国境越え①・かつての仲間との思わぬ再会
早朝、わたしはいつもと同じ朝を迎えた。
まず水を汲みに行き、朝食を作る。この辺りでイヴが起きてくる。朝食を取りつつしばしの団欒となる。身支度を整えてから階下の店に向かい、開店準備を始めるのだ。居住区の掃除は週末でも十分だし、食材の買い出しは閉店後の事務作業終了後でも十分だから。
けれど、今日開店準備を行うのはわたしではなかった。
「あ、マリアさん。おはようございますー」
「おはようございます。来てくださってありがとうございます」
診断所の待合室で雑巾装備で掃除していたのは魔導師タマル。しばらく留守にするわたしに代わってこの診断所の切り盛りをして下さる、イゼベルから派遣された協会所属魔導師だ。タマルの方が目上ではあるが昨日初めて対面したので、お互い一線引いた接し方になっている。
タマルはわたしに気付くと軽く頭を下げて、掃除を再開した。
「すみませんタマルさん、わたしのお店に出向だなんて。ご自身の研究の妨げになってしまうんじゃあ……」
「別にいいんですよー。部屋引きこもって研究したり駆け出してもいない卵達に教鞭振るうしかしていませんでしたからねー。こういった機会を設けてもらえて実はありがたかったんですよー」
気の抜けそうな語尾を伸ばした物言いだけれど、魔導の腕と知識は確からしい。わたしが学院へと旅立つ前はここの協会支部には属していなかったそうで、教員としても年数はあまり重ねていないそうだ。あえて言えば実践に恵まれなかったそうで、今回をいい経験としたい思惑があるとの事。
ちなみに彼女への報酬はない。出向と言っても協会より正式に辞令が下されて派遣された形となっている。なので協会より賃金が払われ、わたしの懐は一向に痛まない。診断の際に使用する消耗品も必要経費として協会に計上、わたしが帰還した後に必要あれば専門職による店内の清掃も可能だ。
ダキアへ派遣されるわたし自身への報酬も協会からもらえるし、正直今回の任務はかなり破格な待遇と言っていい。昨日タマルを紹介された際にイゼベルに率直に疑問をぶつけてみたが、
「腕のある魔導師に正当な報酬を払うのは当然でしょう。あ、その分帝国から派遣費用はちゃんともらうし、差金もしっかり確保させてもらうからご安心を」
との事だった。
わたしとしては派遣中の生活費確保と本来ここでの労働によって稼げる分のお金さえもらえれば良かったけれど、やはり戦争中で危険な国に派遣されるからか、結構な儲けになりそうだ。
「そう言えば気になってましたけどー、診断室の中って机とベッドが二つあってー、それをカーテンで仕切られるような構造にしてるんですねー」
「ええ、忙しくなって人手が足らなくなった時に協会に依頼して、助っ人を派遣してもらえるようにしたんですよ。今のところは一人で切り盛り出来ていますけれど」
「じゃああたしはこっち使いますねー」
「え? あ、はい、問題ありません」
タマルは普段わたしが使っていない方の机に協会支部より持ち出してきただろう道具一式を並べていく。一応自分の仕事机もタマルが使っても問題ないよう片付けていたけれど、どうやら不要だったようだ。わたしは別に自分の机を他の人が使ってもあまり気にしないけれど、こういった配慮は好印象だ。
彼女の荷物の中にはわたしが目にした事のない魔導書もあるようだ。ちょっと読ませてもらいたい衝動に駆られてしまう。いけないいけない、魔導師の叡智は己の命よりも大切な財産。むやみやたらと知りたがるのは無礼だ。
タマルは作業を終えると軽く手をはたいてからわたしへと近寄ってきた。そして胸に手を当てながらわたしの目と目を合わせてきた。
「ここはちゃんとやりますので心配なさらずに。どうか無事に戻ってきてくださいねー」
「……分かりました。ありがとうございます」
わたしは深々とお辞儀をした。仕事の一環でここに来たにも拘らず送ってくれた彼女の気遣いは、わたしにとってとても有難いものだったし、心の荷が軽くなるものだった。
既に旅路の準備は整っている。さあ、行こうか。
■■■
イヴの車椅子を押しながら中央区と北の城壁を結ぶ街道へと足を向ける。彼女は長旅での疲労が溜まらないよう軽装備に身を包んでいた。死者の都攻略戦で魔王アダムのとの剣戟の末に装備品一式が結構損傷したため、ある程度は新替えしている。それでも全体的な雰囲気はそのままだ。
ただ、その脚と同じ長さもある大盾まで新替えしなくてもよかったんじゃあないかなあ? なんかすごく邪魔なんだけれど?
「盾で守りつつ隙あらば剣で切り伏せる。それが勇者イヴの戦い方だからね」
とはイヴの弁だ。これだけ大きいと立ち回りにひと苦労すると最初は思っていたけれど、この間の戦いでは身を守る以外に武器としても使っていたっけ。もしかしたらわたしが知らないだけで盾からも攻撃魔法を繰り出せたりするんだろうか?
さすがに今の彼女は兜を被っていない。ただ髪は頭部でまとめ上げているのでいつでも被れるようにはしている。
帝国と言えども領土の隅々まで治安が行き届いているわけではないので、賊や魔物が出没する可能性は十分にある。襲って来られてからのんびりと武具を装備していては話にならない。武器を取れば臨戦態勢に望めるぐらいには準備をしておかないと。
……まあ、正直イヴぐらいになれば剣さえあればどうとでも出来る気もするけれど。
「そう言えばイヴ、勇者装備って光の剣だけでしたっけ? 今のイヴは光の剣以外全て市販の防具ですけれど、勇者していた頃はどうしていたんです?」
「勇者装備の鎧、兜、盾があったわよ。盾は左腕を切り落とされて剣を持てなくなるから大魔宮で捨ててきたかしら。鎧と兜は行方をくらます際に邪魔になるからやっぱり捨ててきちゃった」
「……確か大魔宮ってイヴ達が攻略した後も魔王軍の勢力下にあるんですよね?」
「ええ、今頃は魔王軍が回収して良からぬ企みにでも使っているんじゃあないかしら?」
人類連合軍は確かに旧キエフ大公国や旧ルーシ公国諸国での戦争で魔王軍を退けはした。けれど大魔宮は旧ルーシ公国諸国からさらに東の方角に位置している。聞いた限りでは勇者一行が攻め入って魔王を討ち果たしたのはいいけれど、大魔宮自体の奪取は叶わなかった。
それもそうだろう。イヴの話では魔王軍はまだその大半が健在。侵攻軍だった二つの軍相手ですら精一杯だった人類連合軍は大魔宮まで反撃出来なかったのだ。魔王が亡くなり勇者一行が去った後の大魔宮はすぐに魔の者の手に落ちた、と確認されたのが人類が把握している最後の情報だったか。
それにしても勇者装備を良からぬ企みにかー。呪われた装備に変貌させてしまうとか? 人類の希望となる勇者が身に纏う鎧が装備者を破滅させる感じに。それともリビングアーマー化してしまうとか? 勇者ばかりか人類を守ってきた防具が今度は魔の者達を守るみたいに。
「けれど光の剣と共に勇者を支えてきた装備ですよね。取り戻したいとは思わないんです?」
「別に思わないかな。あれば便利だけれど無ければ無いなりにやりようがあるし。剣だってマリアの師匠が持ってきてくれなきゃあ二度と取り戻す予定なんてなかったもの」
そんな他愛のない会話を交わしながらわたし達は大通りに出た。最寄りの乗合馬車の停留所近くに教会の馬車が停められており、その傍では修道女が待機していた。彼女はわたし達の接近に気付くと深々と首を垂れた。
「お待ちしておりました、勇者様、マリア様。お荷物は後方へと乗せてください」
「お世話になります。よろしくお願いします」
聖女チラと共にキエフへと赴くにあたり、実は厄介になりたくないからと乗合馬車を使うつもりだった。が、交通網がそれなりに整備されている帝国と違い情勢不安定な旧キエフ公国にそんな交通機関は無く、脚での旅路では馬車移動の聖女達より大きく遅れての現地到着は必至だった。
と言っても馬車を借りるとなるとあまりに高く付くのでわたしの懐が寂しくなってしまう。イゼベルもそんな贅沢を経費として許可するつもりはないって断言してきたし。なので仕方なく徒歩での旅路も覚悟していたのだけれど……。
「わ、私達の馬車は四人乗りです。一緒にの、乗っていただけますか?」
とチラが申し出てくれたので、有難くご厚意に与る形になった。
イヴと二人がかりで二人分の荷物、イヴの盾、そして折り畳んだ車椅子を入れる。これだけでも結構な容量になってしまうけれど、まだ若干の余裕があるほど収納空間が広い。後方にも人が乗れる空間が確保されていて、荷物の見張りや周囲への監視をする為の立ち場所だろう。
ふと、後方に立てかけられていた弓に目が行った。帝国で主に採用しているコンポジットボウとも西方諸国で主に使われているクロスボウとも違う。確か動物の皮や骨と言った素材を使わずに作られたロングボウだったか。大帝国時代に北端だった島国で使われていると何処かの文献で見た覚えがある。
「随分と珍しい弓を使っているんですね」
「クロスボウではしっくりこなかったのでわざわざ取り寄せていただきましたの。速射性には劣りますが飛距離は段違いですから」
誰か護衛の者が別にいると思って修道女に聞いてみたら、これ修道女自身の武器だったのか。あれ、って事は聖女チラは御者を含めて三人の旅でここまで訪れてきたんだろうか。修道女は聖女の世話役もしくは補佐役かと思っていたら、護衛役も兼ねていたとは。
荷物を載せ終えて馬車後部より降り立ったわたしだが、何故か修道女に訝しげに眉を顰められた。別にわたしは修道女に何も失礼な事はしていない筈だが……。一昨日だって修道女とは特に言葉を交わしてもいないし、そもそも接してもいなかったのに。
首を傾げたくなるわたしをよそに修道女はイヴへと目配せを送る。送られたイヴはわたしと修道女の反応を見て面白かったのか、修道女に横目を振りつつ笑みを浮かべていた。
「どういう事ですの勇者様? 今のマリア様はまるで……」
「まるで私達と一緒に旅をしていた虹のマリアとは別人、かしら? 貴女も相当だと思うけれど?」
「それを言ってしまったら勇者様もでしょう。私めの目はごまかせませんわ」
「あらあら。貴女の眼の良さは洞察力を含めて健在、か」
ちょっと待った。何かイヴと修道女が気心知れた仲のように語り合っている。勇者一行としての旅路の途中でこちらの修道女に関わったわけでなく、まるで彼女は……。
「成程、これがマリア様に致した復讐ですのね」
「ご明察よプリシラ。それにしても不思議なものね……。マリアもそうだけれど貴女ともこうして再び顔を合わせるだなんて思いもしなかったもの」
――勇者イヴと共に旅をした、マリアの仲間ではないか?
修道女は慇懃に頭を下げた。
「では改めて自己紹介を。私めは聖女であらせられるチラ様に仕える修道女、プリシラと申しますわ。かつて勇者様と旅を共にした者、と申し上げれば分かりますでしょうか?」
では彼女が勇者一行の一人、それも勇者の手で復讐を果たされた弓使い――!
驚愕するわたしをよそに修道女は馬車の扉を開く。中では進行方向に向く形でチラが座っていた。彼女もわたし達に気付いていたようで、座ったままで軽く会釈をしてくる。
「積もる話は長くなる旅の間に致しません? どうぞ上がり下さいまし」
「お、お待ちしておりました勇者様ぁ。勇者様と旅を一緒に出来るなんて光栄ですぅ!」
「そう、じゃあ遠慮なく乗らせてもらうわね」
イヴは剣を携えたまま馬車へと乗り込んでいき、進行方向とは逆に向く下座に座る。修道女……いや、プリシラはわたしにも乗るように促してくるものの、わたしは首を横に振った。
「道中しばらくの間プリシラさんと語り合いたいんですけれど、問題ありませんか?」
「いえ、私めは構いませんわ。聖女様、マリア様は私めの隣に来るそうです」
「そ、そうですかぁ。じゃあ出発しましょう。御者さん、お願いしますぅ」
わたし達の乗車を確認した御者は馬を走らせ始めた。
これでわたし達は一旦この公都とはお別れだ。帰ってくるのは早くても一か月以上後だろう。新たな生活の基盤にもなったこの故郷に帰ってこられるといいのだが、一筋縄ではいきそうにない気がしてたまらなかった。
■■■
帝国が整備したレモラ街道を馬車はひた走る。帝国の主な街道は馬車が脇に寄らなくても行き違いできるぐらいに広くされているから、走っていると気持ちがいいものだ。しかも今は外側後部にいるため、絶景とも言っていい。夜は寒そうだけれど。
ここから旧キエフ公国の公都までは結構遠い。帝都からダキア公都よりも長い旅路になるだろう。往路だけでそれなのに事が解決したら帰路まで同じ道を辿らないといけないのだから、気が滅入る所の話ではないなあ。
最も、長い旅路で馬を全力疾走させ続けるなんて愚の骨頂。馬車が走りやすい舗装されたレモラ街道は帝国国境までしか設けられていない。旧キエフ公国の街道の事情は知らないけれど、馬車が通りやすく舗装された道ならいいけれど。
「旧キエフ公国の公都までどれぐらいの日程になるんでしょうか?」
「ダキアの公都までには二週間要しましたわ。これでも時間が差し迫っていましたので急がせた結果ですの」
わたしの隣に立つプリシラはすれ違う人や馬車、そして通り過ぎる旅人全てに目を光らせている。奇襲を受けた際でも即座に対応できるよう弓を持って矢の入った筒を背中にぶら下げている。帝国街道に設けられる防御塔のように敵意や悪意に反応する魔導具があれば便利なんだけれど、アレ高いんだよね。
アンデッド発生の異変が解決したためか、街道を行き交う人の量が増えた気がする。あと心なしか暗く沈んだ面持ちをする人が減ったかな? 物流や人流が増えれば経済が活性化するので、公都が賑やかになるのはわたしにとっても喜ばしいものだ。
それにしても、プリシラは非常に整った顔立ちをしている。しみや傷一つもなくてまつ毛も長く、輝く瞳は宝石のごとく、わずかに染まる潤った唇はとても柔らかそうだ。イヴはどちらかと言うと女の子のあどけなさを残していたけれど、凛々しさを兼ね備えた彼女は大人の女性らしい美人と言って差し支えないだろう。
「私めの顔に何か付いていますの?」
「い、いえ、すみません。つい見惚れていただけです」
「元同胞と比べても美形でしたから殿方受けは良うございました。最も、私めには無用の長物ですけれど」
「いや、その言葉は女性の半分ぐらいを敵に回すと思いますよ……」
さて、公都を出発してから大分経った。ある程度言葉は交わしたから、本題に切り込んでも問題はないだろう。別にわたしが知らなくてもいいとは思うけれど、知っておきたい衝動に駆られるのは魔導師としての生き方と言ってしまっていい。
「プリシラさん、よかったらでいいですけれど……」
「あら奇遇ですわね。私めもマリア様が一年前からどう過ごしていたか知りたくてうずうずしていましたの。よろしければ語ってくださる?」
うぐ、聞きたい事を先に聞かれてしまった。そう言えばプリシラにとってマリアとの再会は一年ぶりになるのか。マリアとわたしとでは性格から経験まで多くが違ってしまっているから、聞きたくなるのも無理はない。それに自分が聞きたいならまず自分の方から口火を切るのは当然か。
わたしはわたしの身の上を語りだした。マリアとして勇者一行に加わった本当の理由、達成する一番の近道を選ぶために選択したイヴへの裏切り、悲願達成間際で受けたイヴからの復讐、そして自己の喪失。
もうマリアとしてのわたしは取り戻せないけれど、それでもわたしは今をこうして生きている。ならマリアはマリアでわたしはわたしとか関係なしに精一杯過ごそうかと思っている、と伝えるわたしの言葉には熱い感情が自然と込められた。
イヴとは一か月弱前に再会して今一緒に過ごしている事、仲直りした事、また共に戦った事。語っていくと本当に色々な事があったものだ。学院時代を過ごしていた時期と比べてなんて忙しく、そして充実した毎日だろうか。
「マインドオーバーライド、噂には聞いておりましたけれど勇者様が使い手だったとは……」
「怖ろしいのは周囲の環境はともかくわたし個人には全く違和感が起こらない点でしょうか。真実を知った今ですらわたしはマリアとは別人な気がしてなりません」
現に今でも勇者一行時代のわたしについてはマリア呼びしているし、たまに現れるマリアを唯一無二の家族とは思えても自分自身とは認識出来ていない。イヴの術式を打ち破る方法があるかもしれないけれど、わたしは現状に満足しているのでこれでいい。
「それで、プリシラさんはこれまでどのように? 辛いようでしたら別に構いませんので」
「いえ、別に隠すような事でもありませんわ。単に取るに足らない人生を歩んできただけですし」
そしてプリシラはこの一年間を語りだした。エルフのプリシラは故郷の森に戻ったのはいいがイヴからの復讐で全てを失った事。奴隷商人に二束三文で売られて娼婦をしていた事。つい最近聖女チラに手を差し伸べられた事。そして今は彼女に付き添っている事を。
彼女は庭でしかない森よりも広大な世界とそこに住む人々に心動かされ、その情景を守ろうと戦いっていた事を明かしてくれた。そして、今は勇者一行でもエルフでもなくなってしまったけれど、チラの傍らで自分に出来る事をしていくつもりだ、と。
わたしも相当だとは思っていたけれど、プリシラもまた波乱万丈な経験をしていた。筆舌に尽くしがたい複雑な感情が湧きあがる。正直、好奇心だけで安易に踏み込むべきではなかった……。
「その、……ごめんなさい」
「謝る必要なんてありませんわ。普段味わえない経験をさせていただきましたし。今となってはハイエルフに誇りを持っていた過去自体どうでもいいですし」
プリシラの発言は強がりでも何でもなく、過去を語る彼女は穏やか、かつ爽やかな笑みを浮かべていた。本当に過去は過去だと区切りを付けて、新たな道を歩んでいるかのように。彼女にはこれから駆け抜ける光射す道が見えているのだろう。
「マリア様がそうして今を前向きに生きていらっしゃるようですし、私めも頑張らないといけませんわね」
「そんな、わたしもプリシラさんも苦難を乗り越えて今をこう過ごしているんですから、わたしの方こそ見習わないと」
「あはっ、ではお互いに全速前進しないといけませんわね」
「ええ、そうですね」
プリシラは辺りを一瞥して周囲に人影がない事を確認すると、弓を静かに置いた。そしてわたしの方へと手を伸ばすと、優しく包み込むように抱擁してくる。
彼女の吐息、鼓動が聞こえる。触れる彼女の手や身体は服越しでも温かいものだった。
「プ、プリシラさん、何を……!?」
「思えば私達は勇者一行などと呼ばれていましたけれど、所詮優れた者の寄せ集めに過ぎませんでしたわ。その場は協力し合うだけの仕事仲間だった私達の間で親交は深まりませんでしたし心は通いませんでしたわね」
「……ええ、そうでしたね。自分の野望、悲願に向けて手を組んでいただけでしたっけ」
「けれど、今こうして何もかもさらけ出した私達の間には絆が出来るんだって思いますの」
「絆……? わたし達の間に?」
「はい、そうですわ」
プリシラはわたしから身体を離す。わたしへと手を差し伸べたプリシラは、口元に緩やかな弧を描かせていた。
「本当に今更になってしまいましたが今回の件、よろしくお願いいたしますわ」
「……ええ、こちらこそよろしくお願いします」
わたし達は手を固く結んだ。これは勇者イヴから復讐を受けたハイエルフのプリシラや虹のマリアとしてではなく、新たに歩みだした修道女の彼女と今のわたしが交わすものだ。勇者一行の時とはお互い全く違う境遇になってしまったけれど、だからこそ今度こそ腹の内の無い関係を築けるんじゃないかと思うのだ。
まだ全てを信じ切るには早いけれど、それでもこれが新たな絆の始まりだとわたしは信じたい。
お読みくださりありがとうございました。




