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魔の森①・三人目

 騎士団の来襲……もとい、騎士団との遭遇からしばらく時間が経った。馬車はその後何事もなかったかのように整備された街道をひた走る。

 辺りは昼も過ぎたからか、少しずつ影が濃くなってきていた。雲が出てきて晴れ間はなくなったけれど雨が降る様子もなく、風はまあまあ吹いていると言った所か。これなら今日の旅路は最後まで特に天候に悩まされずに済みそうだ。


「そう言えば、あんた学院に行く前もこの道通ったんだよな」


 外の情景を何も考えずに呆けながら眺めていたら、ダニエルが唐突に声をかけてきた。

 確か学院への入学の際もこの道を通った筈だ。わたしの故郷と帝都を結ぶ街道はここが主に使われていて、他は余計に日数がかかったり危険だったりしたと記憶している。何年も経過した今でも帝都行きの馬車から見ていた情景はそれなりに思い出せる。


「ええ、そうですがそれが?」

「この道、大丈夫なのか?」


 言われてみれば、と今通っている道がどんな様子だったかを思い出してみる。

 今日の目的地である最後の宿場町はこの左右に広がる森を抜けた先になる。この森は昔から獰猛な獣や魔物の住処となっている危険な領域だった。一歩踏み込んだが最後、命の保証はないと国が警戒を発しているほどだ。

 馬車が走るこの街道はその森を突っ切るように整備されている。心配するのは当然と言っていいだろう。なら、事情を説明して彼を安心させるか。

 わたしは街道の脇に等間隔で並ぶ外灯のような構造物を指し示す。


「大丈夫ですよ。アレが我々の安全を保障してくれますから」

「ん、ああ、アレ夜間に道を照らす為の仕掛けじゃあないのか?」


 夜間に明かりを照らしていたら虫や魔物達を逆に引き寄せてしまうだろう。第一このような危険な場所で夜間に移動しようと試みる者は緊急時を除けば滅多にいないだろうし、わざわざ夜間移動車の為の外灯を設置する必要はない。


「アレは高名な魔導師が建てたもので、害意、悪意あるモノが近づくと自動防衛に入り、攻撃魔法を飛ばします」

「自動防衛、そんなのまで魔法で出来るのか!」


 わたしの故郷と帝都を結ぶ街道について帝都は建国当時から重要視しており、この森を突き抜けるように整備すると森を迂回するより数日早く付くものと予想されていた。そのため、猛獣が跋扈する森の中を走る街道の安全確保は帝国にとっても重要視されていた。昔は頻繁に軍隊を派遣して掃討作戦を行っていたらしいが、財政的な問題で初期投資と維持費にのみ金が必要となる防衛装置を魔導師に建ててもらった方がいい、となったらしい。

 結果、この街道には魔導式自動防衛装置が配備され、街道を往来する人達を守っている。ただし組み込まれた術式通りの動きしかしない為、あくまで旅路を援助するための設備と割り切っていい。現に昔よりは事件が起こらなくなったが未だに不幸な出来事が起こると聞いている。


「あの構造物は往来する人にも危険を知らせる仕組みがあります。何の反応を示していないようでしたら安心していいですよ」

「反応って、どんな感じにだ?」

「それぞれの状態によって上側のランプが様々な色に光りますね。緑は正常、黄色は注意、赤は警戒でしたっけ」


 この構造物は外灯で例えるとランプの箇所に魔法の術式が施されていて、悪意・害意に反応して迎撃魔法を自動射出する仕組みだ。そのため獣や魔物のみならず、賊が襲ってこようと起動する優れものだ。精度に関してはまだ発展途上との事だが。

 ちなみに街道のせいで森を真っ二つにして生態系を崩したくないとの意図で、往来する人がいなければ仕組みは働かないらしい。良く考えられたものだ。


「……じゃあ、あの色は何だ?」


 その言葉を聞いて思わず飛び上がり、すぐさまダニエルが指差す方向を凝視した。

 ――進行方向幾つか先の塔が、赤く光っている。


「御者さん、今すぐ馬車を止めて!」

「えっ!?」

「早く!」


 わたしは説明を後回しにして御者に強く呼びかけると同時に肩をゆすった。御者はわたしの剣幕に圧されたのか慌てながら馬車をその場に停止させる。


「何だ、何があったんだ?」

「防衛装置が赤色、警戒を示しています。このまま何も確認せずに進むのは危険かと」

「そ、そんな! 何度もここは通ったが今までそんな事はなかったのに!」


 御者さんは随分と狼狽えているけど、この街道に限ってもわりと頻度に防衛装置は作動すると聞いている。何往復もしているなら一回ぐらいは遭遇するものと思っていたんだけれど? よほど今まで運が良かったのだろうが、それにしても装置の変貌に気付かないとは不注意にもほどがある。

 近くの装置は黄色を示し、赤くなった装置は三つほど先に位置している。少しの間眺めていたがこちらの装置が赤く変わりはせず、けれど赤く光った装置もそのままで緑や黄色に変わる様子もない。自動防衛を行っていないからまだ大丈夫だろうが、強行突破しようとした途端に災厄に見舞われるのは御免だ。ここは時間をかけてでも安全を確保した方がいいだろう。


「少し様子を見てきます。馬車を何時でも走らせられるようにしておいてください」

「だ、大丈夫なのか?」

「大丈夫かどうかをこれから見てきますから」


 探知魔法に長けていればこの場から辺りを確認出来るのだけれど、あいにくわたしはそういった系統の魔導は腕があまりよろしくない。それなら実際に近寄って状況を確かめた方が確実だ。

 わたしは自分の荷物から魔導書と杖だけを取り出し、馬車から降りた。つばを飲み込むと、ゆっくりと赤く光った装置に向かって歩みだす。辺りは風に吹かれて揺れる木々の葉の音ばかりで、獣や鳥の鳴き声も聞こえてこない。この静寂さはなくかえって不気味でならない。


「……装置は、特に損傷してないみたいね」


 とうとう赤色に光る装置の傍まで来たが、特に異常事態が起こる気配はない。ここからあと三つ先の装置までは赤く、それより先は黄色に光ったままだ。とすると、装置が反応を示す何かがこの近くにはあるが装置の攻撃射程範囲には入っていない状態を維持しているのか。それなら杞憂と断じてこのまま強行突破するのも一つの手だけれど……。


「憂いは絶つべきだなこりゃあ。少し辺りを探索した方がいいんじゃないか?」

「後方は任せた。頼りにしてるぜ」


 悩んでいるわたしの肩に手を置いてきたのはアモスだった。彼は緊張感を漂わせて真顔になっており、何時の間にか剣、盾、鎧と装備を整えている。気さくと言ってよかった先ほどまでの彼は影をひそめ、そこには数々の戦場を駆け抜けた戦士が一人いた。

 ダニエルもまたダガーを手にし、周囲を見回している。彼の荷物には斧もあった筈だが障害物の多い森には適さないと獲物を切り替えたんだろう。警戒心を周囲に向けた彼の様子はやはり馬車の中でのやりとりからは想像もできなかった。

 二人の申し出を断る理由はない。前衛は彼らに任せよう。


「……分かりましたが、馬車から見える位置までにしましょう」

「だな、街道の安全を確認さえすれば問題ねえだろ」

「賛成だぜ。それで、どっち側だと思う?」


 進行方向に対して右か左か、か。あいにく装置は範囲内に反応するだけだから方角までは知らせてくれない。赤色が三点で隣接する装置が黄色だから距離はある程度分かるけれど、後は右か左か二つに一つだろう。とすれば判断材料は周囲の音とか匂いとかになるんだけど……。


「何か魔法で上手い具合に感覚を鋭く出来ねえのか?」

「補助魔法ですか……。試してみる価値はありそうですね」

「いや、待った」


 不意にアモスにわたしとダニエルの会話はさえぎられた。彼の視線は進行方向に対して左側に向けられ、目は鋭く、額には汗をにじませる。ダニエルも言われて何か気づいたのか、表情を更に険しくした。しかしわたしには何も見えないし何も聞こえない。おそらくわたしには無い、経験に裏打ちされた感で不穏な気配を感じ取ったのだろう。

 アモスはダニエルに指で合図をしながら、街道から外れて森へと足を踏み込んでいく。そしてわたしに向けて背を見せながら手招きする。


「物音を立てずにゆっくり近づくぞ。俺のそばを離れるなよ」

「ええ、分かっています」


 学院時代は、と言っても数日前までそうだったが、魔導の実験に使う素材は自分で集める必要があった。購入できないものは冒険者と共に取りに行ったりもしたものだ。場数こそ少ないけれど、わたしだって何も知らない素人ではない。

 わたし達はゆっくりと森の中を進んでいく。森は木々が生い茂ってはいるが、日光が下まであまり来ないのか、草は少なくそこまでの歩きづらさではなかった。木の裏に身をもぐりこませながら少しずつ奥へと進んでいく。木の密度が予想より多く、後ろを振り返っても馬車はもう木々の隙間からしか見えていなかった。

 もう離れすぎているから引き返そう、と言おうとした矢先、


「う……っ!?」


 鉄の生臭さが、鼻に飛び込んできた。思わず手で覆い隠してしまう。

 さらに奥に進んでいくと、強烈な臭いは更にきつくなっていく。これではもう気のせいなどでは到底片付けられない。


「こ、これは……!」


 そして広がっていたのは、絵画でしか見た事のないような凄惨な光景だった。


 一帯の大地と木々が塗料をぶちまけたように真紅に染まる中、先ほどわたし達の前に現れた煌びやかな装備に身を包んだ帝国が誇る禁軍の騎士達が見るも無残な物言わぬ躯として、辺り一面に転がっていた。

 胴から離れた首が生きている筈もない。胴が上下に離れていては生きていられない。一見無事に見えても胸と口元が薔薇が咲き誇ったように真っ赤としている者もいた。


「駄目だな……全員死んでる。一応聞いておくけど蘇生魔法は――」

「わ、わたしには使えません……ごめんなさい」


 生きていたら何とか命を繋げられたかもしれないけど、死んでしまっていたらわたしに出来る事は何もない。蘇生魔法ほどの高度な魔法の担い手は広大な帝国でもいるか分かっておらず、勿論わたしは無理だ。神の定めし運命を覆す奇跡はわたしには遠すぎる。

 無力さを痛感してる暇があったら、と何とか自分を奮い立たせて散らばる騎士達の中に息をしている者がいないか確かめていくものの、誰一人として生命を宿している者はいなかった。


「まだ身体が温かいので、そう時間は経ってないかと……」

「じゃあ俺達と別れてから追ってた何かと戦って、返り討ちにあったのか?」


 中には内臓を引き裂かれた馬も転がっていて、まだ息絶え絶えに痙攣しているから、きっとそうなんだろう。多分騎乗して敵に立ち向かっていったら馬を切り裂かれて放り出されたところを逆に、辺りだろうか。

 戦いの場は少しずつ移っていったらしく、奥に進むたびに騎士たちの亡骸が目に入る。ついさっき見た騎士たちの数と遺体の数を照らし合わせて逃げ延びた人がいる事を願ったが、それはついに叶わなかった。


「見つかっていない団長以外、全員亡くなっています……」


 中には先ほどわたしと語り合った女騎士もいた。兜の面の隙間、右目に刃物を突き立てられたのか、見事に穴を開けられている。折角の整った容姿に宝石のように輝いていた瞳もこの有様では無残この上ない。

 見つかっていない団長は勇者一行に加わっていた騎士だったか。その英雄が指揮している騎士団がこうまで見事なほど返り討ちにあうとは、相手は一体どれだけの強さなんだ? まさか勇者が撃ち漏らした強大な魔物が潜んでいて、騎士団はその討伐に?


「二人とも、ちょっと、こっちに」


 自分の方に来るように手招きしていたダニエルの言う通りに傍に駆け寄り、彼の視線の方向に目を向けた。


「ひ、ぃ……!」


 そこでは、団長のサウルが喉に剣を貫通されて仰向けに倒れ、隣では胴に二本の剣が突き刺さり四肢を失った女剣士が口から血を逆流させていた。

 あまりの光景に息をのむ。軽く口から洩れた悲鳴を何とか飲み込むのに必死になる。


「まずいぜ、これはよ……!」


 その場で固まっていたわたし達の中で一番最初に我に返ったのはアモスだった。彼は一目散に駆け出して団長の様子を確かめる。ダニエルもすぐ後に我に返って団長の方へと走りだした。それならとわたしは女剣士の方へと足を運ぶ。

 首筋に手を当てて……良かった、まだ脈がある。


「大丈夫、わたしは白魔導師です。今魔法を施しますから気をしっかり!」

「ぁ……なた、は……」


 女剣士は駆け寄ったわたしに驚いた様子だった。わたしに少しだけでも反応を示してくれたから、まだ意識は手放していないようだ。

 ちなみに白魔導師とは回復魔法や補助魔法を主に行使する、冒険者の間での分類だ。逆に炎や風などの攻撃魔法を駆使すれば黒魔導師と呼ばれる。魔導師の間でそんな分類はなくどちらもただの魔導師だから、白や黒は一般の人にも認識されやすい便宜上の呼び方になる。

 まずはこの突き刺さった剣を抜いて自己治癒魔法……いや、そんなんじゃ足りない。なら回復魔法……これでもまだ不十分。それなら……!


「まずい、こっちの団長さんはもう虫の息もない! こっちの方に魔法を……!」

「えっ……!?」


 意を決したところで声を上げてきたのはアモスだった。振り返ると、彼が抱きかかえた騎士団長は身体を何度も不自然に痙攣させている。


「薬草とか回復剤とか持っていないんですか!?」

「す、すまん、現地調達するつもりで軽回復剤しか持ってなかった!」


 回復剤、傷を癒す魔法の効果を持つ水の事で、いつどんな危険に見舞われるか分からない冒険には欠かせない消耗品という位置づけだ。上級回復剤にもなると瀕死の重傷でも命をつなぎとめる効果を発揮する。てっきり上それを持っているから真っ先にそっちに駆け寄ったかと思ってたのに!

 それならあっちを先に……いや、そうしてたらこっちが間に合わなくなる。一刻を争うなら、わたしが駆け付けたこっちの人からだ。

 わたしは自分の腰に巻いた道具袋から中級回復剤を取り出してアモス達の方へと放った。正直つい最近まで学生だったわたしからすればこれでも十分値が張る代物だけれど、贅沢は言ってられない。


「中級回復剤で何とか命をつなぎ留めてください! こっちが終わったらそちらもやります!」

「けどよ……!」

「こっちの人も命が危ないんですって! 話は全部終わった後で聞き、ますっ!」


 わたしは力を込めて女剣士に刺さった剣を二本とも抜き、手に意識を集中させる。


 魔法の行使に必要なのは世界の理を覆して己のしたい事を形とする術式の展開だ。魔導師は呪文を詠唱して術式を構築すると多くの人からは思われがちだけど、必ずしもそうではない。要は術式さえ書けるなら頭の中で呪文なり術式の陣なりを思い浮かべても問題はない。中には手と指で印を結んで術式を作る人もいるらしい。

 わたしの場合は頭に術式を描いていき、それを魔法として解き放つ――!


「リヴァイヴ!」


 復活魔法、それは死者蘇生に最も迫る完全回復魔法だ。わたしが習得出来た数少ない上級魔法の一つで、学院を無事卒業できたのはこれが習得出来たからと断言してもいい。少しの毒や呪いなら同時に浄化する効果もあるらしいが、本当かどうか試してはいない。

 わたしの発するほのかに黄金色が混じった白き淡い光が女剣士の身体を包み込み、徐々に命を脅かしていた傷を治していく。失った四肢の再生は無理でも、これ以上傷が彼女の体力を奪っていく事はもうない筈だ。

 力なく視線が定まらなかった剣士は信じられないとばかりに目を見開らいて自分自身を眺めている。この人もまさかこれほどの重体を回復できる魔導師が偶然通りかかるとは思わなかったんだろう。わたしにとってもこの遭遇は単なる偶然だから、その気持ちは分からなくもない。

 ふと、その剣士は視線を自分から外す。それが向かう先は騎士団長のサウル? 彼は剣が引き抜かれた首から噴水のように血を飛び散らせながらわたし達……いや、女剣士の方を睨んでいた。


 女剣士が浮かべたのは歓喜にも似た嘲笑、団長が向けたのは絶望と憎悪。


 女剣士の青白くも瑞々しい唇が動く。声は出ずにただ息が洩れるばかりだったが、彼女は確かに高らかにこう宣言していた。


「私の勝ちだ。地獄に落ちろ」


 背筋が震える。それは女剣士を怖ろしく感じたからでも団長の全てを呪うばかりの憎しみにあてられたからでもなく、それらの結果がわたしの選択がもたらしたからだ。


 どちらとも面識がなかったわたしのとっさの行動が二人の運命を決定づけた。その事実に押しつぶされそうな気分に陥った。

お読みくださりありがとうございました。

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