魔王軍との対峙①・決戦前夜
キエフの公都より半日ほど馬車や船を駆使して東へと移動し、人類連合軍の本陣に到着した。既に日が沈み始めているのもあって火が焚かれ始めるほど薄暗いものの、横断幕や旗、それに即席で築かれた堀や塀、柵などが至る所で損傷しているのがはっきりと見える。何度かこの本陣にも攻め込まれたのだろう。
軍を取り巻く疲労感が辺りの空気を支配する中で、聖女の到着を目にした兵士達からは予想通りに諸手を挙げての大歓迎状態となった。歓声が沸き上がる中で、全身鎧に身を包んだわたしより若干年上な若い司令官らしき者が早足で駆けつけてくる。
「聖女様! よくぞお戻りくださいました!」
「司令官さん! みなさんもよくぞご無事で! 防衛線は死守出来ているんですね」
「ここを突破されれば公都までは目と鼻の先なので皆死にもの狂いですよ。ここはまだ踏ん張れているからいいのですが、南の方は全く歯止めがかかっていないとの報告が……」
「そう、ですか……」
気が沈みそうになるチラは慌てて首を振ると、満面の笑みを司令官に見せる。
「て、帝国からの援軍ですけど、先発軍は一週間でここまで来れるそうですぅ。本軍は準備が整い次第内海沿いに東進するそうなので、あ、あとちょっとの辛抱です」
「なんと、帝国は公爵閣下の要望を聞き届けたか! 奴らめ、このどさくさに紛れてキエフの地を手中に収める腹積もりでは……!」
「うう……、公爵様もそう疑ったせいで折角帝国から来てくださった皇族の使者を宮殿に幽閉したんですぅ。酷いと思いませんかぁ?」
「さすが公爵閣下、抜け目がないですな。しかし帝国は真したたかですから、使者を犠牲に凶行に踏み切る可能性も捨てきれません。安易に信じるのはよした方がいいかと」
酷い言われ様である。けれど的を得ている……って、良く考えたら属州にするって話も皇帝陛下が思いつきのように口にしただけなんだった。本心はどこにあるのか実はわたしったら何も分かっていないんじゃあないだろうか?
けれどそのわりには目の前の司令官は随分と明るい表情を見せている気がする。諸国からは物だけ出されて、帝国も油断ならないのであれば、劣勢に立たされている人類連合軍はお先真っ暗になる。もっと悲観してもおかしくない筈なんだけれど。
「ですが聖女様、ご安心ください。この地での戦争は明日で終わりです」
司令官は勝ち誇ったかのように胸を張った。彼の幕僚らしき取り巻きや周りの兵士達も同調するように頷いているものの、チラは彼の言葉に戸惑いを見せる。
「あ、明日ですか? ですが敵軍は十万を超す絶望だって仰ったのは司令官さんじゃあありませんか。一発逆転できる作戦を思いついたとかです?」
「いえ、切り札がついに整いましたので。明日太陽が昇った早朝より仕掛けたいと考えております。その際、聖女様にもご協力いただきたいのです」
「えっ? わ、分かりましたぁ。私に出来る事があれば何でも頑張ります!」
「はは、さすがに聖女様に無茶はさせられませんな。何、聖女様は最後の一押しをして下さるだけでいいのです」
大げさに笑い声をあげると、司令官は部下に聖女一行をもてなすように命令を述べて踵を返した。もはや沈むしかない泥沼の中で天空より手を差し伸べられたかのような安堵に満ちている、と今の彼は表現すればいいのだろうか?
大いに期待された当のイヴも結局司令官の意図は察せず、考え込むばかりだった。
案内されたのは布で幾重にも張られたテントだった。男性一般兵士はこんな即席の寝屋すら用意されずに野営するか狭いテントに皆が敷き詰められて仮眠を取るぐらいなものだが、さすがに女性三人、それも聖女という最重要人物にあてがわれたテントだけあって立派なものだった。
「ま、こんな所に用は有りませんわね」
「で、ですよね。来たばっかなのに寝るなんて出来ません……」
まあ、日が沈みかけで就寝には早すぎる。ならわたし達にはまだやれる事が沢山あるだろう。
「私共は前衛の方へ足を運びますが、マリア様はどうされます?」
「わたしは回復や治療を専門にする魔導師。こんな時には役に立ちたいですね」
「では私共は各陣営を回ってきます。夕食時になりましたらここに戻って来ましょう」
「分かりました」
手荷物だけを置いたわたし達は早速別れる。チラとプリシラは魔物共と対峙している東の方向へ、わたしは陣営の中を迷惑にならないよう見回る事にした。単独で行動する魔導師のわたしを不思議がって視線を送る者は少なくなかったけれど、それを気にしていては始まらない。
やがてわたしは怪我人が集っている一画にたどり着いた。もだえ苦しむ者、身体の一部を失っている者、高熱にうなされる者など、数えきれない人が敷物の敷かれた地面に横たわっていた。決して少なくない医者や白魔導師がみんな目まぐるしく動き回っていた。
こんな光景は久しぶりに見た。ダキアの公都に戻ってからすぐにカインに案内された野戦病院での一幕を思い起こさせる。まだ二か月も経っていないのに随分と遠い昔の事に思えてしまう。あれから色々あったものなあ。学院時代が嘘のような目まぐるしさだった。
「あ、あんた! そこのあんた! まさか魔導師なのか!?」
と、物思いにふけっていると突然声をかけられた。現実に意識を引き戻すと、魔導師らしき男性が怒りに満ちた形相でこちらの方へと迫ってきている。
「えっ? え、ええ、そうですが……」
「だったらそこでぼさっとしてないで手を動かしてくれ! こっちは猫の手も借りたいほど忙しいんだ!」
あー、やっぱりさぼっていると思われた。帝国学院の制服を着ているとはいえ、異国に出ればそこまで認知度は高くないだろう。部外者ではなく人類連合軍所属の魔導師とでも勘違いされたか。まあこれだけ忙しそうにする中でお客様同然に呆けるわたしが全面的に悪いんだけれど。
それにしても戦争が長期化しているせいか負傷者が多い。これも長い期間アンデッド軍に苦しめられた公都と状況が似ている。しかし怪我人ばかりではなく体力を弱らせて病気になった者まで一ヶ所に集めるのはどうかと思うのだけれど、仕方がない。
まあ、どうだろうとわたしがやる事はこの間と全く同じなのだが。
「サルベーション!」
わたしは天高く杖を掲げ、全体自然治癒魔法を発動させた。天空にはわたしが構築した魔導の術式が広がっていき、やがてそれは範囲内にいる者達に効果をもたらしていく。
もだえる者は落ち着き、うなされる者は大人しくなり、深手を負った者の傷が少しずつ癒えていく。どうやらわたしの魔法は上手くいったようだ。これで一晩経った頃には半分ぐらいの人は回復して疲労も取れているだろう。
「……あれ?」
それにしても、公都でこの魔法を発動した時は意識を失うばかりの脱力感に見舞われたけれど、今回は軽いめまいと多少の疲れが出ただけだった。これなら少し休めばすぐに元に戻るだろう。もしかしてあれから魔導の精度が上がったんだろうか? だとしたら熟練度が上がっている証だから嬉しいのだが。
余力があるようだしもう少し手伝っていくか。サルベーションで全体治癒は出来ても重体になっている怪我人までは救えない。そう言った人たちには個別に回復魔法をかけていかないと。公都では丸投げしてしまったけれど、今日はまだまだ行けそうだ。
「え? あ、あんた……今何をしたんだ?」
「へ? 何をって、範囲魔法を発動させただけですが?」
早速一人目の治療に取り掛かろうとした所で注目の的になっている事にようやく気付いた。特に魔導師達は信じられないとばかりに目を丸くしたり、術式が描かれた天空を見上げて呆然とする。何故かも何もない、間違いなくこの上級範囲魔法のせいだろう。
「折角一ヶ所に怪我人を集めているんですから、広範囲に効果を及ぼす魔法を使った方が効率がいいかと思いまして。もしかして余計な真似でしたか?」
「い、いや、違う! 断じてそんな事は無い! だが今この国に滞在する人類連合軍の中でそれほどの高度な魔法を発動できる魔導師は所属していなかった筈……!」
「ええ、今日帝国から来たばかりなもので。微力ながらお力添えできないかな、と」
「帝国から! そう言えば聖女様が魔導師を引き連れてきたとは聞いてはいたが……」
わたしは魔導師に事情を説明しながらも怪我人に回復魔法をかけていく。腹を引き裂かれていようと失われていないなら回復魔法でも十分に治せる。峠を越える辺りまでは治したのですぐに横に移動して次の人へと手を当てる。
「名前を聞いてもいいか? それほどの優れた魔導師だったら知られていない筈が無い」
「そんな、買いかぶりすぎですよ。何しろわたしはつい数か月前に帝国学院を卒業したばかりですから。まだ皆さんと比べてひよっこです」
「帝国最高峰の魔導学院の出身か。道理で優秀なわけだ……」
「それでわたしの名前でしたっけ。わたしはマリア――」
と、自分の名を口にした所で最大の失敗を犯した事に気付いた。わたしの名前、マリアは最も一般的な名前とも言えて、町を探せばそう苦労せずにマリアさんは見つけられるぐらいだ。それぐらいありふれているから魔導師マリアだって名乗っても別に問題は起こらない。……普通の状況なら。
この国には勇者イヴが現れている。聖女アダの双子の姉のチラも訪れている。おまけにチラに付き従うのは弓使いプリシラだ。なら、今腕前を披露してしまった魔導師マリアがどう思われるか、考えるまでもなかった。
「虹のマリアだ! 帝国の虹のマリアが来てくださったぞ!」
魔導師の一人が高らかに声を上げた。そうなってしまったらもう収まりようがなかった。怪我人が集められた一画は大歓声に包まれる。
もはやどうしようもない。わたしがいくら否定しようがこの勘違い、実際には間違ってはいないけれど、は止められやしないだろう。詰んでしまったと言っていい。
「勇者様と共に人類を救った大魔導師マリア! お会いできて光栄です!」
「素晴らしいお手並み、見せていただきました! 自分ももっと精進しないと……!」
「凄い! 凄すぎます! こんな上級魔法を発動させてもまだ平然としていられるなんて!」
さぼり魔だの辛辣な言葉を浴びせてきた場面はどこへ行ったのやら。口々に語られるのは賛辞や感動ばかりでかゆいどころの話ではない。一刻も早くこの場から逃げ出したい衝動に駆られてしまう。この区画の出口へと視線を向けた所で……、
「逃げないで。ここにはマリアが助けられる人達が大勢いる」
いつの間にかわたしの真正面に立ってわたしの肩を掴んできたのは他でもない、虹のマリアご本人だった。わたしが一人きりになった時にはよく話し相手になってくれるけれど、こうして大衆がいる中での登場は随分と久しぶりな気がする。
マリアはわたしを横切ると、憧れや尊敬の念で目を輝かせる魔導師達に杖を突き付けた。その瞳には隠しもせずに蔑みが込められていた。
「サルベーションはこの場の人達全員に効果を及ぼすけれど、完全に治療する魔法じゃあない。引き続きみんなの絶え間ない献身が必要。私を褒め称える暇があったら手を動かして」
「う、ぐ……! す、すまない。浮かれてしまったようだ。確かに神の下へ召されようとする者達の手を握っただけで、まだ引き戻せていないんだったな」
魔導師達は浮足立った己からようやく目が覚めたのか、悔いるようにわずかにうつむく。そんな彼らを見つめたマリアは、杖の矛先を収めた。
「……分かればいい。今日はわたしも手伝う。目標はここにいる半分の人達に明日の朝までに退院してもらう事」
「承知した。ではすぐに取りかかろう。しかしマリア殿、これほどの術式を発動させた後だ、くれぐれも無茶はしないでくれ」
「善処しておく」
魔導師達はマリアに一礼するとすぐに散らばり、各々で怪我人たちの治療に取り掛かる。全体治癒魔法の影響下にある為か、痛いとか苦しいとか訴える人の数は激減したようだ。これなら彼らも各々治療に専念できるだろう。
「マリア、わたし達も」
「ええ、そうですねマリア」
マリアとの共同作業なんて随分と久しぶりになる。これだけの人数で生死をさまようほどの重体の兵士も少なくない。重労働になるとは分かりきっているけれど、わたしはわたしの出来る限りを尽くすだけだ。それはわたしやマリアが優れた魔導師だからって義務からではない。
単に、わたしが人の為に尽くしたいだけだから。
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「で、張り切りすぎて無茶をしてしまった、と。馬鹿じゃないですの?」
「言い訳のしようがありません……」
日が完全に沈んだ夕食時、わたし達は物資の入っていた木箱をテーブル代わりに食卓として囲っていた。戦場での支給だから正直まともな食事はとれないものと思っていたけれど、帝都からほど近い位置なのもあって物資が届けられるのか、思ったほどではなかった。むしろ普通に食べられる。
あの後わたしは重体の者を重点的に治療を行っていった。おかげで復活魔法リヴァイヴまで駆使してしまったため、そう多くの人に回復魔法をかけられないまま魔力が枯渇、精神力が疲弊してしまったのでいち早く脱落させてもらった。
最も、そんなわたしに対して魔導師の皆は感謝を送ってくれたのが唯一の救いか。
そんなわけでスプーンを持つ手が震えている。掬った塩味のキャベツスープも下側の器の中へと零れ落ちていく。みっともない姿この上ない。
「それで、チラさんやプリシラの方はどうだったんです?」
「目障りだった魔物を追い払ったぐらいですわ」
二人の説明をかいつまむと、あの後前線側に足を運ぶとその場の兵士達の士気を大いに向上させたのだが、そこでプリシラは更なる大活躍をしたんだそうだ。何でも遠くで蠢く魔物の集団を次々と弓矢で遠距離狙撃したんだとか。
「密集する魔物共をつるべ撃ちするのは単純作業でひどくつまらなかったですわ」
「凄かったですぅ。魔物を次から次へと射抜いていくんですぅ」
普段なら戦闘にも発展しない距離を保っていた筈なのにプリシラにとっては余裕で射程距離だったんだそうだ。おかげでプリシラの嫌がらせ、と彼女は何気なく呼称した、に釣られた魔物共は一匹たりとも本陣までたどり着けずに屍の山を築くだけだったらしい。
「敵軍も少し後退して距離を取ったんだそうですぅ。本当に凄いですよね!」
「あの程度で感動されていても困るのですけれどもね」
確かに夕暮れ時から少し別れた短時間の間にここまでの活躍をするとは。凄いと思うのはそうした大活躍そのものではなく、それをプリシラは命中して当然むしろ何を驚くのだと困惑している事か。きっと彼女は当たるべくして的に当たったに過ぎない、としか認識していないのだろう。それほどの境地に至る達人がどれほどいるものか……。
「私めの暇つぶしはさておき、この軍でちょっと勇者イヴについて聞いてみましたわ」
「勇者イヴって、帝国との国境からわたし達を守ってくれたあの女性ですか?」
「そう、何でもある日突然帰還を果たし、窮地に立たされたこの軍を救ってくださったとか何とか。まるで救世主でも現れたかのように彼女を讃える声で溢れ返っていましたわよ」
まあ、彼女の正体が何であれ人々を助けたのは事実。たまたまイヴと酷似して勇者装備を身にして光を伴った剣士だからわたし達が疑念を抱いているだけの話で、彼女自身の在り方は間違いなく勇者の勇姿だろう。人々が賛美しようと不思議ではない。
「その唯一の問題が一番気がかりですわよ。今こそ事態は良い方向に転がっていますけれど、いつ裏で糸を引く者にひっくり返されるか分かったものではありませんわ」
「誰かが人類救済以外で勇者を仕立て上げたと?」
「勇者が都合よく現れるなどどう考えても出来過ぎていますの。魂胆は別にあると考えてるべきと思いますが」
「その意見には同意しますけれど、かと言って彼女自身が大衆を欺いている様子は特に……」
「――あら、何の話をしていらっしゃるのかしら?」
突然、背後から良く知った声で声をかけられた。驚きを隠せないまま後ろを振り向くと、そこには湯気の立つ夕食を乗せたトレイを両手に持ったイヴ……いや、女剣士が微笑みながらわたし達を見下ろしていた。取り巻き……もとい、騎士団の何名かも彼女に付き従っている。
「人の世間話を盗み聞きするなんて感心しませんわね。もう少し遠慮を知るべきでしてよ」
「ごめんなさい、けれど内緒話でもないようでしたし、偶然耳にする分には問題ないでしょう?」
「ぷ、プリシラさん。そんないきなり喧嘩腰で……」
慌ててチラが諌めようとするものの、既に軒並みならない空気が漂い始めている。ただでさえここにやってきてからわたし達三人は色々と活躍してしまっている。そこに勇者が現れたとあっては注目の的にならない訳がない。
女剣士は騎士達に何かを促すと、何を思ったのかわたし達がテーブル代わりにしている木箱の開いていた位置に夕食を並べ、その前へと座り込んだ。プリシラはわずかに嫌悪感を露わにして眉をひそる。あからさまな態度である。
「席が空いている、などとは一言も申し上げておりませんわよ」
「けれど空いているのは事実なのでしょう? でしたら折角の機会ですもの。貴女方とは是非お話をしたくって」
「別に私共は貴女様と交わすような話題はございませんわ」
「あら、私はてっきり確かめたいとばかり思っていたのだけれど」
――私が何者なのか、と、目の前の女剣士は確かに口にした。
パンを口に運ぶプリシラの手が止まった。チラは混乱しているのか両手を顔元へと近づけ、わたしも危うく水を入れた木製のグラスを落とす所だった。
そんなわたし達の反応が面白かったのか、女剣士は鈴の音を慣らしたように笑う。その仕草はわたし達ですら騙されかねないほどイヴそのままを写し取ったようだった。
「だって貴女方は魔王を討ち果たした勇者一行の方々なのでしょう? 勇者イヴご本人をご存じの方にとっては私は紛い物に映るんでしょうね。勇者イヴとして振舞う私に怒りましたか?」
「……別に、私めは誰が勇者だって問題は無いと思いますわよ。当人だってむしろ諸手を上げて大歓迎したでしょうね」
「ですが、貴女はあからさまにイヴに似すぎている。警戒するなって言われる方が難しいですね」
女剣士が何も包み隠さずに己をさらけ出すので、プリシラもわたしも本音を口にした。ここで腹の探り合いをしていたって仕方がない。肝心なのは女剣士が勇者をしているのは単なる偶然の一致なのか、何らかの意図の下で現れたのか、だろう。相手から踏み込んできたなら好都合、正面から確かめるまでだ。
女剣士はわたし達の一線を引いた反応も予測できていたのか、特にこれと言って反応は示さずに軽く頷くばかりだった。
「貴女方の疑念はごもっともだけれど、当の魔王を討ち果たした勇者様がおられない以上、誰があの方の後釜に座ろうと問題はないのでは?」
「つまり、失われた勇者装備を身に付け、勇者様と酷似した容姿をしていて、なおかつ光の術の担い手であっても、単なる神のいたずらと仰りたいので?」
「さて、あの鎧や盾は貰い物ですし、この顔も本当にたまたまでしょう。けれど、私が勇者でいる事で皆に勇気と笑顔が戻るのならそれでいいとは思っています」
「だから人々を救う勇者であろうとしている、ですか……」
わたしとプリシラは顔を見合わせた。わたし達二人の思いは間違いなく完全に一致していただろうけれど、傍らの女剣士がその真意を知る由はどこにもない。
「私は人々の剣となり盾となりこの世界に光をもたらします。どうか共に戦っていただけますか?」
こちらへと手を差し伸べて朗らかな笑みを浮かべる女剣士は、目にする誰もが希望を抱く安心感に満ちていた。周りにいた者達は彼女のご高承に感銘を受けている様子のようだ。チラは純粋に感動したようで、女剣士の手を握る手に自然と力が込められている。
「こ、こちらこそ全然駄目駄目な私ですけれど、よ、よろしくおねがいしますぅ!」
「はい。まだまだ私も至らぬばかりですけれど、よろしくお願いします」
聖女と勇者が手を取り合う。この場が二人を讃える声で大いに沸き上がる中で、完全に蚊帳の外にいるのが他の誰でもない、勇者イヴを知っているわたしとプリシラとは何たる皮肉だろうか。
いや、女剣士の本性がどこにあるにせよ、これが本来人類の希望となる勇者の正しい在り方なんだろう。魔を払い、光をもたらす、物語にも伝説にも例外なくそう記される神の使い、それが勇者の姿だ。だから、そう、むしろおかしいのは彼女の方なんだろう。
たった一人の想い人の為に勇者であろうとした、勇者イヴの方が……。
お読みくださりありがとうございました。




