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国境越え④・敵襲

 朝に出発したわたし達は軽快に馬車を走らせる。帝国を出てどんな道のりになるかと不安だったものの杞憂としか言いようがなかった。街道は舗装こそされていなかったけれど馬車の往来が出来るよう広い幅が確保されていて、しかも石は除去され土はならされていた。


「思っていたよりも快適に走行出来ますね」

「人や物資の流れを円滑に行う為かしらね」


 街道を整備すれば人や物の流通が良くなる反面、万一他国から攻めてこられた場合はその街道を使われて円滑な侵略を手助けする形になる。実際大帝国時代に整備されたレモラ街道は異民族からの侵攻を受けた際もそのまま利用されたとか何とか。

 ただ、帝国は旧キエフ公国の地域には一度たりとも侵攻した過去は無い。なら帝国と公国間で結ばれる街道は整備して平時での流通を良くした方がいいとか判断されたのだろうか? まあ、理由はどうあれ今こうして馬車が揺れないで走行できるのは非常にありがたい。


 イヴはダキア公妃のミカルが特使として赴いたという設定にしたため、ドレス姿のまま馬車の中で景色を眺めていた。国境そばでは外に出ていたチラも今は馬車の中で仮眠を取っている。逆にわたしは馬車後方の外側でプリシラの隣に立っている。


 馬車は広大な田園の中を抜ける街道をひたすら進んでいた。さすがに国境を越えて大分時間が経っているので帝国に向かう人の数は減ってきたけれど、それでも荷物を背に子供の手を引っ張る父親や赤ん坊を抱く母親など、これから避難する人の姿がちらほらと見える。

 ただ、まだ畑仕事をする人の姿も結構目にするから、普段通りの生活を送る人もまだ多いようだ。


「まだ国策として帝国への全面避難する旨は国民には伝えられていないんですね」

「人類連合軍が敗走を繰り返しながらもかろうじて魔王軍の侵攻を阻めているからですわ。かすかな希望を見出しているからこそ、国を捨てる決断に踏み切れないようですの」

「……一転攻勢をかけられて蹂躙された時にはもう手遅れなのに」

「かと言って生まれ故郷は早々には捨てられやしませんわ。例え苦しい思い出しかなかろうと」


 どれだけ進んだだろうか、やがて田園風景は終わって辺り一面は草原となった。人の手が加わった形跡は街道のみに見られるようになり、後はただ自然の風景が広がるのみ。人の往来もこの頃になると見られなくなり、辺りはただわたし達がいるばかりだった。

 まるで世界にわたし達だけが取り残されたかのような寂しさを少し感じる。


 突然、プリシラは矢をつがえずに弓の弦を引き、番えた指を離した。風を切る甲高い音が耳をつんざく。更にプリシラはその動作を素早く幾度となく繰り返した。矢も無しに何の意味が、と疑問に思ったのでよく目を凝らしてみるものの、少し空気が歪んでいるぐらいしか分からない。

 けれど、プリシラの一連の動作は遅れて遠くより上がってきた断末魔の悲鳴という結果をもたらした。


「風属性の攻撃魔法……!」


 プリシラは風で作り出した矢を放ち、はるか遠くでこちらに敵意を持った何者かを射たのか。

 風属性の攻撃魔法は術式構成が結構難しい。と言うのも水や炎と違って目に見えないので思い描きづらいのだ。突風や旋風のように体感しやすい現象ならまだしも、飛び道具になる風の刃や矢はハッキリ言って術式難易度と比較して見返りが少なすぎる。

 と言うのも、水や炎と比べて風に一定の破壊力を持たせるには空気を相当圧縮させるか圧力差を生じさせるぐらいしかないからだ。そんな複雑な工程を挟むぐらいならおとなしく剣を振ったり弓を射たりした方がはるかに手間いらずで同一の現象を起こせる。


「マリア様のようにこの精霊術を名づけるならウィンドアロー、ですわ」

「わざわざ魔導で構成した矢を飛ばすぐらいなら、その筒の中に納まっている矢を飛ばした方が良かったのでは?」

「単に矢の消耗を抑えたいだけですわ。雑魚相手に数に限りある矢を消耗するなんて馬鹿らしいですもの」

「ああ、成程。では強豪が相手になれば普通に矢を放つと?」

「矢を精霊術で強化、または属性付与を施すのですよ」


 風の矢自体の威力が弱かろうとそれで処理出来る程度の敵であれば問題ないわけか。個人的には普通にマジックアローを使った方が手間も威力もかからないと思うけれど、森に生きるエルフだからこそ風属性魔法に秀でているのかもしれない。


 やがて馬車はプリシラが矢を放った場所まで差し掛かった。頭を射抜かれて倒れていたのは人間の賊ではなく魔物だったが、その死体を一目見てわたしは軽く驚いてしまった。世界各地に生息してしまっている野生の魔物とは全く異なる異形のモノだったからだ。

 人でありながら人でない。かと言ってアンデッド化しただけのゾンビでもない。人の姿でありながら悪魔を髣髴とさせるこれ等は一体……?


「グール、屍食鬼ですの。現在旧キエフ公国に襲い掛かる魔王軍では雑兵ですわ」


 あー、文献では見た事がある。確か生死問わず生き物を食らう魔物だったか。しかも知性もある程度備わっていて、人に化けて人を欺いたりするそうだ。そうか、こんな姿だったのか。

 しかし学院で行き交った噂話では、グールが発生する異変はたまに起こるものの、魔王軍の尖兵として人類に牙をむけてはいなかった筈。イヴの話通りなら、この死骸はグールを主に使役する今までとは全く別の魔王軍が本当にこの旧キエフ公国を襲ってきている裏付けになる。


「まだ帝国からそんなに離れていないのに、もう魔王軍の尖兵が出現するなんて……」

「思った以上に領土深く入り込まれていますわね。おそらく都市を攻略する本軍と点在する村や町を落とす別働隊で分かれているのでしょう。広大なこの国に散らばられては魔の手から解放するのにどれほどの時間を要するのやら……」

「だ、大丈夫です!」


 馬車の中から声を上げてきたのはチラだった。彼女は後方の窓を開けてこちらの方を見上げてくる。つまり座席に膝をついて対面に座るイヴに背を向けた形か。チラは行儀の悪さはお構いなしに力強く拳を握った。


「帝国の皇帝陛下が本腰を入れて救援の軍を送ってくだされば形勢は逆転できます! それまで私達が皆さんの支えになり、人々を避難を誘導しつつ連合軍を踏ん張らせるんです! が、頑張りましょう!」

「……そうですわね。悲観に暮れる人達に私共が手を差し伸べないで誰がやるという話ですの」


 勢いにのまれかけたものの、プリシラは笑みを浮かべて力強く頷いた。

 この二人がこの国を救おうと思う気持ちは本物だ。ならそんな彼女達が助けを求めてきたのだから、わたし達もそれに答えられるように頑張らないと。


 そう決意を新たにしていたら、今度はイヴが身を乗り出してこちらへと顔を出してきた。


「三人共、世間話はそれぐらいにして。そろそろ追加でお客が来るみたいよ」

「へっ?」


 追加の客と言われてほんのわずかな間困惑してしまったが、それがプリシラがもてなした魔物だと分かるとすぐに視線を周囲に走らせて辺りの様子を窺う。まだ近隣には林が無く視界は開けているけれど、所々高低差があったりと死角がないわけではない。それを踏まえても客とやらはわたしの目には映らなかった。

 プリシラもまた後方も含めて確認を行ったものの、首を傾げて眉をひそめるだけだった。


「勇者様。私めの目には客人が入って来ないのですが」

「前方右手方向やや前より。そろそろプリシラにも確認できる筈よ」

「……っ!?」


 イヴの指摘を受けてわたしとプリシラはそちらへと注視する。確かにイヴの述べた方角はそこまで視界が良好ではないけれど、遠くまで見通せるプリシラには知覚出来なくてイヴには把握出来たのはどうしてだろうか? わたしの知らない技法を使ったのか、それとも直感なのか?

 程なく、イヴの言った通りに飛び出してくる物陰が見えてきた。目を凝らしてよく確認してみると先ほどプリシラが射抜いたグールと同じのようだ。ただ、今度は部隊となってこちらへと向かってきている。その数、ざっと数えて百体ほどで中隊規模だろうか。


「その直観力、やはりアダム様を彷彿とさせますわね……!」

「あら、アダムを大切に想う私にとってそれは最上級の褒め言葉よ」

「プリシラ、あのぐらいならわたしだけでも十分です。援護と周囲の警戒をお願いします」

「ええ、頼みましたわよマリア様」


 こんな事もあろうかとわたしはずっと杖を手にしたままでいた。ここまでの一週間ではわたしの出番はあまり無かったけれど、さすがのプリシラでもあの数の雑兵を全て射抜くのは難しいだろう。こう言った大勢を相手する場合、魔導の方が優れている。

 さすがにわたしはプリシラのような百発百中の優れた狩人ではないので、この距離でも的を外す可能性は十分ある。けれど、当たらないならより多く弾幕をばらまけば済む話だ。


「マジックアロー!」


 わたしは前方より襲い掛かるグールの群れに向けて大量に魔法の矢を放った。高速で突き進む魔法の矢は次々とグールの身体へと命中し、その体を大きく怯ませる。頭や胴に命中した個体はその場に崩れ落ちるものの、腕や脚にしか当たらなかった奴はそのまま襲撃速度を緩めようとしない。中には全く命中せずに五体満足の者までいるようだ。

 まあ、初めの一撃で一掃できるとは初めから思っていない。こんなのは下手な矢は数撃てば当たるのだ。 


「マジックアロー!」


 だからわたしは比較的簡単に術式を構築できる攻撃魔法を何度も発動させる策に出た。私から次々と大量に放たれる凶器は次々とグールを葬っていく。

 ちなみに魔物の命を奪っていく行為には何ら感じる物は無かった。害虫駆除と同じ感覚でしかないのは勇者イヴと共に旅をして数多の魔物と対峙したマリアの影響だったりするんだろうか? やはり記憶を一切失っていようとわたしがマリアとして歩んだ経験は残っているのか。


 しかし腑に落ちない。あの魔物共はわたし達がこの街道を移動している事を把握して襲ってきているように感じるのだ。偶然獲物が道を走っているから群がったわけではなく、明らかにわたし達を狙った行動だったと思える。けれど、それが雑魚百体では正直足止めにもならずに片手落ちな気が……。


「上ですわマリア様!」

「えっ……!?」


 プリシラの咄嗟の一言で上空を見上げる。そこにいたのはただの鳥ではなく、顔と胸が人間の女性で腕が翼、下半身が鳥という異形の者達だった。

 あれは文献で見た事がある。確かハルピュイアとか言ったか。老婆から見麗しい美女まで様々な顔を持っているが、半端に人間に似ているせいでおぞましい物を見ているように覚える。


 既にプリシラが上空の魔物目がけて風の矢を放っているが、鳥の魔物が羽ばたくと突風が吹いて霧散してしまう。何度も風の矢を放つけれど、それをあざ笑うかのように魔物達は縦横無尽に飛行し続ける。ハルピュイアの姿をここまで確認できなかったのは、もしかしてあのグール達って囮に気を取られていたせいなのか?


「風に乗って飛ぶあの者達にとっては風属性魔法での防御はお手の物ですか!」

「それならわたしが……! マジックアロー!」


 わたしも魔法の矢を上空目がけて放つものの、悉くかわされてしまった。地面をかける敵に対しては跳躍にさえ気を付ければ水平方向にばらまけば十分だけれど、上空を飛ぶ標的目がけての場合は縦横に高さも加わる。自然と弾幕密度が足りなくなり躱しやすくなってしまうのか。

 わたしの攻撃は回避でプリシラのは防御。ここで遠距離攻撃の精度の差が現れてしまっている。


「と、捉えきれない……!?」

「仕方がありません、ここは私めが……!」


 プリシラは今度は矢を五本程度番えると一気に弓を引き絞って、上空の敵めがけて撃ち放った。普通弓は高く行けば行くほど失速して威力を失うものだけれど、プリシラの矢は風に乗るかのように魔物目がけて突き進んでいく。

 敵魔物は思わず耳を覆いたくなるほどの甲高い奇声を発すると、急旋回して矢の進む方向から逃れようとする。やはり高速で飛び回る上に風で防御する敵に対して弓は効果が……。


「この私めの腕を舐めてもらっては困りますわ。大空を飛ぶ鳥を撃ち抜くなど造作もない事」


 鳥が回避行動をとった直後、矢が曲がった。綺麗な弧を描いて鳥の化け物が逃げようとする方向へと向かっていくのだ。更なる方向転換する間も与えられずにハルピュイア達は次々と喉元や眉間に矢を受けていく。


「森に生きた私めにとって三方向、つまり縦、横、高さを考慮した射撃はお手の物。鳥だろうと逃れられやしませんわ」

「矢に敵を追尾させるんじゃあなくてですか?」

「それでは反応が遅すぎますわね。標的が逃げる方向を予測し、直前まで引き付け、いざ敵が逃げようとする一歩手前で軌道を変えるのです。二段階での回避行動はよほどの推進力が無い限り不可能ですの」

「それにしても矢が減速するどころか加速しているようにも見えたんですけど……」

「風の精霊術を付与させましたので、風に乗って突き進みますの。極めたと断言できるほど卓越した弓の使い手なら視界に捉えられる存在全てを標的に出来るらしいのですが、私めはまだそこまでは」


 視界に納められる敵全てとはまた恐ろしいな。地平の彼方から射殺される可能性もあり得るのか。


 プリシラが射抜いた異形の魔物は地面へと吸い込まれるように落下していく。プリシラが次々と矢を放って追撃していくものの、あちらも結構な数を揃えてきているようで中々減らせない。


「一体どこから湧いて出たんですの、鬱陶しい!」

「プリシラ、矢が少なくなっています! 予備はどこかに積んでいますか?」

「マリア様から見て荷物入れの右端にもう一式筒に入れていますわ! それを早く私めに!」

「これを! 空になった筒をこっちに!」


 プリシラは数十本入っていたのに空になった矢の筒をこちらに手渡し、同時にわたしは荷物入れから取り出した予備をプリシラに手渡した。彼女は素早く筒を腰にかけると再び攻撃を開始した。

 もっと近づけばわたしの腕でも命中させられるのに、鳥の魔物は中々こちらへと距離を縮めようとしない。おそらく敵も分かっているのだろう、近寄れば魔法の餌食になるのだと。だからプリシラの矢が使い果たされた時が好機、一気に襲い掛かってくるつもりだろうか?


「じり貧、ですわね」

「こうなったら遠距離狙撃をほどほどにして敵を引きつけるしかありません」

「悔しいですがそれしかなさそうですわね。まさか飛行する魔物をこうも揃えてくるとはっ」

「チラ達を危険に晒す可能性が増えますけれど、打つ手がないよりはましです」


 わたしのマジックレイならおそらく敵に回避行動を取る間も与えずに捉えられる筈だ。射程距離の限界まで引きつけて射抜けばいい。後は敵が急降下し馬車に襲い掛かるまでの間が勝負か。

 わたしとプリシラは視線だけ合わせてお互いに頷いた。覚悟を決めて身構える。


「えっ?」

「な……!」


 が、直後に目にした光景は予想もしなかったものだった。


 突然光の奔流が上空を飛ぶ魔物達を飲み込んだ。鳥の魔物共は絶叫を上げる間も許されずに光の中へと消えていく。光が消え去った後に残ったのは次々と墜落していく魔物の死体ばかりで、あれほど周囲を飛び回っていたハルピュイアは残らず大地へと吸い込まれるように落下していった。


 わたし達二人はただ呆然と落ちゆく鳥の化け物を眺めるしかない。


「火属性の閃光魔法……?」

「いえ、アレは光破熱線ではありません。そうであればあれほどの出力でしたから、原形を留めないほどの炭になっていてもおかしくありません」


 死体が原形を留めていて命のみを焼き尽くす。そういった現象、芸当は属性魔法では到底無理だろう。そしてわたしの用いる無属性の破壊魔法でもない。それならもっと死体が損傷している。

 アレは間違いなく未だ体系化されていない、しかし未知ではない奇跡の魔法だ。


「では、アレは勇者様と同じ、闇と魔を払う光の!?」

「消去法で行けば、光属性の魔法でしょうね」


 わたし達は上空より視線を落とし、光の奔流が放たれた先の方を見つめる。

 そこにあったのは光を湛えた防具を身にし、剣をわたし達の上空へと向けた女剣士の姿。彼女の後ろには騎士団らしき者達が控えており、それぞれが煌びやかで立派な武具を装備している。まるで絵本に出てくるような騎士団、が正直な感想だろうか。

 女剣士に率いられた騎士団はこちらへと馬を駆り近づいてくる。そのまま無視しようにもあちら側は道一杯に広がって隊列を組んでいるので避けようもない。


「ぎょ、御者さん、止めていただけますか? あの人達は人類連合軍の騎士団です」


 馬車の中から聖女の声が聞こえ、それに答えて馬車は緩やかに速度を落とし、道の脇へと停まる。


「プリシラ、あの方達は?」

「聖女様の仰る通り人類連合軍所属の騎士団ですが、女剣士の方は分かりませんわ。それにしても彼女は……」


 プリシラが彼女達を見る目は疑念に満ちていた。結果だけを見ればわたし達は彼女に助けられた形になっているけれど、やはり疑いの出所は先ほどの光の奔流か。

 チラが馬車から降りたのでわたし達もそれに倣う。騎士達もまたわたし達の手前まで来ると馬から降り、各々が兜を脱いで聖女の前に跪いた。ただ、女剣士のみは兜を被ったまま首を垂れる。


「遅れまして申し訳ございません聖女様。公爵閣下の命を受け、貴女様の御身を守るよう遣わされました」

「お、お疲れさまですぅ。わざわざ私なんかの為に来てくださって、本当にありがとうございます」


 女剣士の隣で跪く若干わたしよりも年齢を重ねた風貌の騎士が恭しく言葉を述べた。鎧の作りが他の者よりも豪奢な感じがするから、おそらく彼がこの騎士団の団長か。チラも慌てながらも何とか労いを送り、頭を下げる。


「事態はより深刻になりつつあります。聖女様の仰ったとおり、もはや帝国の力に縋る他ないかと」

「……貴方がそう言ってくださるだけで十分です。出来る事があるのに体裁に固執して命を蔑にするなんて、やっぱりおかしいですから」

「積もる話は公都にてまた。ではこれより、我々が貴女様の御身をお守りいたします」

「は、はい。よろしくお願いいたしますっ!」


 団長らしき人物はあくまで聖女チラに対してのみ礼儀正しくしている。いや、この場にいる騎士達誰もが、か。プリシラは聖女付きの修道女とは言えただの身の回りの世話をする付き人。わたしなんか帝国からきた得体のしれない魔導師だし、イヴだって今は貴族の貴婦人か令嬢にしか見えない。最低限の礼儀は尽くすけれどそれはあくまで義務的に接するだけ、か。

 別にわたしとプリシラさえいれば充分道中切り抜けられると思うんだけれど、まあ折角のご厚意には与るか。


 けれど、一つだけ今すぐに明らかにしなくてはならない疑問があるだろう。チラも保留にはしておけなかったのか、怯えて身体を少し震わせながらも一歩進み出た。


「あ、あの……!」

「はい、何か御用でしょうか?」

「さ、先ほどの閃光……私には光属性の魔法に見えたんですけれど……」

「ええ、その通りです」


 団長らしき男性の促しに頷くと、女剣士は被っていた兜を脱いだ。兜の中でまとまっていた長く瑞々しい髪が流れ、その容貌が露わになる。

 正直、声を上げなかった自分を褒めたいぐらいだ。チラは思いっきり驚愕の声を上げているし、プリシラは警戒心がにじみ出るように目を細め、逆にイヴは興が乗ってきたとばかりに唇を吊り上げていた。


「つい先日、この地にやってきてくださったんです。魔を払う勇者イヴが!」


 それはまごう事なきイヴその人だった。

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