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追悼式

 どれだけ長くなるんだと懸念していた追悼式だったが、いざ始まってみると拍子抜けするぐらい短い時間で終了した。これは壇上での皇帝陛下と公爵のお言葉がわたしが考えていたよりずっと短かったためだ。どうやら陛下にとっても長話は嫌だったらしい。


 追悼の辞が終わったのちに黙祷がささげられ、亡くなった方の冥福が祈られた。わたしが直接知る人達の犠牲はなかったものの、わたしの店にやって来る人の中にはご家族を亡くされた方もいる。平穏だの常々口にするわたしだけれど、こう言う時はもっと何か出来たのでは、と思ってしまう。

 これは後で聞いた話だが、それを巻き起こしたイヴは無心となって黙祷を捧げていたそうだ。魔王アダムとして敵ではあったけれど、戦いが終わった後の戦没者への弔いの文化は理解しているんだとか。ただ神妙に、真剣になって犠牲者を想うのはやはりイヴの影響が大きいとの事だった。


 城壁傍に設けられた献花台に各々が花を捧げて、現地解散となった。本来こういった戦没者追悼式では皇帝ご退場後に献花となるものだが、サライ陛下は最後まで残るとこれを固辞したらしい。各々が西の公都へと足を進める中で、わたしとイヴは壇上の傍の席に座る陛下へと向かっていった。

 いや、本当は追悼式終了したし帰りたかったんだけれど、今日一日付き合ってと陛下はイヴに語っていたから、この後も何かあるのかと思ったからだ。即開放になったら僥倖だし、何か言われるならそれに応じればいいだろう。


「お疲れさま。あ、椅子用意しているからどうぞ座って」

「あ、お疲れ様です。どうもありがとうございます」


 わたし達の接近にいち早く気付いたのはイゼベルだった。彼女は木の四角い輪っかを交差させて上に布を張った折り畳み式の椅子に座っていた。ただあまりに気品の伴う優雅な佇まいで着席しているものだから、一瞬即席の簡易椅子だとは分からなかった。


「あ、この椅子はロトの工房で作ってもらったのよ。色々な式典の設営と片付けに便利だから量産してもらってもいいかもね」

「は、はあ」


 この間の死者の都攻略戦で使用した攻城兵器といい、魔導協会からロトの工房には結構色々な品を発注しているようだ。イゼベルが足元を見て買い叩いていないのなら、ロトの工房は大口案件を抱えられて結構繁盛しているのではないだろうか?


 どうやら陛下たちの真正面に座るイゼベルとアタルヤは追悼式終了後に折りたたみ椅子を自分で持ってきたらしい。陛下や随伴した文官達、公爵家の者達はおそらく死者の都から持ってきただろうはしっかりした椅子に座っていたが、末席のカイン、来賓扱いとなった突然の来訪者たる聖女チラは話が聞きやすいようイゼベル達の傍に移動し、件の折り畳み椅子に着いていた。

 わたし達がイゼベルの隣に座った所で、話を切り出したのは陛下だった。


「あ、実はもう粗方今後の方針を話し合っちゃってさ、大体決まったわよ」

「は、早いですね」


 会議と言うから一旦公都に戻った後に場を設けて話し合うかと思ったら、まさかこんな即席の場で執り行うとは思わなかった。現に公爵家の者は苦笑いを浮かべているし。陛下の即断即決がこの広大な帝国の求心力に繋がっているのかと思うと、実に頼もしいものだ。


「結論から言うとマリアとイヴには聖女チラと一緒にキエフ公国に行ってもらうわ。マリアには後で魔導協会から正式な辞令、および報酬が払われるはずだから」

「分かりました」

「あら姉さん、私には何もご褒美は無いの?」

「お姉ちゃんからの愛を! って冗談は置いといて、皇妹とか勇者としてではなく冒険者イヴに依頼する形になるから、それ相応の報酬を払う予定ね」

「そう、分かったわ」


 イヴは姉からの依頼に前向きなようだ。っきり復讐相手を探す旅路に付くまでは静養に注力するかと思ったけれど。まさかわたしに同行する為はないだろうし、キエフの方に何か思う所でもあるのか? わたしは出来ればイヴには回復しきるまで静養していてもらいたかったけれど……。


 それにしても、今度は長い期間の旅になりそうだ。まだ開業してから一か月も経っていないのに長期休店とか店の評判に繋がりかねないんだけれど、どうしよう? 一回診断すれば終わりって患者ばかりじゃあないし。長期間の治療が必要な人達にどう説明するか今のうちに考えておかないと。

 なんて考えを頭の中で巡らせていたら、隣のイゼベルが鈴を鳴らすように笑い声をあげた。


「あら、心外ね。開業魔導師を別の地に派遣させるんですもの。その分こちらから代わりの魔導師を派遣して店番してもらう事も出来るわよ。お邪魔する形になってしまうけれど、どう?」

「あ、いえ、そうしていただけると助かりますが、引き継ぎとかはどうしましょう?」

「そうねー。個々の患者さんの情報とかは知っておきたいから、明日向かわせていいかしら?」

「分かりました。待っていますので」


 イゼベルの提案は実にありがたい。これでお店を閉めずに済む。開業魔導師の中には代理派遣員の癖がうつるからと拒絶する人もいるけれど、別に自分は普通に切り盛りしてくれる分には文句はない。散らかされた場合とかは魔導協会に苦情を伝えれて補償金をもらえばいいだけの話だ。


「で、ダキアにはまずキエフ公国との国境警備を増強してもらって、それからキエフ国民の受け入れ態勢を整えてもらうようにしたから。さすがに帝国軍に組していない私兵を国外に派遣するわけにもいかないしね」

「心得ております。直ちに準備に取り掛かりましょう」

「しばらく旧キエフ公国の方に軍を派遣してもらう役目は魔導協会に一任するわ。キエフの人達が避難できる時間さえ稼げばいいし、別に駐留している人類連合軍の連中は無視していいから」

「分かっている。全力で答えよう」


 何か思った以上にきっちり方針が決められている。大雑把にだけ決めて後で細部まで煮詰めるかと思っていたけれど。この手際良さは是非他の人達にも見習ってもらいたいものだ。最も、これは陛下の優れた手腕があってこそで、本来はキチンと一定の時間と場を設けて何回か議論を重ねた方がいいのだろうけれど。


「それで聖女さん、この後ろにある城塞都市が当面キエフの人達に住んでもらう予定地よ。まだ夕食時まで時間があるから、この後見ていかない?」

「あ、ありがとうございます! そ、それとごめんなさいです。わ、私、皇帝陛下がいらっしゃるなんてつゆ知らずに……」


 眉尻を下げつつ頭を何度も下げる聖女チラに対して陛下は苦笑しつつ手を振ってみせた。


「いいのいいの。今回たまたま私が来賓として足を運んでたってだけの話だし。悪いけれどマリア、ここの案内頼んでいい?」

「え、あ、はい。分かりました」


 確かにわたしは二回もここの都には足を踏み入れたけれど、それなら二週間ほど管理しているアタルヤ達の方が適役では? そうは思ったものの、陛下とアタルヤには直接的接点が無い以上、やはりイヴや少しでも見知ったわたしが適任なんだろうな。


「それで、姉さんはどうするの? キエフへの遠征軍を組織するのかしら?」

「そうね。今日中に帝都に向けて伝書鳩出して元老院の連中に議論させるとして、なるべく早くにキエフとの国境付近に集結させたいものね」


 近場なら狼煙や灯りで合図を送ったりもするし、遠くでも早馬という手もあるのだが、やはり伝書鳩が一番効率がいいそうだ。ちなみに魔導での通信手段も無きにしも非ずだが、通信魔導具は非常に高価だし魔法には高度な技術を要するので、一般的ではなかったりする。

 獣人……もとい、縫いぐるみを着た三人は身体が大きいからか、席には座らずに陛下達の背後で起立していた。そのうちのヘロデが手を上げる。


「皇帝ちゃん。確認っすけど自分らはいつもこっち攻めてくる魔王軍がキエフに援軍に行かないよう牽制するだけでいいんっすよね?」

「ええ、キエフは獣人圏じゃあないから私達だけで何とかするから。ただ圧力はしっかり加えておいて頂戴ね。隙があったら遠慮なく攻め込んじゃってもいいわよ!」

「善処しとくっす。それと頼み事があるんっすけど」

「何よ、言ってみなさい」


 陛下は嫌な予感がしたのか、露骨に嫌そうな顔をしつつヘロデへと顔を向けた。縫いぐるみのせいでヘロデの顔色は確認できないけれど、仕草だけで判断する限り何だか楽しそうに見える。


「自分聖女サン達に付いてっちゃっていいっすか? 何か面白そうっす」

「駄目に決まってるでしょうよ!」


 陛下はヘロデを指さして立ち上がった。ヘロデが言い終わらないうちの即答である。帝都からの文官の中には「またか」と嘆きながら頭を抱える者もいれば平然としつつ視界に納めないようにする者もいる。もしかしてこの二人のやりとりは公私共に毎度の出来事なんだろうか?


「東の公爵領、パルティアはその間どうすんのよ? アンタの弟の大宰相とか姉の大執政に任せっきりにするつもり?」

「いやー、自分所詮あの二人に擁立されたお飾りっすし? いなくても問題ないっすって」

「駄目なもんは駄目よ。アンタには魔王軍を牽制する軍の指揮してもらわないと困るんだから」

「うへえ、しょうがないっすねー。皇帝ちゃんの頼みとあらば?」


 どうやらヘロデは肩をすくめてみせたようだが、あいにく楕円球の身体をした縫いぐるみに肩は無い。表から見えるのは手の仕草だけだった。厳格な声質だからさぞ立派な体格をした殿方なのだろうけれど、縫いぐるみのせいでどことなく愛嬌あるように見えてしまうな。

 軽くめまいを覚えたように頭を押さえる動作を取った陛下は改まってわたし達の方へと向き直る。


「さて、じゃあさっさと行きましょう」

「行くって、どちらにですか?」

「そんなの決まってるじゃないの!」


 陛下は大きく唇に弧を描かせて、死者の都の方を指さした。


「私も見てないし、ここ案内してよ」



 ■■■




「ふああ、り、立派な街並みですー」

「最悪雨風さえ凌げればいいと思っていましたが、これほどとは……」


 聖女チラと修道女は左右に視界を写しながら城壁門と門を繋ぐ街道を歩んでいた。聖女チラは純粋に帝国風都市の出来栄えに感動し、修道女は予想をはるかに上回る都市の規模に驚愕している。同じものを見ている筈なのにこの反応の違いはちょっと面白い。


 死者の都攻略戦で両軍が激突したばかりでなくその前にもわたし達の夜間侵入戦でも結構石畳とか城壁部が壊された筈だけれど、大方で修復は終わっていた。それどころか戦場跡とは思えないほど大半の箇所で復旧工事が完了しているようだ。


「イゼベルさん。復興作業がほぼ終わっているんですけれど、これは……」

「亡霊工兵、ファントムサッパーを動員させて作業を行ったのよ。二週間ぐらいじゃあまだ奥の方まで手が付けられていないけれど、表から見えるところはどうにかなった筈よ」

「……その亡霊工兵ってアタルヤさんの部下なんですか?」

「そうね。私が召喚した亡霊兵士は全てアタルヤ指揮下にしているし。魔力だけで動くから衣食住の支給要らずで昼夜問わずもいけるし、アンデッド系モンスターの使役は結構便利よ」


 イゼベルは自慢げに微笑みながら差した日傘を軽く回転させた。良く見たら所々でローブを着てフードを深く被った者が掃除の作業を行っていた。更に目を凝らすと左右に広がる家の幾つかの窓が開かれ、作業を行う人影が揺れているようだった。

 ……ミカルがこの都市を発展させていく際はこうしてスケルトンのワーカーが街並みの整備や拡張工事を行っていたんだろう。イゼベルは死霊、スケルトンを亡霊、ファントムに置き換えただけと。守備に就いたのはアタルヤの軍だし、結局死者の都じゃないですかやだー。


「いや、仰りたい事は分かりますけれど、異変前とあまり変わっていないのは何か複雑です」

「だってこっちまで労働者派遣してくれないんですもの。だったら魔導師の叡智を駆使するしかないでしょう」


 山間部に作られた城塞都市ではあるけれど、大通りだけあって軍の部隊が行き来できるほど広い。今聖女達を案内しているわたしはイヴが座った車椅子を押しながらとイゼベルと肩を並べて歩いている。後ろでは聖女チラが修道女と、その後ろでは陛下がヘロデ達と感想を語り合っていた。

 面白いのがこの死者の都を目の当たりにした感想の違いだろう。聖職者の二人は都市の壮大さに圧倒されて感嘆を漏らすばかりだった。一方の陛下とヘロデは都市整備面と防衛面、そして都市そのものをどう経済的に生かすかを真剣に語り合っているようだ。これが指導者としての視点なのか。


 イゼベルは聖女達から己が見えるように日傘を横に傾け、後ろに振り向いて微笑みかけた。


「この都市に入居するにあたり、都市構造や地図といった資料は作成していますから、貴女方が帰られる前に届けさせましょう」

「そのような高価な物を御譲りいただけるのですか?」

「いずれ引き渡すとは分かっていましたから二部作っていますので。どうかご遠慮なさらずに」

「……ありがとうございます」


 修道女は深々と頭を下げた。聖女もまた慌てて頭を下げて礼を述べてくる。確かに複写の技術もまだ確立されていないのにそう簡単に資料を提供するなんて早々あり得ないだろう。イゼベルがただ早く仕事を完了させて手放したかっただけかもしれないけれど。


「それで、旧キエフ公国への戻りはいつを予定しているんです?」

「え、ええと……一応明後日を予定しています。明日は休息を交えつつ会談とかしようかなって」


 明後日、早いな。聖女と同行して現地入りするのなら、諸々準備とかに追われて明日は忙しくなりそうだ。食料とかの準備は追って相談だな。


「ここから公都キエフへは遠いでしょう。長旅を経てこの地に来たと思ったらとんぼ返りだなんてね。本当にご苦労様です」

「い、いえ! 残って魔王軍の侵攻を食い止めてくれている兵士さんに比べたら……」

「あら、と言う事は公都は死守できているのね。激戦区になっているのは公国を南北に流れる河の東側かしら?」

「こ、公都は人類連合軍が総力を挙げて守れているんですけれど、他の地域では既に河を越えられている所もあるみたいで……」


 んー、全体的に戦局は思わしくない、と。旧キエフ公国に残る人達を全面的に避難させるとなると、西の公都とほぼ同規模な死者の都でも収まりきるかどうか。もういっそ死者の都と西の公都の間にも街を広げて大都市にするとかか、それとも国境付近に一時的に都市を作るとか、はたまたはダキア内各都市に分散させるとかか? まあこの辺りを考えるのは陛下や公爵だろうが。

 ただここから公都キエフとなると、ここから帝都よりも長い距離になるんじゃなかったっけ。帝国内は各都市を結ぶ街道が同じ規格で整備されているけれど、キエフが帝国領になった試しがないからどんな道を通る旅路になのか想像もつかないな。


「あ、と、ところで、マリア様、でよろしいでしょうか?」

「えっ? あ、別に敬称は要りません。呼び捨てで構いませんよ」


 不意にこちらに話題が振られた。聖女チラは何故か目を輝かせてわたしと……イヴの方を見つめている? そう言えば陛下がさっき何も隠さずにイヴを勇者と呼んでいたから、もしかして――。


「イヴ様とマリア様はアダちゃんと一緒に魔王を討ち果たした勇者様と虹の魔導師様だってお聞きしたんですけど、合っていますよね?」

「……否定はしませんが肯定もしませんよ」


 やはりか。真っ先に勇者の復讐の標的になった魔導師マリアが生きていると知れ渡るのも都合は良くないけれど、勇者の生存が知られてしまうと残った勇者一行に余計な警戒心を……って今更か。既に三人始末しておいて偶然が重なってますなんて言い訳が通用するとは思えない。なら別にわたし達が昔どうだったかなんて隠す必要もないか。

 イヴもそんな風に思っているらしく、特に反応も見せずに涼しい顔をしたままだった。ただかつて仲間だった聖女アダと瓜二つな彼女とは顔を合わせたくないのか、前方を向いたままだ。


「よ、よかったぁ……! 勇者様が来てくださったらみんな喜びますぅ!」

「聖女チラ。イヴは今ご覧のとおり療養中なので魔王軍を蹴散らすとかの活躍を期待されても困りますよ。それにわたしも故があって一年前とは別人になってしまいましたし、残念ながら大きな力にはなれないかと」

「だ、大丈夫です! それにきっとあの人も喜んでくれますぅ」

「あの人?」


 聖女チラは儚いながらも笑みを浮かべ、祈るように手を組みつつ頷いた。

 そう言った人々から敬われる聖女に相応しい仕草の中で、彼女の口から語られたのは……。


「勇者様とご一緒だった投擲手、今学士をやっているバラクさんがいらっしゃるんですぅ」


 ――わたし達の旅の目的を一変させる衝撃的なものだった。

お読みくださりありがとうございました。

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