魔王軍との対峙②・聖女による浄化の光
早朝、日が昇り始めた頃には人類連合軍の人達は皆が戦闘態勢に入っていた。夜の警護に当たっていた兵士も少し前に仮眠を取って隊列へと加わっていった。誰もが緊張しているようだけれど、同時にみんながやる気を漲らせているようだった。
どうも昨晩は敵側から夜襲を仕掛けられずに平穏に終わったらしい。普段は夜間の奇襲を受けて多数の被害が出てしまっていたらしいけれど、昨日は夕暮れでのプリシラのちょっかいが効いたのだろうか。おかげでこの軍はこうして万全の態勢で朝を迎える形となっている。
「おはようございます、聖女様。眠れましたかな?」
「うう……緊張であまり眠れなかったのでマリアさんに頼んで無理矢理寝ましたたぁ」
「そうでしたか。私なんか昨日は本当久しぶりに熟睡できましたな。これも聖女様が来られて安心感が出た為ではないかと」
身支度を整えたわたし達を気さくな笑顔で出迎えた司令官は笑いながら報告してきた。
チラがわずかに身体を震わせるのは早朝で空気が冷えるからだけではないだろう。この戦闘前の張り詰めた緊張感が否応なしに心を圧迫してくるのだ。かく言うわたしだって相変わらず開戦前の重苦しい空気には吐きそうなほどだ。
「では聖女様、これより今日の作戦の概要についてご説明いたします」
「は、はい、お願いします……!」
それでもチラは唇を結んで強い眼差しを司令官へと向ける。それを目にした司令官は感無量とばかりに呻り声を上げたが、すぐに我に返って敵が並ぶ前方を指さす。そして彼はその指先を少しずつ下へとずらしていき、やがて足元を指し示した。
「今日は我が軍は敵軍に全面攻勢をかける、と見せかけて少しずつ後退して敵軍を本陣へと引き寄せるつもりです」
「ほ、本陣におびき寄せるんですか? でもどうしてなんですか? 何か罠があるとか?」
「いくら勇者様がいるとはいえ敵軍は数も質も我が方を軽く上回っています。策を弄しない事にはどうにもならないでしょう。完全に潰されない程度に兵を退いていき、ここまで密集させるのです」
「密集させて、一気に畳み掛けるんですか? でもどうやって?」
「それはですな……」
その後司令官が口にした一言は、わたし達を絶句させるには十分すぎるものだった。プリシラは露骨に嫌悪感を露わにし、わたしは自分の耳を疑うばかりだった。しかし当のチラ本人はその手があったとばかりに手を付く。
「えっ? 聖女様、まさか出来ると仰られるんですか?」
「はい、私は司令官さんが仰っている魔法が使えますぅ。た、多分こんな私が聖女に認定されたのもこれのおかげなんです」
「嘘、信じられない……」
プリシラも知らなかったようで驚愕に彩られた顔を手で覆った。わたしも自信満々に語られたチラの言葉が全くと言っていいほど信じられなかった。それほど司令官の手段は現実離れした奇蹟に他ならなかったからだ。
「それで聖女様、準備にはどれほど時間がかかりますか?」
「ええっと、今から準備し始めますと……詠唱に一、二時間ぐらいでしょうか?」
「い、一、二時間……」
長い。もはやそれは魔法より儀式と呼んだ方がふさわしいかもしれない。けれどそれだけ複雑に緻密に、そして大規模に術式を構築していかなければならないのだろう。そんなものは制御できるかも怪しいものだが、発動すれば絶大な効果を発揮するに違いない。
司令官はチラの答えに満足すると、配下の幕僚達に第一陣の出撃を命じる。それに呼応するかのように人類連合軍の前衛に位置する軍勢が指揮を上げるために鬨をあげた。丁度小高い丘に本陣が築かれているのもあってその様子が一望出来た。
広がる平野のはるか向こうには魔物の軍勢が無数に蠢いているのがここからでも分かる。正直あれだけ埋め尽くすように群がっていられると数も数えたくない。帝国からキエフ公都に向かう際に頻繁に出没したグールを始め、様々な種類の魔物で敵軍は構成されているけれど……。
「すみません、敵軍の魔物なんですけれど……」
「言いたい事は分かります。我々も初めて対峙した際は何とも言えない気分を味わいましたよ」
司令官は苦虫を噛み潰したように顔をしかめ。周囲の司令官配下の者達も浮かない顔を見せるので、あの敵軍に関しては意見を一致させているんだろう。
確かに数日前に道中グールの他に接触した魔物はハルピュイアやエキドナなど多種多様だったけれど、これらには一つ共通点があった。
現在この国を襲ってくる魔物は、残らずどこかに人間としての部位がある――。
ハルピュイアは胴と頭、エキドナは上半身、ミノタウロスは頭部以外、スピンクスは顔と胸、グライアが頭と腕、といった具合に誰も彼もが一部分のみ人間と酷似していて、異形の魔物よりもはるかに嫌悪感を抱いてしまうのだ。
文献では一部分のみ人を有する魔物の存在は数多く記されているけれど、こうまで勢揃いされるとは夢にも思わなかった。
「これまで人類が対峙した魔物共とは明らかに異なった性質を持っています。便宜上魔王軍などとは呼称していますが、全く未知の軍勢が襲来したとしか思えませんな」
それは今まで人類が必死に戦ってきたのは魔王軍を構成する勢力の半分にも満たなかったからだ。話がややこしくなるだけなので言わない方が吉だろう。
「人の姿を一部有している為、我々はアレ等を勝手に妖魔に分類しております」
「妖魔って、ヴァンパイアやサキュバスのような人類に限りなく近い魔に生きる者達、でしたっけ」
「我々はどんなに人を模倣してこようと主の名の下に排除するだけですがね。書面上の正確な区分けは専門家に委ねるとします」
「……この場はそれでいいでしょう。研究はゆとりがある時にでもやればいい」
やがて、咆哮があがると人類連合軍の前衛が飛び出した。先頭をかけるのは騎馬隊……ではなく、どうやら大型の使い魔のようだ。人の背よりも大きい首が三本の犬や人類圏を遠く離れた地に生息する文献でしか見ない大型動物を模した個体が群れを成して敵軍へと疾走していく。
あれが投擲手バラクの研究室で生み出された改良型の使い魔、か。遠くからでもあの獰猛な存在は自然発生した存在ではないと分かった。しかし人の一部を異形とさせた魔物と魔導師が使役する使いでは、後者の方が魔物と呼ばれてしっくりくるだろう。それほど眼下の光景は異常だった。
「敵を襲うだけの為に生み出された戦闘獣ですか。やはり世界の摂理を覆すバラクの所業は許されるものではありませんわね」
「そうは言いましても、あの研究所では人類の未来を考えようとしている方も大勢いるって話じゃあないですか。さすがに全否定は乱暴ではないかと」
「人類を救うためには手を汚してもいいと? そんな業深き道を歩んだ脚で家に帰り、穢れた手で我が子を抱くんですの?」
「靴を脱いで手袋を外せばいいのでは?」
確かに神の定めた自然に人の手を加えるのは道徳に反するかもしれないけれど、魔導師にとっては叡智と現実に反映される結果が全てだ。神の教えに反していようと天罰が形になって現れるまでは畏れずに真理の追究を積み重ねるばかりだろう。それで人が救われるならなおさらだろう。
だからこそ、こうして人類連合軍はバラクの研究所の作品を使役するって選択をしたんだから。
「……私めには到底理解できない考え方ですわね。やっぱり魔導師達とは相容れない」
「それでいいと思いますよ。誰とでも分かり合えると思う方が間違っています」
やがて突撃させていた使い魔と敵軍が衝突した。激しい戦いが繰り広げられる中で、やがて騎馬隊が一振りの槍のように敵陣へと深く突き刺さっていく。
そんな光景を眺めながら、わたしは特に何もせずに本陣の中にいた。いや、正確には少し違う。今でも十分に臨戦態勢は整えている。ダキアでの戦いのように騎乗兵に紛れ込んで前線に出ていないのは、ひとえに敵軍の性質の違いにある。
「プリシラの眼では何者かが接近してくる様子は」
「いえ、まだなさそうですわね。警戒に当たっておいて何も起こらなかったら間抜けなのですが」
「杞憂で済めばいいじゃあありませんか。何の気構えも無く突然襲われるよりは」
前衛の出陣直前から聖女チラは術式の構築に入っていて、その場から一歩も動けない。アンデッド兵が相手なら戦場を平面だけで考えていれば良かったけれど、今回は飛行型の敵も存在している。本陣の周囲だけ警固でも上空から襲われればひとたまりもない。
もちろん人類連合軍にも弓兵部隊は存在してるけれど、対空戦において絶大な効果を発揮するとまではいかないだろう。聖女を危険に晒さない為には、わたし達が残るしかなかったのだ。
「……どうやら飛行型の別働隊が動きそうですわ」
「そうなんですか? わたしには見えませんが……」
「元エルフの私めとマリア様では視力が段違いですから」
わたしは補助魔法を駆使しつつ目を凝らしても敵軍の様子までは詳細に把握できない。単純な視力の良し悪しだけではなく、どうもプリシラとわたしでは目にした映像の処理の仕方が違うんじゃあないだろうか? とまで思えてくる。
と、プリシラは彼女の周囲に置かれた人類連合軍所有の無数の矢筒から矢を一本取出し、弓に番えた。弓に張られた弦が音を立てて張られていく。
……いや、ちょっと待て。まだ敵軍勢は人の肉眼では到底認識できない超遠距離に位置している。矢はおろか大半の魔法だってこれでは射程距離外だろう。それとも、プリシラにとっては本当に肉眼で捉えられれば如何なる的も自分の懐の内なのか?
「さすがに地平線の彼方とまでは言いませんが。この程度の距離でしたら朝飯前ですわね」
「わたし、プリシラが敵じゃあなくて本当に良かったって思いますよ」
「あら。別に大して離れていませんし、マリア様にとっても射程距離内なのでは?」
「……それは狙いを定めない無差別ならって条件付きです。正確に命中させるのは不可能ですから」
確かにプリシラの言った通りわたしも肉眼で捉えられる距離なら一応攻撃魔法を届かせる事は出来る。けれど狙いは最悪だし威力は自分から離れるごとに減衰するし、おまけにあまり速度が出ないから回避されやすい。魔導師は近距離戦を苦手とするって言っても、超が付く遠距離戦だって無理なのだ。
ちなみに今この場で発動させるとなると、敵陣に突撃をかけた味方の部隊が被害を受ける可能性が非常に高い。そんな博打のような手段が取れるわけがない。わたしはおとなしく出番があるまで待機だ。
「雷霆よ、その矛をもって大樹を引き裂け!」
プリシラは魔法の発動と共に矢を放った。次の瞬間、轟音と共にはるか遠く、敵軍の中で上空へと飛び上がったばかりの翼を持つ魔物が破裂した。そして周囲で同じように天へと舞おうとした魔物の群れが雷に撃たれたように黒こげとなり、大地へと次々と落下していく。
口を開けて唖然とするしかない。わたしだけではなくこの場にいた人類連合軍の司令官や参謀達の目も飛び出そうなぐらいに見開かれている。
今見た光景をありのまま説明するなら、プリシラが矢を放った直後に空気を引き裂く轟音が響き渡り、魔物が破裂した。そして爆発を中心に雷が周囲を走り、次々と魔物を撃ち落とした……だろうか。
「雷を纏わせる事で雷のごとき速さで矢を放つ。これも風の精霊術のちょっとした応用ですわ」
「ライトニングアロー……!」
雷撃は風属性に分類される魔導。雷は天から地に一瞬で落ちるもの。その速度はちょっと痺れる程度の電撃でも、大木を引き裂く威力の雷でも、人が認識……いや、反応できる代物ではない。対抗するとしたらあらかじめ術者の動作を読み取るか、予兆を探るしかない。
風属性魔法の中でも習得難易度はわりと高い方ではあるけれど、これだけの飛距離を飛ばしてなおあれだけの威力を発揮するなど、実際に目の当たりにしてもにわかには信じ難い現象だった。
「久しぶりに狩人としての本領を発揮させていただきます。狩る者が私めで、狩られる者が魔物共ですわ」
今のプリシラは修道服に身を包んでいても神の僕とは到底思えない。今の彼女は得物を狙うアーチャーに他ならなかった。
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どれほど時間が経っただろうか? 初めは敵陣に飛び込んで戦局を優勢に進めていた人類連合軍だったけれど、個体としての強さはあちら側の方が勝っているのか、徐々にその勢いを失っていき、やがて反撃を受けるようになった。いくらバラクの所の使い魔が強化されていてもその個体数が少ない以上、数の暴力で四方八方から襲われていてはどうしようもなかった。
少しずつ後退戦に転じ始めた人類に対しても敵の魔物共は容赦なく襲い掛かってくる。エキドナは蛇の下半身を兵士に巻き付けると鎧ごと締め上げ、ハルピュイアはその脚の鉤爪で兵士の顔を引き裂き、スキュラは下半身の犬たちが兵士を喉元を噛み千切る。女性の顔と胴を持つ魔物は悪夢にうなされそうなほどおぞましい笑いと奇声を発していた。
「こうも数が多いとうんざりしてきますわね」
「完全に同意ですね……!」
既にプリシラは上空へと飛び立とうとする魔物の妨害ばかりでなく、迫りくる敵軍の狙撃も行うようになっていた。わたしも大分前から敵軍が射程距離に入り始めたので攻撃魔法で応戦するようにしている。さすがに本陣まで届く遠距離攻撃を仕掛ける敵はいないので一方的になっているけれど、あまりに数が多くて一向に減る気配が無い。
「いけない……! マジックアローレイ!」
「追加の矢筒を持ってきなさい、早く!」
わたしが放った巨大な矢じりのような形状をした一撃は、遠く離れた場所の転倒した兵士へ今まさに飛びかかろうとした魔物に直撃し、その胴を一刀両断する。この魔法は威力が高くてかなりの距離を飛ばせるので重宝しているけれど、多数を相手にするには向かないものだな。
プリシラの方はあれだけ大量にあった周りの矢筒がどれもほぼ空になっていた。あの本数を撃ち尽くしてもまだ敵の勢いが止まらないなんて、一体どれだけの個体数を揃えてきたのだろうか?
やがて後退が段々と撤退に様変わりし始めた。敵が猛追する勢いを受け止め切れずに戦線が崩壊し始める。プリシラとわたしとで丘の上から、丘の麓から弓兵が何とか迎撃するものの、決定打にはなっていないのか勢いを殺せない。
そんな中で善戦するのは女剣士と彼女を擁した騎士団一行だった。むしろ彼女達は多くの敵を打ち倒しているものの、その周囲の部隊が防衛線を維持できずにいて、やむを得ず後退しているようだ。それにしても女剣士は鮮やかに剣を振るうものだ。この凄惨な戦場の中でも目立つほど輝いて見える。
それでも司令官は女剣士が上手く戦線を覆してくれない状況にいら立ちを隠しきれないのか、大きく貧乏ゆすりをしていた。この場に彼にみっともないと指摘する者は誰一人としていないだろう。
「何故だ、どうして勇者殿は光の剣で魔物共を一掃しないんだ……!?」
「アレでは無理ですわ。全ても魔を切り払う光の一撃は光を収束させている間は無防備。いつもは勇者一行が勇者様を守っていましたから。ああして彼女が騎士団の先陣を切っている有様では集中できませんわよ」
「勇者殿をお守りする騎士団では力不足だと言いたいのか!? 彼らは神聖帝国より派遣された精鋭部隊、人類でも屈指の強者が揃っているのに……!」
「最強でも究極でも構いませんけれど、目の前の現実が全てですわ」
プリシラは喋っている間も矢を上空に向けて放ち続け、天空より強襲をかけようとする飛行型の魔物を次々と撃ち落としていく。わたしも投擲のように魔法の槍を上空へと投げ放つと、それは回避行動を取る敵を追尾してその翼を穿った。
「自動追尾型の攻撃魔法なんて覚えていたのですね」
「国境付近での教訓を生かしてちょっと術式を工夫しただけです。避けられてしまうと敵を追う為に旋回するので威力を失ってしまうんですけれどね」
もう敵軍はわたし達の視界に広がる平野全てを埋め尽くさんばかりに人類連合軍へとなだれ込んでいた。その波は既に丘のすぐそばまで迫ってきている。
「それにしてもまだなんですの!? 結構敵軍勢をおびき寄せられたと思うんですけれど!」
「いや、まだだ。もう少しだけ敵を寄せ付ける……!」
とうとうプリシラが業を煮やしたのか怒声をあげる。それを手で制しながら司令官は参謀や本陣に残った幕僚達に号令をあげた。その命は次々と伝達されていき、やがて全軍に周知徹底されるよう太鼓が鳴らされる。
それを合図として、人類連合軍は敗走を始めた。あまりにも無様に逃げ惑う人間達の姿に敵の魔物がその顔を大きく歪ませて笑う。女性の身体を持つ魔物は顔も人間のようだけれど、この醜悪さは明らかに魔物のそれだろう。
魔物達は得物を追うべく我先へと兵士達へと襲い掛かっていく。こちらもその爪や牙や巨体が兵士を蹂躙しないように援護するけれど、いかんせん数が多すぎる。間に合わずにその命を無残に散らせる者が続出している。
「もう少しって、どれほどまでですの!?」
「我が軍が全員丘を登り始めてからだ……!」
既に丘の下は既に魔物で溢れ返っており、当初の予定通りに事は進んでいる。どうやら魔物共に後詰めの予備を残す知性は持ち合わせていないようで、蟻が砂糖菓子に我先にと群がるようにも見える。
やがて、兵士達は命からがら丘を昇り始め、女剣士率いる騎士団の者達も撤退を完了させた。
「聖女様! 今こそお願いいたします……!」
「分かりました!」
聖女チラはこの戦闘の間周りの音が聞こえないほど集中して何かを呟いていたものの、それ以外の変化はないように見えていた。それが一変したのは、彼女が司教杖を天高く掲げた直後だった。
曇り空でわずかに薄暗かった周囲が急に眩い光に溢れだしたのだ。雨の晴れた後に雲間から伸びる太陽の光、とでも言い表せばいいだろうか? 心振るわせる情景は神秘的なもので、人々は誰もがそれに見惚れているようだ。聖女チラ本人からは上空に向けて淡い光の柱が立ち上っていた。
「主よ、その邪悪なる威力を退けたまえ!」
聖女チラの力ある言葉の直後、辺り一帯に光が降り注いだ。夏の太陽の日差しよりも眩しい輝きは、しかしわたし達にとってはただ温かく感じるものだった。それが絶大な効果を発揮するものだと分かったのは、魔物達が残らず絶叫を上げて苦しみ悶え始めたからだ。
天より降り注ぐ光は魔物だけを焼き尽くす……いや、これは浄化させると言い換えるべきか。グールからエキドナ、スピンクス……あらゆる魔物が灰となって霧散していく姿は幻想的でもあったが、恐ろしい現象を目の当たりにしているようにも思えた。
その場にいた誰もがその光景を茫然ただ眺めるばかり。歓声も驚嘆もなく、誰もがただ目の前の光景を目に映すしかなかった。それだけ現実の物とは思えない超常現象が繰り広げられている。
光が止んで再び曇り空に戻った頃には、あれだけいた魔物の軍勢は影も形もなくなっていた。
「聖女様……!?」
プリシラが失い力なく倒れ落ちようとするチラを慌てて抱きかかえた。顔色が真っ青になっていて唇も白い。呼吸するのも苦しそうで、本当に自らの全てを捧げた奇跡だったんだと実感した。彼女はチラを抱きかかえたままでその場にゆっくりと座らせる。
「――……」
「司令官さん、呆けていないで勝鬨を。みんな反応に困っていますよ」
わたしは遠慮など関係なしに呆ける司令官を肘で小突いた。鎧に覆われたその胴は微動だにしなかったけれど、気付けにはなったようだ。彼は咳払いをして一旦間を置くと、眼下に集結した人類連合軍兵士へと身体を向け、剣を天高く掲げた。
「聖女様の奇蹟により魔は退けられた! 我々の勝利だ!」
この場にいる誰もが指揮官の言葉でようやく実感が湧きだしたのか、歓声が沸き上がるのには少しの時間を要した。
キエフ公都防衛戦はここに敵軍の全滅という形で完全勝利を収めた。
お読みくださりありがとうございました。
 




