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捲土重来の反撃①・開戦の火蓋

 次の日、わたしは朝早くからイヴと共に宮殿外へと出かける。軟禁されているイヴがどうやって宮殿を脱出してきたか聞いたのだけれど、いいようにはぐらかされてしまった。言葉の端々から推測するとどうやらアダムが持つ技術のちょっとした応用でやり過ごしてきたようだけれど……詳細を聞くのは止めておこう。

 作業としては単純でキエフ公都中を回ってとある仕込みをしていくだけだ。移動の手間を省くために人類連合軍駐屯地から馬を一頭借りてきた。わたしが手綱を握ってイヴが貴婦人のごとく横乗りをしする。外出する際も彼女はドレスを着込んでいて、貴族の娘のちょっとしたお出かけに見えなくもなかった。

 ちなみにその際連合軍の様子を窺ったのだが、惨敗がよほど堪えたのかもはや抜け殻のように戦意を失っていた。普段は平時でも武具の整備や鍛練で忙しそうにしているらしいのだが、そういった施設には誰一人として足を向けず、ただ時間を貪る一日を過ごしているらしい。


「こっちに来てから宮殿外に出るのは初めてだけれど、本当に奇妙な光景ねえ」

「来た直後はこんなんじゃあなかったんですけれど……」


 公都は警備と称してバラクの研究所で生産されている合成使い魔達が巡回していた。妖魔が蔓延らないような処置とは言っても、傍目から見たら既に魔物に占領されたように見えてしまう。魔導師の端くれのわたしに魔物と使い魔の区別は厳密には出来ないのだから、住民は怯えるばかりだろう。

 現に街道の人通りは閑散としているのは昨日も見たけれど、通り過ぎた市場の通りは活気を失ってもう見ていられなかった。


「よかれと思って合成獣の導入に踏み切ったんでしょうけれど、これじゃあ本末転倒ねえ」

「人類連合軍が完膚なきまでに打ちのめされた以上、生き残るには仕方がないかと」


 それは公都を囲う城壁も同じで、さすがに城壁の上には配備されていなかったものの外では使い魔達が堂々と歩き回っていた。いくら籠城策を取ると決められていても外側でやりたいようにやらせるだけにはさせておくつもりはない、との心構えの表れだろう。


 一日かけても公都の隅から隅まで仕込みをしていくのはさすがに厳しいものがあったけれど、何とかやり終えた。この公都って南北を大河が流れているから宮殿のある西側から東側の移動が大変なんだよね。それを踏まえても作業をやりきれたのは我ながら凄いと思う。


 この仕込みは確かに絶大な効果を発揮するけれど、出来れば出番がない事を祈るばかりだ。最悪を想定した対処だから杞憂に終わればこの一連の作業が無駄になってしまうけれど、そんな事態にはならない方がいいに決まっている。


 イヴの想定通りになってしまうか、それとも考えすぎで終わってしまうのか。それは明日になってみれば判明するだろう。



 ■■■



「申し上げます! 都市郊外に集結していた魔物が公都へ向けて移動してきているもようです!」

「とうとう来ましたか……」


 次の日、朝の平穏はいずれ来ると分かっていた災いによって妨げられた。わたし達が魔王軍に占拠された第二都市から逃げおおせたのが一昨日だから、それを追う様に進軍してきたと想定するとまあこのぐらいになるだろう。

 公都に滞在する人類連合軍の兵士達はやる気を奮い立たせて城壁へと展開されていて、迫りくる魔物の波を固唾を呑んで見守っているようだ。街は誰もが戸を固く閉ざして外出を控えているので、配備されている使い魔が徘徊するだけで寂しい限りとなっている。


 そんな中、わたし達は宮殿から大河を挟んだ公都南東側の城壁へと来ていた。第二都市へと続く街道がある方向で、本軍が来るだろうと想定されている場所になる。どの方向から来られるにしてもここが最大の激戦区になるのは間違いないだろう。

 城壁の中でも一際高い塔の上から外の様子を眺めているのだが、物凄い大量に魔物が押し寄せてきているのが一目で分かった。こんなの分かりたくもなかったんだけれど、現実逃避した所で悪手にしかならないだろう。


「プリシラ、敵軍勢の様子は確認できます?」

「どうやらこちら側が大当たりなのは間違いありませんわ。後は北東と南からの軍勢が多いようですわね」

「さすがに西からは来ませんでしたか……」


 公都以外のキエフ国民が逃げる方向は西方諸国に属する国のある西、または帝国がある南西方向だ。そちらから襲ってくるようなら避難する人達がほぼ間違いなく犠牲になっているだろう。そんな最悪の展開だけは免れたようだ。

 しかし三方向とは随分と豪華なご来訪なものだ。一方向だけならダキア公都防衛戦のように城壁に軍を配備して迎え撃てばいいだけなのだろうけれど、こうなっては一方向だけに注力するわけにもいくまい。それに敵の魔物は飛行型も存在している。城壁下ばかりに注力して上空を抜けられたら、後は城壁に囲まれたこの都市は格好の餌場と化すだろう。

 自然と防衛する軍も散開して城壁の警護に当たる形になり、防衛戦に十分な数が揃えられたとはお世辞にも言い難い。都市内の防衛と城壁外にはバラク研究所製の合成使い魔に任せる形で大量に配備されて何とか数を合わせている状態だ。魔物に見えてしまう存在に自分の前と背後を守られるのは何とも複雑だ。


「それで、帝国より派遣される先発軍の到着はいつになると?」

「予定通り五万強の軍が国境を抜けたとの情報が入ったきりとなっています。国境を越えてからは周辺の魔物を掃討しつつ向かうとの事の為、予定通りの到着を見込んでいるとの報告が入っています」

「予定通り、ですか……。厳しい戦いになりそうですね」


 先発軍を務めるのはアタルヤの軍だ。先の死者の都攻略戦のように全てがアンデッドで構成される軍だったとしたら兵站、補給線を一切気にする必要のない進軍が可能となる。イゼベルの話では彼女達の到着はわたし達から遅れる事一週間ほど。掃討を進めつつ国境よりここまで一週間なら十分に早い進軍速度と断言していいだろう。

 最も、わたし達が公都に到着してから既に一週間以上経過している。そろそろ着いてもおかしくないのだけれど……。


「閣下、そろそろ危険となります。どうか城壁内側へと避難なさってください」

「なりません。この防衛戦が我が国の行く末を定める決戦となる以上、宮殿に閉じこもっていて何になりましょう? わたしがこの場にいる事で皆が奮い立つなら喜んでこの身を危険に晒しましょう」

「……畏まりました。ですが上空からの襲撃も考えられますので、この下に設置された城壁上の本陣からは絶対に出ませんようお願いいたします」

「心得ています。私とて皆さんの邪魔はしたくありませんからね」


 で、塔の屋上にはわたしとプリシラの他、チラとイヴ、それからエステルがいた。わたしとプリシラはここから敵を迎え撃つつもりなので既に戦闘配置に付いているけれど、ドレス姿のまま塔の縁に座って悠々と魔物の進軍を眺めるイヴや近衛兵二人に守られるエステルはどう見ても場違いだろう。チラがここにいていいかはこの際置いておく。


「そう言えばイ……ミカル、どうして人質として宮殿に閉じ込められていたのにこの地に?」

「公爵閣下にお願いしたらあっさり快諾してもらえたけれど? どうやら私、あてにされているようね」

「いや、そりゃあ勇者を腐らせておくほどの余裕はこの国には無いでしょうよ」

「別に私ってみんなの為に勇者やってたわけじゃあないんだけれどねえ」


 爆弾発言はともかく、イヴの外出をエステルが許可したのだから、イヴが公女ミカルに扮して来訪した勇者だとは公然の秘密にでもなっているのだろうか。それとも何となくそうだろうと思われているだけで真実が発覚したわけではないんだろうか。エステルや兵士達の様子からするとまだ後者のようだけれど……。

 と、城壁の一方向より歓声が沸き上がった。気になったのでそちらの方へと顔を向けると、投擲手バラクが兵士達の歓迎を受けながらこちらへと足を運んでいるようだ。彼はこちらに気付くと大きく手を振ってきたので、こちらも手を振って返答した。


「あの男にそんな心配りなんて必要ありませんのに」

「挨拶は挨拶で返さないと。少なくとも今の彼はこちらに悪意を持っていたわけではありませんから問題ないでしょう」

「まあ、マリア様がいいのでしたらそれでもよろしいかと思いますが?」


 プリシラが露骨に嫌悪感を露わにしたのはひとまず置いておいて、少しの間待っていると彼は設営された本陣を通り過ぎて塔の屋上まで上がってきたではないか。爽やかな笑顔を向けてきたので一応わたしも微笑み返しては見たものの、イヴは彼には背を向けっぱなし、プリシラに至ってはすぐにでも唾を吐きかけそうだ。


「ごきげんよう諸君、今日もいい天気じゃあないか」

「そんな平穏時の挨拶をしゃべる余裕があるんですね……羨ましいですよ」

「ああ、確かに敵さんは驚くほど大量に引き連れてきたようじゃあないか。しかし格好の実験対象があちらから向かってくるんだからご苦労な事だ」

「わたしもそう思えたら幸せなんですけれどねえ」


 バラクは思った以上に緊張感が無い様子で敵の方を眺めながらつぶやいた一言は呑気なものだった。しかしすぐに興味を失ったようでエステルの方へと向かい、社交辞令にも見える挨拶を送る。エステルもまた彼を温かく出迎えて言葉を交わし始める。別に興味も無いし聞き耳は立てないようにしよう。

 プリシラは魂が抜け出るのではないかと思うぐらいの深くため息を漏らし、イヴはそんなプリシラが面白おかしかったのか、軽く笑い声をあげた。


「彼、何を企んでいるんでしょうね……?」

「どうせろくでもない真似をしたに決まっていますわ」

「あら、アイツは傍から見ている分には中々滑稽に立ち回ってくれるけれど?」

「勇者様は当事者にならなければ基本的に愉悦を味わう性質ですからね。その癖に自分に向かってきた際には憤慨するなんて自分勝手もいい所ですわ」

「あえて否定はしないでおくわ」


 ちなみに今のイヴは相変わらずミカルを装ったままだ。髪型も変えて化粧もしているからいくらバラクにだって彼女がイヴだとは覚られまい。どうやらエステルはイヴが勇者なのではないか、との推察をバラクに明かす気は無いらしく、特にバラクもイヴを気にする様子は無かった。

 彼は一通り会話して満足したのか、再びこちらの方へと向かってくる。わたしもプリシラは意図的にイヴとは少し離れた位置に移動したので、やはりバラクはイヴを気にも留めていない。


「納入品の確認でもしに来たんですか?」

「ああ、公爵閣下に依頼された品は既に納入して配備済みだ。ほら、城壁の外に陣形を組んで配備されている合成獣達はみんな私の研究所で創った者達だ。能力は元より経験値もあらかじめ記録させているから、ちゃあんと実戦で活躍してくれる筈だな」

「敵は人間すら魔物化させるほど多種族を取り込む術に長けているそうですけれど、裏切る可能性についての検討は?」

「おいおいよしてくれよ。私はマリアよりずっと長くこの国にいたんだ。妖魔の特性についても調査済みだ。合成獣共は術者の制御下から外れた場合機能停止、または自害するよう術式を組み込み済みだから、人類に牙をむく心配はないね」


 バラクは小馬鹿にしたように鼻で嗤ってきたが、彼の人間性の問題だからと特に気にしない事にした。プリシラが忌み嫌う理由は十分に理解できたけれど、こう言った人はおだてれば木にも登るだろうから御しやすいとも思えるのだけれど。

 にしても合成獣が魔の影響を受けて反旗を翻すって可能性も一応考えていたけれど、無いのか。用意周到と言えるだろう。そうやって正直な感想を口にした所で「その程度を予測しておくのは当然だろう」とか馬鹿にされるだけだろうから決して喋らないけれど。


「けれど性能通りの働きを問題なく行える自信があるならわざわざ現場まで足を運ばなくても使い魔を介した遠見の魔法で充分だったのでは?」

「無論合成獣程度ならそうするつもりだったな。だがしかし、もう間もなく始まる人類史の転換期にどうしても立ち会いたかったのさ!」


 彼はどうやら自分に酔っているようで、吹奏楽団の指揮者を思い起こさせる感じに腕を広げた。彼が視線を向けた先にあるのは城壁外に展開される合成獣達……ではなく、その中で佇む人影か?

 深く外套を被っているのでどんな姿格好をしているのかが全く分からないけれど、そこまで大柄ではないようだ。プリシラ……いや、もしかしたらイヴぐらいの背丈しかないかもしれない。それに外套を含めたあの者達の装備から判断するに人類連合軍所属ではないようだが……。


「……人型の合成獣も創ったんですか?」

「そこに気付くとはさすがは大魔導師マリアだ。私も君と旅をしていた事は誇らしいよ」

「貴方だって魔導師でしょうに。どうしてわたしが魔導師で貴方が投擲手なんです?」

「決まっている。魔導師としては私の方が優れているだろうが、人類救済の旅で必要となるのは叡智より魔法の腕だ。その点はお前の方が優れていたのは素直に認めようじゃあないか」


 つまり投擲手バラクの名は推察するにファイヤーボールやマジックスピアみたいな攻撃魔法を投擲していたから広まっていったのか? あとマリアが冥府の魔導の会得に成功していたとバラクが知らないとは推察できるな。でなければマリアが魔導師として彼に劣るなどと言える筈が無い。

 それにしても人型の合成獣、か。これは本当にイヴが一昨日言っていた可能性が現実味を帯びてきたか? その可能性に辿り着いたイヴもイヴだが、その発想に至ったバラクは同じ魔導師のわたしからしても狂っていると言わざるを得ない。


 敵は一斉には襲い掛からず、着実に距離を詰めるよう前進してきているようだ。やはり敵の主力は人だった部位を残す魔物ばかりで、女性体は主に顔から胴、男性体は二足歩行をする共通点以外全て化け物と化している。いつ見ても慣れないものだけれど、男女間で個体差があるのは興味深い。


「合成獣の指揮権は人類連合軍所属の魔導師に託したんでしたっけ? こちらの飛び道具が届く距離になるまでひきつけるようですね」

「既に私もプリシラも射程距離範囲内なんだけれどな。初撃は開戦のきっかけにもなりかねない、戦略的位置づけになる。おいそれとはやれないなあ」

「戦火の火蓋を切るのはどちらか、辺りですか」

「……どうやら先にあちらの方が仕掛けてきそうですわね」


 プリシラは睨みつけるように前方を見据えて矢をつがえて弓の弦を引き絞った。彼女が捉える先にいるのは……敵魔王軍の先頭に立つ夢魔となったエヴァか?

 彼女は剣を前に掲げると……剣に魔力を収束させ始めた!?


「光の剣の一撃!? そんなのをこちらに撃たれたんじゃあ……!」

「こんな石造りの城壁なんて飴細工のように粉々に吹っ飛びますわね。ですが今なら妨害し放題ですのに何を考えているんでしょう?」


 確かに、光の剣の一閃は開放したら千もの魔物を一瞬に薙ぎ払うほどの威力を発揮するけれど、それは発動出来ればだ。ああして先頭に立っていると狙いたい放題な気がする。プリシラがその気になって力を込めれば魔物が盾になろうと貫通してエヴァを捉えるだろうし……。

 今にも矢を放とうとするプリシラを止めたのは、意外にもバラクだった。彼は手だけでプリシラを妨害し、視線は敵や下方に向けたままだった。


「待ってくれプリシラ。あの魔物には好きにやらせてやれ」

「はあ? 貴方も光の剣がどれほどの破壊力かは見てきたでしょう。それがこちらに向けられているのを見過ごせと?」

「そうだ、黙って見ていろと言っている。安心したまえ、奴の剣がこちらに届く事は永久に無い」


 妙に自信満々に言ってくれるけれど、魔導師としてマリアより優れていると言い切った彼ならはったりはあり得ない。何かしらの根拠があっての発言なのだろうから、おそらくはあの外套に覆い隠された人型の者達が鍵なんだろう。

 どうやら第二都市での完全敗北に立ち会った者も防衛戦に参加しているらしく、城壁上の兵士達が元勇者の構えを指さしてにわかに騒ぎ始めた。あの時はわたしが何とか対処したけれど、そのわたしは今回塔の上にいて正面から受け止められない。消し飛ばされる未来を想像したのか悲観的意見が相次いで湧き上がっているようだ。


「落ち着きなさい皆さん! しばらくそのまま待機していなさい!」


 それを鎮めたのは塔の上に残っていたエステルだった。彼女の傍にチラもいた為にあの勇者の一撃への対抗策も立っていると思われたのか、徐々に落ち着きを取り戻してエヴァの様子を固唾を呑んで見守り始めた。


「私めは貴方の野望の巻き添えを食うなんて御免ですわよ」

「私だって自分の研究が失敗のまま終わるのは勘弁願いたいね」


 プリシラは悪態をつきながらも矢を番えた弓を下ろした。どうやら彼女もバラクを嫌ってはいるようだけれど一定の評価はしているのか、今回は自分の感情よりそちらを優先させたようだ。


 そうこうしている内に、エヴァは光を湛えた剣を振りおろし、閃光の斬撃をこちらに向けて解き放ってきた。辺りを眩しくしながら突き進む光の一閃は、城門のある付近の城壁へと直撃し……、


「えっ!?」

「嘘……!?」


 直撃していない!? 光の衝撃波は城壁の一歩手前、合成獣達が展開される場所付近で止まっている。敵の攻撃を正面から受け止めているのは、なんと光の障壁ではないか。


「あれはイヴやチラが使っている光の……!」

「どうして光の魔法をあの者達が使えますの!?」


 それは明らかに光属性の魔法によって創り出された如何なる魔の者を弾く完全防御。その奇跡は神の代行者として遣わされた勇者や聖女にしか使えない筈……!

 障壁を展開しているのは外套を深く被った者の一人のようで、杖……いや、魔導杖ではなく司教杖を向けて発動させているようだ。その姿には聖女チラの姿を思い起こさせる。


「驚くのはまだ早い! 見ているがいいマリア、プリシラ。今こそが人類革新の時だ!」


 バラクの高らかな宣言を合図としたのか分からないが、別の深く外套を被った者達三名が今度は剣を前方へと掲げ、光を収束し始めた。そして力を溜め終わると大きく後ろへ引いて構えを取った。その姿もやはり勇者エヴァを思い起こさせる。


 そして、高らかな宣言と共に、それぞれが前方へと光の奔流を解き放った。


 三つの光の一撃はそれぞれが混じり合って突き進み、容易く光の障壁を打ち破るとエヴァの放った光を飲み込む形で魔王軍向けて襲い掛かっていく。単純計算でも威力は三倍、エヴァにはもはや迫りくる死をもたらす攻撃を受け止めようも無い。

 と思っていたのだが、魔王軍に直撃する少し手前で光の流れがやや上空斜め方向へと変わり、敵に被害をもたらさないままで天空へと消えていった。その姿はやはり夜天に輝く流星のようだった。


「ほう、まさか彼女に光の奔流をいなす技術があるとは思わなかったぞ!」

「いやごめんなさい、あのやり方を教えたの多分わたしです……」


 この一連の流れは正にわたしとエヴァの決闘の再現。まさかエヴァはあのやりとりだけでわたしの技術を会得したのか。敵ながら凄いな。

 これにはわたし達はおろか、城壁上で展開する人類連合軍の兵士達も言葉が出なかった。それだけ今のやりとりは理解の範疇を超えている。ただ一人高笑いをするのはバラクだけだった。


「見たか光の障壁、光の斬撃を! いずれも聖女、勇者、神に選ばれし者にしか行使出来なかった奇跡に他ならない! それを今、この私は完全に再現してのけたのだ!」


 バラクが指差した外套を被った四人はそれぞれその覆い隠された姿を露わにする。その姿はこの場の誰もが目にした姿、しかし誰もが信じられない光景を目の当たりにしたのだ。


 光の障壁を展開した者は聖女チラそのままで、光の斬撃を放った者達三人は勇者エヴァ瓜二つなのだ。


「先行試作型が一体敵に下ろうが既に十分な情報は集まっている。神にしか創造しえなかった勇者や聖女をこの私、ひいては人類が生み出す最初の一歩が今ここにある!」


 攻撃を受けそうになった魔物達が一斉にこちらへと襲い掛かってくる。それを見た量産型勇者達と量産型聖女はそれぞれが別々の合成獣へと乗り、得物を迫りくる魔物達へと向ける。合成獣達は一斉に呻り声をあげて前進を始めた。

 やがて敵魔王軍が射程に入ったのか、城壁上から一斉に矢が放たれて投石機が動き始めた。


 こうして本格的にキエフ公国公都での防衛戦は幕を開けた。

お読みくださりありがとうございました。

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