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魔王軍との対峙③・魔人を統べる者

 -閑話-


 キエフ公都より南東に位置する旧キエフ公国第二の都市。公爵の後継者が統治していたその地は、既に魔王軍の猛攻によって攻め落とされていた。人類連合軍は成すすべなく敗北を喫し、結果としてキエフの公都まで退却を強いられていた。

 にも拘らず、都市を構成するあらゆる建造物は破壊されないままその街並みを残していた。それどころか都市に住む市民達も命を奪われたり過酷な労働に従事させられている様子も見られない。傍からこの都市を覗き見れば魔王軍侵攻前とそう大した違いは見られないだろう。


 たった一つ決定的な違いがあるとすれば街の景色だろうか。都市の住人達は誰一人として人間ではなく人類連合軍が仮に妖魔と呼称している種族の魔物達ばかりで溢れていた。

 そう、攻め落とされたその都市は既に魔の者が住まう魔窟と化していたのだ。そして街の至る所で見受けられる光景は人としての理性があれば誰もが目を背けるだろうおぞましいものだった。それは――。


 第二都市の宮殿。今やここは戦費の捻出の為に調度品を売り払って寂しい様子の公都の宮殿よりも豪華で高貴な雰囲気を残していた。

 その玉座に腰かけているのは髪も服も肌すらも無垢な純白に染められた、一見成熟間近の少女を思わせる風貌の男性だった。ただ一点、青玉のように蒼の色を湛えた双眸だけが鮮やかに輝いている。彼は肘掛に背中を、もう片方の肘かけに足を乗せて、気だるそうに木製の玩具をいじっていた。


 彼以外誰一人としていないこの大公の間に戸を叩く音が響き、やがて一人の女性……いや、女性型の魔物が入室し、厳かに跪いた。


「ノア様。公都に差し向けた先発軍が全滅したとの事です」

「ふーん、そう、まあ別にいいんじゃあない? 所詮あの軍勢は烏合の衆、使い捨てても惜しくはないしね」

「現在人間共の軍はこの都市目がけて南東に進軍中です。如何致しましょう?」

「……盛大に歓迎してあげれば? 丁重に持て成すのは得意でしょう」


 慇懃な態度で報告を行う魔物に対し、ノアと呼ばれた純白の男子は興味なさ気に答えるのみだった。いや、実際興味がなかった。何しろ目の前の魔物は彼配下の者ではない。同僚から留守を任されて一時的に預かっているだけに過ぎないのだから。

 ノアの事務的な命に対しても魔物は恭しく一礼し、立ちあがった。


「では早急に準備させます。失礼いたしまし……」

「待って。烏合の衆って言ってもそれなりに数は揃えていた筈だった。なのに敗戦を重ねて死に体の軍にどうやったら負けるの?」


 普段は適当な命令で済ますノアからのまさかの追及に魔物は目を丸くしたものの、再び跪いて頭を垂れた。本来従う必要のない存在に文句を言わずに傅くその姿にノアは軽く感心する。


「どうやら帝国より帰還した聖女が浄化魔法を発動し、先発軍を残らす灰へと還したようです」

「……聖女か。それは困った。もしかして魔王様を倒した勇者一行の一人?」

「いえ、あの忌まわしき聖女の双子の姉だとか。それと、彼女には勇者一行の弓使いと魔導師が共にしているとの報告が」

「最近現れた勇者の再来といい、サロメの策って失敗してない? 大丈夫なの?」

「私には分かりかねます」

「ですよねー」


 魔物は己の主の名を軽々しく、しかも蔑みを含ませて口にするノアに対して憤りを覚える。それでも懸命に表に出さなかったのは彼女では目の前の男に手も足も出ないからと、己の全てを捧げる主の命でノアを暫定的な上官としているからだ。

 最も、ノアにとっても目の前の魔物からの反感は十分に分かっていた。それでも止めないのは単に悪態が付きたかったからに他ならない。そもそも彼がこの地にいるのはサロメの誘いもあったが、残った同僚の企てにまんまと嵌められた為だからだ。


「何かもう、魔王様もいないし全部投げ捨てて辞めちゃおうかな?」

「あら、ノアともあろうお方が何を辞めてしまうのかしら?」


 突然広間に艶のある声が響いた。直後、日光の差す広間の窓より一人の女性がノアと魔物の間に降り立つ。己の身長よりも大きい翼をはためかせた彼女は熟れた果実のごとき妖艶な身体をさらけ出し、衣服も己の身体の魅力を強調する露出の高い物を身に纏っていた。

 彼女、サロメの登場に魔物は頬を紅く染め、神に祈るかのように手を組んだ。


「ああ、我が主。お帰りなさいませ。ご無事で何よりです」

「北の都市も私の軍門に下ったわ。これでこの国の首都周辺都市は全て籠絡させたし、公都そのものにもついさっき仕掛けてきちゃった」

「しかし我が主、人間共に差し向けていた先発軍ですが……」

「帰ってくる途中で上空から見たわ。こっちに向かってきているようね」


 サロメは広間に備え付けられているもう一つの玉座に座った。そちらの方は公妃が座る方ではあったけれど、別にサロメは気にする様子を見せなかった。彼女はわざとらしく大きく片足を上げて脚を組む。その動作一つが艶めかしく、男がその場にいれば一目でその心を奪う色気を伴っていた。

 そんな女性的な魅力あふれる彼女に対してもノアは素っ気ない態度のままで手にした玩具をなおもいじり続ける。彼の目線は玩具に向けられたまま、意識だけが少しサロメへと向けられる。


「おかりなさいサロメ。じゃあ俺はもうお役御免って事で帰ってもいいよね?」

「駄目よノア。貴方にはもっと頑張ってもらわないと割に合わないもの」


 ノアとサロメ、この二人はそれぞれ魔王無き魔王軍の中では頂点に位置している。七つの軍で構成される魔王軍のうち、二人はそれぞれ軍を率いる司令官に当たる。ノアが生粋の魔の者である魔人を率い、サロメが妖魔と呼ばれる身体の一部が人の姿をした魔物を率いている。

 旧キエフ公国に攻め入ったのはこの二人が率いる魔王軍であり、ノア軍は南から、サロメ軍は北から進軍している。ノア軍は特に障害なく敵軍を蹴散らしてその勢力を広げ、サロメ軍は現在公都を攻略すべく周辺の都市を攻略中になる。


「俺の軍はもうこの国の南側奥深くまで攻め込めているんだけれど。この辺りでもたついているのはサロメの方でしょうよ」

「あら、事務的に攻め続ける貴方と違って私は過程も愉しみたいのよ。ここの都だって凄く快適になったと思わない?」

「……その質問、真面目に答えないと駄目?」

「いえ別に。答えなんて分かっているから答えなくてもいいのよ」


 サロメは唇を吊り上げると、跪く魔物の方を指さす。


「攻め込んでくる人間共は残らず招き入れなさい。あと近隣の町や村へと散らばらせた部隊をキエフ公都に結集させるのよ」

「仰せのままに我が主。それと、勇者および聖女一行は如何いたしましょう?」

「勇者は私の得物。たっぷりと味わいたいわ。けれど聖女はさすがに胃もたれしそうね……。ノア、貴方でどうにかならない?」

「足止めでいいなら引き受けてもいいよ。それよりサロメの方こそ勇者を相手にして勝てるの?」

「勝てるか勝てないかじゃあなくて、勝つのよ。私達は今その為にここにいるのだから」


 そう、とだけノアは答えると手にしていた玩具に最後の部品をはめ込み、立方体のパズルを完成させた。それを腰にかけていた道具袋の中にしまうと、徐に立ち上がる。彼はそのまま振り返りもせずに魔物の横を通り過ぎ、広間から退出していった。魔物もまた恭しく一礼してから立ち去っていく。

 一人残ったサロメは己の身体を抱き、恍惚で震えた。


「嗚呼、我が愛しの魔王様。どうかこの端女にご加護を」



 ■■■



「セム、ハム! 出陣の準備を!」

「お呼びでございましょうか、殿」

「殿、準備は出来ております」


 至る所で目に映すのも憚られる情景が繰り広げられる宮殿の中で、ノアの透き通った声が響き渡る。程なく現れたのはノアよりもはるかに大きい身体をした魔物……いや、魔人達だった。

 ディアボロスと呼ばれる彼らは神の遣いが堕天した悪魔とも地方神が堕落した邪神とも異なる、生粋にして純粋なる魔の者達になる。そんな彼らはノアの前にその巨体を屈ませ、手にした獲物を床に置くと、跪き頭を垂れた。


「進路は北西にとって。今人類連合軍が進撃中なんだけれど……」

「我々でそれを蹂躙する、と。お任せください」

「いや、サロメが人的資源を欲しがっているようだから、それは彼女達に任せてしまおう。俺達は先発軍を全て浄化した聖女や勇者一行の魔導師と弓使いを足止めする」

「聖女を! それに勇者一行とな! それは中々に重要な命になりますな」

「じゃあ行こうか。こんな所にいつまでもいたら俺達まで頭がおかしくなりそうだ」

「はは、違いありませんな」


 ノアは二体の魔人を伴ってベランダへと出ると、軽く床を蹴って魔人の一人の背中に乗った。魔人達はその翼を広げると、突風が吹き荒れんばかりにはためかせて地面から飛び上がる。上下に揺れながら高度を増していき、そう時間をおかずに宮殿やその周囲の家屋が豆粒ほどに小さくなっていく。


 北西に視線を向けたノアの眼には確かに接近しつつある人類連合軍が捉えられた。程なく魔人も敵軍に気付き、そちらの方向へと飛んでいく。

 風に乗らない彼らの巨体を浮かせるのは純粋に翼をはためかせる浮力もあったが、魔力を放出してそれを推進力にしている、とノアは仮説を立てている。魔人にとっては歩行と同程度に当たり前だと感じている行為でも、いつかはその仕組みを明らかにしたいと彼は考えていた。


「……サロメ様の軍を相手にしたにしてはやけに数を残していますな」

「それが聖女が一網打尽にしたらしい。全く、サロメが遊んで愉しむのは構わないけれど、俺達を巻き込まないでほしいと思わない?」

「同意しますな。あのお方は少しやんちゃが過ぎるかと」

「ま、他の軍団長達と比べたらあれでも一番まともなんだけれどね」


 世間話に華を咲かせる三人はその間にも人類連合軍との距離を縮めていく。そろそろ高度を下げようかとノアが命じようとした矢先、彼が乗っていない魔人、ハムの体勢が大きく揺らいだ。それが遠距離からの攻撃だと気付いた時には彼が乗っている魔人、セムが身を守るために前方へかかげた大剣に大きな衝撃が走る。


「長遠距離狙撃!? やってくれるね……!」

「ノア様! このまま上空を飛んでいたら危険です! 一旦地上に降りた方が……!」

「いや、必要ない。万一がありそうだったら俺が守るから、そのまま進んでもらえる?」

「……畏まりました! しっかりと掴まっててくださいね!」


 二体の魔人は急降下を始める。その間にも次々と彼らは容赦なく攻撃を受けるものの、背に乗せる主の手を煩わせまいと時には際どく回避し、時には剣で叩き落とした。ノアが良く目を凝らしてその攻撃の正体を窺うと、どうも矢のようだった。

 ここまで天高い位置にいる敵も捉えられるほどの弓の担い手、おそらく報告に挙がってきた勇者一行だった弓使いの仕業だろう。そう推察したノアはこのままの接近は困難だと判断し、矢が迫りくる方角を鋭く指差した。


「わざわざ付き合う必要はないでしょう。多少あっちに犠牲が出てもいいから反撃を」

「了解、では適度にやっておきますね」

「接近の邪魔立てされない程度でいいかな」


 二体の魔人はそれぞれ口を開くと、轟音を響かせて火球を吐き出した。進軍する人類連合軍から少し離れた地面に着弾すると、それは大爆発を起こして周りに衝撃波を巻き起こす。兵士達が何名か吹き飛んだようだが、死傷には至っていないようだ。


 だがそれで終わらすつもりは三人には無い。二体の魔人が繰り出す火球は次々と人類連合軍側に襲い掛かり、大混乱を生じさせていく。それを止めようと敵側の狙撃も執拗なものになっていくが、お返しとばかりに狙撃主に直撃するよう火球は放たれた。

 どう出るか、とノアは内心で興味深く結果を見守っていると、狙撃主に着弾する前に淡く光る透明な壁が展開され火球はそれに着弾、爆発四散する。


「光の壁!? そうか、聖女がいるから……!」

「構わない。衝撃や熱風すら遮断するほど強固な障壁を展開しているならそのまま押し切れ。それで狙撃主の視界は阻害されて攻撃の手が鈍る」

「了解、と!」


 徐々に対象に接近するにつれて普通の矢も飛んでくるようになったものの、巨大な翼はためかせて飛ぶ魔人には風で押し返されて悉く届かない。魔導師らしき者が攻撃魔法を繰り出すものの全て大剣の一撃で打ち砕かれるばかり。

 もはや誰一人として三名の行進は止められないでいた。


「初めまして。歓迎しよう、盛大にね」


 そして、三名の魔人が聖女の前へと降り立った。


 -閑話終幕-



 ■■■



 突然高速飛行で接近したかと思うとプリシラの狙撃やわたし達の迎撃魔法を悉く打ち破り、あまつさえ反撃して大混乱を巻き起こした元凶達はとうとうわたし達の前へと降り立った。

 わたし達よりもはるかに巨大な魔物は絵画でしか見た事のないような威厳に満ち、屈強で、そして全てを破壊し尽くす恐怖を形にした悪魔のようだった。二本の太く鋭い角、全てを刈り取る幅広く長い剣、爪も、牙も、双眸も、鋼のような肉体も、全てが絶望の対象にしか思えなかった。

 あまりに突然の災厄の襲来にその場にいた誰もがすくみ上り、この場の誰もが何もできないでいた。


「初めまして。歓迎しよう、盛大にね」


 そんな二体の悪魔の背に乗っていたのは全てが雪のように純白に染まった男性だった。わたしと同い年かわずかに上ぐらいに見える小柄な彼は、深い蒼の色を湛えた瞳でわたし達を見下ろしてくる。

 わたしは彼らから放たれる威圧感から逃れるために一発自分の頬を叩き、負けじと彼らを睨んだ。


「……何者ですか、貴方達は?」

「名前を聞くのならまず自分から名乗るのが礼儀なんじゃあない?」


 純白の男が見つめる先はわたしばかりでなく、隣で弓を携えるプリシラや馬車から顔を覗かせたチラも捉えているようだった。

 凄くごもっともな指摘を返されたが、まさか今それを言われるとは思ってもいなかった。おかげでほんの少しだけ緊張感が和らいだ。わたしは深く深呼吸を取って心を落ち着かせる。


「レモラ帝国所属白魔導師、マリアと言います」

「パラティヌス教国教会所属修道女、プリシラですわ」

「お、同じくパラティヌス教国教会所属聖女のチラですぅ……」

「成程、貴女達が先日こっちの先発軍を打ち破った聖女とそれを守る元勇者一行の二人か」


 違う、と否定しようと思ったもののここで口にした所でどうせ一蹴されるに決まっているから止めておく。もしかしてこの三体、こんな進軍する軍列の後方近くにわざわざ降り立ったのは、まさか最初からわたし達……いや、聖女が狙いで……!?

 男は肩よりやや下まで伸ばした白く染まった長髪をかき上げると、軽く眼下の悪魔達を見下ろす。


「まずこの二名は魔王軍の属する俺の腹心の部下、セムとハムと言う」

「よろしく」

「あ、こちらこそ……」

「……何やっているんですのマリア様」


 悪魔達はその巨躯に似合わずにお辞儀をしてきた。あまりに丁寧な挨拶だったもので思わずつられてわたしまで頭を下げてしまう。プリシラがあきれ果ててため息一つ漏らしてきて、ようやく我に返れた。

 だが、彼らを見つめるプリシラの目には僅かながら恐怖に彩られていた。


「最悪ですわ……。まさかディアブロコンスルと遭遇するだなんて……」

「知っているんですかプリシラ? わたしはあのような魔物は見た事も聞いた事も……」

「最上級悪魔ですわ。熟練した戦士達が総がかりで立ち向かうべき相手なのに、それが二体も……」


 アンデッドで比較するとワイトキングやエルダーリッチ相当なんだろうか? しかしあちらが死霊の最上級に対してこちらは悪魔の最上級。もしかしたらわたしの想像をはるかに超える危険な存在なのでは……。

 男は白く染まった肩よりやや下まで伸ばした長髪をかき上げると、恭しく一礼した。


「そして俺は魔王軍所属、貴女達が魔人と呼ぶ種族を率いる軍団長のノアと言う」

「軍団長!?」


 イヴは言っていた。魔王軍には七つの軍があり、魔王直属を除いてそれぞれが軍団長に束ねられている。人類が総力を結集して相手したのはそのうちの二つに過ぎない、と。

 つまり、ノアと名乗ったこの男は魔王亡き今魔王軍の頂点に君臨する残り四人の一人……!?


 ノアはセムと呼ばれた悪魔……魔人の背中を軽く蹴ると、軽い音を立てて大地へと降り立った。わたし達も馬車から降りてそれぞれ得物を構える。チラも馬車の中は危険だと判断したのか、プリシラの後方で司教杖を手にして唇を固く結んでいた。


「今日は貴女達三名を妨害しに来た。悪いけれどそこから一歩も通すつもりはないよ」


 彼が一歩踏み出す。たったそれだけの動作にも関わらず、無意識のうちにわたしは杖の先端を向け、プリシラは矢をつがえて弓を引き絞っていた。

 特に彼自身は威圧感を放っていない。それならむしろ彼の後ろに控える巨大な魔人達の方からがはるかに気圧されると言っていい。あのわたしよりも小柄な体躯の一体どこから本能的な危機感を抱くのか、それが恐ろしくてたまらなかった。


「わたし達を、ですか……。他の兵士達は?」

「頼まれていないから別にどうでもいい。この先のキエフ公国第二の都市奪還のために進軍しているんでしょう? 行きたければお好きに」


 やはりこの男、わたし達が目当てか。おそらく要注意人物として先日に敵軍を全て浄化した聖女チラが挙げられているのだろう。それ以外を見逃すのは、わたし達抜きの人類連合軍を迎え撃つ準備があちら側は整えている、とも考えられる。

 金縛りにあったように動けないでいた周囲の兵士達は、チラが何か合図でもしたのか、こちらの方を見て頷き、街道に立ち塞がる魔人の横の狭い空間を通り抜けていく。魔人達が一度その手にする凶器を振るえば兵士達は塵芥のごとく肉塊へと姿を変えるだろうに、本当に気にも留めていない。


「セム、ハム。悪いけれど手出しは無用だから。俺一人で何とかしてみる。邪魔されないよう周囲を警戒していてもらえる?」

「畏まりました、我が殿」


 二体の魔人は起立したまま微動だにしなくなる。ただ視線はゆっくりと動いているから、見逃している者達に不穏な動きが無いか逐一確認しているようだ。


 魔王アダムとはこの間対峙したけれど、アレは完全に遊ばれたに等しいから計算に入れられない。一年前に人類が相手したと言われている二名の軍団長とやらもマリアが勇者一行として戦いを繰り広げた筈だが、今この場にはイヴを始めとする前衛は全くいない。代わりになりそうな女剣士は軍の先頭で行進していたから助けは期待できないだろう。


 腹をくくって、わたし達三人で何とかやるしかない。迫りくる魔人の頂点を相手に――。

お読みくださりありがとうございました。

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