公爵夫人を縛る紛い物の愛
「……あの、皇妹殿下」
「イヴ、って呼んで。私は別に自分が皇族の一員だなんて思っていないから」
ミカルの部屋は公爵の居城の中でも外れに位置しているらしい。元々は公爵と共有の寝室に私室だったが、帰還の後は仮の部屋にて静養……と言う名目で軟禁されている。食事も家族と共にしないで毎回部屋に運ばれ、用を足すのも部屋の一角に設けられたお手洗いで。なんと浴室も完備してあるそうだ。ちなみに水とお湯については水属性に長けた魔導師を雇ってなんとかしているんだとか。
そんな彼女の部屋に向かっているのは案内役のカイン、陛下、陛下に同行を命じられたイヴとわたし、そして陛下の護衛である親衛騎団の騎士二名だった。いつもは護衛の騎士は何があっても即座に対処できるよう陛下から付かず離れずなのだが、今は姉妹が並んでいる。多分、陛下の意向もあるのだろう。
その途中、恐る恐る話しかけてきたカインの言葉に被せる形でイヴはきっぱりと意思表示をする。陛下は冷たく言い放ったイヴの発言に指の腹で頭を抑えつつ軽くため息を漏らす。
「宮廷内でイヴに辛く当たっていた連中は粛清したから、もうイヴの敵は一掃されたんだけれど。いい加減宮廷に戻ってきても良くない?」
「姉さん、私の帰る場所はあそこには無いわ。それは姉さんにも分かっているでしょう?」
「私の乳母はイヴのお母さんだったのよ。言わばイヴのお母さんも私の母なの。権力争いに敗れたあの人の名誉も回復したし、イヴが皇族をまた名乗ったって誰にも文句は言わせないわよ」
「私に皇帝の妹って肩書が要らないだけね。ただ、そうね……」
イヴはわずかに笑みを浮かべると、髪をかき上げながら陛下に顔を向けた。
「姉さんの妹として、姉さんの手助けなら喜んでするわよ」
「イヴ……」
陛下は少しの間呆然とイヴの方を見つめていたが、やがて満面の笑みをすると、イヴに飛びかかって思いっきり抱きついた。しかも頬擦りまでする有様である。だがやられるイヴの方は嫌そうに引き剥がそうとするものの、どこか嬉しそうだ。
「可愛いわねえイヴ! もうお姉ちゃん一生懸命頑張っちゃうんだから!」
「ね、姉さん近い、近い! ちょっと離れてってば……!」
こうして見ていると本当にイヴそのままだ。とてもアダムがイヴの全てを乗っ取ったとは思えない。アダムは知識や経験のみならず想いもイヴから全て引き継いだ。現在のイヴはそれを不純物だと切り捨てずに自分の想いとして昇華しているのか。
だからこの反応は決して演技ではなく、今のイヴが純粋に示すものだろう。
「そ、それでカイン。私に何か用かしら?」
何とか陛下の抱擁から抜け出したイヴはカインの方に向き直った。そんなイヴから視線を外し、カインはわずかに俯く。
あ、これはまた余計な考えを頭に巡らせているな。
「あ、えっと……。今まですみませんでした。僕、イヴさんが皇帝陛下の妹様だって知らずに……」
「別に、私は権力を笠に着るつもりは微塵もないし、今だってそうよ。肩書が皇女だろうが勇者だろうが、私は私に違いないんだから」
「ですけど……!」
なおも謝罪を重ねようとするカインの唇を、イブは手袋を外した指で軽く押さえた。
「でももだってもないわ。必要以上の謝罪はただ独りよがりなだけ。私がいいって言っているのだから、素直に受け取りなさい」
「イヴさん……」
イヴの優しさに感銘を受けるカイン。イヴはそのカインに優しく笑いかける。そんな光景を傍で微笑ましくわたしは眺めて、陛下は少し不機嫌そうに頬を膨らませた。
「え、えっと、そろそろになります」
気を取り直したカインが手を差し向けた先には固く閉ざされた扉があった。軟禁……もとい、静養中のミカルを見張る兵士こそいないものの、扉の取っ手には南京錠がかけられている。元々こうした扉は外から入られないよう鍵はかけられるから、外に出られないようにするにはこうした工夫が必要なのか。
囚われの貴婦人に変わりはない、とは感じていたものの、いざ現実を目の当たりにすると胸が締め付けられるものだ。
「何か大げさなぐらい厳重ね。案内大義よ。ここからは私達だけで入るから、カインは外で待っていてくれていいのよ」
「い、いえ……。もし出来れば僕も見届けたいんですが……」
「辛い現実を目の当たりにするかもしれないけれど、それでもいいの?」
「お心遣い感謝しますが、公爵家の者として任せきりには出来ません」
そんな責任感をカインが持つ事は無い。そう言おうとしたけれど口から出てきたのは吐息だけだった。本来なら公爵や嫡男ら成人した者達が取り組むべきだろう。何故まだ年端も行かない子供がこれだけ気苦労を背負わないといけないのか。
だが、カインは覚悟を決めた真剣な面持ちをして陛下の問いに答えた。陛下は一つ頷くと軽くカインの頭を撫でた。
「ま、なるようになるわよ。さあ、開けてもらえる?」
「はい」
カインは腰元から南京錠の鍵を取り出すと、鍵穴に刺しこんでゆっくりと回した。南京錠は金属音をたてて外れ、床に転がり落ちた。彼は鍵を拾いあげると、扉の取っ手に手をかけて、恐る恐る捻った。中から鍵はかけられていないようで、扉は容易く開かれて……。
「どーん! 突撃、隣の公爵邸!」
「ええっ!?」
「あはっ!」
背後から陛下に突き押された扉が物凄い勢いで開いた。驚愕の声をあげたのはわたしだったかカインだったかはどうでもいい。唖然とするわたし達をしり目に陛下は遠慮なく入室して、イヴは軽く笑い声をあげた。
仰天したのは何もわたし達ばかりではなかったようで。中にいたミカルは目を丸くしてこちらを向いていた。窓際に座っていた彼女の傍には本や紅茶セット等の暇つぶし道具は見られない。どうやら入室の直前までただ黄昏ていたらしい。
「さ、サライ……?」
「様を付けなさいよこの色ボケ女!」
そ、そう言う問題なのか?
陛下の到来に露骨に嫌そうな声をあげたきたミカルだったが、直後にはこの場での最高権力者など全く眼中に入れずに一点、わたしの隣にいるイヴへと視線を注いでいた。
「イヴ……!」
「あら叔母様、ご息災で何よりね」
イヴは実の叔母に対して見下したように嘲笑してみせる。
それが癇に障ったのか、鬼気迫る形相をさせたミカルはイヴに詰め寄り彼女の胸倉を掴んだ。イヴはそれが愉快とばかりに笑みを顔に張り付かせたまま何も抵抗しない。イヴなら簡単にミカルの手を振りほどけるだろうに。
「よくも私の前におめおめと姿を現せたものですね……! アダムを殺すだなんてっ!」
「私の愛しい人を横取りした泥棒猫のくせに、耳障りな甲高い声を私に浴びせないでくれない?」
「なん、ですって……!?」
「言ってやらないと分からない?」
イヴは満面の笑顔で逆にミカルの胸元を掴んで自分へと引き寄せた。その笑顔には憤り、嘲り、様々な感情が入り混じっているようで、狂気すら感じさせた。
「今やアダムの身も心も魂も、全部全部この私、イヴのものよ! 叔母様なんかにくれてやるモノなんてこれっぽっちもありやしないんだから!」
「イヴ、あんたって女はぁぁぁっっ!!」
「身の程を知りなさい! あっはははははっ!」
ミカルは憤怒に顔を歪ませて首を絞めにかかるが、イヴが脚でミカルを押し退けた。なおも襲いかかろうとするミカルに対してイヴは両腕を腰元へと持っていき――。
「いい加減にしなさいよ、この莫迦ども!」
気持ちのいいほど軽快な音が鳴り響いた。
その音をもたらしたのは何やら妙な形をしたモノを持つ陛下。音がもたらした結果は頭を抱えて軽く蹲るミカルと頭に手をやるイヴだった。
陛下が手にしているのは蛇腹状に折られて片方が扇状に広がった紙だった。扇子のように見えるが武器にも見える。これは一体……?
「絹の道を通って極東から献上された、舞台で使う小道具だそうよ。張り扇って言うんだそうね」
「あー、紙束だからあまり痛くはないですけれど、大きな音は出るんですか」
得意げに自分の得物を語る陛下はそれでミカルの頭を何回か軽く叩いた。
「あのね、分かってるの叔母様? 本来なら異変の首魁だったあんたは酌量の余地なしで処刑しても良かったのよ。復活した魔王に全部罪をなすりつけたからさらわれた悲劇の貴婦人でいられているのに、そんなにまた死にたいの?」
「う、ぐ……!」
あきれ果てたように言葉を投げかける陛下を殺意すら込めてミカルは睨みつける。拳を握りしめて腕を振るわせていたものの、かろうじて湧き上がる激情に堪えているようだった。これではどちらが年上か分かったものではないな。
「それとイヴ。あんたも叔母様がちょろいからってそう挑発するんじゃないの! あんた自分が心惹かれた人とか物とかに関しては見境が無くなるほど直情的なんだから、少しは抑えなさいよ」
「はーい、改善するよう努力しまーす」
陛下はイヴの頭も張り扇とやらで軽く叩く。叩かれるイヴは先ほどとは打って変わって子供のように純粋に笑いを浮かべた。皇帝と勇者という人類圏でも有数の肩書を持つこの二人だが、こうしてみると本当に心の通った姉妹なんだな、と改めて思う。
さて、と仕切り直すように陛下は両手を叩いた。
「はい、今のやりとりは全部なかった事にしてあげるから!」
「姉さん。まさか部屋に入る所からやり直させる、なんて言わないよね?」
「さすがにそこまでは要らないでしょう。叔母様がイヴに襲い掛かってきた直前からでいいんじゃない?」
「ご随意に」
陛下は何食わぬ顔で彼女の傍まで足を進めるとミカルの反対側の席に座った。椅子の向きを逆さにして背もたれに腕をかけて脚を跨げている。はしたない格好だと社交界では言われそうだが、この場では特に誰も咎める様子はないようだ。
ミカルは陛下が座る前に慌てて立ち上がるとドレスのスカートをつまむと深く頭を下げた。確かカーテシーって呼ばれる挨拶だったっけ? 魔王の虜になっていても礼儀作法は頭から抜け落ちていないようだ。
「し、失礼いたしました陛下。ご機嫌麗しゅう存じます。まさか我が領地へご来訪なさっているとはつゆ知らず、とんだご無礼を」
「久しぶりねミカル叔母様。貴女の方も元気そうで何よりよ」
「それで、こちらにはどのようなご用件でしょうか?」
「西の公爵夫妻に直接色々と訪ねたい事があったって言うのと、こっちに派遣して犠牲になった我が国の民を弔う為ね。まずは貴女からよ」
程なくして開け放たれたままだった扉からメイドが一礼してから静かに陛下とミカルが挟んだテーブルへと近寄っていき、紅茶セットを並べていく。その上でメイドはカインの傍までやって来ると、片膝をついてカインと目線を合わせた。
メイドは彼と少しの間言葉を交わすと優雅に一礼してそのまま退室していく。使用人のいる生活なんてした事が無かったから貴族の生活がどんなものかは文献や学院の同級生の話から想像するしかなかったけれど、こんな感じなのかな?
やがて運ばれてきたのは五脚の椅子だった。カインが促してまずわたしとイヴに用意される。イヴは礼を述べて着席、わたしも同じようにお辞儀をした。親衛騎団の騎士にも用意されたが丁重に断ったようだ。何かあった際にとっさに対応できるよう起立のままでいたいのだろう。最後にカインに用意されたので、わたしも椅子に座った。
「まず叔母様は三年前にここ西の公都が見舞われた魔王軍の強襲で命を落として、一年前に勇者イヴ一行だった虹の魔導師マリアの手で蘇った。そこは確か?」
「……あいにく私には命を落としてから再び目を覚ますまでの間の記憶はありませんが、マリアの話ではそのようです」
この辺りの経緯、わたしは公爵とカインにしか報告していないし、マリアだって依頼人の公爵にしか報告はしていないだろう。としたら公爵が陛下に洗いざらい喋ったのだろうか? まあ別に隠しても仕方がないのでわたしも問われたら素直に白状するだろうけれど。
「その際に魔導師マリアが魔法の触媒にした魔王の遺骸に心奪われて、マリアがイヴに討ち果たされた後でこっそり魔王を復活させた。これはどう?」
「……はい。それで?」
「で、その復活した魔王は再びイヴの手で討たれた、と。こう概要は報告貰っているんだけれど、細かい所が腑に落ちないのよね。そこを問わせてもらいたいのよ」
「……どうぞ、ご随意に」
陛下が魔王アダムに話を踏み込んだ段階でミカルは露骨に不機嫌を露わにした。ミカルがどんな風に思いながらそんな態度を取ったのかは想像もしたくない。
だが陛下は特に気分を害する様子もなく平然と続ける。器が大きいのか、単なる涼風だと受け止めたのか。
「死者の都は叔母様の得意分野である都市開発がアンデッド共に反映された結果。アンデッド軍も叔母様の得意分野である軍備によるものね。ただ戦術や戦略面が拙かったのは叔母様の専門外だったから。これは合ってる?」
「魔導に関しては私は知識がありませんので、何とも言い難いかと。ただアンデッド達が勝手にやった事であるとは認めます」
「じゃあ……アンデッド軍に西の公都を襲わせたのは、どうして?」
陛下が投げかける視線が鋭くなる。ミカルは何の事だとばかりに首を傾げるばかりだった。とぼけているのではなく本当に返答に困っている様子だ。
「あんたが誑かされた魔王と一緒にずっと死者の都って箱庭の中で住んでいればよかったでしょうよ。何でわざわざ異変扱いされるようにここに攻め込ませたの?」
「どう、と言われましても、私にもどうしてかは……」
そう、わたしもそこが最後まで気になっていたのだ。
いくら数を揃えた所で西の公都を攻めてきたアンデッド軍を構成していたのは雑兵のスケルトン兵のみ。死者の都にはワイトキングやエルダーリッチを始めとしていくらでも戦局を覆せる強力な存在もいたのに、だ。本気で西の公都を攻め落としたかったとはとても思えない。
「じゃああの公都攻めはアンデッド達が自発的に行動したってなるわね。マリア、あのアンデッド共って素体はかつて国境付近で亡くなった者達かしら?」
「あ、死者の都付近の平野は度々戦場になっていたので、大勢の方々が眠っていた筈です。おそらくはそうではないかと」
「けれどここに攻め込もうとした敵国の兵士だけじゃない。こっちの兵もいた筈よね?」
「断定は出来ませんが、戦場で埋葬された方も少なくなかったと思われます」
少数なら遺骸を家族の下に連れて帰ったかもしれないが、大勢亡くなったとなれば遺体を持ちかえるなんてそれだけで大作業だ。重要人物でもなければちょっとした遺品だけ持ち帰って戦死を報告し、亡骸はその地で埋葬するのが普通だろう。敵味方なんて関係なく、だ。
確かにアンデッド共は素体となった者の生前の在り方が本能となって現れる場合もある。が、敵味方入り混じった遺骨群がアンデッド化した所で規律ある軍となって一つの行動をとるのは無理がある。つまり、あの執拗な公都攻めは別の上位意思に従ったものだと推測できる。
可能性があるとすれば、明確に意識を持っていた魔王アダムかミカル当人の、だ。
「じゃあ誰の意思だったか、になるけど叔母様の無意識がアンデッド共に刷り込まれた結果だって私は考えてるの」
「わ、私の……?」
「だって魔王はあんたが都合のいいように蘇生させたんだから、あんたのお気に召すままの行動しか取らないでしょうよ。叔母様を守護していた最上級のアンデッドモンスターがその証ね」
「そ、そうは言っても私、本当に心当たりが……!」
確か前聞いた話ではミカルの専門は軍備であって軍略ではなかった筈。ミカルの専門ないしは趣味をアンデッド軍が反映させたとはとても思えない。
「ミカル、人間関係とかこっちでの公務とかで何か不満は無かったの?」
「そ、そんな! 夫は誠実ですし子供達も私を慕ってくれて、使用人達からも特に不満は……」
「カイン、この話本当?」
「は、はいっ! 父上や僕達はお母様を愛していますし、使用人の皆さんからも悪い声は聞いてません」
つまりミカルは西の公都を攻め滅ぼしたいほどの負の感情を秘めていたわけでもないのか。公の場に姿を見せていなかったせいで市民からの評判はあまり良くないけれど悪くもない。それに身内からも愛されている中で憎しみを抱いていたとは考えたくない。
陛下は紅茶を一気に飲み干し、音を立ててカップを皿の上に置いた。彼女は口を手で拭うと肘をついてその手の上に顎を乗せる。ミカルの方はどこか落ち着かない様子で陛下を眺めていた。どうやらミカルにとっても動機の真相は明らかにしたいらしらしく、どこか不安そうにも見える。
「特に意図してない。公都に恨みもない。ならちょっとはた迷惑なドアノックなんじゃないの?」
「ドアノック、ですか?」
「そう、アンデッド発生の異変を西の公都に知らせるためのね。異変を突き止めればいずれは叔母様にたどり着く。叔母様は異変解決を心の底では願っていて、アンデッド共に無意識のうちに命じていたんじゃあないの? 異変だと盛大に騒ぎ立てるようにってさ」
「えっ……!?」
ミカルは目を丸くした。ふと何気なく目をカインに向けると彼もまたこちらの方に顔を向けていた。どうやら言葉を失うほど驚いているようでわたしに意見を求めるかのように視線が突き刺さってくる。やめてくれ、わたしもそこまで考えが及んでいなかったのだ。
「日に日に戦力が増強されていったのは扉を強く叩くのと同じね。反応があれば叩くのを止めて待つばかりでしょうよ」
「でも、ここに異変を知らせて一体何に……?」
「そりゃあ、解決してもらいたかったからじゃあないの? 死者の都に閉じ込められて魔王に心奪われた自分を助けてほしくてさ」
「う、嘘です、そんなの……! だって私は……!」
ミカルはたまらなくなったのか立ち上がった。彼女が座っていた椅子がその拍子に倒れてしまいそうに揺れ動いた。陛下は軽くため息を漏らすと、身体を重たそうにゆっくりと立ち上がり、軽く太ももと尻辺りを手で払った。そして踵を返すと部屋の出口へ向けて歩んでいく。
「色ボケしてても心底では家族に救いを求めてたんでしょうよ。魔王の虜になった自分をどうか助けてほしい、ってね。本当は心奪われた自身が嫌だったんじゃないの?」
「違います! 私はあの方を愛して……!」
「大体これだって私の勝手な想像だし、真実は叔母様の胸の内にしかないわ。どう向き合うかは叔母様次第じゃないの?」
「私は、私は……」
ミカルは両手で頭を抱えて椅子に崩れ落ちた。しきりに何かを呟くものの距離が遠くて内容は聞き取れない。ミカルの本音と彼女を支配している感情との会話は彼女自身がつければいいのだが……。
イヴも無言で立ち上がって彼女の傍らに歩み寄った。もはや彼女達からミカルにかける言葉は全て語られたのだろう。陛下がわたしやカインにも退出しようと手で合図を送ってくるものの、わたしは首を横に振った。
カイン達に全て投げつけておいて今更図々しいとは自分でも思う。けれど、わたしはどうしてもミカルと語り合いたかった。
「ミカルさん。永眠から目覚めた時にどんな風な言葉をマリアから聞いたかは分かりません。ですが、どんな禁忌に触れてでも公爵は貴女とまた過ごしたかった。これだけは疑いようがありません」
「……本当、馬鹿な人。私なんかの為に色々と背負ってしまって……」
「どうか、昔に置き去りにしてしまった家族とまた日常を送って欲しい。わたしの願いはそれだけです。魔王の影響に苦しむようでしたら気軽に相談してください。少しは力になれると思います」
「泡沫の夢、だったわけですか……」
今更彼女を蘇らせた事は謝らない。きっと当時のマリアがわたしであっても同じように公爵からの願いを聞き届けただろう。それに、正しい事ではないが間違っていないとは信じたい。だって、故人への想いは誰だって同じの筈だから。
はは、我ながら身勝手な考えなものだ。
ふとカインの方を眺めてみた。彼は心配そうにミカルを見つめながらも希望を持ったのか、ほのかに笑っていた。
陛下のお言葉でミカルは方向性を与えられた。なら後はそちらに向けて歩んでいくだけだろう。それはきっとカイン達が手を差し伸べて引っ張っていく筈だ。わたしはそんなカインにそっと肩を貸せばいい筈だ。
わたし達が退出する間際のミカルはやはり黄昏ていたものの、どこか憑き物が落ちたようにわずかに晴れやかな表情をさせていた。
お読みくださりありがとうございました。