう」


 帝国軍の先鋒を務める魔導兵団を側面から攻撃すべく魔人達が隊列を広げようとするものの、それよりも前に重装歩兵と騎乗兵で構成された右翼と左翼が同時に突撃を開始する。強大な力を持つ魔人が相手でも統率された部隊は上手い具合に多対一に持ち込み、その暴力を発揮出来ないように立ち回る。帝国軍右翼と左翼はそれぞれわずかに内側に向くよう圧力を加える為、魔物の群れは次第に中央へと密集していく。


「皇妹殿下、メテオスウォームの準備が整いました!」

「では目標は敵軍中央、放て!」

「「「メテオスウォーム!」」」


 バテシバの命を受けて後衛の魔導師兵達は一斉に力ある言葉を解き放った。魔導師兵の術式は天が唸りをあげて轟く形で現実に影響を及ぼすと、城壁から固唾を呑んで見守っていた都市防衛軍の兵士達は信じられない光景を目にした。

 天から炎を纏い落下してきたのは巨大な岩だった。大の大人が腕を広げた手と手の先ぐらいの大きさがある隕石が無数に降り注いできたのだ。それはさながら神がもたらした天罰のように見え、対象となった魔人はおろかキエフ公国軍兵も恐れおののいた。


 それは一方的な展開だった。もはや戦争とは呼べない一方的な虐殺と評していい。天からの無数の隕石はその暴力で瞬く間に魔物の群れを蹂躙していく。帝国軍から圧力を加えられているせいで前方や左右に逃げる事は叶わず、後方へと逃げ惑うしかなかった。

 これが帝国軍の誇る魔導兵団の戦術になる。前衛で敵を食い止め、中衛で敵を牽制、そして後衛で大規模魔法を放つ。戦局を覆す程の大規模魔法だろうと帝国精鋭の魔導師達が協力して術式を組み合わせていけば行使は可能。後は大きく戦力を削いだ敵軍を本隊が掃討するだけだった。


「ことのほか上手くいきましたな。もっと苦戦すると予測しておりましたが……」

「最上級、支配者級の魔物がいなかったのは幸いね」


 とはいえそれはあくまで理想の形に過ぎない。大規模魔法の発動前に敵に攻め込まれた場合は全く別の戦法に切り替えるしかなくなる。第一、全ての戦争で順調に事が運べたなら今頃人類圏は帝国に統一されていただろう。

 それでも成功率が高まったのは軍を指揮するサライやバテシバの影響が大きかった。日々の鍛練の仕方、理想的状況に持ち込む戦術、戦略面の抜本的見直し等、改善点の例を挙げれば枚挙に暇がない。


「さあ、怯んでいる敵を容赦なくやっつけてあげなさい!」


 サライは多大な損害を受けた敵軍に意気揚々と追撃を命じた。サライにとっては魔導兵団を伴っての戦争は一年前の魔王軍の大侵攻を受けた防衛戦から久しかったが、彼女は他の者と違って恐ろしさより頼もしさ、そして誇らしさを強く感じていた。

 それはバテシバも同じだった。ただ彼女が感情を向ける相手は帝国でも魔導兵団でもなく、ましてや姉のサライでもなかった。


「やっぱりこれこそがあるべき姿なのよ」


 バテシバが思い起こすのは彼女がまだ学院に籍を置いていた時に同級生だった少女。彼女は稀代の才女と謳われるほどの技術を有しながら一年で姿を消し、そして一年前に再び戻ってきた。その芸術的とも言える術式や奇抜な発想は衰えるばかりかより一層磨かれたと印象を受けた。

 勇者の奇蹟の再現たる光の一閃、あらゆる怪我や病気を癒す治療を始めとして、水を筆頭に四属性をそつなくこなす腕はあらゆる魔導師にとって羨望の、そして嫉妬の対象だった。それは常に学院で最も優秀な成績を収めていたバテシバも例外ではなかった。

 だがバテシバが一番衝撃を受けたのは、故郷のダキアから豹変して帰ってきた彼女と何気なく言葉を交わした時だった。彼女は魔導を極める学問ではなく生活に用いる道具と考えていたのだ。いや、ひょっとしたら誰もが勘違いをしていただけで彼女は初めから魔導を目的の為の手段としか考えていなかったのではないか?


 目から鱗とはこの事か、とばかりにバテシバも考えを改めた。魔導の研究への進路を思い浮かべていた彼女は国の、そして尊厳者たる姉の力となるべく技術を磨いていった。土木工事、軍事行動等、大規模な効果を及ぼす魔導を好んだ彼女らしい道を歩みだした。

 今では彼女は帝国魔導師の頂点、魔導元帥の座に付いている。決して己の実力だけではなく政治的思惑も多分に含まれているとの確信はあったが、それでも己のやりたい事を好きに実行に移せる地位に彼女は満足していた。


 メテオスウォーム、隕石を出現させ敵軍を壊滅させる最上級魔法。誰一人として担い手がいなかった高度な技術を擁するこれも複数人が術式を分担して構築していく手法で実現させた。己の叡智の結晶たる魔導こそ全てと考える一般的な魔導師ではありえない発想だ。


 この旧キエフ公国救援、という名目での侵攻にはそんな才女も関わっているとバテシバは聞いていた。学院を卒業して一人前の魔導師として歩み始めたからこそ、彼女は才女ともう一度ゆっくり語り合いと思っていた。


「開業魔導師になるって聞いているけれど……じっくり意見を交換したいものね、マリア」


 バテシバは戦場の只中にも関わらず己の同級生、そして好敵手に思いを馳せて自然と笑みを浮かべていた。



 ■■■



 結局帝国軍は終始戦いを有利に進めていき、日が沈まぬうちに大勝した。魔王軍の残党は東へと敗走していったが追撃戦は行わず、オデッサの事態収拾に当たる事にした。

 都市を統治していた貴族は避難した民を先導していたため、都市防衛軍の司令が最高責任者として皇帝サライに謁見した。サライは満面の笑みで胸を張り、軍司令は彼女に深々と頭を下げる。上下関係はこの場面を一目見るだけでも明らかになっていた。


「救援誠に感謝いたします。貴女方が来なければ今頃我々は神の下へと召されていたでしょう」

「帝国軍は一万をこのオデッサの都市防衛と帝国国境までの避難民誘導に当てるつもりよ。あと一万五千を千ずつの部隊に分けて周辺地域の残存勢力の掃討作戦を行う予定よ。悪いけれどこっちはそっちの指揮下に入る気はないからそのつもりでいてよね」


 一万の駐留軍は人類連合軍が帝国を出し抜いた暁には都市攻略軍へと早変わりするんだろう、などと野暮な考えが軍司令の頭の中をよぎったが、それが事実でも現状を踏まえれば帝国からの提案は破格なものだ。喜んで飲む以外の選択肢はあり得なかった。


「問題ございませんが、帝国側へお出しできる物資が我々にはございません」

「港を自由に使わせてくれれば本土から海路で運んでくるし、陸路が自由に出来るならダキアからも送って来れるわよ。むしろそっちの方が逼迫してるんでしょうから遠慮なく救援を申し出て」

「かたじけない。本格的に危うくなればそうさせていただきたく」

「軍駐屯地は帝国軍で駐留する部隊も使わせてもらいたいんだけれど。あと――」


 サライと軍司令の間で交わされる会話にバテシバは内心で恐れおののきつつも感心していた。サライは次々と案を出して軍司令が困り果てていたり懸念されている件を次々と解消していく。ただしサライは港や街道の使用権等、帝国側が有利となるよう言葉巧みに交渉を進めていくのだ。

 もし魔王軍が完全に退けられてもオデッサは実質帝国の領土に出来てしまうな、とバテシバは感想を持った。武力と言葉を使い分けて国を丸ごと属州にする野望を達成しようとする姉の手腕はいつ立ち会っても鮮やかなものだった。


 サライは器に入った水を一気飲みして一息入れ、交渉の席で隣に座るバテシバの方へ視線を送る。


「それはそうと、先発軍が公都に到着するのって今日か明日だったかしら?」

「ええ、確かそうだって聞いているけれど」

「……あっちには貧乏くじ引かせちゃったわね」

「ダキアの大魔導師イゼベルが用意した精鋭だからそう心配する必要はないんじゃあないの?」


 ダキア公都の帝国魔導協会支部長を務めるイゼベルは帝国内では高名な大魔術師になる。風の噂では生死を司る冥府の魔導にも通じているとも聞く。バテシバは先日までダキアを騒がせていた異変の解決にも彼女の私兵が大いに活躍したとも報告を受けていた。

 だがサライの心配はそこにはないのか、彼女の曇った表情が晴れる様子は無かった。常に自信に満ち溢れている姉にしては珍しい様子だった。


「二か月近く前にパルティア北部で十六万を動員させて激突した魔王軍が丁度さっきと同じ魔物達で構成されていたんだけれど、今日はやけに精彩に欠けていたのよね」

「そうね。いくら個が強力でも所詮烏合の衆って表現が似合ったかしら」

「統率する指揮官がいなかったからね。アイツが率いる本軍はこっち側じゃあないかもしれない」

「指揮官って、一年前が討ち果たした魔王軍の軍団長みたいな存在?」


 バテシバは冗談半分で口にしたが、サライが深刻な面持ちで頷いてきたので軽く驚いてしまった。そう言えばバテシバ率いる魔導兵団の同行にサライはさほど反対の意を示さなかったが、妹に好き放題する許しを与えたわけではなくその必要に迫られていたんだとしたら?


「軍団長ノア、アイツの相手はバテシバにしてもらいたかったんだけれど……」

「そう心配しなくても大丈夫よ姉さん。あっちに魔王軍の軍団長がいようと大した問題じゃあない」

「イヴがいるから?」

「それもあるけれど、ちょっと違うかな」


 バテシバは愛しの妹と同行すると報告を受けている彼女を思い浮かべていた。魔法の担い手として最高峰にいるだろう、自分の好敵手を。


「だってマリアがいるもの。負ける筈がないでしょうよ」


 -閑話終幕-

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