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援助を申し出ると見せかけて

 旧死者の都、二週間前に討伐軍とアンデッド軍による熾烈な攻防戦の舞台となったこの地では多くの方々が犠牲になった。アンデッド化された一万四千名もの帝国軍ばかりではない。それらを外に出すまいと阻んだ公都軍と帝国軍の生き残りの兵士達の血も多く流されたのだ。

 戦争が終わり、彼らの遺体はイゼベルの手で回収された後、アンデッド化しないよう魔導的処置を施されてから全て家族の下へと還された。イゼベル曰く、帝都から派遣された兵士達の物言わぬ帰還は骨が折れた、だそうだ。


 追悼式は旧死者の都の内側に大勢の人を収容出来る広場が無い為、城壁外で執り行う予定だそうだ。いずれは旧死者の都と西の公都が街道で結ばれるため、周辺に色々と施設が築かれるらしい。数年後の姿がどうなるのかは楽しみなものだ。


 昼過ぎに公都を出発したわたし達は一路旧死者の都に向けて進んでいた。公都と死者の都を結ぶ道には軍が列を成して行進している。追悼式には死者の都攻略戦のみならず北の城壁防衛戦に関わっていた公都軍の大半の者が出席する予定だ。民間人も出席出来るため公都からは人の列が結構な長さとなり伸びているようだ。


 ダキア軍を率いているのは防衛戦や攻略戦でも顔を合わせた将軍のようだが、今回はカインが彼の傍らで騎乗していた。向かう先に特に危険性は無く体裁としてはカインが責任者だからか。公爵家の者達は馬車での移動のようで、周囲は騎士達によって厳重に警護されているようだ。


 一方の皇帝陛下は馬車に乗らずに馬を闊歩させていた。皇帝を警護する筈の親衛騎団はまるで彼女によって率いられているように付き従っている。確かに皇帝は立場上では帝国軍総司令でもあるけれど、こうして陛下が実際に軍を指揮する姿は違和感を禁じ得ない。


「確かに皇帝自ら軍を率いた例はあまり無かったわね。私だって皇女時代は一般兵同然な扱いだったし。皇帝特権で無理やり軍司令としてやりたい放題しているだけよ」

「でも皇帝ちゃんが指揮してる時の帝国軍の士気は半端ないっすよ。皇帝ちゃんが軍を率いて敵陣に切り込む姿は猛将って呼んで差支えないっす。毎度援護してもらってる自分としては大助かりっす」

「あんたの所が周りに敵多すぎなのよ。毎度援軍出してるこっちの身にもなりなさいよ」

「その分自分らはそっちの方に外敵寄せ付けてないんっすけどねー」


 陛下が率いる親衛騎団はたった百数十名の部隊だが、ダキア軍に紛れていても彼らは異彩を放っていた。華がある、と言うよりはアタルヤが率いた部隊のような歴戦の強者といった勇猛さを感じさせるのだ。

 聞けば帝国東部は周辺各国の侵略に悩まされており、頻繁に防衛戦ならびに反撃戦が勃発するらしい。大抵は東の公爵が対処するが、時には帝国本軍を加えた大規模な戦争が繰り広げられるらしい。訓練だけではない経験に裏打ちされている為のようだ。


 ヘロデは縫いぐるみ姿のままで陛下の左隣を歩いていた。追悼式なんだから着替えるとヘロデが言い出したのに却下だと陛下が一蹴したためだ。

 そんなヘロデの左右後ろには彼と同じように縫いぐるみ姿の者が二名、ヘロデに付き従っている。焦点の定まっていない真ん丸目をした犬の縫いぐるみと、熊の縫いぐるみだ。その恰好は良く言えば愛嬌ある、悪く言えば間抜けたものだが、彼ら三人を目にした子供たちには大人気のようだ。


「縫いぐるみ作らせた私が言うのも何だけれど、ホント人気ねー」

「悪い気はしないっすけどね。こっちの子供達、自分ら見ると逃げ出すんで」


 縫いぐるみ三人衆は笑顔で手を振ってくる子供に律儀に答えるように手を振り返している。他の兵士達は神妙な面持ちで行進する中でこの三人だけがパレードの最中にいるような錯覚さえ覚える。ちなみに陛下は退屈なのか、傍らのヘロデと楽しく談笑しながらの行進だ。


「そりゃあ中の人が厳つい歴戦の戦士なんだから怯えるのも仕方がないでしょうよ。あんたが獅子人で両脇の親衛隊員が狼人と熊人でしょう? 大人だって裸足で逃げ出すでしょうよ」

「地元じゃあ今みたいな感じで大歓迎状態なんっすけどね」

「文化が違うのよ。文化が」


 なお、さすがに陛下に随伴した文官達は馬車での移動になっている。むしろ騎士達の部隊の先頭に立つ陛下や徒歩移動しているヘロデの方がおかしい気もするが。


 一方、わたしとイヴは馬車を用意される所を拒否してやはり馬に乗って移動していた。二週間前と同じでわたしが馬を操り、イヴがわたしの後ろで振り落とされないよう抱きつく形となっている。

 で、今回は何故か陛下の右隣に位置しているのだが、これは十中八九イヴがいる為だろう。現に陛下はたまにイヴへも話題を振ってきていた。


「それでイヴ。あの聖女チラなんだけれど、聖女アダが嘘八百並べてるんだと思う?」

「……何とも言い難いわね」


 強い憤りを見せるかと思っていたが、イヴの反応は意外にも困惑だった。


「容姿はアイツそのままだけれど、双子で片づけられたんじゃあそれ以上何も言えないわよ」

「けれど性格とか態度とかは全然違うじゃないの。双子って言ったってあれだけ変わってたら別人だって分かるもんじゃないの?」

「そうかしらね。上辺は確かに姉さんの言うとおりだけれど、芯は同じに思えてね」

「芯? 以前会った聖女アダは厳格な教会の聖女に思えたけれど? 人を救うために異端扱いしてる帝国にまで足を運ぶあの聖女と一緒とは考えられないわよ」

「信仰は神と子と聖霊の御名において、って辺りがどうも、ね」

「ん? ちょっと待って、それどういう事?」


 興味を持ったのか陛下は腰をねじって上半身をイヴの方へと向けてきた。馬にまたがった下半身は安定させているから随分と器用なものだ。まだ死者の都まで時間を要するからか、イヴも特に躊躇う様子なく聖女アダの異質さを語りだした。


 教会、それは唯一の神である主を崇拝する一神教の宗教共同体。主な目的……と言うより使命は主の教えを民に伝えるものである。人類圏では多数の神が信じられてきたが、時代を追うにつれてこの教えが人々の中で広まっていった。

 大帝国を失った西方諸国では教会の権威が絶対的となっていった。それは諸国の統治の仕組みに深く入り込み、文化として根付く形となって正義、常識にまで発展していった。人類は人間だけではないので多種族までは浸透していないが、大半の人間が信仰している筈だ。

 最も、その過程は決して平坦なものではない。異なる神を信仰する者達には時に根強く布教を、時に様々な形での見返りと抱き合わせで、そして時には刃による淘汰をもって広げてきたのだ。凄惨な過去を抜きにして今の繁栄は語れない。

 また、教会は教本ばかりでなく壮大な建築物や絵画を製作していった。人の情報知覚は主に視覚によるものが大きい。贅とは無縁な民百姓はこの世の者とは思えない程の圧倒される芸術によって主の偉大さを知り、神を讃えるのだ。


「そんな俗物な教会をアイツは嫌っていたわ」


 信仰の運営にそう言った金、資産が関わってくるとどうしても堕落するものだ。それはそうだろう、神を信じていれば救われるとは語られていたって人間楽はしたいものだ。己の欲望をさらけ出す輩がいたって不思議ではない。


 けれど聖女は西方教会独自に認定する者。時には崇拝の対象に、また時には教会の権威を更に確固たるものとする為の宣伝として扱われてきたはずだ。そんな西方の聖女が真っ向から教会を否定するだなんて意外としか言いようがない。


「って言っても西方諸国の識字率なんて酷いものでしょうよ。教本も読めない田舎百姓に手っ取り早く神の偉大さを知らしめるなら絵とか偶像が一番じゃない?」

「神の教えは地道な布教こそが実を結ぶ。建物とか絵画は所詮神ではなく教会の偉大さを目の当たりにさせるだけなんですって。偶像なんて主を騙るとは異常だ、とまで言い切っていたし」

「ず、随分と先鋭的なんですね、その聖女アダって人は」


 アダは魔の者達に怯える世の中に久しぶりに現れた聖女だった。神の御業である光の術を携えた彼女は各地を旅し、多くの人々を救ってきた。神により遣わされた使徒だと讃える人も少なくないそうだが、聖女はあくまで主の導きに従う者に過ぎないと語るばかりだと聞く。

 彼女の活動は何も西方教会の教えが広まっている西側諸国ばかりでなく、勇者一行として旅をしたのもその一環だ。誰であろうと苦しむ人々に救いの手を差し伸べる聖女アダは帝都でも悪い噂は全く聞かなかった。そう、その知名度からの妬みすらも。


「でもその聖女サン、獣人の自分らはあんま良く思ってなかったっぽかったっすよ」

「頭ごなしに亜人って線引きしてくる連中よりはマシだけどね。神の子である人に獣人を含むかはまだ判断しかねてるんじゃない?」


 思いの外イヴが語る聖女アダへの評価は高いものだった。もっと剣士サウルみたいにこき下ろしているかと思っていたのに。マリアな自分に対してもそうだったけれど、復讐は復讐、評価はそれとは別にきちんと行う、といった姿勢なんだろうか?


「それにしても、聞けば聞くほど清廉潔白に思えるんですけれどそれならどうして……」

「アイツがマリアを始めとした勇者一行を唆して私を排除したか、かしら?」


 勇者は聖女と同じく光の術を携えた神より遣わされし救世の存在。確かに魔王アダムと恋に落ちたイヴが悪いと言えばそれまでだけれど、だからって、何とか思いとどまらせようと説得するとかならまだしも、魔王撃破の直後に不意打ちするなんて随分と過激って気もする。

 やはり勇者が愛したのがよりによって魔王だったのがいけなかったのだろうか? 神の使いたる勇者が神を裏切って魔の手に堕ちるのが許せなくなったとか? しかし、それでもやはり他の勇者一行と利害を一致させてまで陥れるのは過度と思えてしまうな。


「さあ、聖女サマに嫌われちゃったんじゃない? アイツがどんな動機で踏み切ったか知らないけれど、私のする事に何ら変化はないわ」

「そう、ですか……」


 聖女アダがイブの説明通りそこまで芯が通った人だったなら、イヴとの和解はほぼ望めないだろう。やはり血塗られた凄惨なる復讐劇は彼女に刃を突き立てるまで止まらないか。


 旧死者の都の城壁が見えてきた。遠目で伺う限り城壁外は簡易的に会場が設けられている。椅子は無いようだからそれほど長時間は執り行わない……と思いたい。追悼式ならばしめやかに行われるべきであり、お偉いさんの無駄に長いお言葉は正直いらない。


「んー、確かに人を導くためならって点では聖女アダと聖女チラは似ているかもしれないわね。けれど、それだけで本質的にはアダとチラが同じだって決めつけるのはちょっと早計じゃない?」

「私がそうだって感じただけだもの。本当にそうかはもっとあの聖女と接してみないと断言できないわよ」

「……まあ、皇帝としての私としては特にこの帝国に争いの種を持ち込んでこないならそれでいいんだけれど。イヴの姉としての私はアイツが聖女アダだとしたらちょっと許せないけれどさ」

「私も人違いで手をかけたくはないし、慎重に見極めるわよ」


 陛下は徐に後ろの方へと振り向いた。後ろでは私達が進むはるか後方、突然の来訪者二名を乗せた馬車がわたし達と同行する形で走っている。陛下の方針で旧キエフ公国からの難民を旧死者の都で受け持つようになったため、ついでに視察していってはどうかと提案したためだ。

 西方教会の証である装飾が施された馬車はやはり市民どころか兵士達の気も惹くようだ。……本当に同行させてよかったのかは疑問が湧くが、責任者である公爵や陛下方が決めたのであれば別に文句はない。


「それにしても姉さん、本当に旧キエフ公国国民を受け入れるつもり?」

「詳細は煮詰めないといけないでしょうけど、前向きに検討すべきとは思うわよ。人は国を支える土台なんだから増えるに越した事はないし。ただ、恒久的に住まわせるつもりはあまりないけれどね」

「あら、違うの?」

「あのね、いくら帝国に忠誠を誓って帰属してきてもどうせそのうち祖国が恋しくなるわよ。事態が落ち着いたら帰還事業に着手するつもりね」


 成程、陛下は旧キエフ公国の人達をいつかは帰還させるおつもりなのか。

 どれだけ酷い目に会おうが故郷は故郷。切り替えて新天地で奮起する人も確かにいるだろうけれど、懐かしさと悲しさで涙する人だっている筈だ。帝国から心が離れていけば後は腐っていくだけ。難民だけじゃなくて帝国国民にも悪影響を及ぼすかもしれない。

 けれど、それには魔王軍に占領されるだろう旧キエフ公国領土の奪還が必要になる。けれど、聖地奪還とか打倒魔王とかの大義名分が無い以上、隣国の窮地を救うために大軍を動員するのは人々の理解を得られないだろうし、資金も集めにくいと思うのだが……。


「人類連合軍がコテンパンにされた直後に颯爽と救援の軍を送るわ。キエフの土地が魔王軍残党に蹂躙され尽くされる前、被害が復興可能な所に留まるぐらいがいいわね」

「随分と早い時期になりそうっすねー。で、どうやって人と金を捻出するんっす?」

「この間の東での防衛戦でアンタ達がはりきっちゃったおかげでこっちの被害と出費が少なくて済んだから、あと一回ぐらいの遠征はどうにか出来そうなのよ。それで派手に使っちゃうわ」

「懐事情が潤ってるのは羨ましいっすねー。こっちは魔王軍が来る北ばっかじゃあなく東も南も安定させなきゃあいけないのに」


 陛下から今後の予定が意気揚々と語られる。実際はいかに皇帝の勅命だろうと元老院や代議院の承認を得ないと国家戦略規模の軍事行動には出られないだろうが、この陛下なら難なくその命令を通過させてくる気がする。


「もしかして魔王軍残党を追い払ったらキエフの復興の手助けするんっす? べらぼうに人と金かかりそうっすねー」

「何言ってんのよ。慈善事業してるんじゃないんだから、属州として帝国領土にしちゃうのよ。キエフ公爵を総督にでもしてね」


 世間話の延長のように何気なく語られた陛下の意図は、しかしとんでもないものだった。ヘロデは返答に窮し、イヴは逆に壺に入ったのか手を抑えて噴き出すのを堪えていた。


 東レモラ帝国の領土北端はこのダキアで、キエフは長きに渡る歴史を誇る帝国でも一度も領土とした事が無い。それにこれまで帝国は人類未開領域のうち魔王軍勢力下とは西の公爵領と南北でしか接していなかった。帝国本土とは内海を挟んでいたし、東の公爵領とはキエフ公国が緩急材となっていた。占領するとなれば帝国防衛網の抜本的見直しが必須になるだろう。

 ただ、領土が広がればその分国は豊かになるだろうし、国境がなくなる事で人や物の流れが活発になるだろう。更に言えば人類未開領域に接していたがために西方諸国と帝国のどちらにも組していなかった地域を取り込めるのは大きい。

 まあ、あくまで素人考えなので陛下達がどんな尺度で判断したかは分からないけれど。


「いずれにしろ一時避難させる過程でうちがどう立ち回るか考えるべきね。キエフ国民には自力でこっちとの国境を超えてもらって、こっちに入国してから保護下に入れるのが第一案かしら?」

「姉さん、その場合は追ってくる魔王軍相手に国境で防衛戦をする羽目になると思うけれど。こっちから先発軍をキエフに派遣して、避難民に手出し出来ないよう相手をかく乱するとか?」

「難しいわね。北部方面の帝国軍はこの間大打撃を受けたし、本土からの遠征軍編成には時間がかかるもの。ヘロデ、アンタの方で軍を北進させてキエフの東から攻め込むのは? 魔王軍の背後を付けるし」

「北側に振り分ける軍がないっすね。この間の十数万の軍は防衛戦だからかき集められた量っすし」


 陛下は頭を抱えて悩みだす。 脱出を試みる人達をみすみす見逃す筈が無い。玩具として弄ぶのか食料とするのか奴隷としてこき使うのかは定かでないが、人もまた資源の内だ。追撃する魔王軍との衝突は避けられないからか。

 現実的に行けば第一案が現実的だろう。防衛戦で魔王軍を撃退した後に追撃戦を仕掛けてその勢いでキエフを開放すればいい事だ。けれどキエフの人達が全員無事に帝国まで逃げ延びられるとは到底思えない。駐留する人類連合軍次第とも言えるけれど、そう期待したい方がいいだろう。

 やはり、こちらから相手に蹴散らされない程度の軍を派遣し、敵に楔を打つべきか。キエフ国民の避難の時間さえ稼げればいいから、そこまで本格的な軍勢でなくても済む筈だ。しかし帝国側で遠征軍の編成に時間がかかるとしたら、キエフに一番近いこの西の公爵領で出すのが現実的だが……。


 追悼式が開催される城壁前の平野では既に先行していた部隊の整列が始まっていた。誘導係はどうやらアタルヤが率いていた騎士が行っているらしく、旗を持ちながら次々とやってくる人達を捌いていた。ただ騎馬は列に加えられないようで、少し離れた位置の林に馬を待機させている。

 目を凝らすとアタルヤが城壁正門付近に設置された壇付近で部下に指示を送っているようだ。アタルヤの視線がこちらに向いたので軽く手を振ると、表情こそ凛々しいまま変化なかったが、彼女も手を振り返してきてくれた。ちょっと嬉しかった。


 ……ん? アタルヤ?


「西の公爵に命じては?」

「へっ?」

「二週間前の死者の都攻略で組織した一万数千をそのまま先発として派遣する形にすれば……」

「マリア、貴女……天才ね!」


 騎乗したままなのに陛下はわたしの肩を掴んで満面の笑みを向けてきた。正に最良の解を得たとばかりに喜びに満ち溢れてきているのがわたしにも分かった。


「この追悼式終わったら早速方針会議よ! 私がこっちに滞在してる間に大雑把な所は全部決めちゃって、元老院達の承認が必要な重大案件だけ持ち帰りね! すっごくやる気出てきたわ!」

「皇帝ちゃんが楽しそうで何よりっす」

「でも、どっちにしても聖女チラと同行して内情を視察する人員を選定する必要があるわね。出来れば諜報員の他に表舞台で頑張れる、敵軍を足止めできるような戦士とか魔導師が欲しいけれど……」

「聖女チラと同行させるなら、帝都から派遣したんじゃあ間に合わないんじゃない? その人員もやっぱりこの西の公都から出すべきだと思うけれど」

「ま、その辺りは全く心配いらないでしょう」


 自信満々に断言する陛下は、しかしわたしの方へと視線を少し向けてきた。

 ……何か、物凄く嫌な予感がしてきた。


 敵軍をある程度阻めて、キエフの人達の手助けを出来る、そんな上位魔法の使い手。西の公都の魔導協会支部に属する魔導師の中でそんな優秀な人材なんて数えられるほどしかいない。そう言った実力者は大抵都市の要職に付いていてそんな簡単には動けないものだ。

 そんな都合の良い身軽な魔導師なんて、それこそ――。


 陛下は夏に咲く花のごとき笑顔でわたしの肩を掴んだ手の力を強めた。


「イヴと一緒に旅してたマリアなら回復も攻撃も補助も何でもござれだから!」


 ですよねー。


 この場で断った所で陛下が正式に魔導協会に命じれば間違いなくわたしが指名を受けて派遣される形になる。全てをかなぐり捨てて逃げ出さない限りわたしに抜け道は無い。そして故郷を捨てる覚悟の無いわたしは、その時点で詰んでいる。


「マリア、頼んだわよ!」

「は、はひ……」


 なので、顔をひきつらせながらその勅命に従う他なかったのだった。

お読みくださりありがとうございました。

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