表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/148

公国公爵への謁見

 先の騎士団がキエフ公爵との謁見を終える頃にはわたし達四人共が身体を洗い終え、服の洗濯も完了させていた。さすがに火属性魔法がからっきしなわたしでは洗った服を乾かし切れず、若干湿っぽいままなのはご愛嬌だろう。


 キエフの宮殿は思った以上に寂しい様子を見せていた。調度品は無いに等しく、床に絨毯も敷かれていない。所々壁に立てかけられたかつて広大な領土を誇っていたキエフ大公国時代の旗が掲げられていたけれど、薄汚れて所々破れかけているほどだ。良く目を凝らすと壁や床に補修の手が加わっているようだが完全ではなく、ひびや割れが至る所に見られる。

 魔王軍占領下より領土を奪還して一年間でここまで持ち直した、と感心すべきなのか、こんなにも疲弊してしまった、と嘆けばいいのか迷う。


 通された謁見の間はさすがに対外的に使用しているからなのか少しはマシに飾り立てられていた。それでも地方領主に過ぎないダキアの居城より劣る、が正直な感想だった。勿論そんな失礼極まりないわたしの感想はおくびにも出すつもりは無いが。


 わたし達はチラを先頭に、傍らにプリシラが、後方にわたしとイヴが続いて入室した。そして丁度入口と玉座の中間辺りで跪く。

 チラはダキア公都の時よりは落ち着いており、よどみなく一礼して顔を上げる。


「こ、公爵様。ただ今戻りました」

「ああ、聖女様。よくぞお戻りくださいました」


 臣下らしき者達が左右に並ぶ中で玉座に座っていた女性が安堵と歓喜の表情を浮かべて立ち上がった。よほど不安だったのか、女性の顔には疲れが色濃く宿っていた。

 確か旧キエフ公国の公爵は男性だったと学んだ覚えがあるけれど、今代が女性なのは色々あって代替わりしたからだろうか。それとも未だにキエフ公国としての復興を成し遂げていないから、暫定的に公爵の座に収まっているだけだろうか?


「速報は前もって伺っております。帝国は私共の要望をお聞きくださったのですね?」

「は、はい。そればかりではなく救援の軍も約束して下さいました。は、早くて一週間程で先発の軍、五万名がこちらに到着するそうです」

「五万名も!」


 謁見の間全体がどよめいた。

 それはそうだろう、魔王が打ち倒された今、この旧キエフ公国を取り巻く情勢は単に魔王軍残党に攻め立てられている一国だけの問題。治安維持の為に残った人類連合軍が迎え撃つのはまだしも、更なる援軍を差し向けても他国には何の利益もない。現に他の国々からは無碍に断られて最後の手段として帝国を頼ってきたのに、その帝国が気さくに大軍を向かわせると申し出たのだから、それは驚きものだろう。

 まあ、帝国は実際はどさくさに紛れて侵略するつもりもあるんだけれど、考えるだけ野暮か。


「そう、でしたか。絶望の果てに祖国を捨てる決断をしたのですが、あと一週間耐えればいいのであれば希望も見えてきます。それで聖女様、そちらの方々は?」

「あ、こ、こちらは帝国ダキア公妃のミカル様になります。それで、こちらはダキアに所属しています白魔導師のマリア様になります」

「ダキア公妃!?」

「マリア……!?」


 再び謁見の間全体がどよめいた。勇者一行のマリアなわたしに関しては誤解ではないけれど誤解を招いている気もする。ミカルも隣国の公爵夫人のみならず皇族にも該当するから、これほどの要人が訪問するとは思ってもいなかったのだろう。


「公爵閣下、よろしいでしょうか?」

「は、はい、何でしょう?」


 イヴは恭しく首を垂れたまま落ち着き払って口を開く。あまりに貴婦人として堂々とした様に内心わたしは驚いてしまった。キエフ公爵も少し動揺をしているようで、少し声が上ずっている。イヴは少し頭をあげ、キエフ公爵を見つめる。


「初めまして。私は帝国より使者として遣わされましたダキア公妃のミカルと申します。この度は我が国の意思をお伝えすべくこの場に参りました。よろしいでしょうか?」

「……ええ、よろしくお願いします」


 キエフ公爵は軽く咳払いをしてから腰を玉座に落ち着かせ、冷静さを取り戻したようだ。


「まずは閣下のご要望にお応えすべく貴国国民の避難を帝国としてお受けいたします。帝国側の計画につきましては用意させていただいた資料に後ほど目を通していただきたく。帝国の方は準備を進めておりますので、避難は貴国の計画通り進めていただければ」

「分かりました。我々の願いを聞き届けていただき、感謝してもしきれません」


 わたしもここまでの道中でざっとイヴに聞いてみたけれど、情勢が安定してキエフ国民の帰国事業の際に帝国が人材の流出を拒まない事、逆に避難民が帰国を拒絶したら旧キエフ公国は強制しない事、避難中に避難民が犯罪を犯したら帝国の法に則って処罰する、など細々した取り決めが資料には記載されているらしい。

 ちなみに資料作成に要した時間は追悼式での会談から公都出発までの二日間ほど。強行にもほどがある。文官の皆様は本当にご苦労様でした。


「続きまして軍の派遣についてですが、聖女様よりご報告あった通り、総勢五万前後の軍を先発隊としてダキアより派遣致します。兵糧等の物資はこちらにて手配いたしますので準備は必要ございません。つきましては二点ほど。まず五万もの帝国軍の入国許可を頂きたく。ダキア公都とここを結ぶ街道が経路となります」

「分かりました。こちらの国境警備並びに各地に展開している軍の者達に伝えましょう」

「それと、我が国と西方諸国で関係が芳しくないのは承知しているかと思いますので、帝国軍は帝国軍として指揮権を別にしていただきたく」

「人類連合軍の指揮下には入らない、ですか……。分かりました、それも私の命により認めます」


 これも当然の保険と言えよう。帝国軍が人類連合軍の指揮下に入ればここぞとばかりにこき使われて、ぼろ雑巾のごとく使い捨てにされるのが目に見えている。


「それと、先発軍とは別に本軍を帝国本土より派遣するよう計画しております。おそらく十数万ほどになると見込んでおりますが、こちらの入国についても許可いただきたく。こちらは内海沿いに進軍する為、貴国の第三都市を足がかりに軍を展開する形となるかと考えております」

「じゅ、十数万……!? そんなに派遣していただけるのですか!?」

「一年前に人類連合軍に加わった際の人数と同等の規模になります。敵軍の規模にもよりますが、貴国がご協力いただけるのであれば、二か月程で魔王軍の一掃も不可能ではないかと」


 謁見の間がざわめくのはこれで三度目、だったっけ? 軍の規模が規模だからその驚きは当然か。

 ちなみにこの十数万の数値は帝国本土とダキア公爵を始めとする辺境貴族の私兵、傭兵を合わせて、帝国防衛に費やす人員を抜かして派遣できる限界量らしい。東の公爵や南の公爵に頼れば更に増やせるらしいけれど、その考えは陛下には全くないようだ。


 魔の者の一掃、その言葉にダキア公爵は始めこそ歓喜で打ち震えたが、やがて深刻な面持ちをして熱を冷ましていった。


「……分かりました。そちらの方も許可は出します。出しますが、約束していただきたいのです」

「何でしょう?」

「二十万にも迫る軍勢は、我が国を侵略する意図が無いものだ、と」


 成程、鋭い所を突く。陛下がどさくさに紛れてこの国を狙っていると薄々察しているのだろうか?

 臣下達が公爵の一声で猜疑心に包まれる中、イヴは意にも介さず平然としていた。


「ございません。神に誓ってお約束いたしましょう。ただ、閣下からも人類連合軍に対して我ら帝国の邪魔立てはしないよう厳命していただけますか? 魔王軍と戦っている最中に背後から討たれる懸念を無くしておきたいのです」

「……命は出しますが、あいにく駐在している人類連合軍の指揮権は私にはありません。確証は致しかねます」

「では、そのような事態になった場合、人類連合軍を敵対勢力と判断して打ち取ったとしても帝国は何ら責任を持たない、とご理解いただきたく」

「っ……!」


 キエフ公爵の疲れが色濃くも端正な顔がわずかに歪む。


 判断に迷うのは当然だろう。帝国の援軍は喉から手が出るほど欲しいけれど、西方諸国と帝国の確執は公然の事実。些細なきっかけで人類同士が刃を向け合う事態に陥る可能性は決して低くない。そうなれば領土に招き入れたキエフの責任問題に発展しかねないだろう。

 帝国が人類帝国軍を一掃した場合、今後旧キエフ公国は帝国しか頼る先がなくなってしまう。そうなれば最後、帝国への依存を足掛かりに併合やら占領といった侵略行為に結びつく未来に結びつくと想像してしまうのは仕方がないだろう。

 けれど、これは無茶だろうと正当な要求だ。キエフ公爵は苦渋の選択だろうと応じる他あるまい。


「わ、分かりました……。しかしなるべくであれば最終手段にしていただきたく」

「それと、万が一貴国が何らかの事情により我が帝国軍に刃を向ける事態となった場合、責任を取っていただきたく考えております」

「……っ! 我が国が援助を求めた貴国を騙し討ちすると!?」


 重苦しく答えたキエフ公爵にイヴは容赦なく追い打ちのごとく要求をぶつけていく。公爵はたまらなくなったのか、顔をわずかに赤く染めて立ち上がった。眼を見開き拳を握る手も震えていて、よほど頭に来たのだろう。

 けれど、言い方こそまずいもののイヴの懸念はあり得ない話ではない。何故なら……。


「西方諸国や人類連合軍に脅される場合、魔王軍の手で籠絡された場合等、様々な可能性が考えられます。その際に手出し出来ないとされては我が軍、国の民は失われてしまいます。難癖を付けて侵略する意図は全くございません、あくまで自己防衛のためにお約束いただきたいかと」

「――……。いいでしょう、認めて差し上げます。粗相がこちらよりあった場合はその限りではないと」


 キエフ公爵にその意図が全く無かろうと、やむを得ない事態へと陥ってもおかしくないからだ。彼女もそれを察したのか、怒りを圧し留めてイヴとの約束に応じる。


「では続きましてこの度の救援への報酬についてですが、特に帝国より貴国に求めるモノはございません」

「よ、よろしいのですか? それだけ人員と資源を我が国に割いていただけるのに、領土の割譲や資産の譲渡も無いなんて……」

「ただ無報酬の奉仕と思われるほど安いものでもありませんので、貴国の誠意に委ねたいと」

「我が国次第、ですか……。分かりました、それは別途こちらの方で協議いたします」


 うわ。報酬はそっち次第だよ、なんて随分と意地が悪いな。最も、ただ働きの裏には絶対に何かある、などと真っ向から疑われないようにする方便なだけかもしれないけれど。

 この会話の上辺だけを取るなら帝国は旧キエフ公国の危機に対して善意で答えた、になるんだけれど、実際は属州化による併合が目的だ。ここからどう持っていくのかは陛下や元老院の采配次第になる。もしかして意図的に約束を破らせて難癖をつける、みたいなか?


 ふと、キエフ公爵が右側に控える小太りの中年男性貴族へと目配せをした。男性貴族は軽く下品にも思える笑いを浮かべながら公爵へと頷いてみせる。わずかに辛そうに顔を伏せた公爵は、やがて意を決したのかわたし達を見据えると、二回ほど手を叩いた。


「頂いた善意に対してこのような形で裏切るのは本当に心苦しいのですが……」


 直後、謁見の間の扉が開け放たれて続々と武装した兵士達がなだれ込んできた。


 兵士達は各々が槍の矛先をわたし達の方へと向けつつ隙間なく包囲していく。あまりに予想外な展開に一瞬戸惑ったものの、わたしはとっさに床に置いた杖を手にして身構えた。脇目で見るとプリシラも同じようにチラをかばうように態勢を整えている。チラは最初こそ悲鳴を上げて怯えたものの、怒りをあらわに公爵を睨みつける。けれど当のイヴは全く動こうとせず、跪いたままだった。


「皇族の公妃がいらっしゃったなら好都合。真に申し訳ございませんが、帝国軍が本当に魔王軍を打ち破ってくださるまではこの宮殿に留まっていただきます」

「公爵様! 人質だなんて酷すぎますぅ! ミカル様も帝国の皆さんも、危機に直面している私達を助けて下さるために奔走を……!」

「分かっています。分かっているんです、こんな無礼は到底許されないのだと。ですが、この国を救うためにはもはや手段は選んでいられないのです。一年前まで浴びていた屈辱をまた民に味わせるわけにはいかないのです」

「だからってこんな非道な真似を……!」


 あまりに非道な行いにたまらなくなったチラは槍を向けられているのもお構いなしにキエフ公爵へと詰め寄ろうとして、イヴに祭服の裾を掴まれて前へ転びそうになった。思わずイヴの方へと顔を向けたチラに対し、イヴは顔を静かに横に振った。


「心中お察しいたします。私が公爵閣下の立場にあっても同じようにしましたでしょう」

「ごめんなさい、こんな事に巻き込んでしまって……」


 キエフ公爵は辛そうな面持ちでこちらへと頭を下げてきた。イヴはそんな彼女にも優しげに微笑んでみせた。


「いいんです。ところでマリアの方は聖女様と行動を共にさせていただきたいのですがよろしいでしょうか? 折角白魔導師を連れてきたんですもの、私のお茶相手には勿体なくて」

「分かりました。それで問題ありません」

「ではしばらくの間厄介になります。よろしくお願いいたします」

「重ね重ね、本当にごめんなさい」


 イヴは全く問題が無いとばかりに、それどころかキエフ公爵の立場への配慮、気苦労への心配を強く出していた。これではむしろ強硬手段に打って出たキエフ公爵の方が追いつめられているようではないか。

 だが、わたしは見逃さなかった。笑みを浮かべるイヴの目には狂気の光が宿っていた事を。


「所で閣下。今回の訪問とはあまり関係ございませんが、個人的に二点ほどお伺いいたしたく」

「え、ええ……何でしょう? 答えられる範囲ならお答えいたします」

「道中人類連合軍の騎士団とお会い致しました。その際勇者イヴと出会いましたが……」

「はい、勇者様は聖女様が帝国に赴かれている間に我が国を訪れてくださったのです。これもまた主のお導きではないかと」


 イヴは面を上げた。自分の顔をキエフ公爵へと見せつけるように。怪訝な表情をさせたイヴはもう名女優だと褒め称えるしかないんじゃないだろうか。


「御存じのとおり勇者イヴは私の姪にあたります。彼女は私を無視どころか全く気付いていないようでしたけれど……何かあったのでしょうか?」

「さ、さあ……? 私も勇者様が魔王を倒した後どのように過ごされていたか把握しておりません。機会があればお聞きいたしましょう」


 キエフ公爵からの答えは予想通り知らず存ぜずだった。最も初めから彼女の口から真実が語られるとは思っていなかった。イヴが伺いたかったのは公爵や周りの反応だろう。

 ……動揺で視線を彷徨わせた所を見ると、イヴを名乗る女剣士についてキエフ公爵やその配下の者達は何らかの事情を知っていると見ていいな。偽勇者、と呼んでいいかも分からないけれど、は国ぐるみ、もしくはそれ以上の規模で仕立て上げられているのだろうか?


「それともう一つ、聖女様より貴国に勇者一行として旅を共にした投擲手バラクがいるとお聞きしているのですが……」

「ええ、この公都に研究所を構えて我が国に尽くしていただいています。本当ならこのような辺鄙な地方に留まる方ではないのですが、彼には感謝してもしきれません」


 そう言えば、結局この道中この国に滞在しているらしい投擲手バラクについては誰からも聞かなかったな。イヴは残った三名の裏切り者にも落とし前をつけようとしているけれど、わたしは彼女の復讐劇に協力する気は無い。だから別にバラクがどんな人物だろうとわたしには関係ないし、興味もないから知る気も起きなかったんだっけ。

 ここでその者の話題を出したのだから、イヴはこの事変の間で片を付ける気なんだろう。けれどわたしの知った事ではないし、わたしはわたしのやりたい事、すべき事を果たすだけ――。


「そのバラクの研究室にマリアを訪問させたいのですが、よろしいでしょうか?」

「えっ!?」

「構いません。私より文をしたためて彼には客人としてもてなすよう対応させましょう」


 寝耳に水とはこの事か。

 いきなりイヴの復讐相手の本拠地に行け、なんて無茶もいい所だろう。プリシラの過去話が本当だとしたら勇者一行は勇者イヴや賢者アダムを除いてもお世辞にも良好とは言えない。それはきっとマリアと投擲手バラクだって例外ではないと思う。

 それで一旦すべてを失ったわたしがのこのこと訪ねたらどうなるか、予想も出来ない。


「ど、どう言う事ですか……!?」


 わたしは思わず声を落としてイヴへと身を寄せた。イヴは顔と身体は前を向けたまま、視線だけをわたしへと合わせてくる。


「お願い、マリア。私の代わりにアイツの現状を少し探って欲しいの。その上でマリアがどう立ち回るかは好きにしてもらえばいいから」

「……バラクって方に何かあると?」

「いえ、単にマリアがどんな反応見せてくれるのか楽しみたいだけ」

「も、もうちょっと取り繕いましょうよ……」


 とはいえ、好奇心が湧くのも事実。かつて勇者イヴと共に旅をしていた仲間。思惑は完全にバラバラでも手段が一致して手を取り合っていたのは事実。どういった目的で勇者に協力し、何故彼女を裏切ったのか。純粋に知りたい事柄でもあった。


「……分かりましたけれど、その人を陥れる手伝いはしませんからね」

「それでいいのよ。破滅への連行は下準備から止めまで全て私がやるのだから」


 イヴは背筋が凍るほど狂気に彩られた冷たい微笑を浮かべる。幸いにも彼女の豹変に気付いた者は誰もいなかったようで、何の騒ぎも起きなかった。彼女は再び淑女の仮面をかぶり直すと、恭しく頭を下げた。


「具体的な協定の締結は私の滞在中に取り決め致したく。まずは私共帝国の用意しました資料を一読いただければ幸いです」

「分かりました。すぐに目を通しましょう。重ね重ね多大なる感謝を致します」

「例には及びません。帝国とて下心があっての善意だとは否定出来ませんから」

「ふふ、貴女様とはもっと違う形でお会いしたかったです」


 キエフ公爵が手を上げるとわたし達を取り囲んでいた兵士達が各々武器を収め、わずかに距離を離して包囲を解いた。


「さて、今日は長旅でお疲れでしょうからごゆっくりおくつろぎを。ささやかでも歓迎の催しを行えれば良かったのですが、あいにくそれすら余裕が無いもので……申し訳ありません」

「いえ、どうぞお構いなく。私達も持て成さたいから来たわけではありませんので」

「そう言ってくださると少し心が晴れます」


 彼女は玉座からゆっくりと立ち上がると、深々とわたし達に対して頭を下げてきた。国の頂点に立つ権力者が、公妃とはいえただの国の使者に対して、だ。


「来ていただきまして本当にありがとうございます。国を代表し、心からの感謝を」


 わたし達は謁見の間入り口付近に控えていた使用人に案内されて退出した。

 その間、キエフ公爵はずっと、謁見の間の扉が閉まるまで頭を下げ続けていた。

お読みくださりありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ