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国境越え⑤・勇者現る?

「勇者イヴって、そんな――」

「まあ、そうなんですか! それはお会いできて光栄です」


 人類連合軍所属の騎士団と共に現れ、魔物を光の奔流で打ち払った女剣士を勇者イヴだと紹介された。聖女チラが文句を言おうと前へ進み出ようとしたところ、イヴ本人が手で軽く制した。それどころか歓喜の声を上げて表情を輝かせる。

 今のイヴは化粧のせいで若干普段より大人びて見える。そのせいで女剣士と見比べると相手の方がイヴらしく見えてしまうほどだ。よほど注意深く観察しない限りはイヴが勇者イヴだとばれない筈だ。最も容貌が激変するほどの厚化粧は施していないので、女剣士と似ている点は誤魔化しようもない。騎士団の者達もにわかにざわめくのがありありと分かる。


 それをイヴも把握しているのか、愉悦で浮かべていた悪い笑みを抑えて慈悲深い微笑みを顔に張り付かせる。何という仮面被りだろうか。こうも巧妙に本心を取り繕って何を企んでいるのか、正直知るのが怖ろしい。


「申し遅れました。私はレモラ帝国皇帝の叔母にして貴国と国境を接するダキアにて公妃を務めております、ミカルと申します」


 イヴは軽くドレスの裾をつまみあげてお辞儀をした。カーテシーの見本とも称されてもおかしくない淀みなき優雅な動作は、一瞬とは言え騎士団の者達を驚かせた。

 と言うか、あくまで自分は公妃ミカルとして旧キエフ公国へ訪問しているから勇者イヴではないと主張するつもりか。偽物だとこの場で騒ぎ立てないのは賢明とも言えるけれど、最終的にはどう持っていくつもりなんだろうか?


「そしてこちらは我が帝国の誇る大魔導師のマリアと申します。勇者様と旅を共にしていた虹のマリアと同期、同門の者でして、白魔導の第一人者となります」

「よ、よろしくお願いします」


 いきなりの紹介に思わず驚愕の声があがりそうになる所を何とか喉元で抑えて、あわてて頭を下げた。この紹介、たちが悪いのは嘘は言っていない点だろう。そりゃあ大魔導師だろう、ただしマリアとしての技能はほぼ失っているけれど。同期だし同門だろう、だって一応本人だし。

 なおもイヴはこの巧妙な舞台を続ける。


「この度はキエフ公爵閣下からのご要請にお応えすべく、私めが使いとして赴いた次第。皆々様におかれましてはどうぞよろしくお願い申し上げます」

「こちらこそ、わざわざ帝国より来てくださった上にキエフからの無茶な要求に答えてくださり真にありがとうございました」


 団長らしき騎士も慇懃に頭を下げる。さすがに人類連合軍が西方諸国の集まりであっても人類圏最大国家の帝国を無碍には出来ないか。本心はさておき礼儀をわきませる姿勢は立派だと思う。


「聖女様、お急ぎの所申し訳ございませんが、現在魔王軍の魔物がこのキエフ全土に広がっていて非常に危険です。つきましては我々の進行速度に合わせていただきたく」

「わ、分かりました。お任せしますぅ」

「では積もる話もそこそこに、参りましょう。時間が限られておりますので」


 その騎士が手をあげると騎士達は各々の馬へと戻っていき、地を蹴って騎乗していく。だが女剣士だけは最後まで残り、イヴの方をただ見つめていた。


「あら勇者様、私の顔に何か付いていますでしょうか?」

「い、いえ、何でもありません。失礼しました」


 女剣士の声もまたイヴそのままだった。容姿が似ていれば骨格や肉付き等の声に影響を与える要素も似るものだから酷似しているのは予想出来たけれど、実際に聞いてみるとやはり驚きを隠せない。双子の姉妹と言われたって信じてしまいそうだ。


 女剣士は一礼すると騎士達の後を追って馬へとまたがった。わたし達も特に会話を繰り広げないままで馬車へと乗り込む。

 騎士団を伴って大勢となったが、キエフ公都への旅路は再開された。どうやら走る速度はこちらの馬車へと合わせてくれているようで、騎士達は悠々と進行しているように見える。


「あ、あの、勇者さ――」

「ミカルって呼んでもらえる? その方が都合が良さそうだしね」

「あうぅ……わ、分かりましたぁ。あの、その……ミカルさん、どうして……」

「どうして自分の正体を名乗らなかったか、かしら?」


 馬車の中ではチラとイヴの会話が始まっていた。やはり真実を述べようとした所を止めた理由を窺おうとしているみたいだ。


「誰の仕業かは分からないけれど、勇者イヴを随分と立派に仕立て上げたものじゃないの。光をもって闇を打ち払う姿は、まごう事なき勇者そのものよ」

「け、けれど、いいんですか? ミカルさんの救済の旅が全部あの方の活躍にされちゃうかもしれないんですよ……?」

「別に敬われたくて勇者していたんじゃあないもの。わたしは誰が勇者イヴだろうと構わないわ」

「そ、そんなものなんですかぁ……!?」


 だろうな。イヴが勇者をしていた動機の大半は勇者一行の一人、賢者アダムの為だ。皇族としては敵だらけだった彼女にとって彼以外の評価は実にどうでもいいのだろう。

 プリシラもそんなイヴの本心に心当たりがあるのか、浮かない顔をしている。


「勇……ミカル様。あの者が勇者イヴを偽ろうとそれ自体は些事と断じてしまっても問題ないでしょう。ですが貴女様も見たでしょう、あの者が光をもってハルピュイアを薙ぎ払った所業を」

「別に光の魔法は勇者と聖女の専売特許ではないでしょう。光を伴う者が主より遣わされた救世主だと崇められ、勇者や聖女だと言われるだけなんだから」


 理屈は分かるが、歴史上光の担い手が複数現れた事例はまれだ。なのにイヴそのままな者がもう一人現れるのは、明らかに異変と言えるのではないだろうか? 正直、この勇者の登場は何か裏にとんでもない真実が潜んでいる気がしてならない。イヴはそれを含めて面白がっているようだけれど。


「それに、貴女様も見たでしょう。あの者が身に纏いし装備を」

「ええ、アレは正直予想外だったわ」

「えっと、そ、装備って、あの鎧兜とか盾ですかぁ?」

「確かに……、アレは騎士団の者達が装備していた防具とは一線を画す逸品ですね」


 騎士団の装備が立派なのは国を代表して派遣されているからだろう。見た目も煌びやかだけれど、おそらく防御力上昇や環境変化保護等、何らかの魔導的な付与がされているように感じる。辺境国ではまずお目にかかれない装備の充実さはさすが人類圏国家が結集させた連合軍だ。

 けれど女剣士の防具はそれらとも全く異なる代物だった。広大な帝国内、いや、人類圏であれほど神々しさを備える防具を創れる者がいるかどうか。その在り方はまるでイヴが手にしていた勇者の光の剣と同じで、燦然と光り輝くものだ。


「もしかして、彼女の装備は元々勇者が身に付けていた装備なんですか?」

「……ええ、そうですわ。あれこそまさしく勇者イヴが装備していた防具一式に他なりません」


 やはりか。一年前の魔王との決戦の後にイヴが放棄した、剣を除いた勇者装備が今は女剣士が身に付けているのか。しかも女剣士は人類救済の象徴たる光の担い手、かつ勇者イヴと酷似した存在。コレは確かに勇者イヴだと名乗っても何ら疑う余地が無い。……イヴ個人を知らない者達にとっては、だが。


「ですが、私共に復讐を果たす為に行方をくらまそうとして剣以外は大魔宮に放棄したのでは?」

「魔王軍の一派が大魔宮を奪還する前に持ち出したんじゃあない? 勇者の行方を人類連合軍が探していたらしいし」


 確かに魔王の打倒から大魔宮が再び魔の手に落ちるまで時間差があったとは聞いている。その間に回収されていても不思議ではない。けれど、発見出来たなら人類圏で話題にならなかったのはどうしてだろうか? 勇者帰還せず、は勇者一行が口を揃えた事もあるけれど瞬く間に広がっていたのに。

 かと言って過程をどう疑おうと目の前に勇者の光装備があるのは事実。この場でどう言い合おうと憶測に過ぎないのだから、何故をあまり深く考えても不毛だろう。


「何にせよ、旧キエフ公国を取り巻く危機は単なる魔王軍の侵攻に留まらず、様々な思惑が複雑に絡み合っているようね。面白くなってきたと思わない?」

「物事を何でも楽しもうとする有様、やっぱりアダム様を思い起こさせますわね。それとも隠していただけでミカル様の本性はそれだったのですの?」

「さあ? そんなの自分でもよく分からないわね」


 そんな感じに疑問は晴れなかったものの、その後は終始穏やかに旅は続けられた。

 途中遭遇する魔王軍の尖兵共はわたし達が動かずとも騎士団や女剣士が対応してしまうので、わたしはいつしか馬車からの景色を楽しむ以外暇が潰せなくなった。プリシラの方はこの場の誰よりも広い射程距離なものの、手の内をあまり騎士達に見せたくないのか、やがて見張るだけに留まるようになった。


 そうして旅が続けれられる事一週間強、わたし達はとうとう旧キエフ公国の公都にたどり着いた。



 ■■■



 公都の街並みを見る暇もなくわたし達は宮殿へと通された。

 一応街道で通り過ぎていく街並みを窺った限りでは、戦時中なのもあって活気が無く非常に暗い雰囲気に覆い尽くされていた。一年前に人類連合軍の活躍によりこの地は人類圏に戻って来たものの、復興はまだ途中のようだ。表通りから少し離れた箇所は未だ崩壊したままの建物を覗かせる。……正直言ってしまうと帝国の地方都市よりも発展していないようだ。


 意外にもわたし達が通されたのは謁見の間ではなく貴賓室の一つだった。そんな悠長に待っていられないとチラが主張したものの、まずはわたし達を護衛してくれた騎士団一行の報告を受けてからにするらしい。


「では騎士団の方々の報告が終わるまで少しの間この部屋にてお待ちください」

「……分かりましたぁ」


 侍女の丁寧な物腰をよそに、チラは納得いかないようで不満を垂れながらソファーへと身を投げた。

 まあこればかりは優先順位の問題だろう。今必要なのは国民の避難もそうだが、いかにして魔王軍の侵攻を阻むか、だ。勇者を名乗る女剣士と彼女を伴う騎士団は貴重な戦力だろうから、彼らの報告を真っ先に耳にするのは不思議ではない。


「お召し物を変えられるようでしたら私共にお申し付けください。お身体を清められるのでしたらお湯を準備致します」

「いえ、悪いんだけれど大きな水桶を二つほど水を入れて用意してもらえる? それと身体を拭くタオルを四枚ほど用意してもらえれば嬉しいのだけれど」

「水桶、ですか? 少々お待ちください」


 恭しく一礼して退室する侍女と疑問符を浮かべるチラをよそに、プリシラとイヴは迷う事なく衣服を脱ぎ始めた。わたしも二人の意図が分かったので脱衣し始めた。強行日程のせいで服を何日間も着続けていたのでローブは結構汚れているし、正直臭うな。大きな窓際のカーテンは……別にいいか。


「お待たせいたしまし……っ!?」

「どうもありがとう。それは部屋の中央辺りに置いてもらえる?」

「ぁ――……」


 侍女が水桶を運ぶ男性の使用人を引き連れて部屋に戻った時には、プリシラもイヴも生まれたままの姿を露わにさせていた。あまりに異様な光景に言葉を失う使用人一同に対してイヴは平然と指示を出す。

 多分、彼女達を絶句させたのは二人の恥じらいも無く全裸になっているせいではなく、二人の身体を見てだろう。


「ミカル様、それ……!」

「ん? ああ、これ? 剣士の奴にやられた跡だけれど。プリシラの方こそ少し見ない間に随分と熟れた身体つきになっちゃって」

「それは貴女様が私めをはめたせい……って、貴女様の身体も私共が裏切ったせいでしたわね」


 イヴは身体中が回復魔法でも治せない傷跡が無数に残り、かつ四肢の付け根付近で大きな切断跡が残されている。鍛えこまれた身体つきといい、とても社交界で過ごす貴婦人のものとは思えない。むしろどれほど凄惨な道を歩んだらこうなるんだ、と思われているに違いない。

 一方のプリシラはイヴに復讐された過程のせいか、肌の張りといい肉付きといい男の欲情を掻き立てる艶めかしい身体つきと言える。だが一際目立つのが手足に刻まれた深い切り傷と、胸の下の心臓から下腹部にかけて大きく当てられた焼きごて跡の数々だろう。


 侍女は口元に手を当てて身体を壁に寄りかからせていた。男性使用人が何とか二人を直視しないよう水桶を部屋へと運び入れた途端に退出していった。チラはあまりの痛々しい姿を目の当たりにしたからか、青ざめて身体を震わせていた。

 二人の方は皆の反応を特に気にする様子もなく水に浸った水桶の中に入っていく。


「それじゃあマリア。お願いするわね」


 イヴはこちらへと屈託のない微笑みを浮かべてくる。やっぱりここはわたしの出番か。水の高さは膝とかかとの中間やや高めか。これぐらい量があるなら十分だろうけれど……。


「これ、マリアはやっていたかもしれまんが、わたしはやった試しがないですよね? やり方忘れていたらどうするつもりだったんです?」

「出来るんでしょう? だってマリアだって何の疑問も抱かずに衣服脱いでいるじゃないの」

「そこで判断されても正直困るんですが……」


 わたしは悪態をつきながらも術式を頭の中で構築していく。思い浮かべるのは水が渦巻く様だ。それを用途に応じてより具体的に思い描いていき、形にする。

 そしてわたしはイヴが足を付ける水に手を触れ、力ある言葉と共に魔法を解き放つ――!


「ハイドロウォッシング!」


 すると水はわたしの意思どおりにイヴの身体を包んでいき、ある程度の流速で彼女の身体の周りを流れ始めた。驚きのあまりチラが声を上げるのが聞こえてくる。


「え? え? い、一体何が……?」

「早い話が水を身体の周りで高速で動かして、汚れをこそぎ落としているんです。少しでも水の制御が狂うと洗浄の効果が無くなったり逆に身体を傷つけちゃいます」


 要するに垢すりと同じ効果を水でやっているだけだ。別に石鹸がなかろうとクレンジングと同じ効果が出るよう術式に記述を追加すれば問題は無い。正直普通にお風呂に行った方がわたしは好きなんだけれど、旅先ではこんな感じに少ない水でも身体を洗えるようにした結果だろう。

 ちなみにわたしはこれをいつ習得したのか全く覚えていない。きっとマリアが旅路を少しでも快適に過ごせるよう創意工夫を凝らした技術だと思っている。彼女には感謝する他ない。


「はあ、相変わらず横着をするんですのね」

「あら、手間を省いているって言ってもらえない? 叡智は知的生物の特権でしょうよ」

「まあ私めはこき使われるマリア様に不満が無いなら構いませんけれど?」


 一方のプリシラは普通に桶の中で座り込み、持参していたと思われる垢すりを使って汚れを落としていた。と言うかもしかして石鹸まで持参済み? 羨ましい限りではないか。こっちは神経すり減らしてまで集中させて身体を洗っているのに。


「本当、絶妙な力加減ね。今のおぼつかない腕を使って自分で洗うよりも汚れが落ちているんじゃあないかしら?」

「次は顔と頭、あと髪もやりますね。鼻と耳には入らないようにしますから、目は瞑って口は閉じていてもらえますか?」

「分かったわ。それじゃあお願いね」


 わたしはイヴを包む水を少しずつ上へと動かしていき、顔はそこそこに頭と髪を丹念に洗っていく。強くしすぎると髪が傷むから細心の注意を払わないと。イヴの髪は同性のわたしから見ても美しいから、わたしの手で痛めたくはない。


「どういった発想をすればお風呂の手間を減らす魔導なんて思いつきますの?」

「いや、それはわたしではなく編み出したマリアに言ってもらわないと困ります」

「何か、忘れたからって過去を上手い逃げ口上に使っていませんわよね?」

「そ、そんな事は無いですよー、多分」


 プリシラの方も洗う場所を頭へと移しているようだ。髪が泡まみれになっている様子はどこかおかしく見えてしまう。それにしてもプリシラは丁寧に自分の身体を洗っている。旅を続けていたらそんな機会にはあまり恵まれないとばかり思っていたけれど……。


「何を思い浮かべているのかは大体想像できますけれど、この一年は毎日、しかも何度も身体中丁寧に洗っていましたわよ」

「えっ?」

「当然ですわ。身体が汚れていては仕事になりませんもの。兵士や騎士が己の武具を手入れするのと同じで、私めにとってこの身体こそ商売道具。美しく保とうとするのは当然ですの」

「す、すみません、変な事を語らせてしまって……」


 ただ頭に思い浮かべただけだったのにプリシラに語らせてしまった。顔には出していないつもりだったのに、申し訳なさでいっぱいになってしまう。余計な事を知りたがる悪い癖と言ってしまってもいいかもしれない。少し自分を戒めないと……。


 と、イヴの頭も洗い終わった。イヴの身体を包んでいた水を全て取り除いた上で一ヶ所に集めて水球を作った。そして高速で回転させ、彼女の身体から取り除いた汚れを全て外周へと集める。汚れの塊は摘まんで取り除き、水だけを再び水桶の中に戻した。これでわたしがこの後に使っても問題なくなったわけた。

 イヴはその前に水桶から出て、宮殿付き侍女から渡されたタオルで残った水滴を拭いていく。


「終わりましたよイ……ミカル」

「完璧よマリア。いつもありがとうね」

「どういたしまして」

「マリア様、こちらの水も浄化よろしくお願いいたしますわ」

「石鹸が溶けた水もですか!? い、いや、まあ、やれない事は無いですけど……」


 プリシラは髪を絞りながら水桶から出てきて、やはりタオルで身体を拭いていく。完全に便利屋扱いである。まあいいですけれど? 人の役に立てるのはそこまで嫌な気分ではないし?


「フィルトレーション!」


 わたしは先ほどと同じ要領で水に魔法をかけ、水球にした後で高速で回転させた。ただごみや不純物が混じっているだけなら遠心力で弾き飛ばせばいいだけなのだけれど、水に溶けた異物の場合はもう一工夫必要だから困る。火属性に秀でていたら水を一旦蒸発させるだけなんだけれどなあ。

 やがてこれも先ほどと同じようにごみを取り除けば真水に逆戻りした。おそらくまだ身体を洗えていないチラの為だろう。


「終わりましたよ、これで綺麗になった筈です」

「相変わらず見事なお手並みでしたわ。では聖女様、公爵様にお会いになる前に旅路での汚れを落としましょう」

「ええっ!? わ、私は別にタオルで身体を拭くだけでも……」

「何を仰られますの。折角こうして用意して下さったのですから、そのご厚意に与らないと」

「ひ、ひええっ!? じ、自分で脱ぎます、自分で脱ぎますぅ!」


 プリシラは裸のままでチラへと近づいていくと、見事としか言いようのない鮮やかさでチラの服を脱がしていく。悲鳴を上げるのもお構いなしだ。


 わたしも折角なので自分の魔法で身体を洗っていく。そう言えば自分で試した事はないんだっけなあ、などと考えながら実際試してみると、予想以上に爽快な気分なものだ。さすがに大浴場でのひと時と比較は出来ないけれど、旅路での手段としては申し分ない。これはこの魔法を編み出したマリアには感謝しないといけないな。

 そう言えば先に汚れを落とし終えたイヴは下着こそ穿いているものの服を着ようとしない、ソファーで足を組んでこちらの方を眺めるばかりだった。そう言えばプリシラも同じようなもので、下着姿でチラの身体を洗っている。


「あの、服を着ないと風邪をひいてしまいますよ?」

「何を言っているのよ。それが終わったら今度はマリアに洗濯をしてもらわないといけないんだけれど?」


 洗濯、と言われて一瞬何を言っているのか分からなかったが、やがてイヴが何を意図しているのか察してしまった。


「まさか、道中で着ていたドレスやローブをわたしが洗うんですか!?」

「荷物を出来るだけ軽くするために肌着以外は置いてきたじゃあないの。けれど折角身体を洗ったのに汗と埃まみれな服を着たんじゃあ片手落ちでしょうよ。マリアなら魔法で何とかしてくれるんでしょう?」

「い、いえ、確かに出来ますけれど……魔導を万能とか思っていませんか?」

「マリアだったら出来るって信じていたわ。勿論やってもらえるよね?」


 何て事だ。まさか勇者一行では風呂ばかりでなく洗濯までマリアがこなしていたとは。確かに選択に水属性魔法を活かすと非常に楽になるのでわたしも普段から使っているのだけれど、それもマリアが独自に編み出した魔法だったとか?

 満面の笑みを湛えたイヴは絶対にそれを分かっていて言っているんだろう。意地が悪い、と言うより明らかにわたしの反応を見て愉しんでいる。


 くそう、と悪態をつきながらも、結局わたしは四人分の衣服の洗濯までこなしたのだった。

 途中でチラが、


「す、凄いですぅ! お風呂から洗濯まで日常生活に魔導を活かすなんて!」


 と謎の感動をわたしに向けてきたのが唯一の救いだったかもしれない。

お読みくださりありがとうございました。

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